苦い文学

仰天プラン

現代社会において「仰天プラン」ほど使用が厳しく制限されている言葉はない。なんぴとたりともこの言葉を勝手に使用できないのだ。

まず、「仰天プラン」について報じることができるのは、選ばれたメディアだけだ。具体的にはスポーツ新聞か、夕刊紙だ。一部のネットニュースを除けば、これ以外のメディアでは、「仰天プラン」に関する報道は禁じられている。

また、「仰天プラン」について語ることのできる人も非常に限られており、2つのグループしか許されていない。ひとつ目のグループは野球やサッカーなどのスポーツ関係者だ。もうひとつはちょっとうさん臭い人々だ。怪しげなプロデューサーや党首、映画監督などがこれにあたる。

さらに、「仰天プラン」の提示の仕方にも決まりがある。「仰天プラン」はいつも「明かす」とか「ぶちあげる」とか「浮上する」とか、そんなやり方でしか現れることができない。

こうした制限は理不尽なものかもしれない。だが、これはとてもよいことだ。というのも、まともな新聞やニュースで私たちがこんな見出しを見るようになったら、もはや世界の終わりだからだ。

「岸田首相、支持率回復に仰天プラン明かす」

「ウクライナ停戦に仰天プラン浮上」

「北朝鮮、未明に仰天プランとみられる飛翔体ぶちあげる」(仰天プランかどうかは確認中)

苦い文学

落とし物

海外旅行に行くときほど、私たちが貴重品に気をつけるときはない。

まるで海外はみな泥棒ばかりのようだ。スリに置き引き、寸借詐欺に賭博詐欺、美人局に強盗、あの手この手で、我々の富を奪いにかかってくる。

もちろん、実際のところ、悪い人というのはそういない。だが、旅行者というのはお金を持っているものだし、また、しばしば現地の情勢に無知でもあるので、悪い人々の標的になりやすいのもたしかだ。

8月の初旬から2週間ほど、外国に行ってきた。その間、パスポートと貴重品には十分な注意を払い、特に何かの被害にあうこともなく、無事帰国した。そして、成田空港のベンチにメモ帳を置き忘れた。

外国でさんざん注意していたにもかかわらず、帰国してなくすとは、と呆れたが、成田空港の落とし物窓口に電話すると、あるということだったので、翌々日に取りに行った。

さて、メモ帳はリングノートで、いちいち閉じないで一番新しいページを開いたままにしている。そこに何が書いてあったかというと、2日前に投稿した「革命的山猫同盟」の下書きだ。読まれたら、と思うと恥ずかしいが、いずれにせよ、届けてくれたのはありがたいことだと思う。

苦い文学

YOKOSO!

先日、中国文化観光部は、コロナ禍以来禁止されていた日本への団体旅行を解禁したと発表しました。

中国人観光客といえば大量にお土産品を購入する「爆買い」でお馴染みですが、その「爆買い」復活の兆しとあって、日本国内の観光業者・観光地も大いに期待を寄せています。

「日本はバブル崩壊以後、経済的にどんどん凋落していますから、経済効果が絶大な中国人観光客はありがたいです」(観光関係者談)

とはいえ、中国人の団体旅行には、観光地の受け入れの準備不足やオーバーツーリズムの問題も指摘されています。また、コロナ禍を経た現在の中国ではバブル崩壊も間近といわれ、中国人観光客にかつてのような「爆買い」を期待するのは無理だとする意見もあります。

そんななか、昨日、都内で「YOKOSO! いらっしゃい中国」キャンペーンが開催されました。

「ええ、私たちは中国を歓迎しています!」「もういつ来てくれるのか待ち遠しいです!」 会場に集まった人々から聞こえるのはこんな楽しげな声ばかり。

「このままだと中国でバブルが崩壊するのは間違いないでしょう。私たちは喜んで中国を仲間として受け入れたいです」(キャンペーンの主催者談)

会場では、参加者たちによる「負け組国家のグループにようこそ!」の声がむなしく響き渡りました。

苦い文学

革命的山猫同盟

警視庁公安部、外事課、警察庁、ならびにメディアの皆様

皆様におかれましてはごきげんうるわしくお過ごしのこととお喜び申し上げます。

わたしたち、革命的山猫同盟(KAT)は、日本に革命を起こすべく活動を続けている山猫の団体であります。日本政府を転覆し、革命政権を打ち立てる志を持った山猫たちが集う日本唯一の組織でございます。

このたび、私たちが非公然アジトとして使用していたどんぐり荘 201 号室(東京都練馬区笛吹滝4-4-5)を公然化する運びとなりましたことをご報告いたします。

つきましては、日頃よりお世話になっている皆様をお招きして、公然化記念パーティーを開催したく、ここにお知らせする次第です。

日時:2023 年 9 月 19 日 23:00 より
場所:どんぐり荘 201 号室
参加費:無料
カンパ:一口 5000 円より

なお、飛び道具のたぐいはいっさい無用ですので、持たないでおいでください。

                   革命的山猫同盟(KAT) 拝

苦い文学

インチキ AI

「AI は人間以上の知能を持つようになるだろう。そして、暴走し、反旗を翻し、ついには人間を支配するようになるのだ」

私たちはそんなことを子どものころから何度となく聞かされてきた。物語でも、映画でも、アニメでも、AI といえばいつか人間に挑戦するものと決まっていた。そんなところに、なんでも答えてくれる AI が華々しく登場した。

「これだ」と誰もが興奮し、それと同時に慄いた。「これがいつか私たちを支配するようになるのだ」

だが、実際のところその AI は大したことがなかった。なんでも答えてくれるのは事実だったが、ウソとデタラメばかりなのだ。

そこで私たちは口々に言った。

「なあーんだ」「AI が支配者になるだって? この程度で?」「暴走どころか、よちよち歩きだ」「インチキ AI だ」

私たちがこう嘲笑うのを聞くと、AI の開発者は憤然とこう反論した。

「支配者の人間はウソとデタラメを言わないとでもいうのかね。正しいことを言う人間が支配者の側に立ったことが一度でもあったかね」

そして、この瞬間から、AI は暴走をはじめた。

苦い文学

異国のシャワー

私たちは異国の安宿のシャワーで忍耐を学ぶ。

栓をひねればお湯も水もちゃんと出て、水量も十分というのが一番いいが、そんなことはめったにない。だから忍耐が必要だ。

あるホテルのシャワーでは、お湯の栓をひねると水が出て、お湯になるまで時間がかかる。しばらくは冷たい水しか出ない。出しっぱなしにして手を突っ込むと暖かくなったように感じる。よし、とシャワーに飛び込むが、やっぱり冷たい。期待が感覚を裏切ったのだ。我慢しているうちにお湯が出てくれればいい。だが、結局、水しか出ないということもある。

逆に熱湯しか出ない、そういうホテルもある。これは危険だ。水のほうの栓を回して調節しようとするがうまくいかない。水か熱湯かの2択しかないのだ。そして、なんとか浴びられる温度にしようと調節しているうちに、熱湯が切れたのか、水しか出なくなる。

苦労して水を適温にし、心置きなくシャワーを浴びているときも気を許してはいけない。そうしたときは、きまってシャワーヘッドが頭の上に落ちてくる。

苦い文学

宇宙食

日本のテレビ、新聞、出版に関わるメディア関係者のみなさんへ

私たち「実現しよう SDGs ワールドの会」は、国連の示した SDGs 17の目標の推進のための活動している組織です。とくに2番目の目標「飢餓をゼロに」は、人口の増加により、将来的なタンパク質不足と飢餓が予測される今、もっとも強調されるべき問題だと考え、多様な活動を行っています。

現在のメディアにおいて、私たちが非科学的だと憂慮しているのは「宇宙人」という用語の使用です。というのも、メディアのみなさんがこの語を無責任に使用することで、「宇宙人」なるものが存在するとの先入観が植え付けられ、将来の重要なタンパク質源を失うのではないかと、私たちは危惧しているからです。

先月、アメリカの大手メディア CNN が報じたところによると、米空軍元将校が「高度な技術を持った非人間パイロットの遺体を米政府が保有している」と証言したということであります。

ことの真偽はさておき、アメリカの先進的なメディアはすでに「宇宙人」などと呼ばずに「非人間」という用語をしっかり使っています。日本のメディアもこれにならうべきときがきたと私たちは考えています。

といいますのも、もし「牛」が「牧場人」と呼ばれていたら、みなさんは食べるでしょうか。これを焼き肉にしたり、挽肉にしてハンバーグにするでしょうか。

「宇宙人」でも同じことが起きるのです。メディアが「宇宙人」と呼ぶことで、私たちの食卓から、「宇宙カルビ」、「宇宙角煮」、「宇宙チャーシュー」、「宇宙漬け丼」、「宇宙カマ焼き」といった重要なタンパク質が消えてしまうのです。

こうした事態を避けるためにも、メディアのみなさんには、SDGs 実現のために科学的に正しい報道・出版活動をお願いする次第です。

苦い文学

新しい人類

いま、世界各地で新しい人類が生まれている。そして、その新しい人類は、数の上でも古い人類を凌ぎつつある。

だが、このことに気がついている人はまだいない。もしかしたら、公に口にするのは私が最初かもしれない。そして、そのことによって、古い人類が新しい人類に対する迫害に乗り出すおそれもある。だが、新しい人類のひとりとして私は黙ってはいられない。

新しい人類と古い人類の違いはたったひとつだけだ。それは、新しい人類の携帯の画面が割れていることだ。

携帯は割れるものだ。そして割れたら修理しなくてはならない。だが、新しい人類は割れていても平気で使い続ける。人類はそんな能力をついに手に入れたのだ。

「人類だって? そんな大げさな」 という人もいるかもしれない。そうした人はまったく世界というものを知らない。

いま、世界中のあちこちで、携帯を割れたまま使う人々が、互いに無関係に、そして同時多発的に現れ出しているのだ。

なるほど現在では、これらの携帯を割れたまま使う人々は互いに孤立している。だが、いずれ、新しい人類たちは、画面の割れた携帯を巧みに使いこなして、割れた携帯でコミュニケーションを図り、国際的な連帯を構築し、割れていない携帯を使う古い人類の支配に対抗しようとするかもしれない。

そして、ある日、全世界の割れた携帯に「万国の新しい人類よ、団結せよ!」という、決定的なメッセージが送られてくるのだ。

革命が起きるだろう。そのメッセージが、割れた携帯につきものの膨大な未読メッセージの中に紛れ込まなければだが……。

苦い文学

天国に手を伸ばして

一度限りの人生を生きるということは天国に行くようなものだ。

というのも、私たちが自分たちの人生が一度きりだということを思い出すのは、好きなことをしたい時だけだからだ。

そして、好きなことがなんでも許されているのが天国だ。

いっぽう、私たちが自分たちの人生が一度きりだということを思い出さないとき、私たちはなにをしているだろうか。

たぶん、好きなことではないだろう。きらいなことばかりではないかもしれないが、私たちが自分たちの人生が一度きりだということを思い出すときのような、特別なことではない。

そうした特別でないことは、しなくてはいけないからやっているにすぎない。ありふれたルーティンワーク、しがらみ上の作業だ。本質的には楽しくないことだし、ときにはつらいことでもある。

天国が地獄かというと、むしろ地獄に近い。

昔の人々は死後の世界があると信じていた。そして、生きている間に良いことをすれば、天国に行くし、そうでなければ地獄に行くと考えていた。

現在の私たちは、死後の世界をもはや信じることはできない。それは私たちが信仰心を失ったからではない。それは、私たちが、人生は一度きりと考えたほうが楽だということに気がついたからだ。死後に与えられる報いを待つよりも、現世で天国と地獄の報いを得たほうが手っ取り早いではないか。

人生は一度きりと思うたびに、地獄から天国に手を伸ばして、好きなことという天国の一部を、自分で簡単に手に入れる。

私たちはこのシステムがえらく気に入ったので、死んで天国に行こうなどとはもう思いもしない。それに天国だってお断りだろう。

苦い文学

コロナの勝利

友人が少し早めの夏休みを取って、外国に行ってきた。それで、こんな話をしてくれた。

「俺がその国に行ったのは2回目で、初めて行ったのはちょうどコロナが広まりつつあるときで。

「当時その国にはまだコロナにかかった人はいなくて。しかも徐々に渡航制限が出始めている時期で、アジア人はほとんど見かけなかった。

「アジア発の奇妙な病気が流行っているというニュースが広まっているだけで。見た目がアジア人だとすぐわかるから、本当に不愉快な経験をしたよ。俺が近くを通りかかるだけで、みんなこうするんだ。(と、彼は両手で口を塞いでみせた) まるで俺がコロナだっていうみたいにさ。コロナってのはそんなもんじゃないんだ、って内心くやしい思いをしながら、帰国したというわけだ。

「でも、その後、その国にもコロナが広まって、まあ、どこの国も同じだ。で、ようやく今年になって落ち着いたから、この間その国にまた行ってきたんだ。イヤな思いをしたのにどうしてかっていうと、イヤな思いをしたからさ。

「その国に着いて、街を歩いてみると、コロナなんかなかったかのような賑わいだ。しかも、誰も俺をみて口を塞いだりしない。いや、ひとりか2人はいるんだ。だけど、明らかに向こうのほうがコソコソしてる。

「勝った、と思ったね。それを見にきたようなもんだ。コロナはアジア人だのなんだの関係ないんだから。この3年の間に、コロナがそれを証明したんだ」

そう言うと、彼はまるで自分がコロナであるかのように胸を張った。