次のような文も私にとっては悩みの種だ。
「どうしようもないわ」
「わ」は、女性言葉の「わ」と、男性が呆れて「どうしようもない」というときの「わ」のどちらにも解釈できる。いずれにせよ、文字だけではわからない。
このように書き言葉は、話し言葉を完全には写しとることができない。だが、そのかわり、言葉そのもので補うことができる。例えば、形容詞や副詞、動詞などで描写することがそれだ。
高い声で話した。
キッパリ言った。
ボソボソとつぶやいた
黙った。
また、先ほどの「しないわ」の場合では、「彼は言った」とか「彼女は困惑した」のような説明を加えれば、解釈に困らない。イントネーションもまた「!」や「?」を使わずとも、「と驚いた」とか「と尋ねた」とかの補足があれば問題はない。さらにイントネーションや声の質、強さなどで表される微妙なニュアンスも、副詞や文末表現の使用によって、ある程度は伝達可能だ。
おそらく〜と思われる
〜かもしれない
きっと〜はずだ
こうした補助的手段を活用することで、元来はイントネーションなどを表すことができなかった書き言葉が、イントネーションから独立した文体を獲得していく。
さらに、話し言葉にはもっと複雑な情報が含まれている。誰が、どこで、どういう状況で、なにを前提にその言葉を言ったかという情報だ。相手が目の前にいて、状況を共有していれば言わずもがなのこうした情報が、文の理解に不可欠なこともある。そうした場合、書き言葉ではこうした情報を明示するための説明が増えていく。
これらの説明こそが、やがて書き言葉を話し言葉とは別の道を歩ませることになる。