旅・観察

AIDA の発表

アラビア語方言国際学会(AIDA)の大会で、私は二十の発表に参加することができた。面白いのが発表が時間通りに始まらないことで、最後までいると別の会場で行われる次の発表に間に合わなくなる。時間になったので急いで行くと、その会場でもまだ前の発表が行われていたりした。

私が聞いたかぎりでの全体的な印象を簡単に記す。

*アラビア語方言の音声を非常に精密に記録する研究がいくつかあった。特定の子音が語中や語末でどのように変わるか、あるいは、文末で子音や母音がどのように変わったり、無くなったりするか、というもの。これは細かいように思えるが、将来的な音変化にも関連しうるので、重要な研究だ。また、私は今、ターウジュートのベルベル語の音声で苦労しているので、非常に参考になった。

*談話標識(エジプト方言)、モダリティ(チュニジアの方言)、動詞の意味変化(方言比較)に関する発表もあった。とくに「戻る」という動詞が「なる」という意味を持ったり、談話標識的に用いられたりする現象は、私の今していることに直結しているので、有益であった。私のやっていることは、国際的に見てそう外れてもいない、という印象だ。

*フィールドワークの倫理の問題、テクノロジーの活用の問題なども取り上げられた。WhatsApp や Facebook などもデータとして利用している研究もあり、参考になった。

*アラビア語方言だけでなく、オマーンのジッバーリ語(現代南アラビア語)、モロッコのアマジグ語(ベルベル語)の発表もあった。また、私は参加できなかったが、社会言語学的な研究も多かった。

三日目には総会が開催され、役員選挙と次回(二〇二八年)の会場選定が行われた。三つの候補地のうち、第十七回大会の会場と決まったのは、モロッコのフェズ。次回も参加できればと思う。

風刺・戯文

おしっこは地球を救う(前編)

年齢のせいなのか、おしっこが近くなった。というよりも、尿意が不意打ちを仕掛けてくるようになったのだ。漏らしてしまえばいいのだが、そうもいかないので、悶えることになる。

尿意の襲撃を幾度も耐え凌いでいるうちに、それが潜んでいる待ち伏せ場所がわかるようになった。卑劣にも、マンションの前やエレベーターの中という、攻撃とは無縁であってしかるべき平和な場所なのだ。

これはどうしてなのだろうか、と不思議に思っていたら、たまたまネットのある情報が目に入った。家に近くなると尿意が襲ってくるのは、外での張り詰めた精神が緩み、休息用の精神状態に変化するからだという。そこにつけこんでくるのだ

となると、と私は考えた。家に着く前に、あえて精神の手綱を締め、精神を緊張させればよいではないか。そこで私は、帰宅直前、鋭き尿意が萌してきた瞬間に、つらい仕事のことや、重き課題と責務、あるいは我が風前の灯の命など、自分の厳しい現実について考えるようにした。すると、驚くべきことに、これら容赦なき荒波に蹴散らされでもしたか、尿意はたちまち霧の如く消え去ったではないか。

私は、暗く悲しい気持ちと引き換えにではあるにしても、尿意に脅かされることなくエレベーターに乗り、悠々と帰宅できるようになった。ついに平和が訪れたのだ。

もっとも、残念なことに、この停戦は長くは続かなかった。

苦い文学

大ネアンデルタール人展

県立科学博物館では、この夏、特別展として「大ネアンデルタール人展」を開催する運びとなりました。

ヨーロッパや中東で発見されたネアンデルタール人の有名な骨の展示や発掘の様子はもちろんのこと、骨から復元したリアルな人形や暮らしぶりなどもご覧いただけます。

なかでも目玉は、日本初公開となる、中国で発見されたネアンデルタール人の全身骨格です。この化石は、ネアンデルタール人がヨーロッパだけでなく東アジアにもいたことを示す貴重な証拠であり、世紀の発見と大きな話題になりました。今回の「日本上陸」は、中国の国家科学院の全面協力により実現しました。

博物館では、この「中国のネアンデルタール人」初公開を記念して、さまざまなグッズも販売しております。

売店には、ネアンデルタールのぬいぐるみ、ステッカー、キーホルダー、クリアファイルなど、素敵なグッズが揃っておりますので、ぜひお買い求めください。

また、地下の食堂では、中国政府公認の調理師の協力のもと、貴重なネアンデルタール人の骨からダシをとったネアンデルタンメンをご提供しております。この機会にぜひ、人類誕生の味をご賞味ください(1日5杯限定)。

(参考資料:山上たつひこの「にぎり寿司三憶年」)

苦い文学

ポイ捨て禁止

よくあることだが、私たちの車両におかしな人が乗り込んできた。そいつは自分の頭を両手で覆い隠しながら、こんなふうに喚いているのだった。

「やめろ、やめろ! ポイ捨て禁止だぞ!」

もちろん、私たちのうち誰もポイ捨てなどしているものはいなかった。

「やめろ! ポイ捨てやめろ!」とそいつは言いながら、大きな紙袋を取り出した。「ちゃんとこのゴミ箱に入れなきゃダメじゃないか!」

そして、紙袋を振り回し、私たちを睨みつけた。

「俺の頭に想念をポイ捨てするのをやめてくれ!」

この一言で状況がぐんと緊張しだした。ただのゴミの話ではなかったのだ! さらにそいつは喚く。

「お前らはなんでもすぐ捨てるんだ! あのころの夢! 切ない気持ち! 秘めた想い! 野望! 淫らな欲情! なんでもかんでもすぐ捨てやがって! 俺の頭はゴミ捨て場じゃないっての! だから、こっちのゴミ箱に入れてくれ、お願いだから。全部、全部だ、ここに捨ててくれ!」

このときの私たちの恐怖といったらなかった。そいつは私たちを激しく非難し、自分を被害者だと訴えているのだ。いつ攻撃に発展してもおかしくはなかった。

私たちはただ黙っていた。ちょっとのミスが惨事を招くかもしれないのだ。喚き続けるそいつを前に、私たちの恐怖と苦しみはもはや耐え難いレベルに達していた。

そのときだ、一人の男が立ち上がってそいつを怒鳴りつけたのだ!

「お前はなんてことをしてるんだ! ポイ捨てだ? 想念だ? 全部そのゴミ箱に捨てろだと? ふざけるな!」

勇気ある男はそいつを圧倒し、激しい口調で続けた。

「ちゃんと分別しなくちゃダメじゃないか!」

……あのころの夢は「もう燃えないゴミ」に、切ない気持ちや秘めた想いは「ちょっとしたきっかけで燃えるゴミ」に、野望は「有害ゴミ」に、劣情は「リサイクル」に……

苦い文学

POCLANOS

今、韓国の音楽というと、いわゆる K-pop だが、こうした高度に産業化された音楽以外のものも、韓国にはたくさんある。

私はあまり知らなかったのだが、サブスクリプションで音楽を聴くようになって、音楽チャートにも、音楽番組にも出てこないし、ニュースにもならない、それどころか Wikipedia にも登録されていないが、良い音楽を作っている韓国の若いミュージシャンがたくさんいることを知った。

このところ、私がよく聴くのは、インディー系と大きく括られるようなものだ(もっとも、インディー系が何だかもよくわからないが)。

とくに気に入っているのをいくつかあげると、off the menu と wave to earth というバンドでどちらもギターの音がいい。rainbow note という女性二人組はシティポップで、最近、オリジナル曲(Venus)の日本語バージョンを出した。

JISOKURY は、写真やMVをみると、とぼけた兄ちゃんという感じだが、音楽は非常に洗練されている。最新曲の Mindless mind もよい。

김뜻돌(Meaningful Stone)は女性のソロで、この人の 2020 年のアルバム「A Call from My Dream」は、独特の雰囲気があってアルバム全体で聞かせる(これでなにか賞をとったそうだ)。

これらのミュージシャンにはある共通点がある。これは私も最近気がついたのだが、どのミュージシャンも、インディー系の音楽配信レーベル POCLANOS に関係しているか、かつて関係していたのだ。

POCLANOS のサイトを見ると、非常に多くのミュージシャンがこのレーベルを通じて曲を配信しているようだ。中には日本人の名前もある。

私が知っているのは、これらのミュージシャンのほんの一部だが、そこから判断するかぎり、この POCLANOS というのはなかなかやるなという印象だ。

POCLANOS の配信する音楽は聞きやすいものが多いので、ルー・リードの『メタルマシーン・ミュージック』みたいのを探してるという人以外は、このレーベルで何かしら発見があるにちがいない。