小説

花束

医師たちによればもって数日ということだった。そんな状態にもかかわらず、老人の家族は誰ひとり来なかった。それも、彼がこれまでしてきたことを考えれば当然だった。

「看護婦さんよ」 私がやってくると老人は言った。彼は絶対に「看護師」とは言わなかった。たとえ私が男でも。彼は人をいやな気持ちにさせることならなんでもした。「まだそいつは来やがるのか」

「ええ、今日も花束を持ってきました」 彼はいまいましげに叫んだ。「ちくしょう! なんだってんだ!」

この世のすべての人間からきらわれ、憎まれ、蔑まれて死にたい。それが彼の望みだった。そして、それにふさわしいあらゆる悪事を彼は成し遂げてきたのだった。だがいま、この「花束」がそのすべての業績を台無しにしようとしていた。彼は陰険な目つきで私に言った。

「それで、俺が言った通りにしただろうな」

「もちろん、目の前で花束を踏みにじり、罵倒しました。ですが、その人は明日もまたくると言っていました」

「そいつをぶっ殺してやってもよかったのだ! よし、明日来たら、そいつを死ぬほど酷い目に合わせてくれ!」

その日の夜、老人の病状は急に悪化し、昏睡状態に陥った。彼がわずかなあいだ意識を回復したのは、翌日の昼頃だった。よく言われることだが、まるで炎が消える寸前に一瞬強く輝くのと同じだった。

老人は私がいるのを見ると弱々しい声で尋ねた。「そいつは……また来たのか……」

私は彼が聞き取れるよう大きな声で言った。「ええ、来ましたよ! 花束を持って、あなたを愛していると!」

これを聞くと老人の目にちらりと怒りが浮かんだ。だがたちまち、その目はにわかに温和になり、唇に笑みが漂った。

「花束か……悪くない」

それが老人の最後の言葉だった。

この世でもっともきらわれ憎まれ蔑まれている男に、花束を持ってくる人間などいようはずもない。老人の人生をかけた望みの実現をまんまと阻止したことに満足しながら、私は遺体の処置に取りかかった。

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安楽死の戦い

その老人は恐ろしい病に侵され、もはや動くことも話すこともできなかった。田舎の小さな病院の医療用ベッドでひとり横たわり、死を待っていた。

老人の身の回りの世話は、医療用ベッドが受け持っていた。基本的な医療処置のほか、食事・排泄・清拭などすべてをこなすのだった。老人は耳はしっかりしていたから、ベッドはときどき話しかけてやりもした。

ある日、老人のもとに見知らぬ客がやってきた。その客はこう老人に語りかけた。

「ついに見つけたよ」 客は銃を取り出した。「お前の死を望んでいる人々が私をここに送り込んだのだ」

老人が口を動かした。するとベッドが話し出した。「私を殺すことはできないし、お前の雇い主たちも死ぬことはできない」

暗殺者は銃を構えた。その瞬間、ベッドからまばゆい閃光が走り、暗殺者は黒焦げになった。すると別の暗殺者たちが窓ガラスを蹴破って病室に飛び込んできた。ベッドは老人を包み込むと、格納されていたアームを伸ばして、目にも止まらぬ速さで敵どもを薙ぎ払った。

耳鳴りのような高音が上方で響いた。かと思うと、すべてが炎に包まれた。

暗殺者の依頼主たちは、ミサイルが病院に命中したのを見て、歓喜の声を上げた。病院は爆発で吹き飛び、炎と黒煙に飲み込まれていった。

「私たちの安楽死を拒んでいたあいつがいなくなった!」 「これで私たちは死ねる!」 「さあ! 死のう!」

その瞬間、炎の中から、飛翔体に変形したベッドが浮上し、老人を乗せて地球のどこかに飛び去っていった。

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ジェネリック

先日、薬局で私は薬をもらおうと処方箋を出したのだが、出てきた薬がいつもと違うのだ。不審に思って尋ねると、薬剤師は「ジェネリックになります」と答えた。

私はムッとして「勝手に変えられては困ります」と抗議した。すると「成分も効き目も同じです」というのだ。

「いやそうかもしれないが、本物にしてください」 私がこういうと薬剤師はおかしな表情をして「成分も効き目も同じです」といくども繰り返すばかり。

私はだんだん怖くなってきた。挙動がおかしいのだ。もしかしたら薬剤師もジェネリックかもしれない。私はゾッとして、薬局を飛び出た。振り返ってあらためて薬局を見る。妙に安っぽいではないか。さては薬局もいつのまにかジェネリックに! 大慌てで逃げ出す。

それからはどこに行っても何を見ても、ジェネリックに見える。はっと私は自分の体を見た。ジェネリックだ! 手も足も目も鼓動もすべて! 私はそこから記憶がない。

今、私は小さな病室にいる。これも、すべてがジェネリックだと気がついてしまった報いなのだ……

毎日、院長が私のところにやってくる。「先生もジェネリックですか?」と私はいつも尋ねる。すると先生は答える。

「ええ、私もジェネリックです。この病院の二代目ですから」

「成分も効き目も同じですか?」

「もちろん」

私は安心して眠りにつく。

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問診票

私たちの町の病院はまるで城みたいだ。10階建てで、広大な敷地に囲まれている。

私たちはこの病院で診察を受けたいとき、受付にいく。すると、初診受付用紙を渡される。これに住所や名前を書かなくてはならない。

用紙を提出してしばらく待つと、ファイルを渡され、次にどこそこに行くように、と指示される。そこに行くと、別の受付がある。ファイルを見せると、問診票をくれる。記入しろというのだ。

問診票には必ず正面と背面の人体図が描かれていて、「症状のある部位に丸をつけよ」とある。どんな病気でもこれに印をつけなくてはいけない。

問診票を書き終わって提出すると、今度は2階のどこそこに行くようにと言われる。

階段を登っていくとやはり受付があって、ファイルと引き換えに別の問診票を渡される。丁寧に答え、人体図にも丸をつける。

これを受付に出すと、別の指示が出される。上の階のどこそこの受付に行け、というのだ。そして、そこでも問診票に記入することになる。

こうやって私たちは病院中を上から下まで移動させられ、そのたびに、問診票を仕上げていく。次第に、私たちは疲労し、目が回ってくる。問診票に記入する手も震えてくる。

そして、人体図がもはや人間に見えなくなってきているのに気がつく。頭が破裂しそうなほど巨大だったり、手足の代わりに無数の触手がついていたり、太ったナメクジのような形だったり、奇怪な生き物の図になっているのだ。だが、私たちは疲れ果てているから、そんなことにお構いなしに、適当な部位に丸をつける。

そのあとも私たちは問診票を書き続ける。描かれる図はますます異様になり、最悪の悪魔のようだ。私たちは怯えながら悪魔の角に丸をつける……

やがて最後の紙を渡されるときが来る。そこには「病院の対応はいかがでしたか」などと書かれていて「よかった、ふつう、よくなかった」のいずれかに丸をつけるようになっている。

この紙を箱に入れると、「もう二度と来ないように」と最後の受付がいう。病院の外に追い出された私たちは、足取りも軽く家に向かう。

風刺・戯文

調剤薬局

この世で一番、ハラハラさせられる場所は、調剤薬局ではないだろうか。

もっとも、昔はそうではなかった。処方箋を渡して、待っていれば薬をもらえたのだ。

でも、今は違う。薬がもらえるかどうか、ヒヤヒヤしなくてはならない。もちろん、薬は絶対にもらえる。だが、薬局の人は、あの手この手で私たちを不安にさせるのだ。

まず、お薬手帳だ。これは薬物の王国に入るためのパスポートだ。これを忘れた病人は、のちのち薬の名前の書かれたシールを額に貼られて追放されることとなる。

そして、処方箋を出してからの待ち時間がいかに精神をむしばむかについては何も言うまい。瞑想と反省あるのみだ。

さて、ようやく薬局の人が私たちをカウンターに呼ぶ。薬の準備ができたのだ。

「以前と同じお薬ですね。どうです。だいぶ良くなりましたか」

これだ、これにどう答えるか。私たちは悩みに悩んだすえ、答える。

「ええ、おかげさまで」

「ではもう薬はいりませんね」 こう来かねないのだ。では、逆ならどうだろうか。

「以前と同じお薬ですね。どうです。だいぶ良くなりましたか」

「まだちょっと……」

「あら。じゃあ、この薬はやめときましょう」

繰り返すが、薬は絶対にもらえる。だが、それまでに私たちはいくつもの試練を乗り越えなくてはならない。一刻も早く家に帰って寝たい病人にとってはつらい。

しかも、薬が手渡されても安心してはいけない。うっかり喜んだりしたら、これは詐病に違いないと、パッと取り上げられる。つらそうにしててもおんなじだ。やっぱり取り上げられる。つらそうにしながら、足取りの軽やかさで微調整しつつドアに向かうのがいいだろう。

そんなこんなで、薬局を出たときには、もっと病人になっている。