小説

駆け込み乗車

今日電車に乗っていたら、普段と違うアナウンスが聞こえてきた。

「先ほど〇〇駅で駆け込み乗車をされた方、怪我の有無と荷物の破損を確認したいので車掌室までおいでください」

私たちが知っているのは、駆け込み乗車や無理な乗車をした人は、弁明したり、否定したりする機会なしに、一方的にアナウンスで怒られることだ。

だが、この日私が聞いたアナウンスは今までのものとは違うものだ。これはいったいなにを意味しているのだろうか?

車掌たちが駆け込み乗車者たちに対して抱いている憎悪のほどを考えれば、このアナウンスが親切心から出たものでないことは明瞭だ。とすると、ここになんらかのトラップが仕掛けられていることは疑いない。

だが、同様にはっきりしているのは、ちょうど私がすぐにしてみせたように、誰もがこのトラップを容易に見抜きうるということだ。誰一人、この言葉に釣られて車掌室に行きはしないだろう。

では、車掌たちはそれに気がつかないほど愚かなのだろうか? これもやはりありそうもないことだ。とすれば、このアナウンスには、乗客に向けたのではない、別の隠れた意図があるとしか考えられない。

その意図とはなんだろうか。私はさまざまな可能性をひとつひとつ検討し、ある解釈に逢着した。

車掌は、ある「魔」が、人に紛れて車両内に侵入したのを発見したのだ。その魔の存在が大事故を引き起こすことを知っていた車掌は、大惨事を未然に防ぐために、魔をアナウンスで車掌室におびき寄せ、封じようとした……これが今のところもっとも合理的な解釈である。

風刺・戯文

静かな電車

日本に来たとき、びっくりしたことはたくさんありますが、とくに驚いたのは、電車の中が静かだということです。

私の国でも、電車がありますが、乗客たちはみんなうるさいのです。大声でおしゃべりする人もいれば、携帯電話で大声で話している人もいます。なので、日本の電車がとても静かなのが、なんとも不思議でした。

たまに大きな声で話している人がいますが、よく聞いてみると、日本語ではありません。この間など、電車のなかでうるさい人たちがいるかと思ったら、なんと私の国の言葉で話していました。恥ずかしくて思わずうつむいてしまいました。

どうして日本の電車は静かなのでしょうか。日本人がマナーを守るからだと聞いたことがあります。でもそうではないと思います。なぜなら、日本に長く住んでいると、マナーを守らない日本人もけっこういることがわかるからです。

私は、日本の電車が静かなのは、電車のなかでは日本人の声が互いに打ち消し合っているからだと思います。つまり、日本人には相手の声を打ち消すノイズキャンセリング機能が備わっているのです。

そればかりか、日本人は相手の存在をも打ち消すことのできる機能も備えているようです。そうでなければ、あんなひどい満員電車に乗れるわけがありません。日本人の目から見ればきっとガラ空きなのでしょう。

ガラパゴス諸島さながらに、独自の進化を遂げた日本人の生態は、まさに驚異のひとことです。

風刺・戯文

満員バウンド

《「思わず大笑いしてしまいました」 アメリカ人が日本の満員電車で驚いた意外すぎる姿とは》

日本の満員列車は、一度は体験してみたいアドベンチャーとして、世界中で注目されています。初めて日本を訪れたというアメリカ人の2人組、ジョンさんとナンシーさんは、さっそくラッシュアワー時の満員列車に挑戦しました。

「本当にもみくちゃにされましたよ! 想像していたよりもエキサイティングな経験にもう夢中です」と語るジョンさん。「リッチで車社会のアメリカでは満員列車など経験するチャンスなどありませんから。それに、これだけストレスフルなのに銃を乱射する人がいないのもちょっと不思議ですね」

「はじめはすごく怖かったの」と正反対の感想を語るのはナンシーさん。「というのも、はじめて満員電車に乗ったとき、どの日本人もフェンタニル中毒者に見えたんです。みんなゾンビみたいに思い思いのかっこうで固まっていたから。でもそれはキュウキュウで身動きできないだけだとわかって、思わず大笑いしてしまいました!」

東京だけでなく、大阪の満員電車にもチャレンジしたいというお2人。帰国までに、ミンチになっていなければいいですね。

風刺・戯文

夜のなかほどへの旅

電車に乗るとき、気をつけなくてはいけないのは、ドア付近から絶対に離れてはいけないということです。

車内には乗客はたくさんいますし、次から次へと乗ってきます。もうドアの前の空間はぎゅうぎゅう詰めです。そんなとき、私たちの耳に忍び込んでくるのは、こんな甘いアナウンスです。

「ご乗車後は扉付近で立ち止まらず、車内なかほどまでお進みください」

そうか、そうか、と、お思いになるかもしれません。こんなところにいてなんになる、車内中ほどに移住しよう、と決意を固めるかもしれません。ですが、はっきり言っておきましょう。これは罠です。絶対に動いてはいけません。あなたがドア付近で掴み取ったその場所を死守するのです。

周りの乗客たちが「なんでこいつ動かないんだ。とんだバカだ」と罵っても、あなたの背中を肘で突き、カバンの鋭い角であなたの脇腹を突き刺そうとしても、微動だにしてはいけません。

中にはこんなふうにささやいて誘惑してくるものもいます。「なかほどはなんて素晴らしいところなんだ」「広々として」「のびやかで」「口臭も体臭もない」

だまされないでください! すべて嘘です。そんなところではないのです。そこは薄暗く、危険で、恐ろしい場所……。もちろん、本当のところはわかりません。いや、違います、ただひとつだけはっきりしてることがあります。なかほどに進んで行った乗客たちのうち、だれひとりとしてここに帰ってきたものはいなかったのです……

風刺・戯文

電車の封建精神

昔、参勤交代の大名行列がやってくると、町人や農民は歩みを止め、ひれ伏したものだった。これは身分が人間を決めていた封建社会だからで、人の平等を尊ぶ現代社会にはもはや見られぬ慣行だ。

ところが、今なおこの封建精神が幅を利かせている社会領域が存在する。

それは電車の世界だ。電車は身分制に徹底的に縛られている。鈍行・快速・特急と明確に分たれ、鈍行は決して特急にはなれない。特急の上には新幹線があるが、これものぞみを中心とする厳格な身分制社会だ。こだまに生まれたら最後、死ぬまでこだまで、のぞみののぞみなどない。

そして、この厳しい身分制がもっとも明確に現れているのが「大名行列」だ。どういうことかというと、電車の社会では、自分よりも身分の高い電車がやってくるとき、大名行列にでくわした農民のように平伏しなければならないのだ。

例えば、鈍行は快速が背後から近づいてきたら、必ず最寄りの駅に停車し、快速が通過するのをじっと待っていなくてはならない。そして、この快速も、特急が接近すれば、駅で通過待ちということになる。

もちろん、電車には電車のルールがあっても構わない。しかし、この電車の「大名行列」のせいで、中にいる乗客が待たされるとしたらどうだろうか。

乗客にはもちろん電車の身分の違いなど関係がない。なのに車内で待たなくてはならないとは、とんだとばっちりではないだろうか。

少なくとも、今の日本では私たちは憲法のおかげで誰もが平等になった。誰にでくわそうと、這いつくばる必要などのない世の中だ。

電車の世界もこうした社会の変化に敏感であるべきだ。特急だの新幹線だの速さに夢中のあまり、封建制という長いトンネルをノロノロ運転しているのではあるまいか。

風刺・戯文

ノイキャン

音に敏感なタチなのかどうかわからないが、外出するときはいつもノイズキャンセリングのイヤホンをしている。一度、イヤホンを忘れて外に出たことがあったが、不安になって取りに戻ったぐらいだ。世界はうるさく耳障りで煩わしいのだ。

外界の音が聞こえないのでは危ないではないかとか、つけっぱなしでは耳によくないとか、外さないのは相手に失礼ではないかとかのうるさい小言も、ノイキャンのスイッチを入れればまったく聞こえない。

ところで、このノイキャンを憎んでいる人々がいる。はっきり言えば駅員たちだ。自分たちの自慢のアナウンスがキャンセルされるのがどうも気に食わないらしいのだ。自分の電車はいくらでもキャンセルするのにだ。だから、駅員たちは訓練の末(かどうかは知らないが)、新しい発声法を身につけた。ノイズキャンセルキャンセル話法だ。

このノイキャンキャン声で車内アナウンスされると、キャンセル機能が耳に築き上げた防壁は簡単に崩壊してしまう。駅員の声が私たちの耳にダイレクトに突き刺さってくるのだ。私たちは悲鳴をあげてのたうち回る。電車の吊り革に両手を縛りつける(そうしないと、自分の耳をもぎ取ってしまうのだ)。

私たちはオーディオ売り場に飛んでいき、新しいイヤホンの開発をお願いする。ノイズキャンセルキャンセルキャンセル機能搭載のイヤホンを早く! ……だが、私たちがこのノイキャンキャンキャン・イヤホンを手に入れるころには、駅員たちはすでにノイキャンキャンキャンキャン声でアナウンスを始めているのだ!

いったいいつまでこの戦いは続くのだろうか。それはさておき、一般の乗客は私たちのこの戦いをキャンキャンキャンキャンうるさいと思っていることだろう。

風刺・戯文

我が国の将来は明るい

今朝、電車に乗っていたら、急停止して、車両内の電灯が消えた。しばらくしてアナウンスがあった。

「電気の点検を要する箇所に停車したため、すべてのパンタグラフを下げています。そのため、車両内の室内灯、暖房、送風が止まっております。車両内が暗くなっております。スリや置き引きに遭われませんよう、お気をつけください」

このアナウンスを聞いて私は軽く衝撃を受けた。スリだと? 現代の日本にはスリはいない、いるのは外国だけだ、そう教えられてきたのに、スリだと? 私はてっきり、電車の遅延に困り顔の乗客をせめて楽しませようと、車掌がちょっとした冗談を言ったのだと思った。昔、ジャングル・クルーズで、存在しない「首刈族」が私たちに愉快な刺激を与えたように、いもしないスリでイタズラを仕掛けたのだ(乗り物関係者はこういうジョークが好きと見える)。

だが、携帯で調べてみると、これは車掌のおふざけなどではない、ということがわかった。ニュースによれば、最近、日本でもスリが増えているというではないか。

私はこのニュースを見て、日本の将来への不安がすっかり解消した。私たちの素晴らしい与党に日本を任せて大丈夫、と確信した。

ほとんどいないと言われていたスリを増やせた政府にとって、子どもを増やせないわけなどないのだ。それこそ赤子の手をひねるようなものだ。

風刺・戯文

見失った羊

(朝、押しつぶされそうなほど満員の通勤電車が急に停止し、アナウンスが流れる)

ただいま、停止信号のため、緊急停止いたしました。信号が変わりしだい、運転を再開いたします。

(ざわめく車内)

ただいま、線路内に人が立ち入ったとの情報が入りました。安全の確認が取れるまで、しばらくお待ちください。お急ぎのところ、電車が遅れまして、まことに申し訳ありません……安全の確認が取れたため、線路内に立ち入った人の捜索を開始したとのことです。

(車内に怒りの声が上がる)

お急ぎのところ、申し訳ありません。現在、捜索中とのことです。聖書に書いてあるとのことですが、昔、百匹の羊を所有している人がいたそうですが、そのうちの一匹がいなくなってしまいました。そこで、その所有者は、残りの九十九匹をほったらかしにして、見失った一匹を懸命になって探し、ついに見つけました。

(苦しくなった乗客が喘ぎはじめる)

所有者は、大喜びでその羊を連れて帰ると、友人や近所の人々を呼び集めて、羊が見つかったお祝いをしたそうです……再び情報が入ってきました。どうやら無事に保護されたとのことです。運転再開までしばらくお待ちください。

(ほっとする乗客たち)

見つかったお祝いが終わりしだい、発車いたします。

(罵声、悲鳴、絶叫)

小説

新しい痴漢

昼下がり、都会へと向かう電車のその車両には、私とスーツを着た男のほか誰もいなかった。私は座席の端に座り、その男は向かい側の座席の反対側の座席に座っていた。銀の手すりにもたれかかって、目を閉じていた。眠っているようだった。

電車が赤頭駅で停車すると、警官たちがどかどかと乗車してきた。驚いて見ていると、警官たちは向かいの乗客を取り囲んだ。

「痴漢の現行犯だ! 逮捕する!」

叩き起こされた男は警官たちを見上げた。警官が男の腕を掴んで立ち上がらせようとすると、男は身を固くして抵抗した。私は思わず声をかけた。

「ちょっと、待ってください! 事情は分かりませんが、その人はこの車両にずっといました。私が証人です」

すると警官のひとりが私に言った。「お騒がせして申し訳ありません。この男は普通と違うのです。痴漢とは触るだけではないのです。見たり、匂いを嗅いだりする間接的な行為も痴漢です」

「この車両には女性はいませんでした。これもまた証言できます」

「ええ、ですが、この男は触りも、見も、匂いを嗅ぎもせずに、ただ強力な想念のみで痴漢行為を行うことができるのです。しかも別の車両にいる女性に対してです。もっとも新しい痴漢として、この容疑者を私たちはずっとマークしていたのです」

そのとき、別の警官が叫んだ。

「やっ、逃げたぞ!」 警官たちはいっせいに車両からホームに飛び出した。「線路に降りた! 逃げた!」「追いかけろ!」

そのとき静かにドアが閉まった。私と、なにごともなかったかのように再び目を閉じた男を乗せた電車はゆっくりと動き出し、男の幻影を追いかける警官たちを置き去りにして、都会に向かっていった。