ライブ

WET LEG@豊洲PIT

Wet Leg は女性二人のイギリスのグループで、ヴィジュアルも強烈だが、音楽も負けていない。鋭いギターリフは耳を離れないし、奇妙な歌詞とメロディが、このグループにしか作れない音空間を生みだす。しかも、ふとキンクスがちらついたり、80年代の第 2 次ブリティッシュ・インヴェイジョンの雰囲気が漂うのもいい。

その Wet Leg のライブが今日、豊洲で開催された。私の整理番号は 1548 番で、前の方には行けなかったが、後方の一段高いところで、バーの角に寄りかかると、全体を見渡すことができた。あまりに後ろだったので、ステージ前の熱狂が、どこか遠くのできごとのようにも、ときどき感じられた。

ライブを聴いているうちに、情感の欠如こそが、Wet Leg の良さであるように思えてきた。感情に訴えないで音楽を成立させるためには、ユーモアが必要だ。さらに、曲の大仰な盛り上がりで情感を動かすなんて手は使わずに、普通から外れた展開や繰り返しの多用で、曲を広げていく。こうした工夫の上に、Wet Leg のかっこよさが成立している。

もっとも、これは私の捉え方で、今日、たくさん集まった観客の中には、「エモい」とか「メロい」とか感じている人もいていい。

ところで、オープニング・アクトは羊文学だった。私はうかつにもそれを知らず、最初、遠くの方で 3 人が出て演奏を始めたとき、あれ、Wet Leg ってこんなんだったっけ、と首をかしげた。

ライブ

STAYC@KT Zepp Yokohama

STAYC は 2020 年に結成された韓国のガールズグループで、初の日本版のフルアルバム発売に合わせて、今日、ショウケース・ライブが開催された。

STAYC の曲は、ASAP や RUN2U など、他のアイドルポップとは違う雰囲気があって以前からよく聴いていたが、私はどんな人たちが歌っているかも知らなかった。

プロデュースをしているのは、韓国でも有名な作曲家グループで、TWICE の初期の名曲にも関わっているそうだ。そういわれれば、STAYC の日本デビュー曲 POPPY(2022)も似た雰囲気のある曲だ。

私がこのグループをちゃんと認識したのは、去年の夏のシングル I WANT IT がきっかけだ。ポップでどこか懐かしいメロディにハマり、その夏もっとも聴いた曲のひとつになった。昨夏は外国に3週間ほど滞在したので、暇なときなどは YouTube でこの曲の動画を何度も見た。そして、6 人のメンバーを初めて知っただけでなく、この曲のフリの流れまで覚えてしまったのだった。

ショウケースというのは、K-pop 関連でよく聞くが、ファン・ミーティングと本格的なライブの中間ぐらいの感じで、ライブの合間にトーク、ゲーム、プレゼント抽選会なども行われた。司会は K-pop でお馴染みの古家正亨さんだ。観客は、1,000人ぐらいはいたかもしれない。若い男女が中心だが、私より年上らしき人もいた。全体としては、YouTube などで見る K-pop のイベント感があって、これも初めての私には楽しかった。

ライブでは、私にとって夏の思い出の I WANT IT を日本語バージョンで見ることができたのがよかった。ただ、名曲といってもいい ASAP がなかったのは残念だったが、これは次回のライブのお楽しみだ。

ショウケースらしかったのは、開始時にメンバー全員が客席から登場して観客を沸かせたことだ。私は 2 階席だったのでただ見ているだけだったが、アンコールのときには、2 人のメンバーが 2 階にも姿を現した。若い女性たちは大興奮していたが、私は紳士の威厳を保って振り返って見るだけにとどめた。

そのときに威厳を保ちすぎたせいか、背中がつってしまった。

ライブ

スタンディング

スタンディングのライブでは、ライブのあいだじゅう立っていなくてはならない。これはけっこう大変だ。なので、整理番号にもよるが、早めに入場できたときは、私は前の方へと攻めていかずに、脇の壁に寄りかかったり、後方でバーか何かにもたれかかれる場所を選ぶこともある。

あるライブで、会場に入ると、ステージからちょっと離れたところに円柱があった。すでに先客がそれに寄りかかっている。これは格好の場所だ、と私はその隣に陣取ってライブが始まるのを待った。

次第に人が増えてきた。私の前にも人がどんどん入り込んでいるが、幸いにもメインのマイクまで視線を遮るものはなかった。これはいい、と思ってさらに待っていると、アナウンスが入った。

「本日はソールドアウト公演につき、多数のお客様が来場されます。ご入場の方は一歩前にお進みください」

周囲の人々が前に動きはじめた。私は円柱に体を押し付けて、寄りかかりポジションを死守した。だが、私の前に次から次へと背の高い人が入り込んできて、すっかり前が見えなくなってしまった。

私は「持てる人はその持てるもののせいで、変化に柔軟に対応できないことがある」と悔やんだが、もう遅い。

ライブが始まった。円柱に背中を押しつけて爪先立ちになれば、少しはステージが見えることがわかった。

ライブ

Mei Semones@duo MUSIC EXCHANGE

日本にはたくさんのネパール人がいるが、いろいろな民族集団の人がいるので、ネパール語以外の言語を母語として話す人も多い。私はネパール人に会うと必ずそのことを尋ねるが、「母語はなんですか」と聞いてもわかってくれないこともある。そんなとき「家族の言葉はありますか」というと、たいていピンと来てくれる。つまり、母語、タルー語であれタマン語であれなんであれ、ネパール語以外の言語は公ではなく家につながるものとして理解されている。

アメリカのミュージシャンのメイ・シモネスの初の日本ツアーの最終公演が渋谷で開催されたのだが、見に行った私はときどきネパールのことを考えたりしていた。メイ・シモネスの曲は、ジャズとボサノバをベースに少しねじれたポップなメロディが乗るというもので、変わっているが聞きやすい。バンド編成は、彼女の弾くギターに、ベース、ドラム、バイオリン、ビオラというもの。面白いのは歌詞に英語と日本語の両方が使われていることだ。

メイ・シモネスは母親が日本人ということで、子どもの頃からたびたび日本の祖母の家に滞在したそうだ。だから、日本語を使うのは不思議でもなんでもないが、その日本語の歌詞が、日本の歌の歌詞とは少し違うように感じた。言葉が「子どもっぽい」のだ。

「今日のご飯なにかな 天ぷらとお豆腐とごまあえほうれん草 おばあちゃんの手作り」(Kabutomushi)

それはひとつにはこの Kabutomushi のように、日本語が子ども時代の思い出に結びついているということもあるかもしれない。だが、たとえば次のような歌詞を聞くとそれだけではないような気がしてくる。

「やりたいことやればいい いつもいつもいつも ピカピカ光る街 いつもいつもいつも」(Itsumo)

普通、日本人は子どものときは子どものように話すが、学校に行き、学生時代を終え、大人になると、大人のように話すようになる。私も子どもの頃の日本語は失くしてしまったが、メイ・シモネスの歌詞にはその失われた子どもの日本語が生きているように思えた。

これは英語で教育を受けた彼女にとって、日本語が「家族の言葉」であったことに関係があるのかもしれない。もちろん、私は彼女の日本語が子どもっぽいといっているわけではない。MC で彼女が話す日本語も普通のものだ。ただ、英語に比べて、日本語を「学校の言語」として経験していないぶん彼女は、日本人とは違った意味づけを日本語に与えていて、それを作品の本質的な部分として使っているように思った。そして、それがメイ・シモネスの曲を大いに魅力的にしている。

私はライブを聞きながらこんなことを考えていたが、それにしても、すばらしいギターを弾くメイ・シモネスはとてもかっこよかった。

ライブ

摂州合邦辻

『摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)』は、今から約 300 年近く前に上演された浄瑠璃で、その最後の「合邦庵室の段」(下の巻、合邦内の切)を上演する素浄瑠璃の会が、12月27日の午後、田町にある港区伝統文化交流館で開催された。素浄瑠璃というのは、語りと三味線だけで演ぜられる形式で、今回は浄瑠璃は竹本越孝、三味線は鶴澤三寿々の両先生が舞台に上がられた。私がここで先生というのは、どちらの方も今、私が教わっているからだ。

私がこれまで見た素浄瑠璃は長くても 30 分程度だったが、今回は約 80 分だという。開始前にトイレ休憩はないので行ってください、とアナウンスがあったほどだ。こうした会では私でも若いほうに入るくらいなので、これは実に適切なことであった。私ももちろん行った。

語りと奏者にとってもこの長さは大変で、義太夫講座のときに聞いた話では「命懸け」「体力がもつかどうか」とのことだった。そんな演目なら行かねばなるまいということで、時間のやりくりをつけて行ったのだが、この日、私は少し疲れていた。それで初めのうちはなんだか眠かった。しかし、聴くにつれてだんだんと目が冴えてきた。そして、坊主の合邦が自分の娘である玉手御前(お辻)を刀で刺すクライマックスでは語りの気迫と三味線の激情にすっかり呑まれてしまった。浄瑠璃には床本というテキストがあり、太夫はそれをもとに語るのだが、語りは激しくなるとそのテキストでは表記できないところまで行ってしまう。私はテキストをもとに考え、なんでもテキスト化できるとの前提で考えるので、それを越えられてしまってはもう手も足も出ない。

さて、この絶頂の後に、物語の終結部として、玉手御前が合邦に刺されるまでに至る動機の解き明かしパートがくる。「そんな偶然あるものかな」という点もありつつ意外に周到に理詰めで回収されていくのも、推理小説的で興味深かった。

上演後、竹本越孝先生から感謝と「自分で限界を決めずにもっと挑戦したい」というような挨拶もあった。私は、今年は音楽、義太夫、お笑いなどいろいろ行ったが、それも自分としてはテキストという限界を出ようとしていたのかもしれず、その締めくくりにふさわしいものを見たように思った。

ライブ

ともちゃん赤ちゃんごきげんライブ2

今年は何度かお笑いライブに行ったが、そのたびに思うのは、女性の客の多さだ。おそらくこれはお笑いだけのことではなく、東京のいろんな分野のライブがこれらの熱心な女性によって支えられているのではないだろうか。

それはそうだとしても、私は困惑せざるをえなかった。今日の夜、中野で開催されたモグライダーのともしげさんと赤ちゃんことネコニスズの舘野忠臣さんのトークライブで、50 人の観客のうち私以外すべて女性に見えたときには。

いや、もしかしたら 1 人ぐらいはいたかもしれない。だが私には後ろを振り返ってジロジロ見るだけの勇気はなかった。

あまりに場違いなように思えて、私は前から 2 列目のいちばん端の席に隠れるように座った。だが、だからといって周りの人に邪険にされることもなく、またトークライブが始まってからは、内容に引き込まれて、そんなことも気にならなくなった。

内容はといえば、ネコニスズの敗者復活戦の話が聞けたのがよかった。また、2 人の共通のアルバイトである中野のカラオケ店でのエピソードの数々も面白かった。このときにやはり同じアルバイト仲間である元プールの小海さんがゲストとして登場して、ほとんどのエピソードを話したのだが、話術が巧みでさすがに芸人だと感心した。

その後ストレッチーズの福島さんもシークレットゲストとして登場して、さらにリラックスしたトークで観客を笑わせた。「クリスマス忘年会スペシャル」と題されていたこともあり、最後にはクリスマスらしく出場者とスタッフ、観客全員でプレゼント交換となった。私は女性ばかりなどと思いもよらなかったので、不似合いなものを用意してしまった。その品についてはここでは書くまい。もしもそれをもらった人が私のだと知ったら、恨まれそうだから。結局、自分のところに回ってきたプレゼントとして、私は「リップバーム レモンシトラスの香り」を獲得して帰途に着いた。

ライブ

仮名手本忠臣蔵

4年ほど前から浄瑠璃の脚本を読みはじめ、それが昂じて、今年は義太夫節の語りや三味線にまで興味をもつにいたった。もっとも私は詳しいことはよくわからないし、筋も良くないが、それでも教えてもらったり、聞いたりするのは楽しい。

今日は深川江戸資料館で義太夫節演奏会があり、師走だけあって仮名手本忠臣蔵のいくつかの場面(身売りの段、勘平切腹の段、一力茶屋の段)が上演された。文楽は語りと三味線と人形遣いだが、義太夫節だけだと人形は出てこない。語りと三味線だけで話を追うことになるが、上演部分の脚本も用意してあるので、それをみていれば話の筋はわかる。

人形がないと何か足りないように感じられるが、三味線が鳴り、語りがはじまると、それだけで独特の物語空間ができあがる。これは文楽とはまったく異なる経験だ。初めは語りと三味線が別々に聞こえているが、物語に引き込まれるにつれて、不思議にもひとつの印象にまとまっていく。私は演目も物語もすぐに忘れてしまうのだが、この物語空間の感じだけは忘れられない。

通常の演奏は語りと三味線弾きのペアだが、「一力茶屋の段」では、定番の太棹三味線のほか、軽みのある細棹三味線と太鼓も加わった。また登場人物に応じて5人の語りが登場し、年末にふさわしく華やかな舞台であった。私が習っている先生方も出演されていた。先生方の話を聞いていると、ひとつひとつ細かいところに注意を払い、考えを重ねて準備されていることがわかるが、そうした努力があるからこそ、きっと物語世界が自然に立ち上がってくるのだろうと思う。

ライブ

スタンディング・エヴォリューション

12月18日の Homecomings のライブは座席指定だった。私はこれを知って喜んだ。ライブの間中立っているのはつらいから。

そしてライブがはじまった。みんなじっと座っていた。音楽をじっくり聴きたい成熟した客層なのだと私は思った。するとメンバーが言った。

「いつもと同じように好きなように立ったり座ったりしてください」

曲が進むにつれ、立ち上がる人が出はじめたが、観客たちは相変わらず座っていた。私は足がむずむずしてきた。これまで行った Homecomings のライブはすべてスタンディングで、体が覚えてしまっているのかもしれなかった。

私は足を伸ばしたいという衝動に抗った。会場でそのとき立っていたのは 3 分の 1 ほどで、立てばまだ目立つ状況だった。それに後ろの人にだって迷惑だ。

私は立つか立つまいか、ジリジリした。そのせいでもう曲など聴いていられなくなった。そして、演奏が最高に激しくなり、肉体の芯を掴んできたのをきっかけに、私は立ち上がった。一瞬で空間がクリアになり、音と光が私を圧倒した。

他の観客たちも立ち始めた。最後の数曲になるとほとんどの人が立っていたと思う。

そして、音楽は私に新たな確信をもたらしていた。

ライブで最初に立った人々の心理や身体の状態などを詳しく調べれば、人類の直立歩行の初期条件が復元できるのではないか。

少なくとも、「後ろの人に迷惑では」という認知を弱める脳の変化が、猿を直立させる刺激となったのは間違いなかろう。

ライブ

Homecomings@EX THEATER ROPPONGI

たぶんバカなのだろう私は、先のことはあまり考えずに予定を入れてしまう。そんなわけで 12 月に入って 3 回もライブに行くことになってしまった。その 3 回目が今日の Homecomings だ。

全席指定で、私の席は真正面の真ん中あたりで悪くはない。

Homecomings は曲もいいが、ギターの響きと全体の音形に独自のスタイルがある。演奏が始まると、私は座りながらときおり目を瞑って聴く。激しい音が四方から体に入ってきて、目に見えるなにかではなく、それ以前の未分化の感触を生み出す。

「好きに立ったり座ったりしてください」というが、初めはほとんど立つ人はいなかった。ライブが進むにつれて少しずつ立つ人が増える。いつもスタンディングなので、私も座ったままなのが物足りなくなってきた。3 分の 1 ほどの観客が立って体を揺すっている。たっぷり一曲ぶん逡巡した末、私は立った。

音は全身で感じるにかぎる。それにステージもずっと近くクリアに見えた。私は立ったまま、音楽を聴き、激しく高揚を迎える部分にさしかかると目を瞑った。

この日は、ベースの人がこのライブを最後に「卒業」するということが告知されていた。途中の MC で、他のメンバーとベースの人とのやりとりがあったとき、会場に暖かい拍手が鳴り響いた。

そのとき私は無意識のうちに目を瞑っていた。

音が大きくなると自然に目が閉じる。バカの誹りは免れまい。

ライブ

mekakushe と宇宙ネコ子

宇宙ネコ子が mekakushe とライブをするというので行ってみた。タイトルは「mekakushe × WALL&WALL pre. Hug Light vol.4」。会場は表参道のWALL&WALL。

宇宙ネコ子は先月に引き続き 2 度目で、そのせいかギターの音がずっとよく聞こえた。ギターの音色にどこか猛々しさがあって、これが音楽に硬さを与えている。そして、轟音の中でわざと外す演奏と低音の咆哮が、駆り立てるように響く。

こういうギターに浸れるだけで十分で、私は聴くような聴かないような感じで、目を瞑って時間を過ごした。こんな感覚は、大きい会場では味わえないものだと思う。

それに、大きい会場のライブはたいていチケットが高いので、元を取ろうという意識が邪魔して、こんなふうに音を無駄に楽しむことはできない。

mekakushe は私は初めて聴いたが、カオスな音が鳴り続ける宇宙ネコ子とは対照的に、きっちりとした作りのポップだった。今回はバンドセットで、その演奏がそうとうに複雑なのに感心した。特に後半の 3 曲(「わたしだけのポラリス」「恋のレトロニム」「おやすみベージュ」)は構成もメロディもよく、圧巻であった。

ところで、ライブの前、私は飲み物を買いにコンビニに入った。見たことのある若い女性が 2 人いて、誰かと思えば、宇宙ネコ子の人だった。顔の写真は出さない方針のようなので、ライブに行ったことのある人でなければわかるまい。