散文

ブログの入り口

このブログの最初の投稿は 2020 年 2 月 9 日で、写真 1 枚だけだった。だんだんとコロナが広がりつつあった時期だった。この月の後半、私は 2 週間ほどチュニジアに行ったが、もしかしたら、チュニジアにコロナを持ち込むのではないかと不安な気持ちで出発したのを覚えている。

3 月の投稿には、帰国後のことやコロナのことも少し書かれている。その後、私はしばらく入管のことを書き続けた。長崎の大村の収容所に行く必要が生じたりなどしたからだ。

この年は 6 月で投稿をやめている。そして 1 年以上経った 2021 年 11 月 1 日から、私はブログを再開し、今も継続している。

書くことにはそれなりの労力を費やしてきたが、書いた後は放りっぱなしであった。日々、書いたものは増えていくが、時間に飲み込まれていくだけで、それをまとめたり、関連づけたりすることはなかった。

書類の束をいきなり目の前に置かれても、読もうと思う人はいない。なので、他の人が読みやすいように、入り口を作ってみようと思った。そこで、最近、私はブログを多少組織化したり、カテゴリやタグの構造を作り変えたりしている。以前の記事を引っ張り出して、バラバラなのを並べてみたり、束に括ったりしてみた。

ブログに手を加える理由がもうひとつある。科研費だ。私はこの 4 月から科研費で新たな課題を進めることになった。なので、これを機会に、これまで科研費による調査で得た資料などを公開する場所を整備しようと思うようになった。

もっとも、入り口を作ったとしても、内容がともなわなければ読んでくれる人もいないし、役にも立たない。しないよりはマシという程度だが、なんでもそう思ってやらなければ、すべてが消えかねない世界だ。

苦い文学

タトゥイーン

今年の2月末から2週間ほど、チュニジアのチュニスに滞在したとき、ベルベル語の話者に会って、その言葉を教えてもらう機会を得た。

ベルベル語というのは、かつて地中海世界の南側(つまりエジプトや北アフリカ、サハラ)で広く話されていた言語で、現在もモロッコやアルジェリア、ニジェールやマリではかなりの話者がいる。しかし、チュニジアではアラブ化が進み、南部の一部の地域とジェルバ島にわずかに話者がいるのみだ。

教えてくれたのは、チュニス在住の60代の男性だ。ベルベル語にもいろいろあるが、この人のベルベル語は、南部のとある村の方言だ。とても親切な方で、私はずいぶん多くのことを学ぶことができた。そのうちのひとつが、「目」に関するものだ。

「目」は、この男性のベルベル語では ṯīṭ(スィート)という。複数形は ṯīṭāwīn(スィーターウィーン)だ。彼がいうには、この複数形が、チュニジア南部の有名な町 タターウィーン(taṭāwīn)の由来だそうだ。

チュニジアの他のベルベル語では ṯ は t になることが多いので、地名のタターウィーンがベルベル語の ṯīṭāwīn もしくは tīṭāwīn に関係しているというのはありそうな話だ。

さて、このタターウィーンは、世界的な有名な場所でもある。チュニジア南部はスターウォーズの撮影の地として知られるが、主要な舞台のひとつである惑星タトゥイーン(Tatooine)は、この地名からきている。

惑星タトゥイーンは砂漠ばかりの厳しい星だ。これは2つの太陽があるためで、とにかく暑さが苛烈なのだ。この惑星に移住してきた人類には、空に浮かぶ2つの太陽がまるで両の目のように見えた。そこから、目の複数形でこの星を呼ぶようになったと伝えられる。

苦い文学

ミュージカル「世代を超えて」

「50代のおじさんは気持ち悪い」「50代の男は集団自殺しろ」「働かないおじさんは迷惑」などの批判にさらされている50代男性のことをもっと知ってもらおうと、都内の劇団によって50代男性をテーマにしたミュージカル「世代を超えて」が上演されました。

ストーリーの舞台は、近未来の日本。50代男性であるだけで「オジサン」として逮捕される社会で、「オジサン」たちが自由と尊厳を求めて戦う姿を描きます。

主人公の「オジワン」役の吉田二郎さん(56)は「迫害されるオジサンたちを今の自分と重ね合わせて歌いました」と語ります。

脚本と演出は新進気鋭の作家、原田勘助さん(50)。「50代男性が元気になれば、日本もきっと元気になるのでは」と期待を寄せます。

物語上のキーパーソンとなるのが、政府の雇ったオジサン・ハンターの若い女性「ヨーコ」です。「オジワン」との出会いが、彼女の人生を変え、やがて思いもよらぬ運命が二人を結びつけます。演じるは、舞台俳優としてまた歌手としても抜群のキャリアを誇る澤しんじさん(58)。ふたりが力を合わせて、迫害者「ゼット」たちと戦う場面は大きな見せ場です。

初日となった今日、劇場は立ち見が出るほどの盛況で、50代男性の熱気と加齢臭に包まれました。

苦い文学

大股びらき

私たち男は電車の座席で大股を開く存在だと煙たがられている。

「迷惑だ」「見苦しい」「邪魔だ」「自己中だ」「不快だ」「粗末だ」……

私たちの開かれた股に、どれだけ非難・批判・罵り・軽蔑が投げかけられてきたことだろうか。

確かに私たちはそれに値する。だが、それでも、私たち男にも言い分があるということも知ってほしい。

男の股に睾丸と呼ばれる二つの球があるのはご存知かと思う。この球は地球と同じく磁性を帯びている。二つの球は、普段は違う極どうしが並び、くっつきあっている。だが、不意に片方の球が反転してしまうことがあるのだ。

どうしてそんなことが起きるのかについては、諸説ある。鉄道の発する電磁波の影響によるもの、と考える人もいるし、電車の揺れが少しずつ球を回転させるのだ、という人もいる。

いずれにせよ、球が同じ極で向き合うとき、激しい反発力が発生する。これが、私たち男の股を勝手に開かせるのだ。

私たちは自分が股を開いているなど、まったく気がつかない。勝手に球が反発しあっているだけなのだから。私たちが気がつくのは、ただ周りの乗客たちの厳しい目によってのみだ。

私たちは慌てて股を閉じる。

だが、それはどんなに大変なことだろうか。なにしろ反発しあう睾丸を股でぎゅっと押さえ込むのだ。

みなさんも、両足をそろえて座る男性を見かけたら、やさしい目で見てやってほしい。もしかしたら、その固く閉じられた股間では、今まさに、二つの睾丸が激しく暴れ回っているかもしれないのだから。

苦い文学

半減期

原発事故が起きたとき、その周辺のすべての住民は強制的に避難させられた。

私たちみんなだ。

私たちは楽しく遊んで暮らしていたのだが、楽しかったすべてのものを捨てなくてはならなかった。そして、仲良く暮らしていた私たちは、離れ離れになってしまった。

私たちが移住したのは見知らぬ町だった。清潔で、暮らしやすく、放射線量に悩まされることもなかった。

だが、生活はつらいものだった。なぜなら、私たちは他所者だったから。

はじめは誰もが歓迎し、同情してくれた。しかし、それらの気持ちはまるで、甘いコーティングのようなものだった。時間が溶かしてしまったあとは、その下に隠されていた憎悪が剥き出しになった。

私たちは好きでこんなところに来たのではないのだ。そして、町の連中だって好きで受け入れたわけではないのだ。

私たちの誰もが「帰ろう」と密かに言い交わすようになった。その囁きは次第に大きくなり、私たちの心を激しく突き動かした。

ある夜、私たちは故郷に向けて出発した。

どれだけ放射線が高かろうと構うものか、と私たちは思った。

放射能物質にはいつかは半減期がくるが、人の憎悪にはいつまでたっても減る時などきやしないのだ。

散文

コロナの決死圏

 牛久に収容されているビルマ人から電話がかかってきた。彼にとってはこれが3度目の収容で、2回目の収容の時から私は彼の身元保証人をしている。

 「今、みんな、仮放免で出てます。早く仮放免の申請お願いします!」

 必死の訴えだ。

 入管が恐れていることは、今、収容所でコロナが発生して、ニュースになることだ。だから、「コロナになるなら外でね」というわけで、仮放免許可を積極的に出しているという可能性はある。また、被収容者も支援団体も入管内での密を危惧して働きかけている。

 牛久の仮放免許可は出るのが遅いし、一発で出ることはないので、申請はまだいいやと思っていた私はさっそく、書類の作成に取り掛かった。作成といっても、申請書に2カ所ほど署名して、仮放免理由書を書いて(といっても文面は使い回し)、市役所に住民票と課税証明と納税証明を取りに行くだけだ。

 だが、その市役所が人で溢れていた。

 職員を少なくしているため対応しきれてないのだ。人々は不機嫌さと不安の混じり合った表情で受付の前で立ち尽くしている。そこに、マスクをしていないジジイがふらふらと紛れ込んでくる。ソーシャル・ディスタンスなどあざ笑うかような太々しさだ。緊張感がぐんと高まる。イライラも! もう一触即発だ!

 こんな危機をものともせず、決死の覚悟で集めた書類だ。ぜひ一発で許可をお願いしたい。