旅・観察

入り口

ターウジュート村の入り口に聖者廟がある。白い建物で、屋根のドームが緑色に塗られている。私たちの車はそこからさらに周囲をぐるりと回って村にたどり着いた。

道と村の間に広がる窪みを指してSさんがいう。「思い出した。昔はここに水が溜まってプールみたいになっていたんだ」

Sさんが村を離れたのはまだ子どものころだ。その時以来、帰ったのは一度しかない。それも日帰りだった。彼にとっては二度目の里帰りということになる。ただし、家はずっと無人のままだ。

「家は荒れ放題だ。おじが羊と山羊をそこで飼ってるよ」

車は村の中の坂道を登っていく。緩やかな丘の斜面に石造りの家が積み重なっている。子どもがパンを抱えて歩いていた。Sさんは、斜面に立つ一軒の家の前に車を停めた。車を降りる。

その家の入り口は道路より高いところにあって、短い階段があった。入り口の小さなバルコニーのようなところに五歳ぐらいの男の子がいて、鉄の柵に寄りかかっていた。Sさんによれば、おじのひ孫だそうだ。

Sさんは男の子のところに行き、話しかける。ターウジュートの言葉で、お父さんはどうした、というようなことを尋ねた。高いところにいる男の子は、鉄柵に体を押しつけながら、なにやらもごもご言っている。

私は長い間、チュニジアでベルベル語を学ぶことができないかと考えてきた。そして、昨年ついにSさんと出会い、一緒にチュニスでベルベル語を記録する機会を得た。今回の滞在で合わせて四週間ほどになる。その間、私はSさんが電話でお母さんとベルベル語でやり取りするのは聞いていた。しかし、目の前でベルベル語が使われているのを見るのは初めてだった。

入り口に立つまでにずいぶんと時間がかかったように思う。

小説

神のみぞ知る(2)

そのとき、ふとある記憶が蘇ってきた。違う、私は知っていた。「通せん坊」ポーズには意味があったのだ。

これはドイツに留学していた人から聞いた話だ。その人はあるドイツ人学生と、ベルリンの街を歩いていたのだ。二人が道を横断しようとしたとき、信号が赤に変わった。彼は立ち止まったが、ドイツ人学生のほうはそのまま彼を置いて渡ろうとした。車通りがなかったからだが、数歩で引き返してきて、謝った。

「これは申し訳ないことをした。赤信号なのに渡ってしまいました」

「いえ」と日本人。「日本でなら私も渡っていましたよ」

「しかし、日本人は誰でもルールを守るというではありませんか」

「そんなことはありませんよ。日本ではなにしろこう言うくらいですから。『赤信号、みんなで渡れば怖くない』って」

その言葉を聞くや、ドイツ人はひどく真面目な顔つきになった。「なるほど……面白い格言ですね。ですが、ドイツにはそれとまったく反対のスローガンがあるのです。だからなおさら私は自分のしたことを恥ずかしく思っているのです」

「というとどんな言葉ですか?」と興味をそそられた日本人は尋ねた。

苦い文学

アラムナイ

私の知り合いのある日本人女性が、アラブ圏の大学を首席で卒業したと主張している。そんなことがあるのだろうか。

私は、博識の友人に尋ねた。その人も外国の大学を卒業したのである。彼はただちに「そのようなことはありえない」と否定した。

「私の経験からいえば、外国語で学んで優秀な成績を上げるというのは大変なことだよ。しかも、全卒業生でトップなどほとんどありえない。調べてみなよ、日本の大学で外国人が首席で卒業したことがあるかどうか。ないとは言えないが、普通にあることではないよ」

「だけど、その女性はそう言い張っているんだ」

「まず嘘だろうね」

「だろう? しかも驚いたことに、学生は自分ひとりしかいなかった、だから首席なんだ、って言ってるんだ」

これを聞くやいなや、私の博識の友人の顔色が変わった。「そ、それは本当か?」

「本当かはわからないが、少なくともそう言ってるよ」

「あぶない! その女性から離れるんだ。どんな災難に巻き込まれるかしれたもんじゃないぞ!」

「え? なんで?」

「アラブ圏のどこかに、アサシン大学という暗殺教団が作った大学が存在する。その学校で学生たちは暗殺の技を学び、無敵の暗殺者となって卒業するのだ。だが、そう簡単には卒業できない。なぜなら、卒業できるのはただひとり。同学年のライバルにうち勝ち、その全員を殺した者だけなのだ。そうなのだ……それがたったひとりの首席なのだ。ああ、その女性がもしこの大学のアラムナイだとしたら……? この非情な暗殺者の前では、命などアラムナイがごとき……」

苦い文学

孤独な人々

孤独な人はいつ爆発するかわからない。孤独はまるでガスみたいで、溜まりすぎるとちょっとしたきっかけで爆発してしまうのだ。

その爆発の結果どうなるかは、ニュースで見る通りだ。テロ行為や銃の乱射や無差別殺人だ。

こうした犯罪を防ぐためになにが重要だろうか。当然のことながら孤独な人々を作らないことだ。

では、そのためにはなにが必要だろうか。まずは孤独な人を特定することが大事だろう。

孤独な人の特定はそう簡単ではない。おそらく一番いいのは、孤独な人を通報する制度をはじめることだ。

身の回りにいる孤独な人をできるだけ多く当局に通報するのだ。犯罪者予備軍なのだから、プライバシーだの人権だの言っている場合ではない。孤独な人を当局に明け渡すのは、社会を救うことなのだ。

また、スマホのアプリを開発してもいいかもしれない。スマホのカメラを人に向ければ、アプリが孤独かどうかを判定してくれるのだ。80%以上だとスマホが勝手に警察に通報してくれる。

こうした通報を奨励するために、報奨金も出したほうがいい。金額はマムシ駆除と同じ額でいいだろう。

また、一万人以上孤独な人を通報した功労者には勲章を贈るべきだろう。

もっとも、そんなにたくさん通報した人に、友人がいるかどうかはわからないけれど。

苦い文学

腹の底から笑う会(入門編)

毎日つらいことや苦しいことが多すぎて、私はまったく笑わなくなってしまった。

朝から晩まで苦虫を嚙みつぶしたような顔をしていて、もうその虫だけでお腹いっぱいなのだ。

笑う門には福来るというが、笑わぬ門には死あるのみだ。生きるためには笑わねばならない。そんなわけで、私は「腹の底から笑う会」に入会することにした。本気で腹の底から笑うつもりなのだ。

会の集会は週に一回。会員たちは、みな腹の底から笑わんかなの姿勢でやってきて、腹の底から笑って帰っていくのだった。

なかでも見事な笑いっぷりをみせてくれるのは、会長だ。その笑いたるや、豪快、愉快、痛快の三快の揃い踏みで、聞いてるだけでスカッとする。腹の底から笑うとはまさしくこれなりと、私は感心したのであった。

会長はいつもにこにこ朗らかで、この世に生きるのが楽しくてしょうがないという様子。とくに、子どもたちに出会ったときの会長の喜びようといったらなく、そのうれしさのあまり、いちだんと素晴らしい笑い声を響かせる。会長が生み出しうるもっとも美しく、もっとも楽しく、もっとも心揺さぶる笑い声といえた。

「私もこんな朗らかな人間になりたい。苦虫よ、さらば」と私はこの会長を師として、同じように笑おうと努力した。だが、そうやって力めば力むほど、腹の奥底から苦味が込み上げてきて、すべての笑いを枯死させるのだった。