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道を渡りし者(3)

男は私を連れて、住宅地の細い道路に入り込んだ。

おかしなことに男は私を決してまっすぐ歩かせなかった。右、左と何度も曲がり、まるで迷路をさまようかのようにくねくねと住宅地の内部に進んでいった。はじめは群衆をまくためにこんなことをしているのかと思った。だが、追跡者たちのひとりが私の背後でこう叫んだとき、そうではないということに気がついた。

「こっちのほうには信号がない! あっちのほうに行かせて、もう一度見せてくれるように頼もう!」

男は、私が信号を渡らなくて済むような道を選びながら目的地に向かっていたのだった。

そして、このころには私は、熱狂しながら自分についてくる人々のことが怖くなっていたから、男にひっぱられるまでもなく、むしろ肩を並べて、いや早足で追い越さんばかりだった。

やがて、男はとある民家の前で足を止めると、門に入り、玄関のドアを開けた。

「さあ! 早く!」

私が飛び込むと同時に男はドアを閉め、素早く鍵をかけた。

外では人々が家の前に集まってきて騒ぎだした。「あーかしんごっ! あーかしんごっ! あーかしんごっ!」と、手拍子をとっている。誰かが空き缶かなにかを投げつけ、恐ろしい音がした。

私はもう生きた心地がしなかった。

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道を渡りし者(2)

その恰幅のいい男は、私を無理やり人垣からひっぱり出すと、そのままどこかに連れて行こうとするのだった。

「さあ、早く行きましょう!」

私は腕を掴んだ男の手を振り払おうとしたが、彼はいっかな離さなかった。

「こっちです!」

「いったいどこに行こうというのです。私は駅に行かなくてはならないのです」

時計を見ると午後3時まであと少しだ。だが、男は「見てください」と、後からついてくる人々を目で示した。いつの間にか増えたようで、人々は私を指差しながら、「奇跡だ!」「神業だ!」「魔法だ!」と口々に叫んでいるのだった。

「もうこうなったら無理でしょう。しばらく私の家で待つしかありません」

「しばらくって!」

「町の人々が落ち着くまでです。大丈夫、今日中に電車に乗れますよ。あんがい忘れっぽいんですから。ただ、今、ひとりで駅に行こうとするのだけはやめてください。危険ですよ」

「危険だなんて! いったいどういう危険が?」

私は尋ねたが、男はそれきり口をつぐんでしまい、ただ私の腕を掴んだまま、群衆から逃げるように歩いていくのだった。

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道を渡りし者(1)

ある仕事で、とある地方都市に行ったときのことだ。

意外に用が早く済んで、どうやら午後3時の電車に乗れそうだった。そうすれば、暗くなる前に東京に着くだろう。私は急いで駅へと歩いたが、途中、目の前で信号が赤に変わった。

左右を見るが車が来る気配もなかったので、私は立ち止まらずに横断歩道を渡った。そのとき、周囲から叫び声が上がった。

前の歩道で信号を待っていた男が叫んだ。「なんてことだ! 赤なのに渡ってるぞ」 私の背後でも誰かが叫んだ。「すごい! すごい!」

私が渡りきると信号が青に変わり、その瞬間、どっと人々が私を取り巻いた。私は自分の行為を咎められるのかと思い、恐怖に襲われたが、人々の顔にはいかなる怒りも憎しみなかった。ただ、そのかわり、驚きと興奮があった。

人々はみな顔を上気させながら私を質問責めにした。「いったいどうやったんです?」「どこからおいでになったのです?」「私にもできるでしょうか?」

しまいには「なんという勇者だろう!」「ヒーローだ!」「魔法使いだ!」などと私を褒めそやしだした。手を打ち鳴らす者もいた。もしここで、ひとりの恰幅の良い男が私を人々から引き離さなかったら、胴上げが始まっていたかもしれない。