苦い文学

ぶつかる人

上野駅の構内を歩いていたら、急に後ろから押された。振り向くと、見知らぬ男が倒れかかってきたのだった。驚いて押し返すと、男は別の通行人のほうへとよろよろと進んで行った。

通行人はとっさに男を突き飛ばした。男はその勢いのまま壁に激突し、跳ね返され、床に倒れた。

「これはただごとではない」と私は駆け寄った。よく見ると、手は擦り傷とあざで二目と見られないありさまだ。顔はあちこちが腫れて膨れ上がり、鼻血が流れでていた。明らかに暴行の被害者だ。

あわてて介抱しようと手を差し伸ばすと、男は手で拒み、苦痛に呻きながら立ち上がった。そして、おぼつかない足取りで歩き始め、今度は大きな柱に頭からぶつかった。

「大丈夫ですか!」と私は叫んだ。男は柱に跳ね飛ばされながら「ええ! 大丈夫です!」 こう言った直後、男は自動販売機に正面衝突し、「というのも、私はなんにでも」と叫ぶ。

と、外国人観光客のスーツケースにつまづいて転ぶ。「いたっ、ぶつかるたちなのです」

苦悶に歪んだ顔で「ですのでー」と男は叫ぶと、高校生たちが現れた。男はそっちのほうに突進する。

若者たちは男の接近を手で防ぎ、笑い声を上げながら強く跳ね返す。男はまるでボールのように転がっていく。

「私は! 私は!」と男。その先にはエスカレーターがある。その手すりに激しく衝突する。脇腹を苦しげにさすり、大声で叫ぶ。

「卑劣なぶつかりおじさんではございません!」

男はエスカレーターにばたりと倒れこみ、そのまま上方へと運ばれていった。

苦い文学

日本脱出

近い将来、日本人たちは、この日本という国を捨てるべきだと考えはじめるだろう。

「私たちはいつまで地震に打ちのめされねばならないのか。津波の悪夢にうなされなければならないのか。いつまで涙を流さなければいけないのか。私たちはもはやこの島にはいられない。地震も津波もない土地で、幸せに生きるのだ」

「そうだ、どんなに酷い土地であろうと、揺れさえなければ、私たち日本人はなんとかやっていける!」

国家プロジェクトとして、さっそく新しい日本の候補地探しが始まった。世界中のあらゆる無人地帯が徹底的に調査され、その結果、ついに2つの候補地が浮上した。

赤道直下の灼熱の不毛地帯と、極北の広大な永久凍土だ。

どちらも、その地下にはいかなる断層もなく、少なくとも数万年の間、揺れた形跡はなかった。

そのいっぽう、2つの候補地には重要な違いがあった。不毛地帯を選ぶ場合、日本はその所有国に天文学的な金額を支払って購入しなくてはならなかった。いっぽう、永久凍土のほうは、その所有国に年ごとの使用料を払わねばならなかった。

「つまりこういういうことだ」と人々は叫んだ。「持ち家か、賃貸か」

永遠に結論の出ないこの問題をめぐって、日本中が真っ二つに割れた。いたるところで議論が繰り広げられ、そのうち激しい天災がやってきて、日本は沈没してしまった。

苦い文学

間違いだらけの優良講習

このたび、県警から表彰されることになった。5年間の運転が評価されて、優良運転者と認められたのだ。

思えば、5年前、はじめて免許の更新に行ったとき、つらく悲しいビデオばかり延々と、いや永遠と見せられて、もう絶対にこんな目には会うまいと決意したのだった。そのとき以来、私は優良運転者を目指すようになった。

いつだって安全運転だ。制限速度はきちんと守り、どんな標識も見逃さなかった。横断歩道では必ず止まった。人がいなくても止まったこともある。

そればかりではない。私は車に乗っていないときも、恥ずかしくないような生活を送るよう心がけた。なぜなら、すぐれた運転はすぐれた生活から生まれるからだ。酒と薬物に溺れた生活からは安全運転は生まれない。

優良運転者にふさわしい教養を身につけることだって大事だ。徳大寺有恒先生の著書を何冊も熟読し、その結果、どんなときでも「メルツェデス」「ジャグァー」「シトローエン」と言えるようになった。

そうした私の研鑽ぶりが現場の警察官たちの目に止まり、優良運転手として県警に推薦されたのではないかと思う。

明日は、いよいよ優良講習の日だ。着ていく礼服も準備万端だ。副賞があるものかわからないが、もし金一封があれば、被災地に寄付したい。

苦い文学

犬の首風雲録

犬は人間だろうか。最近、そんなふうに思わされる出来事が多い。この間など、犬を「ひとり、ふたり」と数えていている人がいた。「匹」ではないのだ。その人に「エサあげたか」と聞いたら怒られた。「ご飯」なのだそうだ。

また、痛ましい飛行機事故をきっかけに「犬は貨物ではない。飼い主と同乗できるようにしてほしい。そうすれば事故のときに一緒に逃げられるから」という人々も現れた。こうした発言は「いや、犬は手荷物なので一緒には逃げられない」「アレルギーの人はどうするのだ」などと大いに炎上した。それはさておいても、犬を人間あつかいする人が確実にいるのだ。

さらに、今日、韓国では犬食禁止令が出された。犬を食べることは、もはやカニバリズムとみなされるようになったのだ。これも犬の人間あつかいだ。

いや、これを人間あつかいと呼ぶべきだろうか。むしろ、より正しくは、犬が人間の方向へと進化を始めている、というべきではないだろうか。

太古の昔、犬は狼だった。それが人間との接触によって犬となったのだ。ならば、さらに犬から人間へと進化してもおかしくはない。

いつの日か、犬は犬であることを脱し、人間となるだろう。そして、犬たちは堂々と機内に乗り込むだろう。「フィッシュ・オア・ミート?」との問いかけに、自分が食べられていたことも忘れて「ミート」と答える時代が来るだろう。

そのとき、貨物室にいるのはもしかしたら、あなたのような人間たちかもしれない。

苦い文学

人生の無料点検サービス

あなたの人生、大丈夫ですか?

仕事がうまくいかない……無職から脱出できない……気がつけばひとりぼっち……借金と皺だけが増えていく……。

そんな想いに囚われたら、当社の人生の無料点検サービスをぜひご利用ください!

【無料点検サービスで新たな人生を!】
1)人生の歯車の点検:歯車が円滑に回れば、人生が動き出す!
主な症状:人生の空回り、噛み合わない会話、思いやりの磨滅、不純な想念の混入、耳障りな異音
修理*:歯車の清掃・交換、潤滑油の塗布

2)ネジの点検:頭のネジを締めなおせば、人生の展望が開ける!
主な症状:頭のネジの緩み、タガの緩みによる自暴自棄
修理*:きつい締めなおし、ネジ・ワッシャーの交換

3)タイヤの点検:安全なタイヤで快適人生を!
主な症状:気力の漏出、消耗による人生の上滑り、衝突回避能力低下
修理*:タイヤの圧の回復、タイヤ交換
*点検後の修理はすべて有料となります。

4)その他の点検:情欲のブレーキの効き具合のチェック、よこしまな思いを拭いとるワイパーの挙動確認

無料点検サービスで人生好転!**
**点検・修理後の効果には個人差があります。

【修理できない場合も安心!】
人生の廃棄、抹消手続きも無料でうけたまわります!

苦い文学

千葉の熊

「千葉県は最強の県なのです」と語るのは吉田九郎さん。「美しい海もあれば峨々たる山もあります。海産物も野菜もないものはありません。東京ディズニーランドと成田空港がある県などほかにあるでしょうか。ですが」と声を曇らせます。

「最近、千葉に欠けていることが明らかになりました。それは熊です」

千葉県には熊がいないのは、関東平野に囲まれ、利根川で本州と切り離されているという地理的な要因によるものだとされています。

「そうだとしても、最強の県に最強の動物がいないっておかしくないですか?」 吉田さんはこう問いかけて笑います。

他県で熊のニュースが流れるたびに悔しい思いをしていた吉田さん、千葉を熊の住む県にするため、いくつかのプロジェクトを立ち上げてきました。熊の千葉県移住を促進するウェブサイトを制作したり、利根川に鮭を放流してみたり……ですが、どれもうまくいきませんでした。

すっかり手詰まりになった吉田さんにある日名案が浮かびます。「そうだ、熊になろう、と。ええ、熊を連れてこようという発想がそもそも間違っていたのです。『いないなら私がなろうツキノワグマ』 戦国武将の発想です」

現在、吉田さんは、千葉の山奥で黒い毛布をかぶってひとりで暮らしています。

「日を追うごとに自分が熊になりつつあるのを感じています。ガオー」

千葉の熊第1号が人々を襲いはじめるのもそう遠くないことかもしれません。

苦い文学

終わりの始まり

ニュースで誰かが預言者よろしく「これは終わりの始まりといえるでしょう」と語ったとき、私たちはその空虚な響きに驚愕した。

「終わりの始まりだと!」

私たちはどんなに頑張っても、この「終わりの始まり」を否定もできなければ、偽だと暴くこともできなかった。

「終わりの始まり」……終わったと言いきっているわけでもない。と同時に、なにか別のことが始まったとも主張しているわけでもない……いや、それどころか、なにひとつ言っていないのだ!

なぜなら、どんなことだって始まったからにはいつか終わるのだから。つまり、なにかの始まりとは、すでにしてなにかの終わりの始まりなのだ。そして、なにかが存続するかぎり、終わりの始まり状態が続く……。ああ、「終わりの始まり」とは終わらないということだ!

なんと禍々しい言霊だろうか。この言葉を使う者は絶対に正しく、だれひとり反論できない。もう無敵なのだ。まるでこの語句には真実という頼もしい味方がついているかのようだ。

このような言葉を許してもいいものだろうか? 「徹底的にこの言葉に抵抗しよう!」私たちはついに立ち上がった。終わりの始まりの終わりの始まりのために……。

苦い文学

男たちの責務

お正月だから、変わったところに行ってみようと、スーパー銭湯に行った。浴場内にはいろいろなお風呂がある。まず、泡風呂に入ってみた。

底から湧き出る泡に打たれていると、腹の出たのと痩せたのとの二人連れが入ってきた。足を湯に入れながら、痩せたほうがこう言った。

「社長、そういえば、お子さん元気ですか」

すると腹の出たほうが「ああ、元気元気、毎日サッカーばかりでさ、男の子だね」

私は泡風呂を出て、外の露天風呂に行った。茶色い湯で体にいいらしい。しばらくすると先ほどの二人がやってきた。貧相なほうが足を突っ込みながら太ったほうにこう言った。

「そういえば、社長、お子さんいらっしゃいましたよね」

「うん、娘。最近じゃ、お父さんイヤって、まったく女の子はむずかしいや」

次に私はつぼ風呂に入り、再び室内に戻って電気風呂と炭酸風呂に入った。それからひとつ「ととのう」とやらを体験してみようとサウナに行ってみると、あの二人が先にいて、私が室内に入るとこんなことを話しだした。

「社長、なんでも最近、お子さんが生まれたとか。おめでとうございます」

「ありがとう。初めての子だからもうかわいくって」

浴場を出て、脱衣所で体を拭いていると、あの奇妙な二人もやってきた。そして、同じような会話をいくども繰り返すのだった。「社長」はそそくさと着替えおわると、ひとりでさっさと外に出ていった。痩せたほうはといえば、社長が残していったタオルを片付けているのだった。

私はもう好奇心を抑えきれなくなり、彼に話しかけた。そして、何度も子どもの話をしていた理由について尋ねた。

痩せた男は慇懃に答えた。「ああ、あれは当館独自のサービスでして、他のお客様のいるところでは、必ずああいった会話をするのでございます。見た目は控えめでも、ちゃんと責務を果たしているぞ、というアピール、これがあるとずっと銭湯も楽しくなるのに、という切なるご要望が、ささやかなモノをお持ちのお客様から多々寄せられまして、ええ、じっさいにお子様がいらっしゃらなくてもご利用可能です……」

苦い文学

弟橘媛

お正月は千葉県内房の舞浦に遊びに行った。

なんにもないところだが、漁村らしい古い町並みがそこここに残っていて、まるで『男はつらいよ』に出てきそうだった。港近くの土産物屋で干物を買い、食堂で新鮮な魚を味わった。

近くに舞姫神社という古い神社もあり、せっかくなので初詣にと寄ってみることにした。参拝者の列に並んでお参りを済ませ、境内をぶらぶら歩いていると、天女のような石像がある。「弟橘媛(おとたちばなひめ)」と刻まれていて、その脇の案内板にこんなふうに書かれていた。

「その昔、相模から上総に渡ろうとした日本武尊が、嵐に襲われ海上で立ち往生していたところ、その妻の弟橘媛が海神を鎮めるために、入水しました」

「その後、弟橘媛の袖が流れ着いたのが袖ヶ浦、衣服が流れ着いたのが富津(古くは布流津)、その腰巻きが流れ着いたのがこの舞浦です(古くは巻浦)。また、日本武尊が妻を偲んで詠んだ歌《君さらず袖しが浦に立つ波のその面影をみるぞ悲しき》の《君さらず》が木更津・君津の由来になったと言われています」

「舞浦市民有志は、尊い命を自ら絶って日本武尊を救った弟橘媛を記念して、寄付により、令和5年3月にこの像を建立しました」

そして案内板の末尾はこんなふうに締めくくられていた。

「*厚生労働省や自殺の防止活動に取り組む団体は、嵐を鎮めたいときは自分だけで解決しようとするのではなく、専門の相談員に相談することを呼びかけています」

苦い文学

経済回せ!

「経済回せ!」が私たちの合言葉。それこそが、この停滞しきった日本を甦らせるたったひとつの方法だ。

経済が回れば、金が動き、人々が潤う。金が血のように日本全体をめぐり、私たちに生命を与える。

だが、経済をどうやって回せばいいのだろうか? 「そもそも経済が回るものなどと知らなかった!」 こんなふうに叫ぶものすらいるありさま。

有名な経済学者が提案した。「経済を回すには富裕層の力がどうしても必要だ。なぜなら、経済を回すには経済力がモノを言うからだ」

私たちは富裕層に頼み込み、その力を借りて回すべき経済の開発に打ち込んだ。そして、それはついに完成した。経済を回す時がやってきたのだ。

私たちは管制センターに陣取り、モニターに映された巨大な構造物を注視した。準備万端だ。秒読み開始!

10、9、8……。エネルギーが満ち、経済機構がうなりはじめる。5、4、3……経済指数が限界まで上昇する!

2、1、回せ!

ミシミシと地響きを立てて経済が動き始める。回った! 成功だ! 私たちは歓声を上げ、互いに抱き合った。

そして、回り出した経済は私たちをバリバリと巻き込み、富裕層以外のすべての人々を挽肉にすると、どんな災害よりも激甚に日本を破壊して、海の底に転げ落ちていった。