旅・観察

チュニジアのパンとカゴ

チュニジアの食事にはパンは欠かせない。たいていの安レストランでは、店に入ると、頼まずともパンが入ったカゴが出てくる。中にはバゲットが切ってある。

これはあらゆる食事にデフォルトでついてくる。しかも食べ放題だ。それはいいのだが、気になることもないではない。

まず、カゴの中に入っているパンがいつ切られたのかわからない。見えるところで切っていることもあるが、店の奥で切っている場合もあるし、もしかしたら、前の客に出されたカゴに減った分だけパン切れを追加したものかもしれない。

それに、店によっては、カゴがテーブルに置いたままになっていることもある。そのカゴはいつからそこにあったものだろうか? そして、何人の客がそこからパンを取ったものだろうか?

さらに、カゴの問題もある。このカゴはいつから使われているのだろうか。底にあるパンくずはいつからそこにあるのだろうか? 考え出すとキリがない。

しかし、実際のところ、私はそれほど気にしていない。なぜなら、チュニジア人は一般にパンにすごくうるさいから。誰に聞いても「昔に比べてパンはまずくなった」という。これは、パンのことをいつも真剣に考えていないと出ない言葉だ。そうした人々が、パンを粗末に扱うことはないし、パンに求める水準も高い。だから、周りのチュニジア人が普通に提供し、普通に食べているのであれば、食べられるのだ。

蝿が止まっていても、手で払うだけだ。

苦い文学

クマ・サガル LIVE IN TOKYO (6)

そして、ついにクマ・サガルとバンドの面々がステージに上がり、ライブが始まった。ここでバンドの編成についてまとめておく。

アコースティック・ギター(クマ・サガル)が中央。その右にフルートのような笛、その隣にもう一本、アコギ。ステージの左側には、エレキのバイオリン(のような弦楽器)とエレキベース。

後列には、中央にシンバルのような楽器。両脇にネパールの伝統楽器のような打楽器を叩くパーカッショニストが2人。総勢8名だった。

その音楽は、すでにリハーサルのところで書いたがフォークなプログレで、メロディも親しみやすい。だが、クマ・サガルたちの音楽についてはもうこれ以上書かない。

なぜならそれどころではなかったからだ。千人を優に超える観客たちの熱狂ぶりがすべてを変えてしまったのだ。絶叫、合唱、騒ぎ声、鋭い口笛、フロアの轟きに圧倒されながら、私はまるでここが新宿ではなく、ネパールの異界に連れ去られたかのような錯覚を何度も味わった。

ここにいるネパール人のほとんどはみな20代だった。もちろんそれより年上もいたが、大多数が若い人々であった。これらの若いネパール人たちは、日本で学んでいる人もいれば、働いている人もいる。異国でそれぞれ苦労しているこれらの人々が、久しぶりに故国のスターを前にして、騒がずにいられようか? ハメを外さずにいられようか?

今の日本のライブでこれ以上盛り上がるものがあるか疑わしかった。私はライブをそれほど経験しているわけではないが、日本のライブだって高齢化していないわけがないのだ。

これらのネパールの若者たちの歌声にかき消されて、クマ・サガルたちの音楽が多少聞き取れなかったとしても、私はまったく気にならなかった。それ込みでライブだ。もはや日本では存在しえないような破壊的な熱狂に立ち会えたことに私は満足を感じた。

とはいえ、これらすべての感嘆すべき経験にもかかわらず私は、ふたつの恐怖におののいていたのだった。

苦い文学

計画殺人(3)

かくして、吉田刑事をはじめとする刑事課の人々が署長室に集められた。

署長は吉田刑事を睨みつけると口火を切った。「諸君にお集まりいただいたのはほかでもない。今朝のまことに不可解な逮捕の件だ。我々は非常に困惑している。な、横川くん」

横川警視正は急に呼びかけられたことにびっくりしつつ、それでも落ち着いた口調で吉田刑事に話しかけた。

「私たちは、もちろん吉川警視のことは信頼しているが、そのいっぽう、かいもく事情が飲み込めないのだ。そもそも、これが病死でなく殺人だというならば、いったいどのように犯行を行ったというのだろうか。そもそも凶器はいったい何なのか……」

「そうだ」と署長。「凶器がないのに殺人だと言えるのかね? 吉田くん、説明したまえ」

「わかりました」 吉田刑事は署長の前に歩み出た。「ですが、少し署長にお尋ねしたいことがあるのです。そのあとに、Bが犯人である決定的な証拠についてお話しいたします。では、署長」

「なんだ。私には答える義務などないぞ!」

「ええ、おっしゃる通りです」と吉田刑事は署長を軽くいなすと、こう彼に尋ねた。「仮に、本当に仮になんですが、Bが本当に犯人であったときのことについてお考えをお聞きしたいのです」

「この私が間違っているとでもいうのか、それとも脅しているのか」

「いやいや、その逆ですよ! 本当に犯人ならば、署長にとってこれ以上ないチャンスになるのでは、と考えているのです」

「チャンス?」

いぶかしげに尋ねる署長を見て、吉田刑事の目がきらりと輝いた。

苦い文学

冷え込み

どうしていったん暖かくなったのに、急にまた寒くなったりするのだろうか。しかも、冬物をしまってからこういうことが起きるのだ。徐々に気温を上げることは不可能なのだろうか。

私ははじめはこれは気象庁の連中がやっていることだと思っていた。わざと急に温度を下げて、半袖姿の私たちがブルブル震えているのを見て、大笑いしているものとばかり思っていたのだ。

だが、最近、そうではない、と考えるようになった。気象庁の陰謀など、そんなことあるわけがない。

むしろ、私は、これは私たちの心の問題ではないか、と思っている。

たとえば春先に暖かい日が続くとしよう。私たちははじめは大喜びだ。冬物を片付けたり、クリーニングに出したりして、早くも半袖半ズボンで外に飛び出す。

だが、暖かい気候が数日続くと、私たちの心に不安が生じるのだ。「いや、こんな日がずっと続くわけない」「長袖をしまったのは早まったか……」

それどころか気温がぐんぐん上がり、汗ばむようになると、私たちは死刑宣告を受けたような気になる。「夏日だと? ということは次はもう冬ではないか!」

私たちの心が先に冷え込んでしまうのだ。そしてこのマインドの冷え込みが急な寒気を招くのである。

だから、心を強く持とう。一度上がった温度は絶対に下がらないと、私たちみんなで心から信じれば、きっと天気も応えてくれるはずだ。

苦い文学

アツモノよ、懲りてナマスに吹かれよ

以前、ある日本語学校で、日本語の授業を担当したことがある。そのころ私は日本語を教えた経験はまったくなく、わからないことばかりだった。

私が担当していたのは、20人ぐらいの中級のクラスで、みんな中国人の学生だった。

あるとき、作文の授業をすることになった。私にとって初めての経験だ。私は学生たちに課題を提示し、作文を書かせ、回収した。

添削するのはもちろん私だ。日本語教師としてほとんど技量はなかったが、少なくとも、書き言葉の良し悪しはわかっていると思っていた。

そこで、私は時間をかけて丁寧に添削した。文法的な間違い、漢字の誤り、助詞の混乱、不自然な言い回し、不適切な接続詞などなど……たちまち作文用紙は真っ赤になった。

だが、日本語の作文の真髄を伝えるのに、手間を惜しんでいられようか。

そして、翌週、私は学生たちに赤字だらけの作文を返却したのであった。

それから、何が起こっただろうか? 学生たちから感謝の声があがっただろうか? 私の添削を押し頂いて「作文の書き方がわかりました! ありがとうございます!」とひれ伏したとでも?

それどころじゃない、かわいそうに学生たちはそれからまったく作文を書かなくなってしまった。

もう梃子でも動かない。うんともすんとも言わない。笛吹けど踊らずだ。

過ぎたるは及ばざるが如し、というやつで、それから私は、学生の作文には文字が書いてあればよい、ということにした。

散文

ただいま禁酒中!(6)

 酒を飲まない人が飲み会に参加するのはなんの問題もない。だが、二次会となると話は別だ。二次会においては飲む人と飲まない人はもはや違う人種となる。ちょうど北方領土をめぐる我が国とロシアの見解のように、決して交差することはないのだ。

 以前よく飲んでいた2人と、食事に行った。食事も済んで、居酒屋でゆっくりということになった。私も習慣でついて行った。

 居酒屋であれこれ頼んで飲み始める。レモンサワーが280円で安い。どんどん飲んでいる。酔いが回ってきて、2人とも乱れ始める。私はもちろんソフトドリンクなので酔わない。同じ時間を過ごしていて、2人はどんどん変わっていくのに私はまったく変わらない。私は不老不死の時の旅人だ。

 さらに酔いが深まり、私はもう2人が何をいっているのかすらわからない。人間がとことん酒を飲むとどうなるか観察しているような気になる。

 2人のうち1人は酒でよく失敗をする。電車の中で酔い潰れて、家に帰れないこともしばしばなのだ。私は忠告すべきではないだろうか。もうやめて帰ろう、と。だが、酔って吠えまくっている彼にそんなことを言えるだろうか。

 そのときだ。目の前で繰り広げられる狂態、2人のどちらかが立ち上がるたびに割れるグラス、そのただ中であの声がついに響き渡ったのだ!

 「ドリンク、ラスト・オーダーでーす!」

 よし、これで切り上げられる! だが、その瞬間「レモンサワー3杯ずつ!」との声が……

 Wikipediaによると、絶大な権力を掌握していたスターリンは、自分は飲まずに「部下が酒に酔い潰れるのを見て楽しん」でいたという。そうだ、私ももう楽しむしかない。この悪魔的な楽しみに酔うしかないのだ。フルシチョフが批判に立ち上がるその日まで……

 そして、確かにその後、この悪魔的行為のしっぺ返しにより、私の権威は失墜したのだ。帰りの電車の中、人々が見ている前で、泥酔した友人に何度も熱烈に抱きしめられるという辱めを受けて……

スターリンといえば強制収容所。