散文

ブログの入り口

このブログの最初の投稿は 2020 年 2 月 9 日で、写真 1 枚だけだった。だんだんとコロナが広がりつつあった時期だった。この月の後半、私は 2 週間ほどチュニジアに行ったが、もしかしたら、チュニジアにコロナを持ち込むのではないかと不安な気持ちで出発したのを覚えている。

3 月の投稿には、帰国後のことやコロナのことも少し書かれている。その後、私はしばらく入管のことを書き続けた。長崎の大村の収容所に行く必要が生じたりなどしたからだ。

この年は 6 月で投稿をやめている。そして 1 年以上経った 2021 年 11 月 1 日から、私はブログを再開し、今も継続している。

書くことにはそれなりの労力を費やしてきたが、書いた後は放りっぱなしであった。日々、書いたものは増えていくが、時間に飲み込まれていくだけで、それをまとめたり、関連づけたりすることはなかった。

書類の束をいきなり目の前に置かれても、読もうと思う人はいない。なので、他の人が読みやすいように、入り口を作ってみようと思った。そこで、最近、私はブログを多少組織化したり、カテゴリやタグの構造を作り変えたりしている。以前の記事を引っ張り出して、バラバラなのを並べてみたり、束に括ったりしてみた。

ブログに手を加える理由がもうひとつある。科研費だ。私はこの 4 月から科研費で新たな課題を進めることになった。なので、これを機会に、これまで科研費による調査で得た資料などを公開する場所を整備しようと思うようになった。

もっとも、入り口を作ったとしても、内容がともなわなければ読んでくれる人もいないし、役にも立たない。しないよりはマシという程度だが、なんでもそう思ってやらなければ、すべてが消えかねない世界だ。

散文

コロナの決死圏

 牛久に収容されているビルマ人から電話がかかってきた。彼にとってはこれが3度目の収容で、2回目の収容の時から私は彼の身元保証人をしている。

 「今、みんな、仮放免で出てます。早く仮放免の申請お願いします!」

 必死の訴えだ。

 入管が恐れていることは、今、収容所でコロナが発生して、ニュースになることだ。だから、「コロナになるなら外でね」というわけで、仮放免許可を積極的に出しているという可能性はある。また、被収容者も支援団体も入管内での密を危惧して働きかけている。

 牛久の仮放免許可は出るのが遅いし、一発で出ることはないので、申請はまだいいやと思っていた私はさっそく、書類の作成に取り掛かった。作成といっても、申請書に2カ所ほど署名して、仮放免理由書を書いて(といっても文面は使い回し)、市役所に住民票と課税証明と納税証明を取りに行くだけだ。

 だが、その市役所が人で溢れていた。

 職員を少なくしているため対応しきれてないのだ。人々は不機嫌さと不安の混じり合った表情で受付の前で立ち尽くしている。そこに、マスクをしていないジジイがふらふらと紛れ込んでくる。ソーシャル・ディスタンスなどあざ笑うかような太々しさだ。緊張感がぐんと高まる。イライラも! もう一触即発だ!

 こんな危機をものともせず、決死の覚悟で集めた書類だ。ぜひ一発で許可をお願いしたい。