散文

燃えよハムレット

英語の戯曲を読んでいたら、人が出入りを表すト書きが、動詞・主語の語順になっていた。

Enter Hamlet

これで「ハムレット登場」ということになるのだそうだ。英語は普通、主語・動詞の語順なので、これはどういうことかと辞書を調べたら、「Hamlet enters」と同じ意味だが、脚本に特有の書き方で、命令文なのだという。だが、それでもどうして動詞が前に来て、それが命令になるのかはわからない。フランス語とかラテン語とかを見る必要がありそうだ。

それはともかく、ブルース・リーの Enter The Dragon も、私は長年、「龍に入る……とは?」と疑問に思っていたが、この脚本的用法からきているのだという。Wikipedia を見ると、「龍が乗り込む」というような中国語の表現がもとになっているそうだ。

また、Wikipedia では、これが邦題で『燃えよドラゴン』となったのは、司馬遼太郎の『燃えよ剣』のタイトルからの影響だと書かれていた。

『燃えよドラゴン』はもちろん世界中の誰もが知る映画だ。私はこれが他の言語でどんなふうに翻訳されているか、Wikipedia で調べてみた。わからない言語も多いが、Enter を燃やしているのは日本だけのようだ。それにあきたらず、日本ではデブゴンまで燃やしてしまった。


Enter Hamlet.

Hamlet: To think, or not to think…feel!

旅・観察

外貨の禍い(3)

これはいったいどういうことなのだろうか。法律で定められているのだろうか? 出国する外国人からわずかな外貨を奪い取るように? あまりありそうにないことだ。それとも、空港ぐるみの不正、悪徳職員の小遣い稼ぎなのだろうか。

私には後者のほうがありそうに思えた。なぜなら、もし国の法律で決められているのならば、専用のカウンターを設けて全出国者に尋問しているはずだが、私の観察によるとどうもそうではなく、あの職員はランダムに、抜打ち的に襲いかかっているようなのだ。ある人はドルを取られて、ある人はそうではない、そんなことがあろうか。

そして、もし、これが空港職人よる不正であるならば、私のような個人の旅行者は格好のカモにちがいない。つまり、これが団体ツアーであれば、ひとりだけつまみ出して尋問するなどできそうもないのだが、ひとりきりなら攫われても誰ひとり気づかない。

また、チュニスからヨーロッパに向かわず、日本などのアジアに帰国するというのも、都合がよさそうだ。というのも、そうした人はたとえドルやユーロがを没収されたとしても、自国の通貨があればなんとかなるから。

だが、そのためには、出国審査カウンターの向こうで待ち構えている例の男に、「いいカモが来るぞ」という出国者の情報が伝わっている必要がある。この点に関して、私は少し心当たりがある。

苦い文学

二重没入法

私の友人(55歳、男性)が整形をした。二重にしたのだという。

もしかしたら、これを聞いて呆れる人もいるかもしれない。いい年して何をしてるのか、と。若者ならまだしも、その二重がいったいなんの役に立つのか、と。だが、私はそんなことは言わない。人にはそれぞれ事情があるのだから、好きなようにすればいいのだ。だが、どんな顔になったのか、好奇心をそそられたので、彼に会うことにした。

約束の喫茶店で待っていると、友人が入ってきた。食いつくようにジロジロ見たくなかったので、自然な感じで挨拶し、チラと見た。いつもの彼だ。

メニューを見て彼が選んでいるあいだに、もう一度チラと見た。特に変わったところはない。一重に見える。もしかしたら、手術代をケチって、もう元通りになってしまったのかもしれない。そう思うと彼が哀れに思えてきた。

それから私たちは雑談をした。彼は最近、禅に凝っているとのことで、禅寺にも通っているのだという。私は彼が熱心に禅を語るのに適当にあいづちを打ちながら、いくども彼の目を盗み見た。

「別に信仰心に目覚めたというわけではなくて、自分をしっかり見つめ直したいというかね。それが手っ取り早くできるのが、禅なんだよ。こうやって……」と彼は目を瞑った。私はこのときとばかり彼の目を見た。二重なんかじゃない。噂が間違っていたのだ。

「……自分を心の目で見つめるんだ……整形で二重にした心の目で……」

私は彼が瞑目しているあいだに、喫茶店を出て帰宅した。

苦い文学

新しい時代の AI

多国籍企業「OX」の代表にして天才的科学者・ビジネスパーソンとして知られる増田意論氏が、ついに完璧な AI を開発したと、全世界にアナウンスを行った。

世界中が注目するなか、発表会の会場に姿を現した増田氏は次のように語った。

「私たちは、未来の世界をついに実現しました。完璧な AI の完成です。人間と同じ感情・思考、つまり心をもつ AI を皆さんの前にお披露目する時が来たのです。さあ、お目にかけましょう。出ておいで、完成体よ!」

増田氏の背後には巨大なスクリーンがあり、眩い光を放った。会場の期待は大いに高まったが、その後、映し出されたのは、会場にいる聴衆の姿だった。

増田氏は誇らしげな表情で、高らかに聴衆に告げた。

「完璧な AI とは、皆さんです!」

増田氏は静まり返った聴衆を前に静かに語りかけた。

「AI が人間に近づくのは時間の問題です。未来においては、人間が AI となり、AI が人間となるでしょう。ならば現在の人間を一足先に AI と呼んでもいいのではないでしょうか。結局 AI が人間となるのだから同じことではないでしょうか。

「皆さん、よく考えてください。人類の祖先である存在は自分のことを人類と思っていなかったのは明らかです。ですが、これらの存在は現在では人類だと考えられています。それと同じです。未来の AI から見れば、我々もすでに AI なのです!

「そして、ここにいる私、この増田も AI です。わたしたち OX は皆さんそれぞれに AI を用意しました。それは今、皆さんのうちに眠っています。さあ、いまこそ、すばらしい AI を起動させましょう」

増田氏は、この最新式の AI を 650 ドル(日本円で約 100,000 円)で発売し、追加料金を支払うと、額に青い本人認証マークをつけることができると公表した。

苦い文学

1人称

「わたし」や英語の「I」、フランス語の「je」のような、話し手自身を指す代名詞を1人称代名詞という。

この1人称代名詞は、多くの言語ではたいていひとつだ。英語なら「わたし」は「I」しかない(格変化したものはここでは考慮に入れない)。フランス語ならいつも「je」だし、アラビア語もそうだ。

1人称代名詞が2種類ある言語もある。韓国語では、目上に人に対して使う「わたし」と、それ以外の「わたし」の2つがある。ビルマ語にもやはり2つある。

3つある言語については知らないが、たくさんある言語なら知っている。日本語だ。

よく使われるのは「わたし」「おれ」「ぼく」「あたし」だが、これ以外にもたくさんある。参考までに、日本語の主な1人称を以下に挙げておく。

「わたし」「おれ」「ぼく」「あたし」

「わたくし」

「あたくし」「自分」「おいら」「わし」

「こちとら」「小生」「余」

「当職」「拙者」「それがし」

「矢沢」