旅・観察

AIDA のディナー

アラビア語方言国際学会(AIDA)の大会の三日目の夜は、夕食会があった。カターニア大学の外のテラスに十人掛けの円卓が並べられている。百人ぐらいは参加したと思う。立食ではないので、どこに座ろうか迷ったが、二人の若いオマーン人の隣に座った。

聞けば、二人ともジッバーリ語(シャフリ語)の話者だという。ジッバーリ語というのは現代南アラビア語で、アラビア語の親戚のような言語だ。二人が話しているのに聞き耳を立てていると、アラビア語ではない。そのことを言うと、その通りだと笑われた。

日本から来たのなら「アキオ」を知っているか、と言われた。中野暁雄先生のことだ。ジッバーリ語に隣接するホビヨート語の調査研究でも有名で、以前、セム語の関係の学会に出たときも同じことを聞かれた。こうした若い人にも先生の名が知られていることに驚きながら、知っていると答えると、写真はないかと言われるので、見せた。これも以前と同じだ。今後はセム語関係の国際学会に行くときは、中野先生の写真をスマホのホーム画面にしておこうと思う。

学会では、カターニア大学の学生たちがスタッフとして走り回っていた。皆、アラブ世界を専門としている人のようだった。どういうわけかみな女性だった。あと、大事なことを書き忘れていたが、AIDA そのものが女性の多い学会で、発表によっては参加者の男性が数名ということも珍しくなかった。AIDA の会長も、大会の運営委員長も女性だ。

それはともかく、運営スタッフのひとりが隣に座っていて、カターニアの文化やシチリア語のことなどをいろいろ教えてもらった。カターニア方言もあるが、家庭でしか使わないということだった。なお、この記事の写真はディナーのデザートとして出されたカターニアのケーキだ。とても甘い。

私は翌日の発表が気がかりで、また、そもそも日本でもこうした食事会には出ないので、帰ってしまおうと思っていた。しかし、日本にいるときに支払った夕食会費(五十五ユーロ)が惜しくなって、思いとどまった。結果としては、周りの人たちが親切に相手をしてくれたため、楽しく過ごすことができた。

風刺・戯文

おしっこは地球を救う(後編)

薬を繰り返し使っていると、体に耐性ができ、もっと強い薬でないと効かなくなる。私に起きたのもちょうどそんなことだった。私がどんなに自分のつらい現状に想いを馳せても、どんなに強い打撃で精神に喝を入れても、尿意はそれに慣れてしまい、まったく退散しなくなってしまったのだ。

そして、ある日のこと、道を歩いていた私にこれまでないほど強烈な尿意が襲いかかってきた。私は必死に自分の厳しい現状について考えた。だが、尿意はそれ以上に切実な様相を剥き出しにして、咆哮を上げた!

鋭い苦痛に貫かれた私はもはやなすすべもなく、尿で尿を洗うが如き闘争のただなかで、漏らすほかないと諦念したその瞬間だった。私の脳裏に戦争のイメージが閃いた。それはウクライナかもしれなかった、ガザかもしれなかった、あるいは世界の見捨てられた地で起きている戦争かもしれなかった。だが、その恐ろしい戦争が、私の精神を立ち直らせ、人間の責務へと立ち返らせた。

戦争はこれを放棄しなくてはならない!

するとどうだろうか、その瞬間、かの残虐なる尿意はたちまちのうちに消え去ったのだった。

この世界の悲惨が私を救ったのだ。そして、その日以来、私は平和と平等の実現のために働き続けている。平和を求める仲間たちが集い、運動は大きなうねりとなって広がっている。

私は仲間たちの強い勧めにより、議員に立候補した。平和を実現し、世界を絶望から救いだすという使命を背負って、今、極めて熾烈な選挙戦を戦っている。たぶん、投票日まで一度もトイレに行かずに済むのではないかと思う。

苦い文学

なり損

貧しい国があるのは、世界の富める国が不正な収奪を行っているからだ。私たちは、そう習ってきた。そして、そう習うとき、富める国のひとつである日本に暮らす者として、貧しい国に対する責任を感じたものだった。

貧しい国の人々と会うこともあった。それらの国の人々は節度があったから、収奪する側である私たちを責めはしなかった。ただこう言うだけだった。「貧しい国をなくすためには、富める国も変わらなければなりません。皆さんにはその責務があるのです」と。私たちは、身も引き締まる思いでこの言葉を聞いたのだった。

それから年月が過ぎ、もはや日本は富める国ではなくなった。私たちは猛スピードで転落し、貧乏老人ばかりの貧乏国になった。いや、それどころか、もう最貧国集団が私たちの背中を捉えているという。

貧困国の一員になってみると、「奪われる貧困国と奪う富裕国」という私たちが学んできた図式が、もう時代遅れだということに気づかされる。なぜなら、豊かな国などどこを探してもないから。どの国でも生活が苦しく、だれもがホームレス一歩手前だ。

勝ち組も負け組もなかった。全部の国が負け組なのだ。地球ごと地獄化が進んでいるのだ。

これはまったく不公平だ。私たちは、貧困問題を豊かな国の若者に切々と訴える重大な機会を奪われたのだ。

せっかく貧困国になったのに、これではなり損ではないか。

苦い文学

ハンディファン

暑い日が続くので、街ゆく女の子たちはみんなハンディファンを顔にかざしている。そればかりか、男の子も持ち歩いている。

いぜん私は、おじさんは絶対にハンディファンを持たない、と主張した。もしかしたらそれは大きな間違いかもしれないと思っていたが、今日見たかぎり、ひとりのおじさんもハンディファンを持っていなかった。私は正しかったのだ。

なぜおじさんはかくもハンディファンにかたくなに抵抗するのだろうか。頭が硬くなっているので、扇風機は家にあるものという固定観念から抜け出せないのだろうか。

それとも、ジェンダー的ななにかが原因なのだろうか。つまり、おじさんがカーラーを頭につけて歩かないのと同じ理由だ。

しかし、いろいろ考えるよりも実際に調査してみたほうがいい。私は自腹でハンディファンを購入すると、街角に立った。やがて、ひとりのおじさんが向こうからやってくる。汗だくでちょうど風を欲しているようなようすだ。

私はそのおじさんを呼び止め、ハンディファンを渡し「どうぞ使ってください」と言った。

おじさんは、渡されたハンディファンを不思議そうにいろいろな角度から眺めた。そして、スイッチを入れると、なんとファンの部分を頬や顎にこすりつけはじめた。

これだ。これが原因だったのだ。

おじさん感心して「朝剃ったばかりなのにまだ剃り残しが!」なんて言ってる。

苦い文学

下のマスク

猛暑が続くせいもあるし、また熱中症予防として推奨されていることもあり、最近では人通りの少ない道を一人歩くときなどは、マスクを外すようにしている。

そうすると、外気が直に触れて涼しいし、気持ちもいい。もうマスクなどつけたくなくなってくる。

思えば、コロナ禍の中、マスク着用が当たり前になり、これがない生活は考えられなくなった。そのせいで、「顔パンツ」などといって、マスクを外すことに抵抗感を覚える人も多くいる。

そんな状況を続けてきたからこそ、外で堂々とマスクを外すのに、これほどまでの解放感があるのだ。

このまま外でマスクを外す機会が増えていくのはいいことにちがいない。だが、私にはひとつ心配なことがある。

「外気が直に触れて涼しいし、気持ちもいい、素晴らしい解放感だ」などと思って外を歩いていたら、実はないのは「顔パンツ」ではなく「パンツ」だった、なんてこともありそうなのだ。

押っ取り刀で駆けつけた警官に「うっかり上と下を間違えちゃいました」という弁明は通用するだろうか?