散文

カレンの角笛(手首結びの儀式2)

セレモニーが始まるまでの間、私は会場をぶらぶらと歩いて、写真を撮ったりした。正面の脇に台があり、カレン伝統の楽器、太鼓やシンバル、角笛などが並べられていた。人々はその前に立ち、紐のついた角笛を肩からぶら下げたりして、記念写真を撮っていた。

角笛とは、水牛の黒い角で、表面には模様やメッセージが彫られている。中は空洞になっていて、側面に穴が開けられている。そこから吹き鳴らすのだ。

この角笛は、カレン民族のシンボルのひとつで、カレンドラムという青銅製の大きな太鼓と共に、旗などに描かれているのをよく見かける。

私はこの角笛に思い出がある。二〇年以上前に、ビルマに行ったときの話だ。私はヤンゴンのインセインという地区にいた。そこはキリスト教徒のカレン人がたくさん住んでいるところで、私はカレン人の友人に案内してもらい、教会などを見て回った。そのとき、彼は私を小さな店に連れて行ってくれた。カレン人の伝統的な衣装などが売られていた。

そこにカレンの角笛があった。友人はその角笛を取り上げると、珍しがる私のために、穴に口をつけて息を吹いた。

すると、笛の根元と先端から小さな虫がわらわらと出てきた。私たちは笑ってしまったが、虫が巣食うくらい放置されていたようだった。ビルマ軍事政権下ではカレン人の集いはかなり制限されていたから、もしかしたら需要がなかったのかもしれない。

そして、ようやくセレモニーが始まった。会場の前方には横に机が並べられ、若いカレン人たちが男女ペアになって列を作った。先頭に立つ若者が、角笛を鳴らした。虫は出てこなかったし、意外に柔らかい音がした。

風刺・戯文

サムライに関するお願い

外国人のみなさま

日本の将来を憂える私たちは、日本を愛しておられる外国人のみなさまに、切実なお願いがあり、ここにお手紙をお送りする次第です。

私たちのお願いというのは、サムライに関することです。どうか、みなさま外国の方々に、このサムライをきらいになって欲しいのです。

私たちはみなさまが、映画やアニメ、ゲームを通じて、このサムライという歴史上の存在に深い関心をもち、その精神を敬い、その生き方に憧れていらっしゃることは承知しております。ですが、にもかかわらず、私たちは、サムライをきらってください、と申し上げざるをえないのです。

なぜと申すに、その結果、今や日本では信じがたいことが起きているからです。外国のみなさまが、サムライをあまりにも持ち上げるせいで、目立ちたがり屋の日本人がすっかりサムライ気取りになってしまったのです! ついには「日本はサムライの国だ」などとサムライ国家論をぶち上げるバカまで現れる始末です。農民のほうが多かったというのにです。

ですので、外国人のみなさまにお願いいたします。日本を救うために、どうかサムライをきらってください、笑い者にしてください! このままだと、日本人は全員サムライになってしまいます。農民はひとりもいなくなり、日本人は高楊枝のまま餓死してしまうでしょう……

苦い文学

心の病気

ある男が、心の病気の診断書のことを耳にした。心の病気の診断書があれば、すきなだけ仕事を休めるし、給料も毎月ちゃんともらえる、というのだ。

男はさっそく病院に行って心の病気の診断書をくれと言った。すると医者は怒ってつまみ出した。耳鼻科だったのだ。今度は別の病院に行くと、肛門科の医者が出てきて尻を蹴られた。男はあちこちの病院に行き、最後に精神科のクリニックに辿り着いた。

医者は男を診察してこう言った。「申し訳ありませんが、診断書は書けません。あなたの心の病気は私の技術では見抜けないのです」

「なんだと!」と男は医者に掴みかかろうとした。

「まあ、待ってください。この世に、あなたが心の病気であることを診断できる天才医師がたったひとりいます」

「その医者がどこにいるか教えろ」と男は怒鳴った。

「危険な海のはるか向こう、険しい山岳地帯を越えたところにある広大なジャングルの奥地にその医者の小さな診療所がある、と聞いたことがあります」

心の病気の診断書がどうしても欲しい男は、さっそくボートに乗り込んだ。荒れ狂う海を進むボートはやがて見えなくなり、それきり男は行方しれずとなった。「彼はきっと心の病気だったにちがいない」と人々はささやきあった。

苦い文学

処理への偏向

【ザンゲー通信社 コラム:記者のひとこと】
今、日本ばかりか世界中で処理水が議論の的になっています。

そもそも処理水の処理とはなんでしょうか。経産省によれば、処理水とは正確には「ALPS 処理水」のことで、これは原発の放射性物質を含む水からトリチウム以外の放射性物質を安全基準を満たすまで浄化した水のことだそうです。この過程を「処理」と呼んでいるのです。

ですが、皆さんもご存知のように、この「処理」にはほかにさまざまな意味があります。

たとえば「化学処理」とは化学技術を用いたプロセスを完遂することですし、「情報処理」とはコンピュータを用いて情報を別の情報に移行させることです。「事務処理」「会計処理」「経理処理」「財務処理」も大事な「処理」ですね。

ゴミを焼却するのは「ゴミ処理」です。さらには、「脇毛処理」「鼻毛処理」「ムダ毛の処理」など身近な処理もあります。詳しいことは申し上げませんが、「性欲処理」などもあり、キリがありません。

いったい「処理」にはどれくらいの「処理」があるのでしょうか。たくさんありすぎてもう処理しきれません。

こんなにも意味の多い言葉を、国際的に大きな議論を引き起こすに違いない水の名称に安易に使用してしまったことが、はっきりいえば、問題だったと思います。

「処理」などといわずに「汚染浄化水」「安心安全水」「魚がむしろ元気になる水」「社会主義核心価値観水」など誰でもわかりやすい名称を用いていたとしたら、こんなにも近隣諸国を騒がすことになったでしょうか。

これまで我々が「処理」という語に頼りすぎたツケが、いまここにきて大きく現れている、そんな気がしてならないのです。

苦い文学

主役(1)

男は自分が脇役の人生を送ってきたことに気がついていた。そして、自分をそんな境遇に追いやった主役を、いつしか憎悪するようになった。

ある夜、男は鋭い殺意だけを抱いて、街に出た。主役を殺すつもりなのだ。だが、その主役がどこにいるのか、誰なのか、見当もつかなかった。男は主役を探す旅を始めた。影から影へと渡り歩き、やがて、海辺の寂れた町にたどり着いた。

男は薄暗がりに佇み、通りや店やレストランの人々をじっくり見ては、かぶりを振って立ち去った。町の人々は見知らぬ男が町のあちこちでガッカリしているのを見て、好奇心を覚えた。

そこで、ある住民が我慢できずに話しかけた。ちょうど男が「面倒くせえ、この町の連中を皆殺しにしてやろうか」と考え始めていたときだった。

「一体誰を探しているのです」

男は憎悪にギラついた目つきで答えた。

「主役だ」

この返答はすぐさま町中に知れ渡った。「旅芝居の座長に違いない」「いや、有名なドラマ・プロデューサーに似ている」などと町の人々は騒ぎ立てた。だが、物知りの老人が「世界のクロサワの目と同じぐらいの殺気だ」と断言してからは、映画監督だということに決まった。