散文

バカとチョンの社会(後編)

昨日、「バカでもチョンでも」という差別表現について、私の側からささやかな新解釈を提出させていただいた。

それは、現代のコンテクストにおいては「チョン」とは、差別に苦しむあらゆる移民を意味すべきだというものである。すると「バカ」とは、論理的・必然的にあらゆる日本人を意味することとなる。

よって、日本はバカとチョンの国である、というのが私の到達点であった。

しかしながら、この新解釈に依拠して「バカでもチョンでも」という差別表現をあらためて捉えなおしてみると、実はこれが素晴らしい表現であることがわかる。

「バカでもチョンでも」安心して暮らせる社会、「バカでもチョンでも」人権の尊重される社会、「バカでもチョンでも」虐待されることのない社会。この表現が、日本人と移民の平等を表わしうることに気づかされるのである。

だが、ここでひとつの契機が生じる。もし、我が国において、あらゆる移民が、人権の観点から日本国民と平等に扱われるとしたら、これらの移民を「チョン」などという蔑称で呼ぶことが、そもそもありえないこととなるのではないだろうか。

そして、これに応じて、日本人もまた、移民の命や人権を自分たちと同等に尊重できるのならば、もはや「バカ」とはいえないのではないだろうか。

「バカでもチョンでも」尊重される社会の実態は、「バカもチョンも」存在しない社会であった。なんと不思議な成り行きだろう。

そんな社会では誰もが人権を享受し、差別されなくなる。いや、皇族がいた。

風刺・戯文

遥かなるゲート 2025

私たちが乗る飛行機の搭乗ゲートはなぜいつも遠いのだろうか? どうして出国審査カウンターを抜けたら、すぐゲートというわけにはいかないのだろうか? どうしてゲート 1 ではないのだろうか?

私たちは行先を知らせる表示を見て思う。「わっ遠そうだなあ」 その通り、確かに遠いのだ。私たちは、豪華な品々が並ぶ免税店を尻目に、長い回廊を歩き出す。表示の指すのは、通路のずっとずっと向こうの消失点の先だ。私たちは動く廊下をいくつも乗り継ぐが、その度にゲートが遠ざかっていくみたいに思える。私たちの脇を乗客を乗せた電動カートが何台も通り過ぎていく。どの車も乗客でいっぱいだ……。

そして、私たちの目の前に、エレベーターが現れる。それを下りた私たちは歓声を上げずにはいられない。空港のシャトルトレインの乗り場だったのだ。「ようやく!」と、いさんで乗り込む私たち。だが、トレインが運んで行った先には、変わり映えのしない長い回廊が広がっているだけだ……。

この頃には私たちの数はぐんと減っている。遥かなるゲートへの旅の途中でいく人もの仲間が落伍していった。彼らが託した搭乗券の束で、私たちのポケットはパンパンだ。

だが、いつかゲートに辿り着くときが来る。私たちは搭乗券を見せて、飛行機に乗り込む。シートに座り目を瞑り、長い旅の労苦と消え去った仲間たちの面影を思い出す……。

飛行機が飛び立つ。私たちは機内アナウンスによって、ただ別のターミナルに向かっているにすぎないことを知る……。

苦い文学

あの席

航空券の予約や空港のチェックインカウンターで飛行機の席の希望を聞かれるとき、窓側(window)と通路側(aisle)のどちらを選ぶだろうか。

外の景色を楽しむなら窓側だが、私は絶対に通路側だ。なぜならもっとも自由だからだ。

しかし、飛行機にはもうひとつ席の種類がある。窓側でも通路側でもない席だ。私たちはチェックインカウンターで席を聞かれないとき、「ああ、あの席だ」と観念する。

しかし、この席はいったいなんという名前なのだろうか。航空会社は決して教えてくれない。まるでその席のこととなると、離着陸時の電子機器のようにスタッフたちは心を閉ざしてしまうのだ。おそらく、乗客たちのクレームをかわすために、そのような席は存在しないことになっているのだろう。

しかし、それにもかかわらず、その席は存在し、乗客たちのあいだでひそひそ声でその名が語り継がれている。私が耳にしたかぎりでは次のような名称があるようだ。

「非存在の席」
「決して選択肢に入ってこない席」
「ハズレ席」
「両隣が人の席」
「もっとも窮屈な席」
「おしっこ我慢の席」
「両側の肘掛けを奪われた瞬間、絶命する席」

なお、こんな逸話も伝えられている。スタッフがチェックインカウンターでいつものように乗客にこう尋ねた。

「窓側と通路側のどちらがよろしいでしょうか」

その乗客は怖いもの知らずで鳴らした男だった。まわりに自分の豪胆ぶりをみせつけてやろうとこう答えた。

「いんや、そのどちらでもない席だ!」

その男はただちに貨物室に運び込まれたという。

苦い文学

ギターの力(3)

若者の輪の中に歌本が投げ込まれるや、たちまちギターがかき鳴らされ、歌が生じた。

あいまいな歌声はギターの演奏に合わせて、少しずつ形をとり、同時に、若者たちの間に広がっていった。そして、すべての若者が声を合わせて歌い出した。

「あの素晴らしい愛をもう一度!」

さらに歌は続いた。

「てんとう虫がしゃしゃり出て! サンバに合わせて踊り出す!」

モニターを見つめる人々は、オスの個体とメスの個体とが見つめ合ったり、指を絡ませたりしているのを目撃した。ギターの音はますます大きくなった。

「この大空に! 翼を広げ、飛んで行きたいよ!」

あちこちにつがいが形成され、それぞれ身を寄せ合い、抱き合っていた。

「あともう少しです!」 博士は興奮して聴衆に向かって叫んだ。

ギターの音はますます激しくなった。演奏している若者は顔を歪め、全身を震わせていた。

「戦争を知らない、子供たちさ!」

助手が博士に報告した。「ギターの熱量が上がり続けています!」

博士は叫んだ。「いい、このまま行くのだ!」

「しかし、このままでは!」

「もうすぐ若者たちの間に恋愛が成就するのだ!」

ギターの咆哮とともに、耳をつんざくような若者たちの叫び声が響き渡った。

「天国よいとこ一度はおいで!」

人々は耳を塞ぎ、不吉な予感におののくばかりであった。

苦い文学

オブリビオン

【ゴキブリ駆除はスプレーで】
家であろうと、お店であろうと、出てこられると困るのがゴキブリ。

どれだけ衛生に気を使っても、どこからともなく侵入してくるこの不潔な昆虫にお悩みの方も多いのではないでしょうか。

とくにびっくりさせられるのが、突然目の前に現れたとき。

素早く動き回るため、叩き潰すのも大変ですし、そもそも慌ててしまって何もできない、ということもしばしば。

そんな時のため、ぜひ1本常備しておきたいのがゴキブリ駆除スプレーです。使い方も簡単ですし、あっという間に駆除ができます。

【どんなスプレーがオススメ?】
ゴキブリ駆除スプレーにはさまざまな商品がありますが、今回ご紹介したいのはゴキブリ完全駆除スプレー「ゴキブリビオン」。

これなら、誰でも簡単にゴキブリを駆除できます。どんなに素早いゴキブリでもご安心ください。

使い方は簡単。ゴキブリが現れたら、直ちに「ゴキブリビオン」を手に取り、ノズルを自分に向けてひと吹き。これであなたの心からゴキブリの概念すべてが完全に駆除されます。

飲食店でも使える業務用「ゴキブリビオン」もございます。ゴキブリが出現したら、大切なお客様にシュッとやさしくスプレーしてあげてください。