言語学者は言語を研究している。言語の研究にもいろいろあるが、特定の個別言語を研究している人も多い。個別言語にもいろいろある。英語や日本語のように有名なのもあれば、無名なのもある。そして、有名でない言語の研究者がいつもさらされているのが、「どうして〇〇語を研究しはじめたんですか」という心ない質問だ。
なぜ心ない質問なのか。なぜなら、これは相手を満足させるようには決して答えることができない質問だから。言語学の研究者が、ある言語を研究するようになるのは、たいてい偶然によるものなのだ。たまたま興味を持った、たまたまその言語の話者と友人になった、たまたま指導教官に勧められた、たまたま授業に出てきた……そんなもんだ。
だが「どうして〇〇語を研究しはじめたんですか」と聞いてくる人は、まさかそんな偶然が理由だとは思いもしない。だから、「いえ、卒論のテーマを選ぶときに、他の言語より簡単そうに思えたので、たまたま、ですよ……」などとうっかり本当のことを言おうものなら、「またまた〜」と本気にしてもらえないか、「ハハーン、さては……」と痛くもない腹を探られるだけだ。
というのも、どういうわけかこういう質問をしてくる人は、言語学者とその言語の結びつきには必然的なものがあるはずだと決めつけているのだ。数千ある言語を調べ尽くして「こ、これだ!」とついに発見したとか、背景に恋人との悲しい別れがあるとか、天啓によってその言語へと導かれたとか、貧しい村を救うためだとか、そういう物語、運命、使命が聞きたいのだ。
研究者ではない私もそういう質問をされることがある。そして、どう答えても相手をがっかりさせたり、しらけさせたりするだけなのを心苦しく思っていた。だが、最近、ついに究極の答え方を見つけた。
「いったい、どうして〇〇語なんかやってるんですか」
「人を好きになるのに、理由なんかいるかい? 〇〇語も同じさ……」
これでもう、絶対に質問してこないはずだ。近寄ってもこないかもしれない。