旅・観察

最後の外貨の禍い(2)

さて、私の物語は出国の前日から始まる。私のいう「外貨の禍い」を避けるため、入国時に外貨申告書を取得したのだが、それが紛失していることが、帰国の準備をしているときに明らかになったのだ。

財布にまとめて入れていたのだが、申告書と両替証明書1枚だけがないのだ。お金は全額あるから、盗難という可能性は考えられない。一度詰めた荷物をひっくり返し、本やノートに挟まってないか調べた。

結局それは財布の他のポケットに折りたたまれていたのだが、それが見つかるまでのあいだ、私は、自らの不注意により将来した財産の危機にどう対応しようか真剣に考えた。

お金を身につけていると厄介なので、スーツケースに隠しておいたら安全ではないだろうか? 持ってきた森鴎外の本の間に一枚一枚挟んで? いや、これは万が一バレた場合、危険だと思い直したのだが、それは後で考えれば本当にそうだったのだ。

次に、私は、体を拭くボディーシートの袋の中に隠すことを思いついた。お札をそのまま入れたのでは濡れてしまうので、お札を折りたたみ、ビニール袋で包む。それを何枚かのボディシートの下に埋め込んで、蓋のシールで封印するのだ。麻薬の隠し方だ。これをリュックの底に放り込んだ。

幸いにも、外貨申告書が見つかったので、この手は行使せずに済んだし、使ったとしても、安全かどうかはわからない。

散文

最後の外貨の禍い(1)

7 月 30 日から 8 月 7 日の 9 日間に渡り、私は「外貨の禍い」という文をここに書いた。その末尾に「今回の帰国時になにが起きるかは、誰にもわからない」と私は書いたが、わかったのでここに報告をしたい。

「外貨の禍い」の内容は、チュニジアから出国するときに、ユーロやドルを持っていると出国審査を終えたポイントで尋問に遭い、没収されそうになるというものだった。国の定めた持出制限額は約 100 万円だが、尋問にさいしてこんなことはいわれない。ひたすら、外貨は持ち出しできない、あったら出せ、と攻められる。私としても、数万円の所持金を失うのはイヤなので、ドルやユーロを持っていても、「ありません」とだけ答える。すると、手荷物をすべて見せろ、とくるが、いくつか中身を取り出すとやがて追求は終わって「もういい行け」と追い払われる。

この全体のやり取りが不愉快であるし、この追求に遭う人と遭わない人がいるのも不公平だ。また、いずれ全額没収される目にあいかねないのではないか、との懸念もある。そこで、私は在日チュニジア大使館に問い合わせ、その結果、「出国時に没収される事例があるということ」およびそうならないために「入国時に外貨申請カウンターで外貨申告書をもらい、滞在中の両替証明書も保管しておくこと」という 2 点の情報を得たのだった。

「外貨の禍い」では、今年の 2 月にその外貨申告書を握りしめて出国に臨んだときの顛末を記したが、ここに「最後の外貨の禍い」として書くのは、冒頭の「今回の帰国時」、つまり 2 週間の滞在を終え、8 月 13 日に出国したときの体験談だ。

旅・観察

チュニス湖のケー100

観光地には楽しい乗り物がつきものだ。浅草の人力車もそうだし、ヨーロッパの都市には遊覧馬車もある。またロードトレインと呼ばれる乗り物もある。これは機関車などを模した車両に客車がいくつかつなげたもので、線路ではなく道路を走る。若い人には「走れ!ケー100」といったほうがわかりやすいかもしれない。

友人が、チュニス近くのチュニス湖に面した観光地でこのロードトレインの運転手を始めた。おいでというので、チュニジア滞在最後の夜に遊びに行った。

観光地ではこうした楽しい乗り物に絶対に乗らない人がいる。私もそのひとりだが、今回はその認識を改めた。

たった15分、公道を一周するだけだが、とても楽しかった。人気もあって、一人3ディナールという安さもあるのか、すぐに客車は観光客でいっぱいになる。チュニジア人の家族連れはもちろんのこと、アルジェリアやリビア、そしてそれ以外の国からの観光客もいるようだ。のんびりとしたアトラクションだが、これがチュニジアの夜の雰囲気にあっていた。

さて、私は午後6時に友人とその観光地で待ち合わせをした。場所はチュニスの市街から5キロほど離れているので、タクシーで行き、少し早めに着いた。機関車が客車とともに道路に停めてあったので、私はそこで待っていた。

すると、ひとりの無精髭の男性がやってきた。何やらぶつぶつ言っている。怒っているようだ。その人は機関車のドアを開けると、乱暴に中のものを取り出し、整備を始めた。私の友人の同僚と見えた。

イライラしている様子を見て、今日は腹の虫の居所が悪いのだろうか、それとも何か問題でも発生したのだろうか、と私は不安になった。やがて私の友人がやってきて、あの男性を指さした。

「彼は安全面の担当者だ。あだ名はブルギバ(チュニジア初代大統領)だ。なぜならクレイジーな男だから」

なんだ、ただクレイジーなだけだった、と私は安心した。

旅・観察

外貨の禍い(終)

2 つあるセキュリティチェックのゲートのうち、私は外貨没収係の職員のいるところから遠い方を選んだ。だが、まずそこにどんな人が並んでいるかを見るべきだったのだ。

そこには3人の子どものいる大家族が並んでいたのだ!

もうひとつのゲートはといえば、スマートな若者や大人ばかりですいすい進んでいくが、こっちのほうは、お父さんお母さんが、列から飛び出そうとする子どもたちを引き止めるのにてんてこ舞いだ。しかも荷物がいくつもある。金属探知機に通すために荷物をトレーに乗せなくてはならないのだが、そのトレーが足りないくらい。で新たにトレーが来るまで列はストップだ。

私は例の職員をこっそり見て、動向を探る。もう高齢女性は済んだと見えて、再び旅人たちに目を光らせている。私は背を向けて気づかれないようにする。列に並んだとて安心はできない。なぜなら、以前、私はこの列にいるときに彼にとっ捕まったこともあったから。

にしてもトレーが来ない。夫婦は、ボディチェック対策に子どもたちの靴を脱がせている。私はジリジリして待っている。今にもあの塞の神が私に気がついてやってくるかもしれない。なんとかしてこの場を切り抜けたい! 

ついにトレーが来た! 大家族が次々と荷物を乗せる。荷物を乗せたトレーが金属探知機の中へと運ばれていく。私も目の前に来たトレーに自分の荷物を乗せて、家族の後を追う。ゲートを無事通過! 足早に免税店の中に駆け込んで、旅人たちの中に紛れ込んだ。

もちろん、私には外貨申告書があった。大使館の助言通りに取った一枚だ。これがあるなら、そんなにハラハラする必要もなかったのかもしれない。

だが、その申告書は、退魔のお札かなんかのように、あの職員を退散させる機能を本当に発揮してくれるだろうか? かえって「なんでそんなものを持っているのだ、アヤシイぞ」という藪蛇機能を備えている恐れだってあった。なんにせよ、使う状況に陥らなかったことを喜びたい。

私の旅は終わった。私は外貨の禍いを生き延びたのだ。

……そして、今、私はまたチュニジアにいる。外貨申告書も新たに取得した。今回の帰国時になにが起きるかは、誰にもわからない。

旅・観察

外貨の禍い(8)

チェックインをし、空港制限エリアに入り、出国審査の列に並ぶ。列の中から、カウンターの向こうにある空間を探る。保安検査の列の手前で、深緑色の制服姿の男が、誰か別の職員と話していた。

この男だ。生と死の境にある三途の川で亡者の衣服を奪い取る奪衣婆よろしく、国境のあわいに現れて、旅人から外貨を奪い取るあの男だ。もう塞の神と呼んでもいいだろう。

私は列に並んでいる間じゅう、この男の動向を観察していた。男は、カウンターの列の前を行ったり来たりして、姿を消したかと思うと、再び私のカウンターの前へとやってきて、旅人たちに目を光らせていた。すると、ひとりの男性の旅人がやってきた。塞の神はその男の前に立ち、パスポートを取り上げる。いよいよその現場が見られる、と私は固唾を飲んだが、いきなりにこやかに話しはじめたではないか。そして、2 人はまるで友人のように別れたのだった。

いったいなにごとが起きたのだろうか? あの旅人はいったいどんな手を使ったのだろうか? だが、なんの手を使ったにせよ、それは私には関係なさそうだった。私にあるのはただ外貨申告書だけだった。

そんなことを考えているうちに、私の前の男の審査が始まった。もうすぐ私の番だ。

私の審査が終わったタイミングで、あの男がどこか別のカウンターのほうに行っているということはないだろうか? 私がそんな当てにならない僥倖を願いはじめたまさにそのとき、塞の神が高齢の女性に襲いかるのが見えた。

男の詰め寄りに、その女性は驚いた表情でパスポートを差し出した。なにやら抗議の身振りもしている。だが、それもむなしく男に荷物を開けるように命じられたようだ。

私がカウンターに呼ばれたのはそのときだ。私は審査を受けながら心ここに在らずで、早く終われとばかり願っていた。職員があの女性にかかりきりになっている間に、さっさとこの境界を越えてしまえばいいのだ。

審査が終わる。私はカウンターを通過する。塞の神はまだ例の女性を追求している。このままセキュリティチェックに並び、その向こうに逃げおおせれば、もはや男の手は届かない。

セキュリティチェックのゲートは 2 つあった。私はそのどちらかを選ばねばならなかった。いっぽうのゲートの前では、あの職員と女性がやり取りしていた。私はとっさの判断でもうひとつの別のゲートを選んだ。

だが、これが失敗だった。

旅・観察

外貨の禍い(7)

外貨申請カウンター(Déclaration de Devises)というとどうすればいいのだろうか。

私はこのカウンターの列に並びながら考えた。人々はパスポートを持ち、紙幣の束をパスポートに挟んだり、紙に包んだりして持っている。お金を持っているということは、申告額が嘘でないということを確かめるために、係に渡すのだろうか。だが、カウンターでの様子を見るかぎり、申告者がお金を差し出している様子はなかった。なんにせよ、私は用心のため所持金は財布に入れたままにすることにした。

また、私はカウンターの壁に貼られたフランス語と英語の掲示にも目を光らせた。

「申告書を受け取ったら忘れ物に注意してください」

申告書を受け取ったうれしさに肝心のお金を忘れてしまう人がいるのだろう……

カウンターはアクリル板で仕切られ、窓口が 3 つあった。ちょうど両替所のような作りだ。どの窓口にも職員がいるので、列の流れは早い。やがて私の番になった。

窓口の係にパスポートの提示を求められ、それから金額を尋ねられる。答えると、確認のため紙切れに金額を書くように言われた。ドルと円のそれぞれの金額を書く。それから、紙幣を見せるように求められたが、見せるだけで実際に数えて金額を確認するわけではなかった。自己申告だ。すぐに申告書の作成が始まり、私は 10 DT を払って、一枚の申告書を受け取った。

チュニジア滞在中、私はこの申告書と、両替のたびに加わる両替証明書を大事に持ち続けた。そして、ついに帰国の日がやってきた。

旅・観察

外貨の禍い(6)

要するに、「外貨持込、外貨持出について」に書かれていることは、私には関係のないことだ。だが、こんな文書が出るということは、そこになにか意味があるはずだ。

「チュニジア入国時に、手持ちの現金等の申告をしていなかったために、出国時にそれらを当局に没収される事案が発生しております。」 

その後に書かれているルール云々よりも、大事なのはこの最初の一文だ。大使館の助言も考慮に入れると、「額に関わらず手持ちの現金等の申告をせよ」ということなのだ。

さて、私がチュニジアに着いたのは 2 月 22 日のことだ。飛行機を降りて、入国審査の列に並ぶ。周りを見回しても、外貨申請カウンターはない。ただ、長い列に並んでいるうちに私は、柱に貼られたポスターに気がついた。小さな文字で書かれているのでよくわからないが、新しい法律が施行されて、外貨の持ち込みがどうのこうのと読める。例の「外貨持込、外貨持出について」と同じ内容のようだ。この法律のせいで、以前にはなかったことが起こるようになったのだ。

やがて私の番が来て、カウンターの向こうの審査官にパスポートを差し出す。ホテルの予約確認書の提示も求められるので、携帯の中のファイルを見せる。審査が無事に終わり、パスポートが返される。私はこの機会を利用して、外貨申請カウンターについて審査官に尋ねた。すると、この先にあると教えてくれた。

入国審査の次は保安検査だ。これが終わると、手荷物受取場の広い空間に進む。そして、私はついに見つけた。それは、手荷物受取場から空港制限エリア外に出る出口の脇にあった。カウンターの上部にフランス語で Déclaration de Devises、英語で Currency Declaration と書かれている。その前に人々が並んでいた。

私はまず手荷物ターンテーブルで待つ乗客たちの群れに加わり、自分の荷物を受け取ると、そこに向かった。

旅・観察

外貨の禍い(5)

チュニジア大使館にかけると、日本人の女性の職員が出た。事情を話すと「チュニジア・ディナールは国外に持ち出すことは禁止されています」

「いや、そうではないのです。ドルとかユーロとか円です」

すると、担当の者がいないので、折り返し電話するとのこと。しばらく待つと電話がかかってきて、こんなことを教えてくれた。

「入国するさいに、外貨申告をしてください。それから、チュニジア国内で両替をした場合は、両替証明書を必ずとっておいてください、ということです」

「その外貨申告はどこですればいいのですか?」

「入国するときの出口にカウンターがありますからそこでしてください」

そのカウンターがどこにあるかもっと詳しく知りたかったが、行けばわかるというような返事で電話は終わった。

そこで私はさらにインターネットで検索してみた。すると、「外貨持込、外貨持出について」と題された日本語の文書が見つかった。大事なところだけを以下に写す。

チュニジア入国時に、手持ちの現金等の申告をしていなかったために、出国時にそれらを当局に没収される事案が発生しております。

出入国時の小切手や現金の国内持込、国外持出に関するルールは以下のとおりです。

入国時持込 20,000 DT 相当以上は申告が必要。持込可能な金額に上限はなし。

申告場所 空港制限区域内の外貨申請カウンター(Déclaration de Devises)
申告費用 10 DT

出国時持出 5,000 DT 相当以上は当該外貨持込時の申告書が必要。
チュニジア・ディナール貨の国外持出しは一切不可。

※ 20,000 DT 相当未満の外貨持込に申告の義務はないものの、帰国時に 5,000 DT 相当以上の外貨を持ち出す可能性がある場合は、外貨持込時の申告書が必要となるため、入国時持込が 20,000 DT 相当未満であっても入国時に申告する必要がある点に要留意。(2024 年 3 月現在)

DT(Dinar Tunisien)とはチュニジア・ディナールのことだ。1 DT はだいたい 50 円なので、20,000 DT は約 100 万円だ。そして「出国時持出 5,000 DT」は 25 万円になる。

私は 100 万円も持ち込むことはないし、出るときにだって、25 万円も持っていないのだ。

旅・観察

外貨の禍い(4)

それは、空港で出国のためのチェックインを済ませたのちのことだ。そのままセキュリティゲートに向かって歩き出したところ、私は空港の女性職員に呼び止められたのだった。

職員は「チュニジアの通貨を持っていないか、ドルとユーロはないか」と聞き、私を別室に連れて行った。私は椅子に座らされ、職員は再び同じことを尋ねた。私はそのときディナールもドルもユーロも持っていたが、ドルとユーロのことは言わずに、代わりにポケットから小銭入れを取り出してみせた。

「チュニジアのお金はこれだけです」

職員は、小銭入れの 20 ディナール札と小銭(だいたい千円ちょっとぐらい)を見た。そして、いかにも興味を失ったような顔つきで私に返すと、その場から放免したのだった。危機を脱したことに一安心の私であったが、その後、私は出国審査を抜けたところで、再び職員の襲撃を受けたのだった。

私はこの経験から、空港内では外貨を持っていそうな「カモ」の情報が職員間に間で共有されているのではないか、という印象を抱くようになった。

「一人旅のアジア人がそっちに行くから頼んだ、どうぞ」
「了解、どうぞ」
「没収したユーロやドルは山分け、どうぞ」

もちろんこれは私の推測にすぎない。

さて、コロナ禍が明けてから、2023 年の 8 月、2024 年の 2 月と 8 月と、私は 3 回チュニジアに行ったが、3 回とも同じ目にあった。そこで、2025 年の 2 月にチュニジアに行くにさいして、私はこう考えた。

「もうこんな不快な経験はイヤだ。空港職員の不正ならばやっつけてやりたいし、そうでなくても、うまく切り抜ける方法があるはずだ。そのためには、ことの真相をはっきりさせねばなるまい」

そこで、私は在日本チュニジア大使館に電話をかけることにした。

旅・観察

外貨の禍い(3)

これはいったいどういうことなのだろうか。法律で定められているのだろうか? 出国する外国人からわずかな外貨を奪い取るように? あまりありそうにないことだ。それとも、空港ぐるみの不正、悪徳職員の小遣い稼ぎなのだろうか。

私には後者のほうがありそうに思えた。なぜなら、もし国の法律で決められているのならば、専用のカウンターを設けて全出国者に尋問しているはずだが、私の観察によるとどうもそうではなく、あの職員はランダムに、抜打ち的に襲いかかっているようなのだ。ある人はドルを取られて、ある人はそうではない、そんなことがあろうか。

そして、もし、これが空港職人よる不正であるならば、私のような個人の旅行者は格好のカモにちがいない。つまり、これが団体ツアーであれば、ひとりだけつまみ出して尋問するなどできそうもないのだが、ひとりきりなら攫われても誰ひとり気づかない。

また、チュニスからヨーロッパに向かわず、日本などのアジアに帰国するというのも、都合がよさそうだ。というのも、そうした人はたとえドルやユーロがを没収されたとしても、自国の通貨があればなんとかなるから。

だが、そのためには、出国審査カウンターの向こうで待ち構えている例の男に、「いいカモが来るぞ」という出国者の情報が伝わっている必要がある。この点に関して、私は少し心当たりがある。