苦い文学

「愛国心」の産地偽装に注意!

ロシアがウクライナに侵攻して以後、軍事力に勝るロシア軍に対して、ウクライナはゼレンスキー大統領のもと粘り強く抵抗を続けております。

これというのも「ゼレンスキー印のウクライナ産愛国心」の良質さによるものであり、我が国でも、さっそくこの愛国心の輸入をする業者が現れました。メディアでの報道も相まって、今や誰もが「ゼレンスキー印の愛国心」を争って買い求め、幸運な所有者は我がちに誇示するありさまです。

だが、消費者として注意をしたいのは、産地偽装品の多さです。実に国内を流通しているゼレンスキー印の愛国心の9割が偽物だという衝撃的な事実が、民間の調査団体によって明らかになっております。

これらニセモノ愛国心の気になる産地ですが、そのほとんどがロシア産の「プーチン印の愛国心」、中国産の「習近平電脳監視公司の愛国心」だそうです。そればかりじゃありません。「日本会議謹製の愛国心」まで混入しているのだとか。純国産だなんてあきれた話じゃありませんか。

皆様におかれましては、お手元の愛国心の産地を十分ご確認の上、まちがっても「プーチン印の愛国心」などでウクライナの平和を祈願することなきよう、お願い申し上げる次第です。

苦い文学

コップの魔術師

スピリチュアルなコーチングで名高い人物が街にやってくるというので、ある夜、講演を聞きに行った。会場は、その華やかな活躍にそぐわないようなうらぶれた集会場だった。我々は、人生を変える機会を求めてそこに集まったのだった。

講師にはカリスマティックな雰囲気が漂っていた。彼が演台に立つと、我々はたちまち彼に夢中になってしまった。

講師は演壇の上に、水の入ったコップを置いた。そして、深く味わいのある声で語りはじめた。

「ここに半分水の入ったコップがあります。皆さんはこの水を見てどう思いますか。『半分も入っている』と思うでしょうか、『半分しか入っていない』と思うでしょうか」

彼はコップをそっと持ち上げ、水と空気の間の薄く透明な境界を指で示した。不思議なことに、その境界線は、彼がコップを動かしても微塵も揺れなかった。

「この境界をよく見てください。集中して見るのです」

彼の声には催眠効果でもあるようだった。我々はもはやその境界線から目を離すことができなくなっていた。

「『半分も入っている』でしょうか、『半分しか入っていない』でしょうか」

そのとき、境界線に釘付けになった我々に奇怪な想念が湧いてきた。急に空気に悪意が満ち、その境界線をどんどん押し下げて水を圧迫しているように思えてきたのだ。

我々は苦しくなった。恐ろしくなった。すると、空気が揺れ動き、竜巻のように回転し出したではないか。空気は徐々に形をとりはじめ、ミサイルのようなものができあがった。そのミサイルは轟音を立てて水へと突き進み、境界線を破って水の領域に侵入した。恐ろしい爆発が起き、水は泡立ち血の色に濁った。

我々は絶叫した。と、その瞬間、すべての幻影は消え、半分の水の入った例のコップと講師だけが目の前に現れた。講師は、波ひとつたっていない境界を指さし、我々に再び聞いた。

「『半分も入っている』でしょうか、『半分しか入っていない』でしょうか」

我々の答えは明らかだった。半分しか入っていないのだ。そして、その残った半分ですら、いま恐ろしい危機に晒されているのだ。

我々は恐怖と憎悪と怒り、そして焦りを抱きながら帰途についた。我々の人生は変わったのだ。

苦い文学

かわいそうに

都内の居酒屋で、ある若者がアルバイトをしていた。その店には外国人の娘もアルバイトで働いていた。東南アジアのどこかの国の人で、日本に出稼ぎに来ているようだった。

あるとき、その娘が揚げ場の油を手に引っかけてやけどをした。店の社長は治療費は出したが、彼女は何日も休まねばならず、収入はひどく減ってしまった。

若者はその娘と仲が良かったので「かわいそうに」と同情したら、「全然」という返事が返ってきた。「入管にいる人のほうがかわいそうだよ」

若者は「この子よりかわいそうな人がいるのなら会いにいってみよう」と考えた。

入管にいる人とは収容されている人のことだった。若者は娘からその人の名前を教えてもらうと、入管に面会に行った。

面会室で待っていると、年配の男が現れた。彼は入管に3年間も収容されているというのだった。若者は、これはかわいそうだ、と思い、そのことを彼に告げると、こんな返事が返ってきた。

「難民キャンプにいる人のほうがもっとかわいそうだよ」

若者は「この人よりかわいそうな人がいるのなら会わねばなるまい」と考えた。

彼はアルバイトの収入で航空券を買って、異国にある難民キャンプに行った。そこには、あの娘と同じ民族の人々が狭い場所に小屋を建てて暮らしていた。みな、政府軍の攻撃から逃げて隣国との国境にやってきたのだった。若者は、これはかわいそうだぞ、と思った。

さっそく難民キャンプのリーダーにそのことを告げると、こんな返事が返ってきた。

「難民キャンプに来られず、国境のジャングルで逃げ暮らしている村人のほうがもっとかわいそうだよ」

若者は「これらの人々よりかわいそうな人がいるのなら会わねばなるまい」と考えた。

そこで、そのリーダーに頼んで、国境のジャングルに連れていってもらうことにした。

ジャングルの旅は危険極まりなかった。都会育ちの若者は疲労困憊し、やがて熱病に冒された。無理を押して進んだが、ついに力尽き、意識を失った。人々は懸命に手当てをしたが、ジャングルのただ中ではできることはほとんどなかった。若者はもはや息をするのをやめていた。

人々は彼を日当たりのよい丘に葬った。そしてだれもが「かわいそうに」と泣いた。

苦い文学

令和の山月記

前立腺に異常が見られるというので、大きな病院の泌尿器科に行った。結果としては特に問題がなかったのだが、診察前のアンケートで一日の排尿の回数の項目があり、一日に何回するか考えたこともなかったので、少し多めに書いた。

診察に当たってくれた先生はとても親切な先生だったが、少しせっかちのようだった。彼は診察しながら、私に対してどういう診察をしたかをコンピューターにしっかり記録していくのだが、せっかちのあまり必ず誤入力するのだった。

先生は、私のアンケートを見て、頻尿の症状を読み取った。

「おしっこは一回は我慢してください。そうして膀胱をしつけるのです。これを膀胱訓練といいます。子どもをしつけるようなものです」

魂が肉体の主人であるように、私も膀胱の主人なのであった。

先生は、話し終わるや、さっそくパソコンに入力した。だが、「膀胱訓練を指導」と入力するつもりが、せっかちすぎて早めに変換して「暴虎」となってしまった。

暴虎! 先生はこれまでいくど「膀胱」と入力したかしれないのに間違うとは……

私は夜の山道を歩いていた。

すると、草蔭から一匹の暴虎が躍り出た。虎は、あはや私に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を飜して、元の叢に隱れた。叢の中から人間の聲で「あぶない所だつた」と繰返し呟くのが聞えた。私は咄嗟に思ひあたつて、叫んだ。「其の聲は、我が膀胱ではないか?」

草叢から声が聞こえた。そして、膀胱は虎に成り果てた由縁を長々と語つたのだつた。言終つて、叢の中から、堪へ得ざるが如き悲泣の聲が洩れた。

「泣いてる、膀胱が!」と気づいた私は、慌てて便所を探した。

苦い文学

苦い文学

今年2月のビルマでのクーデターを受けて、入管の在日ビルマ人への態度が変った。

今年の夏に出た「本国情勢を踏まえた在留ミャンマー人への緊急避難措置」というのがそれで、「緊急避難措置として、在留や就労を認める」というものだ。

この話を聞いたKさんが、私のところに来た。彼は難民申請者で、入管にも三度収容されていたことがある。去年の春に仮放免された人だ。

私は彼の身元保証人をしているのだが、Kさんは自分にもこの「緊急避難措置」が当てはまるのかどうか、入管に聞いてほしいというのだった。

私たちはサイゼリアでお昼を食べていたので、私は店を出て入管に電話した。担当の人に繋がり、私は、自分が身元保証人であることとKさんの名前を告げ、事情を話した。すると担当の人は少し調べた後「順次手続きしているので入管から連絡がくるはず。もし事情があれば、入管に直接来て手続きを行ってほしい」と言った。

私は大急ぎでKさんのもとに戻り、入管の話を伝えた。我々二人に大きな感慨が訪れた。ついにKさんは日本での滞在を認められるのだ。ついに彼は正々堂々と日本で暮らすことができるのだ。おお、収容所よ、さらば!

新しい人生がはじまるのだ。

Kさんは心の重荷を下ろすかのようにため息をついた。その表情には静かな喜びがあった。

すると、私に電話がかかってきた。入管からだ。私は軽やかな足取りで再び店外に出て通話をはじめた。

それは訂正の電話だった。Kさんの場合は、一度、不法滞在になっているので、この「緊急避難措置」の対象外だとのことだった。

私は重い足取りで席に戻り、Kさんに間違いだったと告げた。私はそれ以外になんと言ったらいいか分からなかった。だが、不思議なことにKさんにはがっかりした様子もなかった。そして、意外なことを言った。

最初の電話の時、私がとても楽しそうに店の外から帰ってきたので、それがとてもうれしかった、と。

私は仕事がなく、Kさんはビザがない。我々の人生はとても苦いが、それでもそこに味わうべき何かがあったのだ。

苦い文学

即身仏

昔はデパートといえば、単に物を売る場所ではなく、文化の中心だった。都会の新しいファッションがならび、普段では食べられないものが販売され、高尚な芸術が発信された。人々はデパートから豊かな文化的生活というものを学んだのだ。

1974年の後半、某都市のデパートで、いくつかの文化的な催しが開催された。海外の新進画家の絵画展もあったし、日本の仏教芸術の展覧会もあった。

後者の展覧会は、我が国の仏教芸術を幅広く紹介しようと企図されたものであった。密教の曼荼羅図、高僧の真筆、絢爛たる袈裟とともに、即身仏の展示も予定されていた。

即身仏とは、地中で修業しながらなくなった僧のミイラだ。こんなものを展示するなどというのは、現代ならば物議を醸しそうだが、当時ではさして問題にはならなかったようだ。

しかし、即身仏への敬意と保護の関係上、展示は一日だけ、オープニング初日の午後に限定された。即身仏は丁重に包まれ、木箱に入れられて、朝早く搬入されることになった。

「11月14日、東北の古刹より即身仏来訪!」との宣伝が行われ、近隣諸地域の人々の間では期待が高まっていった。デパート側も、あらゆるフロアで特別セールを企画してオープニングを盛り上げることにした。上階にある飲食店フロアには、天ぷら、寿司、洋食、イタリアンなどの料理を提供する複数の店舗があったが、いずれも、来場者を特別な食材でもてなそうと張り切った。

11月14日の朝、デパートの搬入口は、大いにごった返していた。というのも、その日は即身仏だけでなく、レストラン用のさまざまな食材が大量に運び込まれたからであった。そして、その大混雑の中、即身仏と、イタリアン・レストラン用の生ハムが入れ替わってしまったのだった。

それはただの生ハムではなかった。スペインから直送されてきた香り高い生ハム原木であり、当時は東京でなければ目にすることができないものであった。

仏教芸術展の担当者は、会場に運ばれた箱を開けて、生ハムを発見して驚愕した。彼は即身仏の行方を探して走り回ったが、結局、きらびやかな袈裟を生ハム原木にかぶせることでうまくごまかす策に落ち着いた。

かくして仏教芸術展は開かれ、即身仏見たさの人々で満杯になった。人々は即身仏が安置された巨大なガラスケースに我先に向い取り囲んだ。そして、感動とともに生ハムに手を合わせた。法悦のあまり涙ぐむ者も見られた。この有り難き機会に居合わせたある保守系評論家は、ガラス越しにですら高僧の「馥郁たる香気」が感じられたと断言した。

いっぽう、イタリアン・レストランの厨房では、即身仏が、他の生ハム・サラミとともにきれいにスライスされ、皿に盛られていた。その夜のディナーでは、独特のカビ臭さがあるそのサラミに誰もが満足したという。

苦い文学

魔法使いの弟子たち

遠い未来、死にかけた地球で、魔法使いが暮らしていた。赤、青、黄の三人の弟子がおり、魔法使いのもとで学ぶこと久しかった。そのため、少年の頃に魔法使いのもとにやってきた弟子たちは、今やいずれも妻子を持つ身となっていた。どの弟子も、まじめに修行に打ち込んでいたが、魔法使いの見るところ、モノになりそうなのは赤い弟子だけだった。

赤い弟子は、頭脳明晰なだけでなく、ハンサムだったので、近くの村の娘と良い仲になった。ある日、彼は妻に「薬草を採りに長い旅に出る」と告げ、さらに青と黄の弟子に口裏を合わせるように頼むと、村娘と二人で熱海の温泉に行ってしまった。

魔法使いが、この不倫旅行について知らされたのは、赤い弟子が帰ってきたあとだった。魔法使いは三人の弟子を集めた。その顔には静かな怒りが浮かんでいた。彼はまず青い弟子に尋ねた。

「青い弟子よ、お前は赤い弟子が熱海に行っている間、何をしていたのだ」

「師よ、私は、不倫旅行に行けない悔しさをバネに、魔法の研究に打ち込み、ついに失われた秘法をつきとめました。これにより魔法科学は大いに発展することでしょう」

魔法使いは片方の眉を上げ、今度は黄色い弟子に尋ねた。

「黄色い弟子よ、お前は赤い弟子が熱海に行っている間、何をしていたのだ」

「師よ、私は、不倫旅行に行けない切なさをバネに、伝説の魔術師リアルトの伝記を完成させました。これで魔法史が大きく書き替えられることでしょう」

魔法使いはもう片方の眉を上げ、最後に赤い弟子に命じた。

「赤い弟子よ、お前が熱海で村の娘としたことをつぶさに報告するのだ」

赤い弟子が語り終えたとき、魔法使いは、青い弟子と黄色い弟子の瞳に、新たな研究意欲がメラメラと燃え盛っているのを見いだした。

魔法使いは弟子たちを去らせると、書斎に座り、太古から伝わる格言を思わずつぶやいた。

「げにげに不倫は文化かな」

風刺・戯文

侵略

どうも、こんにちは。

まずは自己紹介をさせていただきますね。私はプロのプログラマーで、自由時間ではハッキングを専門にしております。

今回残念なことに、貴方の星は私の次の被害者となり、貴方の星のオペレーティングシステムとデバイスに私はハッキングいたしました。

数ヶ月間、貴方の星を観察してきました。

端的に申し上げますと、貴方の星がありとあらゆる破壊に夢中になっている間に、貴方の星のデバイスが私のウイルスに感染したのです。有機的・無機的を問わず、貴方の星のあらゆるデバイスへのフルアクセスとコントロールを私は獲得しています。

近頃、貴方の星が殺戮の大ファンで「戦闘動画」鑑賞を楽しんでいることを知りました。

意味はお分かりですよね……貴方の星が勢いよくミサイルを発射するいくつかのクリップを編集して、マスター・オペレーション中に閲覧していらっしゃった動画を組み合わせることにしました。

画面の左側では貴方の星がご自分を楽しませている様子、そして右側ではその時に遂行されていた作戦を表示するようなビデオクリップを作成いたしました。

数回マウスをクリックするだけで、とても簡単にこの興味深いビデオを太陽系どころか、銀河中に送信したり、インタギャラクティック・ウェブ上に単に投稿できたりすることはもうお分かりでしょう。

朗報は、まだ抑止することができることです。ただ 1,800,000 光年相当の量子コインを私の量子ウォレットに送金いただくだけで……

苦い文学

エンダーのあれ

学生はオンライン授業中は必ずカメラをオンにしなくてはならない、という通知が出された。昨年私が教えていた学校でのことだ。もっともらしい理由が書かれていたが、要は学生を信じていないのだ。

しかし、学生にカメラをつけさせるのは至難の業だ。なんども呼びかけたあげく、ようやく一人の学生がカメラをつける。そこで次の学生にカメラをつけるよう働きかけ、これがつけてくれたと思ったら、最初の学生のカメラがオフになっている。もしやと思って、2番目の学生に目を向けると、こっちもオフだ。まるでモグラ叩きのようなのだ。

あるとき、私のオンライン授業に視察が入った。もちろん、カメラのチェックだ。

私は必死になって学生一人一人にカメラを付けるように要請した。ひとたびつけた学生にはもう消さないように頼むと同時に、まだの学生には厳しい声で促した。もう授業などそっちのけだ。私はめまいがしてきた。喉がかれた。歯を食いしばりすぎて奥歯が割れた……だが、ついにその時がやってきた。私のスクリーンに60人全員の学生の顔が映し出されたのだ。壮観だった。

と、その画面が暗転し、ひとりの見知らぬ男の顔が現れた。微笑みながら彼は言った。

「おめでとう。君はついにやったのだ。これらの学生は本当の学生ではなく、実は世界中で行われていたコロナとの戦いを象徴していたのだ……そして、君がひとり学生にカメラをつけさせるたびに、コロナが敗れ去っていったのだ。そうだ、君は世界を救った……さあ、ログアウトするがいい。世界中が英雄を待っている……」

などと考えながら、学生に呼びかけたが、もちろん誰一人つけるものはなかった。

授業後、責任者のひとりが「これは大問題ですよ」とメールを送ってきたが、「うるせー、お前の学校の方針のほうが大問題だ」と思った。

苦い文学

ブライアン

失業中の私にはもはやブライアン・フェリーになるしか選択肢は残されていなかったのだ。

しかし、どのようにしたらなれるのか。ネットを検索したら、日本ブライアン・フェリー協会というものがあり、そこで簡単な講習を受ければいいのだという。とはいえ、あくまでもそれは初級ブライアン・フェリーであり、協会認定のブライアン・フェリーになるためには、2年間のブライアン・フェリーの実務経験を経て試験に合格しなくてはならない。道のりは遠い。だが、食いっぱぐれのない仕事だ。

私は緊急事態宣言が解けるとすぐに、都内某所にある日本ブライアン・フェリー協会に向った。白い上下のスーツをまとったのは意気込みを示すつもり。ところが、その住所にそびえ立つビルを前にして私は愕然とした。日本ブライアン・フェリー協会は8階にあるのだが、エレベーターが点検中で使えないというのだ。

階段を上ると私はめまいがしてくるのでいやだったが、しかたがない。なんとか上りきって受付を済ませ、ぜいぜい言いながら講習を受けることとなった。

「この講習ではみなさんがブライアンになるために必要な基礎知識を学びます。みなさんは彼になるためには何が大事だと思いますか」

講師の言葉に受講生たちが口々に答える。「ロキシー・ミュージック!」「グラム・ロック!」「キーボード!」

私も負けじと元気に叫ぶ。「乱れがちな前髪!」

「……いろいろな意見が出ましたね……ですが、ブライアンになるために一番大切なのは……」

講習が進むにつれ、私の中で違和感がつのっていった。それもそのはず、慣れない階段で疲れ果てた私は、うっかり7階の日本ブライアン・イーノ協会に講習を申し込んでしまったのだった。

どうりで私が「乱れがちな前髪!」と言ったとき、講師が睨みつけたわけだ。