苦い文学

ベルベル語に出会う(2)

私のベルベル語との出会いは、さかのぼれば、私とカレン人との関係にはじまる。カレン人は、ビルマの民族のひとつで、内戦のため国を出ざるをえない人も多い。

私がカレンの人々と出会ったのは、1990 年代の半ばの東京で、その後、タイの難民キャンプやビルマ国内のカレン人の地域に一緒に行くまでの関係になった。

カレン人には、日本人と同じように、さまざまな祭りがある。そのうちもっとも大事なもののひとつは「カレン新年祭(カレン・ニュー・イヤー)」というお祭りで、カレン人の暦にしたがって、毎年、年末か年始のどこかで開催される。

日本では 1990 年代末から毎年カレン新年祭が開催されている。カレン新年祭で大変なのは、会場探しだ。安くて広い会場にたくさん人を招きたい、歌とダンス、食事を楽しみたい、そしてあわよくばお酒も飲みたい、というのがこのお祭りだが、年末年始の東京にそんな都合のよい会場はない。安い会場があったとしても、「音楽はダメ」とか「飲食禁止」などなかなか難しい。このお祭りを運営するのは、在日カレン人の有志だが、いつも会場選びに困っていた。

2022 年の暮れに行われたカレン新年祭の会場も、そんな苦労の末に見つかった場所だ。公共施設なので、お酒は飲めないし、東京から遠いのは難点だが、会場の準備に協力してくれた団体は、カレン人の状況をよく理解していた。

というのも、その地域には第三国定住事業で日本にきたカレン人の難民たちも暮らしていて、その団体が日本語教育支援を行なっていたからだ。

私がこうしたことを知ったのは、お祭り当日にその会場に着いてからだが、そのとき、団体の責任者から活動案内を渡された。そこに、気になる情報があった。

(写真:今年のカレン新年祭、赤羽)