苦い文学

ゾンビたち

彼の住む地域でゾンビが人々を襲いはじめた。

ニュースで報じられたときは、遠くの場所の話だったが、次のニュースではもっと近くなり、その次のニュースではもっともっと近くなった。そして、その次のニュースはなかった。

彼の村は山奥にあった。村人たちは、こんなところまでゾンビは来るまいとたかをくくっていた。だが、彼は自分の家に要塞のような固い防御を施した。

そして、ある朝、ゾンビの群れが山を越えて村に侵入してきた。ゾンビは村人たちに襲いかかり、次々とゾンビに変えていった。

彼は襲撃を目にすると家の中に駆け込み、中から鍵をかけた。家の外の様子をモニターで監視していると、ゾンビたちが家に続々と集まってくるのが見えた。

ソンビたちは扉をこじ開けようとした。それが無理だとわかると、壁という壁にぶつかり、破壊しようとした。そのころには、無数のゾンビが家を取り巻いていた。そして、一斉に彼の家を潰しにかかった。

凄まじい音が幾度も鳴り響き、木材が音を立てて破裂した。そして、家は崩れ去り、彼をゾンビが取り囲んだ。

「寄り添わしてください……」「絆をもっと強く……」

彼もまたゾンビとなり、人に寄り添い、人と人との絆を強めるべく人々を襲い始めた。

苦い文学

神の生成

画像や文章を生成したりする AI は、既存のイラスト・絵画や文章を学習し、新しい「作品」を作り出す。AI が学ぶこれらの素材は、すべて私たちが描いたり書いたりしたものだ。

それで、AI に勝手に自分の作品を学習に使われた、と損害賠償を求めるアーティストもいる。

この問題については私はわからないが、AI がこれからも進化し、その学習もさらに広範囲になっていくであろうことは想像に難くない。

いっぽう、私たち自身もますますコンピュータ・テクノロジーに依存していくことも疑いない。これは、つまり、私たちの存在のなんらかの痕跡がネット空間に残されるということだ。そして、テクノロジーが進化するにつれて、私たちは自分の存在の大部分をネットに保存するようになるかもしれない。

そのとき、AI は私たちの存在をも素材として学ぶだろう。それは、コンピューター上の仮想的な人格としてアウトプットされるのだ。

いつか、AI は無数の人間を素材として、完全無欠な存在を生み出すことだろう。その存在には、死せる私たちすべての経験と叡智が結集している。計り知れぬ知識と洞察力をもつ、全知全能の神がついに生成されたのだ。

課題のレポートで使用禁止なのはいうまでもない。

苦い文学

ベビーカー

ベビーカーが乗り込んでくると、決まって電車はイラつき出す。なんとかして外に吐き出そうとする。でも、それは簡単じゃない。ベビーカーには切符があるからだ。

それで、思いっきり急ブレーキをかけて、困らせようとする。けど、それもうまくいかない。ベビーカーにもしっかりブレーキが付いていて、ちょっとやそっとじゃびくともしないのだ。

そこで電車がどうするかというと、陰気な乗客たちを利用する。満員にして乗車拒否したり、乗ったら乗ったで乗客に「チッ」と舌打ちさせたり、「じゃまだ」とか怒鳴らせたり、果ては足で蹴らせたりして、あの手この手で追い出そうとするのだ。

容赦ないのだ。ベビーカーの中の子どもが電車のおもちゃを握りしめていたとしても、いっさい手加減しない。それほど憎んでいるのだ。

いったいどうして電車はベビーカーのことをこんなにきらっているのだろうか。

ぜひ仲良くしてほしいと思う。同じ乗り物なのだから。

苦い文学

塾頭からのメッセージ

諸君!

今、政治家として一歩を踏み出した君たちの目の前にある日本を見てほしい。

少子高齢化は社会を蝕み、経済的格差の拡大は人の心を荒ませている。

若者は迷惑行為で炎上し、老害が疫病のようにはびこる、そんな日本である!

『後漢書』にある「倭国大いに乱れる」さながらではないか。いや、心ある人は言うだろう。その時からわが国は乱れっぱなし、だと!

これはいったい誰の責任だろうか。言うまでもない。政治の責任である。

愚にもつかない政争、欲にまみれた派閥争い、聞くに耐えない野次合戦、無責任な水掛け論……こんなことに我が国の政治家がうつつを抜かしている間に、安定と繁栄は愛想を尽かして我が国から飛び去ってしまったのだ。

そんな政治でいいのか、私は問いたい。そうだ、諸君が目指すのはそのような政治ではない。国民すべてが力を合わす、そうした政治なのだ。

今こそ友情と慈しみの政治を始めるのだ。それこそが本当の政治だ。

それだけが国家の安定を実現する道なのだ!

我々日本人にそのようなことができるだろうか? いや、断言しよう!

できる。

縄文時代は1万3千年も続いたではないか。続いたということは安定していたということにほかならない。

そうだ、縄文の優れた先人たちに倣えば、1万3千年以上もの間、安定した国を作ることが可能なのだ!

第二の縄文時代の先駆けとなる諸君の働きを大いに期待している!

苦い文学

スイートポテト

サツマイモといえば干しいも、いもけんぴ、いもようかん、さらには大学いもにスイートポテトが定番だが、近ごろ、新しいスイーツもどんどん出てきた。

モンブランにしたり、タルトにしたり、ブリュレにしたり、ジェラートにしたりと、聞いたこともないサツマイモ・スイーツがいっぱいだ。

甘すぎないし、体にも良い、そんなイメージもあって、サツマイモがちょっとしたブームなのだ。

やがて高級店でも、サツマイモを使った高級ケーキを扱うようになった。テレビでタレントたちがおしゃれなサツマイモ・ケーキに歓声を上げ、放送を見た人々が店に詰めかけた。店の外には行列もできている。

コンビニでは、サツマイモを使ったデザートの新商品が毎週のように登場し、しかも出たとたん売り切れになった。

もう日本中がサツマイモに夢中だ。ついにさつまいもの葉やツルを使ったスイーツまで開発され、これもまた大ヒット。

そして、我が政府は、国民に十分な備えができたと判断し、戦争の準備にとりかかった。

風刺・戯文

マスク・ショック

今日から私はマスクなしで外に出ることにした。もうマスク生活とはおさらばだ。

商店街を堂々と歩く。人々はまだマスクをつけている。同調圧力とはなんと哀しいものではないか。

私はふと視線を感じた。目をやると、マスクをつけた男が険しい顔で私を見つめている。さてはマスク警察か? だが、よく見るとそれはショーウィンドーに映った私だった。いつのまにマスクを! 私はマスクを外すと再び歩き出した。

眼鏡屋に入った。似合いそうなメガネを選びだし、試着して鏡を覗き込んだ。ああ! またマスクをしているではないか! 私はマスクを慌てて外し、再び鏡を見た。だが、まだマスクが鼻と口を覆っている!

「ああ、ああ!」 私はマスクを剥ぎ取った。するとその下に新たなマスクが現れた。取っても取っても際限なくマスクが現れた。

「おおおお」 私の足元はたちまちマスクだらけになった。狂ったようにマスクを外し続ける私は、やがてへたり込んだ。店員が駆け寄ってきた。「お客様、どうされました?」

私は我に帰る。見回すとマスクなどない。どこにもない。「いえ、ちょっと……大丈夫です」と私は立ち上がり、店を去った。

どうやら、長いマスク生活から急にマスクなしに変えたため、ショック状態に陥ったものらしい。急性マスク障害だという。ひどい場合には、混乱して顔中をかきむしり、血まみれになることもある。

人々がマスクをつけていたのは、同調圧力などではなく、急性マスク障害の予防のためであった。私も今では少しずつ体を慣らす毎日で、いつかマスクなしで暮らせる日を夢見ている。

苦い文学

昆虫食とトランプ

このまま世界人口が増加すると、深刻な食糧危機が訪れるかもしれない。そのような危機感から、食糧としての昆虫が注目を集めている。

昆虫を食べる文化は日本にもあるが、それでも多くの人々にとっては食べつけないものだ。

そのため、昆虫食に対して嫌悪を示す人もいる。そればかりでなく、「特定の勢力による昆虫食のゴリ押し」だと主張する陰謀論者まで現れている。

陰謀論はともかく、昆虫を美味しくいただけるようなレシピがどんどん開発されれば、嫌悪感もなくなるのではないかと思う。

そのレシピづくりにさいして大きな役割を果たしてくれそうなのは、トランプ前アメリカ大統領の支持者たちだ。

というのも、これらの方々は、周りから見てゲテモノとしか思えないものをじつに美味しそうに、しかも熱狂的に食べているからだ。きっとコオロギを美味しく食べる方法も知っていることだろう。

同様に日本の保守派と陰謀論者も、まともな人なら見向きもしない汚物にむしゃぶりつく習性で知られている。その高度な調理テクニックを我が国の昆虫食の発展に大いに生かしてくれることを期待したい。

苦い文学

生まれなかった子どもたち

もしかしたらあなたも《未出生児給付金》の対象では?

下記のいずれかに当てはまる方は、給付金の対象となる可能性があります!

《経済的問題から親が出産を諦めて、生まれることができなかった。》
《社会情勢を悲観した親が出産を諦めて、生まれることができなかった。》

*「未出生児」って?
親が事情により出産費用を支払うことができなかったり、「こんな国では子育てはできない」などと親が悲観したりしたため、生まれることができなかった子どものことを未出生児といいます。

*「未出生児給付金制度」って?
出産費用の保険適用を進める政府が、保険適用がなかった期間における未出生児の機会損失にともなう利益逸失を補填するために始めた給付金制度です。

《相談無料! 費用無料!》
まずはお気軽にお問い合わせください!(ただし、給付金請求には期限がありますのでご注意ください。)

*「未出生児給付金制度」を騙った警告文・偽サイト・架空請求にご注意ください! 

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苦い文学

童夢

ムーディー・ブルースのほうではないのだが、大友克洋の全集が去年から刊行されていて、買いそびれたままになっていた。

こういったものは初めから買わないと特典がつかない。いまさら買っても遅いので諦めていたら、(案の定というか)刊行が遅れていて、それにともない第1期の特典応募期間も延期されているという。

それでさっそく第 1 回配本の『童夢』を購入することにした。

おそらく全国民が一度ならず二度、三度と読み返している作品なので、とくにいうべきことなどないが、何十年ぶりかに読み直してみて、前半と後半では絵が違うのに気がついた。前半は、大友克洋の短編時代の雰囲気があって懐かしい。だが、後半はずっと『AKIRA』の絵柄に近くなる。「ヨッちゃん」なんて、後半では『AKIRA』の大佐みたいだ。詳しいことはわからないが、後半はずいぶん書き直したそうだ。

さて、今回読み直して、一番驚いたのは、老人の「チョウさん」が、65歳だったということだ。

この漫画が出た当時は、65 歳という年齢は老け込んで超能力を使っても不自然ではなかった。だが、現代では 65 歳といえば超能力どころか、金田や鉄雄と一緒にバイクを乗り回しててもおかしくない年齢だ。

40 年のあいだにいかに高齢化が進んだかということであろう。

苦い文学

死者の恐れ

墓石の話をしたばかりだが、先日、石材屋さんからショッキングな話を聞いた。

墓石に水をかけてはいけないというのだ。墓石にダメージを与え、ヒビが入ってしまうからだという。

私たちは、墓石の上から水をかけるものと教えられてきた。「お水をかけると故人が気持ちいいと言っている」などと言われて、いい気になってじゃぶじゃぶかけてきたのだ。

それを今になって墓石に水をかけるとダメとはどういうことだろうか。「もし水をかけたいのなら、墓石の下の水鉢に注ぐ程度で……」じゃないのだ。墓に水なんかいらなかった。

だが、それにしても、どうしてご先祖さまはこのことを教えてくれなかったのだろうか? 

「水をかけてくれるな」とか「頭が割れるように痛い」とか枕元で告げ知らせてくれたって良さそうなものだのに、そんな話聞いたことがない。これは怠慢ではなかろうか。

いや、もしかしたら、肝を冷やしているのかもしれない。墓石というものができて以来、私たちがかけてきた水の量、水汲みの労力、手桶と柄杓の運搬の手間のすべてが実は無駄だったのいうのがバレたらまずい、と。

損害賠償でも請求されたらコトだ、と背筋が凍る思いでいる可能性もある。だから、ダンマリを決め込んでいるのだ。

都合が悪くなると、死人に口なしのフリをしだすとは、なんとも呆れた話ではないか。