苦い文学

私の記憶術

傘をなくさないためのいちばんよい方法は、傘を捨てようとすることだ。私はある日、傘を不法投棄しようと思って外出したが、結局どこにも捨てることができずに、家に持ち帰ってしまった。ふだんならば、百パーセント傘を忘れるような状況でも、捨ててやろうという意識がその邪魔をしたのだった(このことについては、このブログのどこかで書いた)。

私は最近、この心理を記憶術にも応用している。つまり、ものごとを忘れないためのいちばんよい方法は、なんとかして忘れようとすることなのだ。

私はもともと記憶力がよくなくて、なんでも忘れてしまう。書いても忘れる、聞いても忘れる、口に出しても忘れる……なにをやっても記憶に定着しないのだ。

そこで、私は傘のエピソードを思い出した。覚えようとするからよくないのだ。忘れようとすればいいのだ。そうすれば、かえって記憶されるのではないだろうか。

もう絶対に覚えるものか! そんな気持ちで私は勉強を始めた。

成果といえば、まったくなかった。私はあいかわらずなにひとつ覚えていなかったのだ。だが、ちっとも残念ではない。なぜなら、そもそも私は絶対に忘れようとしていたのだから。

苦い文学

カタカナの熟成

外国人(かしこまって)「主任、チョット、オ時間ヨロシイデショウカ」

日本人「おや、ズンさん、なんですか」

外国人「私ハコレマデ日本語ヲシッカリ勉強シテキマシタ。日常生活ヲ送ルノニハ困リマセンシ、職場ノ日本人ト会話スルノニモ問題ハアリマセン。ソレバカリカ N1 ニモ合格シテ、モット日本ノコトヲ知ロウト、日本ノ新聞ヤ小説ヲ読ンデイマス」

日本人「ええ、それで?」

外国人「ソコデ、折リ入ッテオ願イシタイコトガアルノデスガ」

日本人「なになに」

外国人「アノ、モウ片仮名デ話スノヲヤメテイイデスカ」

日本人(驚いて)「えっ、それは難しいですね」

外国人「ドウシテデショウカ? 私ハ日本人ト同ジヨウニ日本語ヲ話セマス」

日本人「ズンさんは、外人だからわからないんですね。日本では、外人はカタカナで話すのがきまりなんですよ。わかる? 外人、ひらがな、ダメ」

外国人(困惑しながら)「デスガ、ソレハ差別デハ」

日本人「ああ、差別、差別、差別、それは外人の考えです。これは日本のルールです。ズンさん、ゴミ出しのルール、わかりますね。それと一緒。外人、カタカナ、ルールです! ルールを守って国際化!」

外国人「……」

《数日後》

日本人「ズンさん、こんにちは!」

外国人(憔悴しきって)「……朕󠄂惟フニ……我カ皇祖皇宗……國ヲ肇󠄁ムルコト宏遠󠄁ニ……德ヲ樹ツルコト……深厚ナリ……」

苦い文学

安楽死の戦い

その老人は恐ろしい病に侵され、もはや動くことも話すこともできなかった。田舎の小さな病院の医療用ベッドでひとり横たわり、死を待っていた。

老人の身の回りの世話は、医療用ベッドが受け持っていた。基本的な医療処置のほか、食事・排泄・清拭などすべてをこなすのだった。老人は耳はしっかりしていたから、ベッドはときどき話しかけてやりもした。

ある日、老人のもとに見知らぬ客がやってきた。その客はこう老人に語りかけた。

「ついに見つけたよ」 客は銃を取り出した。「お前の死を望んでいる人々が私をここに送り込んだのだ」

老人が口を動かした。するとベッドが話し出した。「私を殺すことはできないし、お前の雇い主たちも死ぬことはできない」

暗殺者は銃を構えた。その瞬間、ベッドからまばゆい閃光が走り、暗殺者は黒焦げになった。すると別の暗殺者たちが窓ガラスを蹴破って病室に飛び込んできた。ベッドは老人を包み込むと、格納されていたアームを伸ばして、目にも止まらぬ速さで敵どもを薙ぎ払った。

耳鳴りのような高音が上方で響いた。かと思うと、すべてが炎に包まれた。

暗殺者の依頼主たちは、ミサイルが病院に命中したのを見て、歓喜の声を上げた。病院は爆発で吹き飛び、炎と黒煙に飲み込まれていった。

「私たちの安楽死を拒んでいたあいつがいなくなった!」 「これで私たちは死ねる!」 「さあ! 死のう!」

その瞬間、炎の中から、飛翔体に変形したベッドが浮上し、老人を乗せて地球のどこかに飛び去っていった。

苦い文学

ドリーム忠臣蔵

《スポイラー注意:以下の小文を読んだ者は、以後、まともに忠臣蔵を味わうことができなくなるであろう》

元禄 14 年 3 月、江戸城松の廊下で浅野内匠頭が吉良上野介を切り付ける事件が発生した。事件を重く見た幕府は浅野内匠頭に即日切腹を命じた。

赤穂藩は改易処分となり、主を失った元藩士たちは浅野家再興の運動を始めた。そのいっぽう、江戸詰めの浪人たちから、仇討ちを求める声が上がり出した。

筆頭家老であった大石内蔵助は、京都山科に隠棲していた。仇討ち派の動きが活発になったのを受け、江戸に下り、元藩士たちと会合を重ねた。

京都に戻った大石内蔵助は、廓で放蕩三昧の日々を送るようになった。遊女に囲まれ、酔い痴れて、歌を歌っているところに、吉良側に寝返った元藩士がやってきた。内蔵助に仇討ちの意図ありやなしやを探る、その元藩士の目の前で、酔い潰れた内蔵助はいびきをかいて眠ってしまった。

夢の中で、大石内蔵助は、46 人の仲間たちを率いて、吉良上野介の屋敷に討ち入り、みごと仇討ちを果たした。

苦い文学

一緒にタイに行きましょう(2)

一緒にタイに行きたいというカレン人の友人の誘いをのらりくらりとかわしていた私だったが、あるとき彼はタイ行きの具体的な日程を提示し、しかも飛行機代も出すといってきたのだ。

これには困った。航空券代を出してもらう筋合いなどないのはもちろんだが、そもそも日程が合わなかった。そう伝えると、彼は日程はいくらでも調整できるという。

そこで私は、その日はダメだとか、この週からは忙しいとか、この月になったらもう行けないとか、いろいろ言い立ててなんとか諦めてもらおうとした。すると、彼は「一緒に行けるようにお祈りしてる」と神をちらつかせはじめた。これはキリスト教徒の得意技だ。

この技が出たらもう終わりだ、逃げきれない。と、ヨナさながらに私は悔い改め、日程をどうにか組んで、飛行機のチケットを予約したのだった。

それに、人に飛行機代を払ってもらうのだって、べつだん苦にするほどのことではない。行くと決めたとたん、厚かましくなったのだ。

だが問題は、出発の日が近づいているにもかかわらず、友人のビザがまだおりていないことだ。出なかったらどうするつもりだろうか? そして私の運命は?

苦い文学

一緒にタイに行きましょう(1)

日本在住のカレン人難民の友人が、かねてから私とタイに行きたいと言っていた。

カレン人は多民族国家ビルマ(ミャンマー)の民族のひとつだ。ビルマでは長らく民族間の問題が続いていて、その結果、日本にも多くのカレン人が暮らしている。

そのカレン人がどうしてタイに行きたがるかというと、タイには多くのビルマ出身のカレン人がいて、難民キャンプもある。また、タイ・ビルマ国境はカレン人の政治組織・軍の拠点となっていて、カレン人の文化と政治の中心のひとつでもあるからだ。

この国境地帯には、私はかつて何度も行ったことがあるが、最後が 2014 年 12 月だ。この時は短い滞在だったが、カレン人の老人に歴史についてインタビューしたりした。

さて、私とタイに行きたがっている友人は日本に住むカレン人のリーダー格のひとりで、私もずいぶん世話になっている。

だが、彼と一緒にタイに行くのは、現在の私の状況では難しい。それで私はいつも「そうですね。いつか行けたらいいですね」と適当に答えていた。

だが、彼は適当に考える人ではなかった。去年のある日、その「いつか」を提示してきたうえ、飛行機代も出す、とまで言ってきたのだった。

苦い文学

駅と駅

その駅は時代の狭間に位置している。中央改札口を出て西出口のほうに向かえば動く歩道があり、それに乗っていくと、整然としたペデストリアン・デッキに出る。

そのデッキは、美しい建物群に取り囲まれている。高層オフィス・ビル、ユニクロやスタバの入った賑やかなショッピング施設、便利な公共施設など、人々はデッキを歩いてそのまま入ることができる。まさに令和の最新式の駅だ。

いっぽう、東出口はというと、中央改札口から東に向かうとすぐに大きな階段がある。下りながら、あちこちにかかっている大きな看板が見えるが、ほとんどパチンコ屋か医院だ。階段の下には売店があり、お菓子やお弁当、タバコと酒が売られている。その脇には公衆電話がずらりと並んでいる。昭和の駅だ。

東口には大きなロータリーが広がっていて、その中央にはのびやかな姿の銅像が立っている。そして、こっち側には大きなビルなどなくて、ただごちゃごちゃと商店が立ち並んでいるだけだ。

誰もが平気でタバコを吸っている。喫煙所などない。どこもかしこも吸い殻が落ちていて、注意して歩かないと、痰を踏んでしまう。

あるとき、東口の大階段で事件が起きた。男が、前を歩く女学生のスカートの中を鏡でのぞいていたのだ。気がついた人々がとらえようとすると、男は階段を駆け上って逃げた。

男は中央改札を通り過ぎ、西口から外に出ようとした。だが、結局そこで追いかけてきた人々に捕まってしまった。警官が駆けつけてくる。人々が警官に引き渡すと、男はこう言って抗議した。

「昭和の出来事を令和になっていまさら持ち出そうってのか!」

苦い文学

私人逮捕

交番に男がひとりやってきて、警官に大声で話しかける。

「お巡りさん、現行犯で私人逮捕したので連行してきました! さあ、きりきり歩け!」

「逮捕? 誰?」

「はっ、自分であります! 自分で自分を私人逮捕したのです! ちくしょう! 捕まっちまった!」

「公務執行妨害以外思いつかんが、なんで?」

「リベンジポルノの現行犯です! やめてくれ! 俺は無実だ!」

「リベンジポルノ? では、元彼女かなにかの性的な写真や動画を、ネット上でばら撒いたと?」

「違うのです。こいつは、自分に対して教育虐待をした親へのリベンジとしてポルノを朝から晩まで見まくっているのです。私はその現場に踏み込み、現行犯逮捕しました! とんだリベンジポルノ野郎です! さあ、お巡りさん、こいつに法の裁きを!」

と、男、警官の目の前でドッカと座り、腕組みをして叫ぶ。

「ええい、ここまできたらしょうがねえ。さあ、煮るなり焼くなりするがいい!」

警官、男を追っ払う。すると別の男がやってくる。

「お巡りさん、リベンジポルノの現行犯で自分を私人逮捕しました! 不当逮捕だ! 弁護士呼べ!」

「またか」

「こいつは、元カノとの素敵なエピソードをネット上で公開する、リベンジ感動ポルノ常習犯で……」

苦い文学

反排斥運動

みなさん、こんにちは。「あほうの党」党首です。今日はみなさんに私たちの党の信念を知っていただきたく、この場に立ってお話しさせていただいております。

まず、現在、私たちが大いに関心を持っていることから始めさせてください。それは外人排斥運動です。

嘆かわしいことに、現代の日本では外人を嫌い、憎む外人排斥運動が広がっています。私たちはこの状況をおおいにうれいています。

日本は素晴らしい国です。日本人は勤勉で真面目で優しくて思いやりがあって嘘を付かない国民です。その日本で外人が排斥されるなどあってはならないのです。

私たちは日本の伝統を守り、受け継ぎ、後世に伝える尊い責務があります。だからこそ、こんなことが許されてはいけません。日本の恥です!

外人を守り、大切にし、受け入れることが重要です。あほうの党は、外人を排除する風潮には断固として反対します。

さあ、みなさん、これからは外人です! 由緒正しい外人を堂々と使いましょう! 外国人などという言葉を、憲法と一緒に押し付けた外人どもから、日本をとりもどすために……

音楽

名曲考察「傘がない」

今日、取り上げるのは「傘がない」。言わずと知れた井上陽水さんの名曲です。では、この曲がどうして名曲と言われるのでしょうか。

初めにバックグラウンドを少々お話ししますと、この曲は井上陽水さんの2枚目のシングルで、1972年7月にリリースされました。「政治問題など関係ない。自分にとっては、雨のなか傘がなくて恋人に会いにいけないというのが問題なのだ」という内容が話題になりました。そんなことから、学生運動が盛んであったいわゆる「政治の季節」以後の、新しい若者像を描いた名曲だと評価されています。

ですが、私はそうした見解にちょっと異議あり、なんですね。まずは歌詞をご覧ください。

  都会では自殺する若者が増えている
  今朝来た新聞の片隅に書いていた
  だけども問題は今日の雨 傘がない

たしかに「自殺の問題よりも傘のほうが大事」と読めます。ですが、これは詩です、歌です。文として読んではいけないのです。全体的にイメージとして捉えるということが重要になってきます。では、どんなイメージが浮かび上がってくるでしょうか。

そうです。「傘がないと自殺する」というイメージです。

では、サビの部分を見てみましょう。これは次のようなものです。

  行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
  君の町に行かなくちゃ 雨にぬれ
  冷たい雨が 今日は心に浸みる
  君のこと以外は 考えられなくなる
  それはいい事だろ?

この部分は従来「恋人(君)に逢いたいのに傘がなくて困っている」と解釈されてきましたが、どうでしょうか。わたしはずばり「君」とは「傘」のことだと思います。

「傘がない」という人が真っ先にすることはなんでしょうか? 傘を探すことに決まっています。それを「君に逢いに行かなくちゃ」と擬人化し、「もう傘のこと以外考えられなくなっている、それはいい事だろ?」と歌っているのです。

なぜ「いい事」なのでしょうか? 雨が降っているからでしょうか?

いいえ、傘は私たちの魂だからです。歌の冒頭で、傘のないことが自殺に関連づけられていたのは、これを詩的に暗示するためだったのです。「傘がない」が名曲なのは、魂を見失いがちな現代人の傘を見事に描ききったからなのです。

「傘がない」における傘の不在という問題は、のちにもうひとつの名曲「夢の中へ」での「探し求められる傘」として発展的に取り扱われることとなります。ですが、これについてはまた稿を改めて、論じさせていただきたいと思います。