散文

こどおじのアポリア

昨日、大久保にネパール料理を食べに行った。そのとき友人から聞いたのだが、日本はこどおじで溢れているのだそうだ。こどおじというのは、子ども部屋に住んでいるおじさんのことだ。そして、友人によれば、そもそもにほおじ(日本に住んでいるおじさん)が多いのだから当然なのだそうだ。

また、ネットで話題になっているとかいう「こどおじのアポリア」についても教えてもらった。

二部屋しかない家があるとする。子ども部屋があってそこにおじさんが住んでいる。もうひとつの部屋にはその両親が住んでいる。

何年か経ち、その両親が死ぬ。おじさんはそのまま子ども部屋に住み続ける。やがておじさんは結婚する。おじさんは妻と子ども部屋に住み続ける。しばらくすると、子どもができる。

子どもは成長する。やがてひとつの部屋で暮らすのが窮屈になってくる。おじさんは子にいう。

「さいわい、この家にはもうひとつ部屋がある。お前はその部屋に移りなさい」

子どもはその部屋で暮らしはじめる。そして、おじさんになる。やがておじさんは結婚し、子どもができる。その子どもが成長し、おじさんはいう。

「さいわい、この家にはもうひとつ部屋がある。お前はその部屋に移り、祖父母と一緒に暮らしなさい」

月日が経ち、その子もおじさんになる。このとき、この家にこどおじは何人住んでいるだろうか。

この難問にはAIも歯が立たなかったそうだ。こどおじの方々に聞くしかあるまい。

風刺・戯文

王の後悔

することがないので昼寝していたら、おかしな夢を見た。

異国の男が豪華な衣服で立っているのだ。宝石が散りばめられた大きな金の冠をかぶっているので、すぐに王だとしれた。その王がため息をつきながら、悲しい顔つきで私のほうを見ているのだった。私は思わず尋ねた。

「お困りのようですが、どうされたのでしょうか」

「いや、余はそなたの国が羨ましくてたまらないのだ。余がもしそなたのような国にいたら、あのような恥辱を受けずとも済んだはずなのに。そう思うと、なんともやりきれない思いにとらわれるのだ……」

異国の王の口から漏れた思わぬ言葉に私は仰天した。「いったい、どのようなことが羨ましいというのでしょうか」

「なんでも、そなたの国では、偽の卒業証書をチラ見せするだけで、本物だと言い張ることができるそうではないか」

「ええ、なんでもタイパ重視の我が国では、大事な事柄もチラ見せでこと足りるのです」

「ああ! ああ! そのチラ見せの秘技さえ習得していれば! 我が身は悲劇を免れただろうに!」

王の激しい嘆きぶりを見て私はついやさしい気持ちになった。「王様よ、いったいどのようなことに苦しんでいらっしゃるのでしょうか。この私めにお話くだされば、多少は和らごうかと存じます」

「ああ! もう無駄じゃ! 無駄じゃ! 余は永遠に消し去ることのできぬ恥を晒してしまったのだ! ああ、あのときに、この王冠を一瞬だけ上げて耳をチラ見せしていれば、ロバの耳ではないと言い張ることができただろうに!」

苦い文学

人類への祈り

揖保乃糸は一把一把、束になっている、そしてこれが問題なのだ、と彼は思う。最近ではパスタだって束になっているけど、それでも揖保乃糸のほうがだんぜん問題だ、だって、茹で時間が1分半だから。

彼はそのパッケージから4つの束を取り出す。まとめて片手で持ちながら、鍋の湯が沸くのを待つ。そして、人類のことを考える。湯気といっしょに数々の失敗がよみがえってくる。

彼は、ひと束目を投入したのち、ふた束目の薄くてザラザラしたビニールの帯を解こうとしたのだ。だが、どこから剥がせば良いのかわからない。無理やり剥がそうしたため、跳ね上がった素麺は床中に散らばり、その間に1分半が無情にも過ぎ去った……。

それから、彼は揖保乃糸のホームページを見た。そこにはこう買いてあった。

「お湯を沸かしている間に、必要な束数の帯をほどき準備しておきます」

そこでこの教えどおりに彼は4束のテープを取り去り、調理台の上で積んだ。すると、それら2人前分の素麺は一瞬のうちに崩れて広がり、調理台から床にバラバラと落ちていった。

なぜ器が必要なことを言ってくれなかったのだろうか?

彼は食器棚を見たが、そこには素麺を受け入れる準備のととのった皿はなかった。みな、小さな丸い平皿で、素麺の両端が皿の縁からはみ出てしまう。試みに載せてみたら、そのまま崩れて落下してしまった……。

目の前で湯が沸き立った。彼は心を決めた。もうこれしかないんだ。彼は4束の素麺を左手に持ち、そのまま右手でひとつひとつ帯を剥がしていった。これができれば、4本同時投入が実現する。

ひと束目、成功。彼はふた束目に取り掛かる。思わず左手に力が入り、素麺が軋み出す。冷静に! そして無事に2束目、3束目の帯をはずす。最後のひと束! 慎重に! そのとき、思わぬ方向から現れたビニールの帯が指に絡みつく! なんだ? 3本目の切れ端だ! 彼は「あっ」と声をあげ、その瞬間、すべての素麺は彼の左手から床に滑り落ちた。

彼な絶対に諦めない。なんど失敗しても、挑戦し続けるだろう。遠い遠い未来、彼の試みのおかげで、人類の手がこんなことなど難なくできるように進化するかもしれない。いつかそうなりますように! 彼は人類への祈りを胸に、新たな揖保乃糸を買いに走った

苦い文学

新しい人類

いま、世界各地で新しい人類が生まれている。そして、その新しい人類は、数の上でも古い人類を凌ぎつつある。

だが、このことに気がついている人はまだいない。もしかしたら、公に口にするのは私が最初かもしれない。そして、そのことによって、古い人類が新しい人類に対する迫害に乗り出すおそれもある。だが、新しい人類のひとりとして私は黙ってはいられない。

新しい人類と古い人類の違いはたったひとつだけだ。それは、新しい人類の携帯の画面が割れていることだ。

携帯は割れるものだ。そして割れたら修理しなくてはならない。だが、新しい人類は割れていても平気で使い続ける。人類はそんな能力をついに手に入れたのだ。

「人類だって? そんな大げさな」 という人もいるかもしれない。そうした人はまったく世界というものを知らない。

いま、世界中のあちこちで、携帯を割れたまま使う人々が、互いに無関係に、そして同時多発的に現れ出しているのだ。

なるほど現在では、これらの携帯を割れたまま使う人々は互いに孤立している。だが、いずれ、新しい人類たちは、画面の割れた携帯を巧みに使いこなして、割れた携帯でコミュニケーションを図り、国際的な連帯を構築し、割れていない携帯を使う古い人類の支配に対抗しようとするかもしれない。

そして、ある日、全世界の割れた携帯に「万国の新しい人類よ、団結せよ!」という、決定的なメッセージが送られてくるのだ。

革命が起きるだろう。そのメッセージが、割れた携帯につきものの膨大な未読メッセージの中に紛れ込まなければだが……。

苦い文学

路上ライブ

駅前の広場を歩いていたら、音楽が聞こえてきた。見ると、二人組の男が路上ライブをやっているのだった。ひとりはギターで、もうひとりはマイクを握っている。

だが、ギターの音も、歌声も見事に外れていた。私はかえって興味を感じて、聴衆の輪に加わった。

曲はオリジナルかどうかわからなかったが、どこかで聴いたようなメロディに、どこかで聴いたようなフレーズが散りばめられていた。

やがて、歌が終わり、歌手は聴衆に語りかけた。

「ありがとう。僕たち『かぼす』が路上ライブを初めてこれでもう1年?ですか。『路上から武道館を目指します』をキャッチフレーズにがんばらさせていただいてますが、この夢を早く実現したいな、と思って。一生懸命考えたんです。どうしたらいいかって。そしたら、いい案が思い浮かびました。これなら絶対に夢、叶えられるって。それをみなさんと共有できたらと思って」

聴衆の中から拍手が湧いた。

「『かぼす』は、今夜から『元首相』に改名します!」

そのとき、ギターが後ろからチャカチャーンと合図を送った。

「僕たちは、路上から武道館を目指します! では次の曲聴いてください!」

私は家でやることを思い出したので、足早に立ち去った。