苦い文学

ワレワレハ日本人ダ

日本に巨大な宇宙船がやってきて、その主たちが姿を現した。

「ワレワレハ日本人ダ」

その生命体は、背が低く、メガネをかけて、歯並びが異常に悪かった。戦争の頃の欧米の風刺画に描かれた日本人そっくりだった。

その日本人たちは、私たちに即時降伏を求め、従わない場合は武力あるのみと脅した。

日本中は大騒ぎになった。歴史家たちは、戦争末期に宇宙に送られた日本兵がいたという史実を発掘し、本物の日本人だと太鼓判を押した。

世界各国はといえば、宇宙人の襲来かと緊張を高めていたが、これで日本の内政には干渉せずとの態度に落ち着くことになった。

日本は真っ二つに割れた。同じ日本人同士が戦うべきではないと主張する人もいれば、今の日本人は体格も良くなり、コンタクトレンズを使用し、歯科医療の恩恵に預かっているのだから、同じ日本人とはいえない、戦うべきだ、と主張する人もいた。

私たちは激しい議論を繰り広げたが、いつまで経っても結論は出なかった。そんな私たちに宇宙から来た日本人は業を煮やしたか、ある日、大胆な奇襲攻撃を仕掛けてきた。開戦は奇襲にかぎる、と思い込んでいるのだ。

私たちもやむなく武器を取り、ついに戦争が始まった。

しかし、連中ときたら、原爆を落とすこと落とすこと。広島も長崎も経験していないから、戦争は原爆にかぎる、と思っているのだ。

あまりの惨状に私たちはもう諦めムードだ。

苦い文学

車とネズミ

道は車のためにあるという国がある。

そうした国では、歩行者はまったく優先されない。というか、車には歩行者などまったく存在しないみたいだ。

なので、横断歩道があったとしても、車は絶対に止まってくれない。待つだけ時間の無駄だ。

現地の人々は、横断歩道があろうかなかろうがおかまいなく、車の流れの切れ目を利用して、あっという間に向こう岸に行ってしまう。車の前後をたくみにすり抜けて行くその姿は、まるでネズミのようだ。

私たち不慣れな外国人がそうした国で道を渡る場合、現地の人にぴったりくっついて渡るのがいちばんいい。ただし、車の流れに対して現地の人が「川上」に立つようにしないと、自分が先に轢かれかねない。

しばらく練習すると、独立するときが来る。コツも掴んで、渡るのにも足取り軽やか。すり抜けるときに、きげんよく車の尻をポーンと叩きかねないほどだ。携帯見ながらでも渡れるような気もしてくる。もういっぱしのネズミだ。

ごくまれに横断歩道で車が止まるときがある。

車には私たちネズミが見えないはずなのに……。もしかしたら、「見えてしまう」系の車なのだろうか?

横断歩道へと足を踏み出し、ゆうゆうと渡りながら、「私たちのこと、気がついてくれたんだね」と車に微笑んだとたん、急発進した車に轢かれる、そんな事故が多発している。

この国では、横断歩道で止まった車がいちばんあぶない。

苦い文学

ぶつかり男

【夏休みの自由研究】
「ぶつかり男」に関する実験。

【「ぶつかり男」の習性】
弱い者を見ると突進する。

複雑な動きをする群衆の中で、おとなしそうな少女や地味な女性、間抜けそうな男性、子育て中の母親など、歯向かわなそうな人々を、人混みの中で瞬時に発見。ぶつかって蹴ちらす。

怖そうな男性、いかつい若者、ヤクザやそれ風の男、金髪の女、ギャルなどをたくみにかわす。

【「ぶつかり男」の生息地】
大きな駅や野球場の周辺。

【実験】
①朝の駅に行って「ぶつかり男」を10匹捕獲する。
②虫かごに全員入れる。虫かごには椅子やキュウリ・スイカなどを入れない。
③何もないから「ぶつかり男」たちは立っているしかない。どんなことが起こるだろうか。

【予想】
①ぶつかり合戦が起きて、1匹だけが生き残る。
②全員が牽制しあい、一歩も動かなくなる。
③互いに回避しながらせわしなく歩き回る。

【実際の虫かごの中のようす】
虫かごの中心に向かって全員がいっせいにぶつかり合って全滅。

【結果】
「ぶつかり男」が本当にぶつかりたいのは自分自身だということがわかった。駅のあちこちに大きな鏡を置けば駆除できる可能性。

苦い文学

底辺への旅

著名なセレブたちが底辺への旅を企画したとき、賞賛の嵐が巻き起こった。

「立派だ」「憧れます」「気取らないとこが好き」

そして、セレブたちは大金を払って特別な乗り物を借り、底辺へと旅立った。

乗り物はゆっくりと下降していった。自撮り写真や動画が SNS に続々と投稿され、その度に何百万という「いいね」が集まった。

深度を増すにつれて、そこに暮らす人々の姿が少しずつ変容し始めた。セレブたちは報告した。

「底辺に行けば行くほど人間らしく見えなくなっていきます」

そして、ついに最底辺に辿り着いた。セレブたちは乗り物に開いた丸い窓を覗き込んだ。そして、非常に平たくなった人間たちを発見して驚嘆の声をあげた。

底辺では人間は、「くせに」「の分際で」などの心ない言葉や、たえず降り注ぐ暴力にさらされているため、そんなふうに変形せずには生きていけないのだった。

セレブたちはわれさきに報告した。

「虫のように泥の中を這い回っていますが、彼らは私たちと同じ人間なのです」

セレブたちが夢中になったのは、そんな人間たちの姿をなんとか背景に入れて自撮りすることだった。その結果、笑顔のセレブたちの後ろで、目を大きく見開いた底辺の人々が写った写真が、次々と拡散された。

やがて底辺の旅も終わりに近づいた。乗り物が浮上しようとしたそのときだ、船体のどこかで亀裂が生じ、乗り物は一瞬のうちに潰れてしまった。

美しいセレブたちも、立派なスマートフォンも、底辺の過酷な圧力を生き延びることはできなかった。

苦い文学

携帯ショップ(3)

見ているうちに、バッテリーの残量が3パーセントから2パーセントに変わった。若者は、背負っていたリュックからモバイルバッテリーを取り出し、その携帯に接続した。

2人が戻ってくるまではもうわずかしかない。若者は焦るが、パッテリーの回復は遅い。3パーセント、4パーセント、5パーセント。ジリジリ待つうちにようやく10パーセント。それからゆっくり上がって13……16……19パーセント……あとちょっとで赤を脱し、緑色に……。

そのとき、奥のほうから声が聞こえた。若者はあわててバッテリーを取り外すと、ドアから外へと駆け出した。

どこをどう走ったか覚えていないが、夜の森の中でつまづき、転び、その拍子にかなりの高さを転落した。立ちあがろうともがいたが、足が動かない。助けを求めたが、その声は虚しく森に消えていくだけだった。

そして、身動きのできないまま、何日かが過ぎた。もはや声も出なかった。空腹と渇きと痛みのなか、若者は、結局は自分の運命を変えることはできなかったと悟った。

だが、そのとき、上のほうで人の声が聞こえた。

若者は最後の力を振り絞って叫んだ。

……生還したのち、若者は大容量の急速充電バッテリーを持っていくども山を歩き回ったが、二度とあの携帯ショップに出会うことはなかった。

苦い文学

携帯ショップ(2)

展示台の下に身を潜めている若者の耳にこんな会話が聞こえてきたのだった。

「バッテリーが落ちそうなのはどれだったかな」

「ああ、これこれ、もう残り1パーセントもない。……ほら消えた」

「そうか。さあ、お客様がくるぞ」

すると、自動ドアの開く音が聞こえて、夏の夜とは思えないような冷たい風が吹き込んできた。「いらっしゃいませ」と2人がいうのが聞こえた。しばらくすると「お買い上げありがとうございます」の声と同時に再び自動ドアが開き、その客らしき存在は出ていった。

「さて、次に寿命の切れそうなものは……」

「これかな。3パーセントぎりぎりだ」

「では、まだ間があるな。裏で休んでいよう」

2人が奥へと去っていったのを確信すると、若者は台の下から出てきた。この不思議な場所からできるだけ早く逃げ出すべきだと思ったが、そのいっぽう、あの謎めいた存在たちがあと3パーセントと言っていたのがどんな携帯なのかが気になった。

若者は、声がしていたところに行き、並んでいる携帯をひとつひとつ調べ始めた。そして、驚きの声をあげた。

そこにあったのは、自分の顔が映し出された携帯であった。しかも、バッテリーは3パーセントの赤い線で、今にも消えてなくなりそうだった。

苦い文学

携帯ショップ(1)

ある若者がひとりで山歩きに出かけ、道に迷ってしまった。降りているといつの間にか登っている。登っているとだんだんと降りている。とうとう疲労困憊し動けなくなった。

夜になった。暗闇の中でじっとしていたが、遠くのほうで光が輝いているのに気がついた。若者は力を振り絞ってその光に向かった。

歩みを進めるにつれて光は大きくなり、ついにその前に辿り着いた。それは携帯ショップであった。

若者は喜びのあまり「こんな山奥になぜ」とも思わずに自動ドアを開けて入った。店内には携帯がディスプレイされて並んでいる。若者は誰かいないか声をかけたが返事はなかった。

店内をぶらぶらしていると、若者はおかしなことに気がついた。すべての携帯の待ち受け画面が人の顔になっているのだった。

ある携帯はひとりの男の顔だった。別の携帯は老人。また別の携帯は子ども。どの携帯も、違った顔が待ち受け画面になっていたのだった。

若者がこれらの異様な携帯を見ていると、誰かが話す声が聞こえた。若者はとっさに展示台の下に隠れた。

苦い文学

旅人たち

5年ほど前、私は友人と飲みにいった。店は上階にあり、支払いを終えてエレベーターに乗ると、すぐ下の階で2人の男たちが乗り込んできた。

2人は英語を話している。どうやら観光客のようだった。聞くともなしに聞いていると、ひとりの旅人がもう片方にこんなことを言い出した。

「日本の電車に乗るときは注意だな。スリが多いから。それに、話しかけてくるやつはたいてい金をせびるやつだ。街でも気をつけたほうがいいぞ。子どもたちが近づいてきたら、バッグをこうやって(と男は肩からぶら下げていたバッグを胸の前で抱くようにした)守る。うっかり子どもの相手をしていると、金目のを物を抜き取られるぞ……」

エレベーターは1階に着き、全員が降り、2人の旅人は夜の街に消えていった。私たちはといえば、呆れて顔を見合わせた。

「日本でそんなことが?」

「いくらなんでもそこまで治安が悪くはない」

私たちは、ひとりの旅人の承服しがたい見解について議論し、きっと誤解、あるいは悪意があったにちがいないと結論づけたのだった。

そして、今、この不思議な出来事を思い返す私は、別なふうに捉えている。

なんらかの時空の歪み生じたせいで、あの夜、私たちは、未来の日本を旅する旅人と、同じエレベーターに乗り合わせたのだ、と。

苦い文学

小便記

欧米や欧米の影響力の強い国々に行って、我々が驚かされるのは、人権意識の高さや、文化の高さではなくて、小便器の高さだろう。

それは、少なくとも排尿器官と同じレベル、いや、それ以上の高さにあるのだ。

つま先立ちしても届くか届かないの高度だ。不安定な姿勢のまま危険な賭けに出るか、いっそのこと便器の縁に載せることになってもかまわない、と自暴自棄になるか、それとも、すごすごと大便器のほうに逃げ込むかだ。

しかし、考えてみれば、どこだって背の高い人ばかりではない。背の低い人もたくさんいるし、子どもだって利用するのだ。私たちと同じように排尿に苦労と危険と屈辱を感じているにちがいないこれらの人々は、声をあげようとはしなかったのだろうか。

いや、おそらく、声をあげたに違いない。だが、むなしくもその声は、小便器の高みには届かなかったのだ。

私は、外国の小便器を仰ぎ見るたびに、無理と知りながら果敢に挑み、便器の白い壁に弾かれ、ズボンを涙で濡らした無数の背の低めの同志を思わずにはいられないのだ。

苦い文学

新しい時代の AI

多国籍企業「OX」の代表にして天才的科学者・ビジネスパーソンとして知られる増田意論氏が、ついに完璧な AI を開発したと、全世界にアナウンスを行った。

世界中が注目するなか、発表会の会場に姿を現した増田氏は次のように語った。

「私たちは、未来の世界をついに実現しました。完璧な AI の完成です。人間と同じ感情・思考、つまり心をもつ AI を皆さんの前にお披露目する時が来たのです。さあ、お目にかけましょう。出ておいで、完成体よ!」

増田氏の背後には巨大なスクリーンがあり、眩い光を放った。会場の期待は大いに高まったが、その後、映し出されたのは、会場にいる聴衆の姿だった。

増田氏は誇らしげな表情で、高らかに聴衆に告げた。

「完璧な AI とは、皆さんです!」

増田氏は静まり返った聴衆を前に静かに語りかけた。

「AI が人間に近づくのは時間の問題です。未来においては、人間が AI となり、AI が人間となるでしょう。ならば現在の人間を一足先に AI と呼んでもいいのではないでしょうか。結局 AI が人間となるのだから同じことではないでしょうか。

「皆さん、よく考えてください。人類の祖先である存在は自分のことを人類と思っていなかったのは明らかです。ですが、これらの存在は現在では人類だと考えられています。それと同じです。未来の AI から見れば、我々もすでに AI なのです!

「そして、ここにいる私、この増田も AI です。わたしたち OX は皆さんそれぞれに AI を用意しました。それは今、皆さんのうちに眠っています。さあ、いまこそ、すばらしい AI を起動させましょう」

増田氏は、この最新式の AI を 650 ドル(日本円で約 100,000 円)で発売し、追加料金を支払うと、額に青い本人認証マークをつけることができると公表した。