散文

地獄の言語学入門(10)

さらに音声学には実利的な側面もあるのを見逃してはならない。これは獄中だけにかぎったことではないが、獄中においてもっとも利益を生ずる。

音声学を学べば、世界中のいかなる言語音であれ、人間であるかぎり原理上は誰でも発音できるということがわかるようになる。そして、音声学を通じて発音の仕組みを学ぶことによって、音声学を学んだことのない人よりも、異言語の発音を模倣することがずっと容易になる。

つまり、あなたは初めて出会った異言語の話者の言葉の断片を、その目の前でほぼ正確に繰り返すことができるのである。これがいかなる効果を生み出すであろうか。

ひとことで言えば親しみだ。

あなたの見事な真似っぷりを見たその異言語の話者は、あなたに親しみを感じずにはいないのだ。これはその言語がマイナーであればあるほど効果を発する。なかには感極まって「ブラザー!」と呼びかける者もいるくらいだ。ただし、当然ながら、英語ではこの効果はほぼゼロだ。

さて、この音声学的実演がもっとも効果を発するのが牢獄内だ。獄中はさまざまな言語の話者で溢れていることをすでに指摘した。英語や中国語は言うに及ばず、なかには聞いたこともないような言語の話者が、牢名主としてふんぞりかえっている場合だってある。

そんなとき、その牢名主にへりくだりながら近づいて、その言語の挨拶かなにかを、音声学的に正確な発音でうやうやしく真似したらどうなるだろうか?

たちまち牢名主のお気に入りだ。

パンのかけら、スープの残り、タバコの一本にもありつけるかもしれない。音声学が暮らしを向上させた瞬間である。