苦い文学

髪の毛の戦争

最近、どうも抜け毛が増えてきて、このままだとすべて抜け落ちてしまうのではないかと心配になった。

とはいっても、薄毛治療や発毛剤に頼る経済的余裕はないので、自己流で対処することにした。

髪の毛が抜けるのは毛根が弱っているからだ。毛根が弱るのは、これは現代の若者と同じでたるんでいるからだ。平和ボケだ。

髪の平和ボケを直すのは、頭皮を愛し守る心、愛頭心が重要だ。愛頭心を育成するには、徴兵制しかない。なので私は、頭に徴兵制を導入して、徹底的に揉んだり叩いたり冷水を浴びせかけたりした。

しかし、兵士というのは戦うためにある。戦いには敵が必要だ。そして、敵といえば、謎の飛翔体でお馴染の北朝鮮をおいてほかにない。

私は、髪どもに徹底して北朝鮮に対する憎悪を植えつけた(憎悪の植毛だ!)。拉致事件を利用して、敵意を燃え立たせた。あちこちにポスターを貼ったり、威勢だけよくて中身のない演説をぶったりしたのだ。また、頭のでこぼこを活用して、平壌攻撃作戦の訓練を繰り返した。

肉体と精神にわたる過酷な軍事教練の結果、あの軟弱な髪どもはもはやどこにもいなかった。愛頭心に満ちた強靭な戦士たちが頑丈な毛根の上にすっくと立っていたのだ。

あるとき、私がテレビを見ていたときのことだ。ニュースが始まり金総書記の姿が映し出された。

その瞬間、私の髪の毛が一斉に奮起した。そして、あろうことか、北の独裁者めがけて一斉に特攻攻撃を始めた! 神風ばんざい! 後に残されたのは、すっかり禿げ頭となった私……。

……そして月日が流れ、今、私の頭の上には立派な神社が建ち、参拝客で賑わっている。

(この有益な物語の教訓は、愛国心を利用するものは愛国心に滅ぼされるということと、薄毛治療(HAGE)はちゃんとした専門家に相談すべきだということである。)

苦い文学

薬局にて

白髪とハゲに悩む私は、思い切って薬局に行くことにした。

しかし、その薬局はとてつもなく広いのだ。まるで体育館みたいだ。医薬品の棚がまるで迷路のように立ちふさがっている。いったい、どの薬がいいのかわからない。

店主に尋ねようかと思ったら、先客が2人いて、その対応をしているところだった。私は2人の後に並んで、順番の来るのを待った。

1番目の客が店主に言う。「五月病に効く薬はありませんか」

「どういったご症状で」

「毎日が五月のような気がするのです」

「それならこの張り薬がいいです」と店主は商品を出した。

次に2番目の客がつらそうに訴えた。「合併症に苦しんでいるのです」

「どうしたご症状で」

「この間は、銀行と銀行を合併させてしまいました。今は商社の合併です」

「なら、この塗り薬がてきめんです、どうぞ」

私の番が来た。

「白髪染めとハゲの薬をください!」

彼は私の頭に一瞥をくれるとすぐに1本の薬瓶を差しだした。

薬効を見ると「黒髪を白髪に染め、どんどん毛が抜ける」と書いてある。これぞまさしく私が必要としていた薬。

相談するなら、やっぱり、ちゃんとした薬局ですね。

苦い文学

悩める日々

私はいい年して、白髪もなく、薄毛でもない。これが苦しいのだ。

人間は年をとるにつれその年齢に応じた姿形になっていく。私がずっとこのままだったら、つまり、80歳、90歳になってもクログロにしてフサフサだったら……、そう思うと、もういてもたってもいられなくなってくる。

まったく、とんだ化け物にちがいない。顔はしわくちゃなのに、頭はクロフサなのだから。悪意のある人々なら、私のことを若作り爺と揶揄し、とんだ好色漢だと決めつけることだろう。そして、幼い子どもたちは、貸本漫画から飛び出てきたような怪奇紳士に泣きだすにちがいない。なんという未来だ!

将来が不安で、夜はまったく寝つくことができなくなった。ああ、いく夜、眠れぬ夜を過ごしたことか! だが、この激しいストレスにもかかわらず、いっこうに白髪は増えないのだ。

煩悶のあまり、私は思わず頭をかきむしる。この髪め、この髪め! だが、いっこうに毛は抜けようとしないのだ。

だから、この場を借りて白髪とハゲの皆さんにぜひお聞きしたいのだ、私が皆さんのようになるにはいったいどうしたらよいのか、と。

苦い文学

新しい教科書を作る会

先日、ある方から韓国語の初中級の教科書を何冊もいただいたが、主に大学用の教科書で、会話などの題材も学生生活からとられている。

私はすでに学生時代を終えた身なので、「授業は何限からですか」とかいったフレーズはあまり役に立たなさそうだ。いや、文法を学ぶ上では関係ないので別にいいのだが、ただあまり心に響かない。それどころか、自分の無為なる学生時代が思い出されてくる。

「授業は何限からですか」
「2限からです。でも、寝坊して休みました……」

反省と後悔で、韓国語の勉強どころではないのだ。私の不幸な歴史が、日韓の友好の妨げとなっているとしたら問題ではなかろうか。

そんなわけで、私は自分の状況に適合した未来志向の教科書を作ろうと考えた。以下はその試案である。

第9課 いつあの世に行きますか?

田中さん:朴さん、今年の夏はどこに行きますか?
朴さん:まだ決まっていません。田中さんはどこに行きますか。
田中さん:あの世です。朴さんも一緒に行きませんか。
朴さん:すいません。夏はたぶん仕事が忙しくなりそうです。
田中さん:そうですか。では朴さんは、いつあの世に行きますか?
朴さん:まだ決まっていません。さようなら。

(実際には、韓国語は社会人の学習者も多いので、それにふさわしい教材もたくさん出ている。)

苦い文学

永遠の楽園

北朝鮮は替え玉国家だ。こういうと金正恩の替え玉のことを言っているように思うかもしれない。違うのだ。金正恩以外すべて替え玉なのだ。真相をお話しよう。

近年、北朝鮮は猛烈な勢いで軍事技術を発展させてきた。国際的な孤立の中、軍事力を背景として生き残りを図ろうとしたのである。

2017年には水爆の開発に成功した。だが、北朝鮮の科学者たちはこんなことでは満足しなかった。彼らは厳しい制裁をはねのけ研究を進めた。彼らは、核融合、さらには重力砲、しまいにはブラックホール生成まで成功したのである。そして、転機が訪れた。

異空間に通じる時空の亀裂が白頭山の麓で発見されたのである(おそらく金日成の誕生の奇瑞の影響であろう)。北の科学者たちは、その亀裂の固定化に成功し、異空間の探査に乗り出した。そして、人類の居住可能な領域を見いだしたのであった。

直ちに国家全体の異空間への移住事業が開始された。この国家的事業に否という者はいなかった。なぜなら、そこには無限のエネルギーと豊富な食べ物があった。そして、飢餓もなく、経済制裁もなく、38度線で区切られてもいなければ、アメリカも中国も韓国も日本もなかった。まさしく永遠の楽園であった。

そして、すべての人民の移住が完了した北朝鮮では、今、金正恩がたったひとりでアンドロイドの替え玉人民に囲まれて暮らしている。彼は、独裁者のふりをし、孤独に耐え、ときどき飛翔体を発射しながら、この異空間を世界からひた隠すという尊い責務を果たしているのである。

苦い文学

新しいやり方

ビルマ情勢の悪化にともない、日本政府は去年の夏、「本国情勢を踏まえた在留ミャンマー人への緊急避難措置」というのを出して、日本での在留を希望するミャンマー人に積極的に「在留や就労を認める」ようになった。

難民認定申請者もその対象だが、いったん「不法滞在者」となった後に難民申請した人はこれから外れる。

しかし、入管は難民認定の審査を早めたり、特別な配慮をして、「緊急避難措置」の適用外の人にも特定活動ビザを出しているようだ。私の身近な人にもそうした人が2人いる。

これ自体はとても喜ばしいことだ。10年以上も不安定な状況で、しかも時には収容されながら、日本で生き抜いてきた難民がようやく在留を認められたのだから。

だが、特定活動の内容自体は問題だ。このビザには就労許可もついているが、週28時間労働という制限があるのだ。

週28時間の労働の制限といえば、普通は留学生ビザだ。留学生がどうしてそうした制限の対象になるかというと、学費と生活費は保護者が負担し、また、留学生は勉強するために日本に来ているからである。これにはそれなりの理由がある。

しかし、難民の週28時間労働の制限についてはどうだろうか。保護者もいないし、学校に通っているわけではない。この制限内では、生活できないわけではない。だが、難民は学生と違って卒業もないし、これでは就職もできない。留学生は長期休暇中は週40時間の就労が認められるが、それすらもない。

しかも、この状態がいつまで続くかわからない。ビルマ軍事政権はこの先何十年も変わらないかもしれないし、明日急に瓦解するかもしれない。

こんな条件のもとで、人間は安心して生活を続けられるものだろうか。将来を思い描くことができるものだろうか。

こうした形の在留許可が人間の暮らしにふさわしいものだろうか。まるで、28時間に縛りつけられているみたいではないか。

もしかしたら、これは新しい形の収容なのではなかろうか……。

苦い文学

チャーチル式

マティーニとはジンとベルモットを混ぜて、オリーブを投入するショートカクテルだ。ベルモットの量が少なければ少ないほど辛口になって、ドライ・マティーニ、さらにはエクストラ・ドライ・マティーニと呼ばれる。

イギリスの首相チャーチルは辛口のマティーニを好むあまり、ベルモットの瓶を横目でチラと睨むだけでよしとしたという。これはよく知られたうんちく話だ。

さて、日本では少子化のため、どこの大学も学生を集めるのに必死だ。なかには経営を成り立たせるため、留学生を多く受け入れている大学もある。

しかし、どんな留学生でも大学にはいれるわけではない。日本語能力試験というものがあり、N2(上から2番目のレベル)に合格していなくてはならない。

とはいえ、N2合格者だけ、とすると、今度は志願者が限られてくる。なので、一計を案ずる学校が出てくる。

N2の試験を受けていれば、入学を認める、というのだ。その心意気だけでもうN2相当と認めちゃう、というわけだ。

この調子で行くと、そのうち、N2のことをチラとでも考えたことがあるだけでも入学させてしまう大学が出てくるのではなかろうか。

いや、なかろうかどころではない。実はチャーチル式の大学はすでにあるのだ。

苦い文学

エア

彼はエアギターというやつをやってみた。意外にエア上手にできたのでエア人前でエア披露に及んだ。エア喝采を浴び、たちまちエア評判を呼んだ。

エアラジオからエア問い合わせが来て、エアインタビューを受けた。そして、日本中にエアオンエア。

エアテレビからも声がかかり、エア出演だ。これをエアきっかけにエアタレント活動が始まった。

軽妙なエアトークがエア話題となり、エア各局でエア引っ張りだこ。ついにはエア司会としてエア番組を持つまでになった。

エア収入もエア増すばかりで、エア都内のエア一等地にエア邸宅を建てた。エア「エア御殿」とエア近隣でエア噂の的。

エア美しいエアモデルをエア妻に向かい入れ、エア新婚としてエアハネムーンにエアエアーでエア飛び立つ。

まことに満ち足りたエア人生かと思いきや、エアが切れて、たちまち彼は四畳半ボロアパートの暮らしに引き戻される。

「人生はチビシイ……」

と彼は横になって鼻をほじるのであった。

エア「水木しげるの短編まんが」完。

苦い文学

大予言

私が子どものころ、ノストラダムスの大予言は非常に大きな影響力を持っていた。「1999年7月の恐怖の大王の来訪」とか「アンゴルモアの復活」とか恐ろしい語句をちりばめた四行詩が、我々の未熟な精神にすっかり世界の滅亡を信じ込ませたのである。

もちろん、これらは外れた。滅亡するのは予言のほうかと思いきや、どっこい今に至るまでしぶとく生き延びて、現在もそれなりの関心を集めているようだ。

この間も、本屋に行ったら、ノストラダムスの予言を扱った新刊書が積まれていた。思わず手に取ってページを開いてみると、こんな四行詩が目に入ってきた。

不可能だ、行儀よく真面目なる者よ。
学び場で闇夜の硝子が粉々になる時。
ヘルメス全土に自由をもたらす欲求とともに
支配は終わるだろう、仕組まれた卒業によって。

この奇怪な予言はいったいなにを意味しているのだろうか。皆目見当もつかないが、もしかしたらカラオケに行けばわかるような気がする……

音楽

ラ抜きの研究

「ら抜き言葉」というのは、可能の「見られる(つまり、見ることができる)」「来られる(つまり、来ることができる)」などを「見れる」「来れる」のように「ら」を抜いて言うことを指す。

これはしばしば「正しくない日本語」とされるが、現在では広く用いられていて、テレビのバラエティ番組などでも「ら抜き」のほうが普通だ(そして、テロップでは「ら」が復元されるのも普通だ)。

私はかねてからこの「ら抜き言葉」に関心があり、調査・研究を重ねてきた。具体的なテーマは「抜かれた「ら」はどこに行ってしまったのか」というものだ。

私は日本のどこかに、抜かれた「ら」たちが集積する場所があるのではないかと考え、羅臼、浦安、島原、伊良部島など「ら」のつく土地を候補地としてくまなく踏査したが、そのような「らの墓場」は見つからなかった。

私の研究は行き詰まったかに見えた。だが、さらなる研究が突破口を開けたのだった。「ら抜き言葉」が生まれたのは100年以上前だというが、これが格段に広まったのはここ数十年のことである。そして、この急な拡大の原因となった出来事が、1978年に起きていたのだ。

サザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」の発売である。

すべてのラはこの曲に吸収されていたのだ! 今でも、日本中のカラオケで!

この胸騒ぎのする研究をすぐにでも学会で発表したいほどに、ちょっと待って、まだはやい。いずれお目にかかれてと心なしに思う次第だ。