苦い文学

エチカ

私は無職だが、時たま肩書きを要求されるときもあり、そうしたときは非常に決まりの悪い思いをすることになる。

何か別の肩書きでもあればいいのだが、そうしたものもない。嘘をつくわけにもいかないので、恥を忍んで無職と答えることとなる。

そのようなわけで、近ごろはどうやったらこの無職というのをカッコよく言えるかばかり考えている(おかげで就職活動もそっちのけだ)。

答えはすぐ見つかった。なんのことはない「永遠の」をつければよかったのだ。

つまり「永遠の無職」だ。これは「永遠の17歳」とかいうのと同じで、人々は「あえて無職と名乗っている=つまり本当は仕事をしている」と勝手に受け取ってくれること疑いなしだ。

しかも、これは真実でもある。私はもしかしたら今後、なんらかの仕事に就くかもしれないが、かりにそうだとしても、それは決して本質的なものではない。それは私が無職であった期間に比べればはるかに短く、スピノザのいう永遠の相のもとに眺めれば、私は無職なのである(そして、これはあらゆる人間に当てはまるのだ……)。

私は「永遠の無職」と答えよう。そうだ、胸を張って、堂々と!

いつの日か私を永遠の業火が焼き尽くすまで……。

苦い文学

オールドデリー

人生について知らなかったころ、そこには謎などないような気がしていたが、人生について知るにつれ、そこには謎しかないような気がしてくる。今からする話も、そのような謎のひとつだ。

昔、私の家の近くに、「デリー」というカレー屋さんがあった。インドの人(かネパールの人)がやっている店だった。もともとはスナックだった店舗に居抜きではいったもののようで、レストランというには狭かった。

しかし、薄暗い店内にはインドの風景写真が飾られており、雰囲気もあったし、なによりもおいしかった。

「デリー」は市役所に近かったため、その職員がよく利用していた。それで、あるとき、市役所にもっと近いところに空き店舗を見つけて移転した。

店は広くなったが、前の店のような雰囲気はなくなっていた。居酒屋の作りで、あまりインドらしくはなかった。私は新規開店してすぐに行ったが、どこか違うように感じた。当てにしていた市役所の職員も来なかったようで、いつの間にか店はなくなっていた。

この「デリー」は移転したとき、名前を改めて「ニューデリー」となった。私が謎に思っているのはこの名前についてである。

「ニューデリー」という店名は、新しい「デリー」を意味しているのだろうか、それとも以前の「デリー」とは関係なく「ニューデリー」というインドの地名にちなんでつけられたのだろうか。

店のなくなった今、もはやこの謎を解く術はない(し、どうでもいい)。

苦い文学

来世の誓い

告白と聞くと、男女の愛の告白ではなく、死の間際の罪の告白が想起されるような、そうした年齢に私はなった。そして、そのような年齢になってみればもはやどうでもよいように思えるが、我々にとってモテないことが苦しみであった時代がかつてあった。

我々というのは、私と友人のIのことだ。我々はモテるためにあらゆることを試みたが、それが成果をもたらしたことはなかった。

ある日、Iが言った。「俺たちがモテないのは、前世でモテすぎたためではないだろうか」

「なるほど」と私。「ということは?」

彼は目を輝かせて言った。「今生でモテない我らは」

私「来世できっと」

二人声を合わせて「あ、モテるはず」

かくて我々は、来世でのモテを目指して今生の非モテを追求することを誓い合った。だが、その誓いも、交通事故によるIの急死によって、永遠に失われてしまった。

Iがこの世を去ってからすでに三十年が経とうとしている。街角には美しく若い男たちが溢れ、テレビでは美男子たちが生き生きと輝いている。無駄と知りつつも私は、そこに彼の面影を探さずにはいられないのだ。

苦い文学

侵略者

宇宙から侵略者がやってきて、地球征服の手始めに日本を攻撃することにした。

巨大な宇宙船が東京上空に突如として出現した。宇宙人がその奇怪な姿を現し、日本政府に告げた。

「我々に服従しないと直ちに攻撃を始める」

このときの首相は毅然とした態度で知られていたから、この恐ろしい通告に対しても毅然とした態度で臨んだ。

「我々日本民族はいかなる脅しにも屈しない!」

すると宇宙船の内部から巨大な大砲が現れた。宇宙人は告げた。

「愚か者どもめ、お前たちの望み通り、攻撃を始めてやろう。まずはお前たちの領土のこの島からだ!」

大砲から光の束が放たれ、竹島を一瞬のうちに消し去った。

そのとき、日本政府の飛行機が現れ、首相が顔を出し、宇宙人に熱烈な感謝を述べだした。政府は、韓国政府に対し、竹島が日本固有の領土であることは、歴史的にも国際法上も、そして宇宙的にも明らかとなったと高々と宣言した。さらに超党派の議員団はこの日を記念して「宇宙の竹島記念日」とする法案を国会に提出した。日本中が宇宙人歓迎ムードに湧いた。

宇宙人は、征服しても得るものはなさそうだと、遠い銀河に飛び去っていった。

苦い文学

夢は叶う

人間らしい付き合いというもののない私には、年賀状といえば、毎年、なぜか嵐から届くきりだったが、最近はそれも来なくなった。

なので今年はゼロかと思いきや、珍しく1枚だけ私宛に来ていた。学生時代の頃の友人だ。

彼と過ごした青春の日々が不意に思い出された。もっとも、それらの日々はとても無残なものだったので、私はここ数十年思い返すこともなかった。

我々は苦しく惨めだった。だが、その悲惨の中から、あるとき彼は、ひとつの夢を掴みとったのだった。それは歴史的な瞬間だった。

「俺はこの世界を破壊する」と彼は言った。「憎しみを播種し、恐怖と侮蔑で人々を分断させるのだ。人権などというものを真っ向から否定し、弱者どもを狂わせ、無限の闘争に駆り立てるのだ。あらゆる人間性を、価値を、技術を、知性を、知恵を蔑ろにして、この世界を混乱に陥れる。そうだ、戦争だ! 戦火をあらゆる番地に燃え立たせるのだ。この世界はひとつの巨大な地獄となるだろう……」

私は我に返り、彼からの年賀状を眺めた。ありきたりの正月の文句と彼の名前が書かれ、その下に「自民党員」とあった。

どうやら、着実に夢を実現させているようで、他人事ながらうれしかった。

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雪のカレン

ビルマのカレン民族の伝統的な行事にカレン新年祭というものがある。これはそれほど古いものではないというが、各地でカレン人が集まって、お祝いをし、ダンスやゲームをし、食事をする。開催されるのはカレンの暦の正月で、これはだいたい年末年始にあたる。

日本でもこのカレン新年祭は20年以上行われているが、今年はコロナ禍ということもあり、日光にバス旅行ということになった。ただしこれは関東でのことで、神戸では1月9日に開催される。これは関西初のカレン新年祭だ。

バス旅行は1月2日に行われ、45人の在日カレン人と2人の日本人が参加した。そのうちひとりが私である。

早朝東京を出たバスは、10時半に中禅寺湖に着いた。雪が積もる駐車場でカレン新年祭の式典が簡単に開催された。

カレン民族はビルマの諸民族でもっとも多様性に富んだ民族だ。住んでいる場所だけでも、都市部、農村部、デルタ、山岳地帯、海岸とさまざまだ。そして、今日、雪国のカレン人も見つかった。

式典でひと言といわれたので、こういうことを話したら、少し受けた。

ただし、正確にいうならば、日本なら北海道にも、そして、アメリカ、カナダ、韓国、ヨーロッパなど、日本より寒い国々にもたくさんのカレンの人々が暮らしている。

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かわいそうに

都内の居酒屋で、ある若者がアルバイトをしていた。その店には外国人の娘もアルバイトで働いていた。東南アジアのどこかの国の人で、日本に出稼ぎに来ているようだった。

あるとき、その娘が揚げ場の油を手に引っかけてやけどをした。店の社長は治療費は出したが、彼女は何日も休まねばならず、収入はひどく減ってしまった。

若者はその娘と仲が良かったので「かわいそうに」と同情したら、「全然」という返事が返ってきた。「入管にいる人のほうがかわいそうだよ」

若者は「この子よりかわいそうな人がいるのなら会いにいってみよう」と考えた。

入管にいる人とは収容されている人のことだった。若者は娘からその人の名前を教えてもらうと、入管に面会に行った。

面会室で待っていると、年配の男が現れた。彼は入管に3年間も収容されているというのだった。若者は、これはかわいそうだ、と思い、そのことを彼に告げると、こんな返事が返ってきた。

「難民キャンプにいる人のほうがもっとかわいそうだよ」

若者は「この人よりかわいそうな人がいるのなら会わねばなるまい」と考えた。

彼はアルバイトの収入で航空券を買って、異国にある難民キャンプに行った。そこには、あの娘と同じ民族の人々が狭い場所に小屋を建てて暮らしていた。みな、政府軍の攻撃から逃げて隣国との国境にやってきたのだった。若者は、これはかわいそうだぞ、と思った。

さっそく難民キャンプのリーダーにそのことを告げると、こんな返事が返ってきた。

「難民キャンプに来られず、国境のジャングルで逃げ暮らしている村人のほうがもっとかわいそうだよ」

若者は「これらの人々よりかわいそうな人がいるのなら会わねばなるまい」と考えた。

そこで、そのリーダーに頼んで、国境のジャングルに連れていってもらうことにした。

ジャングルの旅は危険極まりなかった。都会育ちの若者は疲労困憊し、やがて熱病に冒された。無理を押して進んだが、ついに力尽き、意識を失った。人々は懸命に手当てをしたが、ジャングルのただ中ではできることはほとんどなかった。若者はもはや息をするのをやめていた。

人々は彼を日当たりのよい丘に葬った。そしてだれもが「かわいそうに」と泣いた。

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災害

南海のどこかで怪獣が現れて、日本に向って北上をはじめた。小笠原諸島を通過し、八丈島に接近したかと思うと、あれよあれよという間に大島沖までやってきた。

怪獣はそこで少し東に針路を変えた。急きょ設けられた災害対策本部は慌てふためいた。東京湾に侵入しようというのだ。上陸地点は川崎から浦安のあいだのどこかにちがいなかった。

関東全域に緊急事態宣言が発令された。上陸予想地点には自衛隊の部隊が派遣された。

東京湾沿岸の住民たちは争って東北地方や関西地方に逃げだしたが、政府は混乱を避けるため交通を遮断した。食料品と生活必需品が不足し、奪い合いが起きた。パニックと略奪と放火が徐々に広がっていった。

そしてついに怪獣が都民の前に姿を現した。その巨大な生き物は海から東京を睥睨すると、波を起こしながら岸に近づいていった。

その時だった。韓国の議員が竹島(独島)に上陸したとのニュースが政府に伝えられた。

首相は直ちに会見を行い、極めて遺憾との意を表明した。政府は、駐日韓国大使館に抗議の声明を送った。また与党系の議員団は「到底受け入れることのできない暴挙」だと強く非難した。また、右翼系の政治団体はこぞって抗議運動を展開した。

このように政府が竹島問題に全力で取り組んでいる間、怪獣は東京湾沿岸の諸都市を破壊し、海に帰っていった。

苦い文学

別の魔法使いの弟子たち

遠い未来の死にかけた地球、新型コロナウイルスが猖獗を極めるアルメリーの丘陵地帯に、魔法使いが暮らしていた。魔法使いには、緑と藍の二人の弟子がいた。

緑はなにかにつけ飲み込みが早く、一を聞けば十どころか百を知る頭のよさだった。魔法使いは「地頭のよい男だ」と思った。

もう一方の弟子である藍は、真面目で勤勉だったが、頭の鈍さと不器用さがすべてを台無しにしていた。「地頭の悪い男だ」と魔法使いは思った。

あるとき、魔法使いはフェーダーズ・ワフトで起きた事件のため、しばらくの間、旅に出なくてはならなくなった。彼は二人の弟子を呼び、留守の間の諸注意を与えた。さらに、新型コロナウィルスの正体を明らかにすべく研究を進めよと命じた。そして、魔法使いはマスクの束を持って出発した。

長く困難な旅を終え、魔法使いは帰還した。彼はさっそく二人の弟子たちを呼び寄せ、尋ねた。

「お前たちは新型コロナウィルスの正体を明らかにすることができたかね」

地頭の良い緑は自信満々にうなずいたが、地頭の悪い藍は悲しそうに首を振った。

「では、緑よ、お前の答えを聞かせてくれ」

「新型コロナウイルスの正体は、嘘です。魔法使いビル率いる秘密結社が、人類を支配し、家畜化するために、恐怖をあおっているのです」

魔法使いは旅の疲れがどっと出たような気がしたが、それを表に出さず、もうひとりの弟子のほうを向いた。

「藍よ、お前が答える番だ」

藍は、申し訳なさそうに答えた。

「残念ながら、新型コロナウイルスの正体は明らかにできませんでした。ですが、手に入るかぎりのデータを収集し、実験と治験を繰り返して、かなり効果の高いワクチンを開発しました」

魔法使いは二人を去らせ、書斎にこもると、疲れた顔を擦りながら「地道にしく地頭はなし、だ」とつぶやいた。

苦い文学

入管の中の死者

死者がまるで生きているかのように街を歩き、人々を脅かした。警察はその死者を逮捕しようとしたが、法律は生きている人のためのものだった。

そこである賢い人が、死者を呼び止めて言った。「在留カードを提示しなさい」

死者はそんなものは持っていなかった。「なんだ、不法滞在外国人か」と、人々は安心した。そして、死者を捕まえて、海辺の入国管理局に連れて行った。

入管は、この死者がいつ入国したのかも、どんなビザを持っていたのかも、そしてどの国に強制送還したらいいかもわからなかった。だが、日本人ではないことは確かなようだった。なので、収容所に放り込んだ。

死者が収容されたとの噂は、たちまち収容所中に広まった。被収容者たちは憤慨し、恐れた。そして、新入りが来るや、死者ではないかと疑ってかかるのだった。だが、当の死者は、意外に生き生きとしていたので、誰にも気づかれなかった。

死者はものを食べなかった。食事に手を付けない日々が何日も経ったとき、まわりの被収容者たちが「俺たちも食べないぞ!」と騒ぎだした。死者が入管への抗議のハンストをしていると勘違いしたのだった。

ハンストは収容所中に広がった。慌てた入管職員たちは直ちに原因をつきとめ、死者を独房に閉じこめた。

死者はついに自分の墓に入れたと喜んだ。