苦い文学

おじさんのプロパガンダ

子育てにおける絵本の読み聞かせの重要性はいくら強調してもしたりないが、それでも注意すべきことがある。

それはどんな絵本でもこどもの心の発達に有益だとは限らないということである。いや、有害ですらあることもあるのだ。ことにその絵本が闇の勢力のプロパガンダである場合には。

私が言っているのは『おじさんのかさ』のことだ。

私はかねてから、この世には傘屋による秘密結社が存在し、天候を操作することによって人類を傘の奴隷(SLAVE)とする恐ろしい計画が秘密裏に進行していることを指摘し、世界に警鐘を鳴らしてきた。

では『おじさんのかさ』を紐解いてみよう。

あなたは驚くはずだ。傘を差さないおじさんが、まるでケチで冷血な負け犬のように描かれていることに。雨をよけようと、おじさんが他人の傘の中に入る絵を見てほしい(p.7)。まるで寄生虫扱いではないか!

そうなのだ、連中は、もっとも無邪気であどけない絵本を道具(TOOL)として、いとけないこどもたちに、「よい人間は傘をためらわず使う」という邪悪な概念を植え付けようとしているのだ。

これこそ、連中の思う壷だ。なぜなら、我々が傘を使えば使うほど、つまり消費すればするほど、連中の我々に対する支配(DOMINION)は強固なものとなっていくのだから。

この恐るべき真実、どのマスコミも決して報じない真実を知った今、皆さんはもはや、こどもにこの邪悪な書物を読んで聞かせるなどということは決してできないのではあるまいか。

「あめがふったらポンポロロン(PONPORORON)」などとノンキに歌っていることなどできないのではあるまいか。

苦い文学

その場しのぎ

日本政府が去年の夏出した「本国情勢を踏まえた在留ミャンマー人への緊急避難措置」というのは、ビルマ情勢の悪化のため日本での在留を希望するミャンマー人に積極的に在留と就労を認める、というものだ。

この措置は、難民認定申請者もまた対象としている。申請者のうちには、不法滞在の状態から難民申請した者もいるが、こうした人にも、特定活動ビザが出るようになった。

ただし、制限がないわけではない。6か月ごとに更新しなくてはならず、また週28時間以上は働けない。それでも、入管に収容される恐れなしに生活できるというのは大事なことだ。

ただし、この措置には問題がないわけではない。

最近のことだが、在留を希望するビルマ人難民申請者に、入管が、この緊急避難措置にもかかわらず、在留許可を出さないケースがあるのを知った。

その人は事情があって働けないのだ。

つまり、この特定活動ビザは、就労できることが前提となっているといえなくもない。

これは、働けない人は緊急避難措置の対象とはならないということだ。そういう人は、強制送還されて、危険に直面することとなる。

働くことができようとできまいと難民は難民だ。難民保護の基準が仕事ができるかできないかであってはいけない。

もしかしたら、緊急避難措置というのは、入管が難民問題に直面することを避けるためのその場しのぎの措置、つまり入管にとっての緊急避難措置でないかという気もするのだ。

苦い文学

あるストラテジー

ビルマ人の夫婦がいた。二人とも難民申請していたが、夫のほうの在留が認められたので、妻のほうは申請を取り下げて配偶者として定住者ビザを取った。

しばらくして、夫が亡くなった。そして、彼女のビザの更新時期が来た。彼女が更新を希望すると、入管から「夫が死亡したにもかかわらず、日本にあなたが在留する理由を書いてください」という通知が来た。

彼女はある程度日本語ができるので、自分で理由書を書き、私にチェックしてほしいといって送ってきた。

日本にしっかりとした生活基盤があることと、定住者ビザから永住者ビザに変更したいということが書かれていた。しかし、私には「難民なので今のビルマには帰れません」ということも書いたほうがよいように思われた。そこで、そう指摘したら、彼女はこう答えた。

「そうすると、特別活動ビザにされてしまうかもしれないから、あえて書かないほうがいい、と他のビルマ人に言われました」

この言葉を理解するには、昨年の夏に出された「本国情勢を踏まえた在留ミャンマー人への緊急避難措置」について知っていなくてはならない。

これは、政情不安から帰国できずにいるビルマ人に在留や就労を認める「特定活動ビザ」を積極的に出すという措置だ。

定住者ビザを持っている彼女にとって、特定活動ビザは「格下の」ビザだ。なので「難民」の理由を加えることで、「緊急避難措置」の対象とされてしまうかもしれないと心配したのである。

私はなるほどそういう考えもあるかと思い、理由書の修正を強くは勧めなかったのだった。

そして、結果が出た。

在留を認めないので帰国しなさい、というものだった。

難民の理由も書いていたら、定住者ビザが出ていたかもしれないし、あるいは、結果は変わらなかったかもしれない。だが、少なくとも特定活動ビザは出ていただろうと、私は推測するのだ。

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緑のリュヌ

未来のある時点で、我々の社会は無尽蔵のエネルギーを手に入れるだろう。世界は繁栄し、科学技術は飛躍的に発展し、人口はこれまでになく増加するだろう。

我々は宇宙に広がりゆく準備ができたのだ。手始めに我々は月の開発に乗り出すだろう。

そのころの我々にとっては、月の重力を制御することも、人類に適した大気を充満させることもさして難しいことではない。

月の環境は激変するだろう。気温は上昇し、穏やかな風が循環し、優しい雨が降り注ぎ、荒野に植物が芽吹くことだろう。やがて、月を豊かな森林が覆いつくすだろう。そして、地球を緑色の月明かりで照らすのだ。

月の住人たちは、月で豊かな暮らしを楽しみ、独自の文化と社会を育むだろう。そのころには月はリュヌと呼ばれるようになるのだ……。

そして、長い年月が経ち、今、リュヌの住人と地球の住人は「どちらが月か」で口汚く罵りあっている。

(ジーン・ウルフ『新しい太陽の書』より)

苦い文学

亡者の収集(異文)

清の時代、山西の陽曲県に陶晶明という篤実な男がいた。

あるとき、陶は生ゴミを捨てにごみ捨て場に行くと、とあるゴミ袋にペットボトルが入っているのに気がついた。

陶は「ゴミの分別がなっていないようだ」とそのゴミ袋からペットボトルをとりだして、懐に入れると立ち去った。

だが、ちょうどその時、薛某の運転する車が走ってきて、陶を轢いた。

亡者となった陶は、気がつくと道端に座っていた。まわりにはたくさんの亡者がいてやはり彼と同じように座っている。

そこに荷車を引いた鬼卒が二人現れた。鬼卒たちは「さあ地獄で燃やすゴミの回収だ」というと、道端に座る亡者を掴むや、次々と荷台に放り込みはじめた。陶はこの恐ろしい光景に肝も潰れんばかりだった。

やがて鬼の手が陶の首根っこに伸びた。そのとき、別の鬼が言った。「おい、こいつは回収できないぞ」

鬼が陶の懐を探ると、ペットボトルが出てきた。「ゴミの分別がなっていないようだ」と鬼は言い、残りの亡者を荷台に積むと陶を置き去りにして行ってしまった。

陶が息を吹き返したのは、彼の葬儀の最中であった。人々は陶の蘇生に驚き、冥界でのできごとを聞くともっと驚いた。

陶を轢いた薛某は、大商人の郭陽の家の使用人であった。一部始終を聞かされた郭陽は、多額のビットコインを陶に送ったということである。

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定期刊行物

その刊行物はあなたのところに定期的に送られてくるのだ。第1号は特別定価で安くなっているが、2号以降は定価だ。

第1号の表紙には「爪」と書かれている。開くと、ブリスターの中に、大きさの違う半透明の破片が5枚、入っている。あなたは付属の薄いマニュアルを開き、それが右足の爪であることを知る。そして、親指から小指まで全部揃っているのは初回だから、ということも。

第2号には、右足の親指の爪が一枚入っている。それから新しい号が届くたびに、あなたの書斎には、体の部分がひとつづつ増えていくことになる。

足の爪のあとには、手の爪、指の骨、肉、皮。さまざまな内臓と骨、よくわからない内部器官。血液の入ったパック。脊椎と神経。顔の知覚器官。耳たぶ。そして脳のさまざまな部分。性器。少しずつ、人間の体ができ上がっていく。

ついにあなたのもとに最終号が届けられる。「眼」だ。あなたはその眼球を苦労しながら眼窩に差し込む。

そして、あなたは完成する。

あなたは立ち上がる。部屋を見回すと、目の前に血まみれの布が丸まっている。汚らしいその布を部屋の隅に放り投げると、あなたは新しい人生に向って踏み出す。

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亡者の収集

清の時代、山西の陽曲県に陶晶明という高慢な男がいた。

あるとき、陶は生ゴミとペットボトルを一緒の袋に入れて、燃えるゴミの日に出した。しかし、ゴミ収集作業員はこれを回収することなく去った。陶は怒って言った。「世の中にゴミ収集人ほど気難しい連中はいない。ちょっと余計なものが入っているだけで持っていかないのだから」

陶はその夜、急に不快を覚え、横になったかと思うとそのまま死んでしまった。

亡者となった陶は、気がつくと道端に座っていた。まわりにはたくさんの亡者がいてやはり彼と同じように座っている。

そこに荷車を引いた鬼卒が二人現れた。鬼卒たちは「さあ地獄で燃やすゴミの回収だ」というと、道端に座る亡者を掴むや、次々と荷台に放り込みはじめた。陶はこの恐ろしい光景に肝も潰れんばかりだった。

やがて鬼の手が陶の首根っこに伸びた。そのとき、別の鬼が言った。「おい、こいつは回収できないぞ」

鬼は陶の腹を割き、中をのぞき込んだ。すると、そこにはペットボトルが入っていた。

「ちゃんと分別していないのではダメだ」と鬼は言い、残りの亡者を荷台に積むと陶を置き去りにして行ってしまった。

陶が息を吹き返したのは、彼の葬儀の最中であった。人々は陶の蘇生に驚き、冥界でのできごとを聞くともっと驚いた。

このできごとの後、陶はゴミの分別とごみ捨て日をしっかり守るようになり、ゴミ収集作業員に文句を言うこともなくなったということだ。

苦い文学

風俗担当

私の住んでいるマンションの私の住んでいる階の一室に、怪しげな中国エステの店が入っていることが判明した。

その部屋には複数の中国の女性がいて、深夜になると客と見られる男たちが出入りしているというのだ。

法律的にはどうかわからないが、マンションの規約上これは禁止されていた。また、防犯の観点からも不安なことだった。

だが、マンションの理事会には打つ手がなかった。というのも、あるのは状況証拠だけで、誰もその「店」の中に足を踏み入れたことはなかったからである。

この状況を聞いた私は考えた。「客が来ているといってもマンションの前に看板が出ているわけでもない。おそらくネットで宣伝しているのだろう」

さっそく私の住んでいる町のそれらしい店を検索してみると、いくつか出てきた。次に、それぞれの店のホームページで、「駅から何分」と書かれているかを調べた。すると、私のマンションとまったく同じ分数の店が見つかった。

その店のホームページを調べると、店内風景として何枚かの写真が載っていた。私はその写真をプリントアウトして、その「店」と同じタイプの部屋に住んでいる理事に見せた。はたしてまったく同じであった。ついに突き止めたのである。

私のこの発見もひとつの要因となって、問題は解決した。つまり、出てもらったのだ。

しかし、新たな問題が生じることとなった。というのも、この一件以来なぜか「風俗店といえば私」となってしまったのだ。事情を知らない人はきっと私のことを誤解しているに違いない。

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遅筆の励まし

あとがき

本書を執筆するにあたり、数多くの方々から支援と助言をいただいた。

本書の前半部は、飯田勘平先生の勉強会での活発な議論によって生まれた。そして、草稿の段階では、井成太志氏、箱田助六氏、ジャック・バラン氏に数々の助言をいただいた。

また、執筆の遅れがちな私を辛抱強く見守ってくれた編集の折田詰仁さんにもお礼を述べたい。折田さんは、本書の後半部にいたって筆の進まなくなった私を、時には優しく励まし、時には厳しく尻を叩いてくれたのである。

その尻の叩き方はといえば、まずは優しくなでるようであったが、それでもなお私の筆が遅々としていると、徐々に力を強め、ついには満身の力で青あざができるまでになった。

しかし、相変わらず私の遅筆は改善しなかったため、折田さんは今度は棍棒や鞭できつく叩いてくれた。さらには、針やピンチなどで鋭い痛みを付け加えることも忘れなかった。

にもかかわらず、逆に筆が渋りがちとなった私の尻に、折田さんは習得したばかりの攻撃呪文をかけて爆発させたり、悪霊を憑依させて痙攣させたりしてくれたのである。

そして、ついにはいっこうに動かなくなった私の筆を動かすべく、折田さんは尻に対して宣戦布告し、太平洋沖で大艦隊を指揮して猛攻撃をしかけた。

だが、それでも頑固に筆が進まぬと見ると、折田さんはヒマラヤの奥地で得たタリスマンをかざして異次元の扉を開き、暗黒世界の魔物どもを召喚してあらゆる邪悪な力を尻に集中させたのである。

その結果、私の尻には奇怪なる人面疽が生じるにいたり、この人面疽の口述筆記によりなんとか本書の後半を完成させることができた。この人面疽への感謝を述べて筆を置きたい。

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髪の毛の戦争

最近、どうも抜け毛が増えてきて、このままだとすべて抜け落ちてしまうのではないかと心配になった。

とはいっても、薄毛治療や発毛剤に頼る経済的余裕はないので、自己流で対処することにした。

髪の毛が抜けるのは毛根が弱っているからだ。毛根が弱るのは、これは現代の若者と同じでたるんでいるからだ。平和ボケだ。

髪の平和ボケを直すのは、頭皮を愛し守る心、愛頭心が重要だ。愛頭心を育成するには、徴兵制しかない。なので私は、頭に徴兵制を導入して、徹底的に揉んだり叩いたり冷水を浴びせかけたりした。

しかし、兵士というのは戦うためにある。戦いには敵が必要だ。そして、敵といえば、謎の飛翔体でお馴染の北朝鮮をおいてほかにない。

私は、髪どもに徹底して北朝鮮に対する憎悪を植えつけた(憎悪の植毛だ!)。拉致事件を利用して、敵意を燃え立たせた。あちこちにポスターを貼ったり、威勢だけよくて中身のない演説をぶったりしたのだ。また、頭のでこぼこを活用して、平壌攻撃作戦の訓練を繰り返した。

肉体と精神にわたる過酷な軍事教練の結果、あの軟弱な髪どもはもはやどこにもいなかった。愛頭心に満ちた強靭な戦士たちが頑丈な毛根の上にすっくと立っていたのだ。

あるとき、私がテレビを見ていたときのことだ。ニュースが始まり金総書記の姿が映し出された。

その瞬間、私の髪の毛が一斉に奮起した。そして、あろうことか、北の独裁者めがけて一斉に特攻攻撃を始めた! 神風ばんざい! 後に残されたのは、すっかり禿げ頭となった私……。

……そして月日が流れ、今、私の頭の上には立派な神社が建ち、参拝客で賑わっている。

(この有益な物語の教訓は、愛国心を利用するものは愛国心に滅ぼされるということと、薄毛治療(HAGE)はちゃんとした専門家に相談すべきだということである。)