ライブ

黙ってお三味を弾いてくれ(おまけ)

*タイトルはフランク・ザッパのギター・インスト・アルバム「黙ってギターを弾いてくれ(Shut Up ’n Play Yer Guitar)」のもじり。三味線ではなく「お三味」としたのは、語呂を合わせるため。この言い方はたまたま耳にしたものを使っただけで、義太夫教室で使われているわけではない。

*本文では触れなかったが、「太棹メドレー」の曲目と順番は「ソナエ」「オクリ」「三重」「木のぼり」「めりやす」「わし」「三番叟、鈴の合方」「行列」「野崎村」。先生が準備してくださった三味線独特の記法の「楽譜」を見ながら練習するので、(ある程度は)楽譜を読み解けるようになるのも、このコースの良いところであった。

*卒業発表会の前日は、一の糸(いちばん太い弦)、二の糸(その次に太い弦)を自分で張り替えてくるようにとの宿題。ギターの弦とは違うのでおっかなびっくりやってみる。いちばん細い三の糸は、少し特殊なので、当日、先生方が張り替えてくれた。

*今回の卒業発表会で着用した黒の着物はレンタル。肩衣(クラウス・ノミの上着風)と袴は義太夫協会が用意してくれたもの。襦袢や帯、足袋などは自分で購入したが、これは思わぬ出費であった。着付けは、若い先生方がしてくださった。あまり着崩れしていないので「着物が合っている」と言われた作者は元をとった気分になったとか。

*三味線は義太夫協会から月々 5,000 円でレンタルされたもので、卒業発表会後、返却した。三味線は扱いも難しく、練習も大変だったが、なくなってみると、少しさみしい。

苦い文学

国外追放

【ザンゲー通信社:記者の目———独自の視点でニュースを解説】
アメリカのトランプ政権が、約 53 万人の中南米出身の移民の滞在資格を取り消し、合法的な滞在資格がなければ、国外追放するとのことです。

この 53 万人のうちどれだけが強制送還の対象となるかわかりませんが、これがトランプさんが追放したい移民の全部というわけではありません。アメリカの「不法移民」は 1100 万人以上いるということですから、なかなか大変です。

2024 年のアメリカの強制送還数は 70 万人だそうです。トランプ政権になってから、毎月の強制送還数は減っているということですから、これが今後ペースアップするといっても、いきなり 2 倍 3 倍になるとは考えられません。果たしてトランプさん、任期中に片付けられるのでしょうか。

しかも、強制送還というのは非常に手間と労力がかかります。トランプ政権には法手続きの問題はいっさいありませんから、これは無視できるとしても、「不法移民」の逮捕の問題や、移送までの収容設備と移送手段の確保はそう簡単ではありません。しかも、これらのすべてに莫大な経費がかかります。

強制送還は思ったよりも簡単ではないんです。そこで、アメリカでは「むしろ、逆にトランプ大統領を国外追放したほうが安上がりなのでは」などと真剣に議論されているそうです。

我が国に FedEx で送られてこないことを願うばかりです。

苦い文学

あおり事故をなくすために

私の海外経験はかぎられたものだが、それでもはっきりしていることは、日本の道路はおとなしいということだ。

クラクションが鳴ることは滅多にないし、運転席の窓が開いて罵り合いがはじまることもない。しかし、異国では路上ではクラクションはつねに鳴りっぱなしだし、運転席からは人差し指が突き出されたままだ。

私はこうした海外の騒がしい状況のほうがより安全だと考えている。考えても見てほしい。四六時中クラクションを鳴らされているドライバーが、1回のクラクションでブチ切れることなどあるだろうか。あおり運転だってそうだ。あおりが日常ならば腹も立たないのだ。

思うに日本のドライバーはクラクションや罵り合いに対して耐性がなさすぎるのだ。だから、すぐにカッとなって、痛ましい事故を引き起こすこととなる。

日本のドライバーはもっと耐性をつけるべきだ。もっとクラクションを鳴らすべきだし、もっと罵り合うべきだ。もっともっとあおるべきだ。路上でクラクションが鳴り響くならばきっと事故は減るだろう。

もちろん、それでも激怒せざるをえないようなトラブルだってあろう。そんな時は気をじっと静めてほしい。あおりや無茶な運転などせずに、落ち着いて外に出て、トラブルの原因となった相手のドライバーと向き合ってほしい。

そのときには、高速だろうとなんだろうと、あらゆる車はストップし、ほかのドライバーたちも車を降り、輪になって見守っているはずだ。

そして、すべての車のオーディオから爆音で Beat it が流れだす。ふたりのドライバーたちは片手を縛りあう。もう片方の手には飛び出しナイフがきらめく。命をかけた決闘が始まるのだ!

車同士のトラブルもこのような形で解決すれば、あおりによる痛ましい交通事故は激減するのではないだろうか。

風刺・戯文

マスク・ショック

今日から私はマスクなしで外に出ることにした。もうマスク生活とはおさらばだ。

商店街を堂々と歩く。人々はまだマスクをつけている。同調圧力とはなんと哀しいものではないか。

私はふと視線を感じた。目をやると、マスクをつけた男が険しい顔で私を見つめている。さてはマスク警察か? だが、よく見るとそれはショーウィンドーに映った私だった。いつのまにマスクを! 私はマスクを外すと再び歩き出した。

眼鏡屋に入った。似合いそうなメガネを選びだし、試着して鏡を覗き込んだ。ああ! またマスクをしているではないか! 私はマスクを慌てて外し、再び鏡を見た。だが、まだマスクが鼻と口を覆っている!

「ああ、ああ!」 私はマスクを剥ぎ取った。するとその下に新たなマスクが現れた。取っても取っても際限なくマスクが現れた。

「おおおお」 私の足元はたちまちマスクだらけになった。狂ったようにマスクを外し続ける私は、やがてへたり込んだ。店員が駆け寄ってきた。「お客様、どうされました?」

私は我に帰る。見回すとマスクなどない。どこにもない。「いえ、ちょっと……大丈夫です」と私は立ち上がり、店を去った。

どうやら、長いマスク生活から急にマスクなしに変えたため、ショック状態に陥ったものらしい。急性マスク障害だという。ひどい場合には、混乱して顔中をかきむしり、血まみれになることもある。

人々がマスクをつけていたのは、同調圧力などではなく、急性マスク障害の予防のためであった。私も今では少しずつ体を慣らす毎日で、いつかマスクなしで暮らせる日を夢見ている。

苦い文学

暴走族抗争秘話

昔、暴走族華やかなりしころ、私の住んでいた千葉の田舎で有名だったのはグループ・レッド・ゾーンという集団であった。彼らは「GRZ」の略称でも知られていた。

その名はさまざまな凄惨な噂とともに語られ、中学生であった私の心胆を寒からしめたものだった。

だが、当時は教師も平気で暴力を振るっていたから、これら「族」の若者たちがひどく乱暴なのも当たり前であった。彼らは夜な夜な繰り出しては、けたたましい音を立てて走り回り、グループ間の抗争に明け暮れていた。

当時、もう一つ有力な暴走族にグループ・ブルー・ゾーン(GBZ)という集団があった。

あるとき、GBZがGRZのところに行くと、GRZはなにやら悲しげだ。心配になったGBZが尋ねるとこう言うのだった。

「俺たちはこれまで街の奴らやポリ公に迷惑ばかりかけてきたが、これからは仲良くやっていきたいのだ。だが、街の奴らは俺たちを不良だと決めつけて相手にしないのだ」

そこでGBZは一計を案じ、GRZに打ち明けた——————

その夜、GBZはいつものように夜の街に繰り出し、町中が飛び上がるような爆音を響かせ、道ゆく人々に乱暴狼藉を働いた。

そこに現れたのがGRZだ。GRZは街の人たちを助け、GBRを追い出した。GBZの作戦のおかげで、街の人々はGRZを見直し、互いに仲良くなったのであった。

ある日、GRZが礼を言おうと、GBZのアジトに行くと、そこはもぬけの殻で、置き手紙が一通あるだけだった。

GRZがその手紙を開くと、次のようなことが書かれていた。

「ブオンブオンバババババババ、ブオンブオーン、パパパピパピプパ、ブオオオーン」

GRZは何度も読み返しては涙を流した。

以上は、私たちの地域に伝わる「泣いたグループ・レッド・ゾーン」という物語である。