風刺・戯文

熊の郷

熊が人里に降りてきて、人々に乱暴を働きだしたとき、私たちはこう考えた。

「熊に人間の食べ物を食べさせなければこなくなるだろう」

だが、もはや「食べさせない」が通用する段階ではなかった。熊はすっかり味をしめていたのだった。そこで、私たちは熊を全滅させる計画を立てたが、熊権派の活動家たちが余計な告発をしたせいで、裁判所は全滅差し止め命令を下した。

「ならば、熊が絶対に人里に降りてこないようにしてやろう」

私たちは山奥に侵入すると、密かに広大な囲いを建設し、そこに熊を閉じ込めた。そして、囲いの中に熊の好きなハチミツパンやアップルパイ、マロンケーキをいくらでも作り出す装置を設置した。これには食通の熊たちも唸りっぱなしだった。

そればかりではない。私たちはこの「熊の郷」にずっと熊がいたくなるように、毎日、愉快で楽しい熊向けの動画を無料配信するサービス「ネットフリックマ」も開始した。

そこはまるで熊の楽園だった。熊はもはや人里に姿を見せなくなり、傷つけられる人もいなくなった。ついに成功かと思われた。だが、しばらくして、私たちは再び熊が山から降りてくるのを目撃した。

「なにごとか」と私たちが慌てて熊の郷の囲いの中に入ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。侵入者たちが住み着き、熊たちを追い出していたのだ。侵入者たちは木陰でアップルパイをほおばりながら、ネットフリックマを楽しんでいた。その顔はまるで蛇のようだった。

楽園を追い出された熊は、もはや人を襲わなくなっていた。愉快で無情な配信動画が熊の野生と暴力を吸収してしまっていたから。サブスクリプションは無料にかぎり呪いとなるのだ。

今や、熊たちは町外れのキャンプで、UNHCR の支援を待っている。その様子を私たちは配信動画でときどき見る。

苦い文学

スキマ人

貧富の格差がますます広がり、貧困層はもはや本業だけでは生きていくことができなくなった。いまやスキマ時間を活用して稼ぐしかないのだ。

スキマ時間で稼げるような仕事はスキマの仕事だった。人々は、スキマを見つければ見つけるだけ金になることを知った。スキマこそ金だったのだ。人々はスキマの仕事を求めて、社会のスキマの奥へ奥へと入り込んでいった。

そのいっぽうで、富裕層の世界も激しく変化を遂げていた。進歩したテクノロジーによって富裕層はますます豊かになり、超高性能 AI が貧困層の本業を根こそぎ奪っていった。本業を失った貧困層に残されたのはスキマだけであった。

貧困層は、さらなるスキマを目指した。社会の最奥に沈潜し、知覚の閾値以下の空間に身を隠した。スキマに適応して進化した結果、貧困層は完全に社会から見えなくなった。富裕層は貧困層の存在を感知することもできなくなった。

貧困層は極小のスキマでのびのびと手足を伸ばし、繁殖し、発展し、やがて独自のスキマ文明を築き上げた。

そして———世界をスキャンする富裕層のある科学者が、不可解な生命反応を観測した。科学者は分析のすえ、次のような結論に至った。

「この世界には私たちとは異なる生命体が潜んでいる。私はこの生命体をスキマ人と名づけよう。もし、ファーストコンタクトが実現すれば、私たちはこの知的生命体から高度な科学を学ぶことができるかも知れない」 

科学者がそう発表すると、富裕層の社会は猛烈な批判を浴びせかけた。科学者は学会を追放され、地位も信頼もすべてを失った。そして、ある日突然姿を消した。

弟子たちは、科学者がスキマに消えたと証言している。

苦い文学

救命胴衣の説明

どんなに声を出し、身振り手振りを交えて、懇切丁寧に説明したとしても、誰ひとり聞いてくれないとしたら、それはつらく悲しいことではないだろうか。

私は、飛び立つ前の機内で、救命胴衣の説明をしてくれる CA たちの健気な姿を見るたびに、そう思っていた。

実際、いま旅立とうとしている乗客や、ようやく帰途につこうとしている乗客たちにとって、救命胴衣の話ほど興味のわかないものはないのだ。

日頃からそんな想いをもっていた私は、先日、飛行機に乗ったさい、CA の救命胴衣の説明をちゃんと聞いてあげようと心に決めていた。乗客の安全を第一に考えてくれる CA たちを応援しないで、いつ応援するというのだ。

やがて乗客が揃い、CA たちは通路の真ん中に立った。そして、黄色い救命胴衣を手に説明をはじめた。これがどこにあって、どんなふうに着用し、どうやって膨らませるか……。

CA たちに目を向ける乗客はひとりもいなかった。機内での暇つぶしや仕事の準備をしたり、ガイドブックを広げたり、それぞれのことに夢中だ。

だが、この私だけは、CA に真剣な眼差しを向けていた。ふんふんとうなづいたり、メモを取ったりした。「ここに聞いている人がいるよ、あなたのしていることは無駄ではないよ」 そんなメッセージを伝えたかった。

私の気持ちが通じたのか、CA の説明もいつもより熱が入っているような気がした。救命胴衣の説明は CA と乗客の最初の共同作業なのだ……そんな想いにふととらわれた。

説明が終わると CA たちは慌ただしく離陸の準備に移った。私がその光景を満足げに眺めていると、すでにゆっくりと動き始めていた飛行機が急停止した。

なにごとかと思っていると CA たちが早足で私のところにやってくる。「お礼でも言いにきたのかも」と思って、にこやかに笑いかけた私を、CA たちは席から立たせ、飛行機から降ろしたのだった。

テロリストだと疑われたのだ。

「救命胴衣の説明をこんなに熱心に聞く人などいるはずがない。絶対に怪しい」というのがその理由だ。

苦い文学

国防機密漏洩罪

今回の W 杯でもそうだが、観戦に行った日本人が、試合後、ゴミ拾いを行なったことがしばしば報じられる。これについて、日本人の美点と賞賛する人もいれば、批判的な見方をする人もいる。

私は、批判的どころか、怒りすら覚える。国外でこうした自発的清掃行為を行なった国民を、帰国次第残らず逮捕すべきだと、強く要請したい。なぜならばこれは国防に関する機密の漏洩にほかならないからだ。

というのも、戦争が始まり、我が軍の部隊と敵軍の部隊が対峙している最中に、敵軍が狡猾にも、我が軍の陣地周辺にゴミをばら撒いたらどうするのだ。

日本兵は銃を放り出してゴミを拾い出さずにはおられないではないか。トングとゴミ袋を手に誇らしげにだ。そこを敵軍が狙い撃ちすれば、我が軍はたちまち壊滅してしまうだろう。

美点は同時に弱点でもある。そんなことも知らずに、世界が見ている中、のんきにゴミを集めて得意になるのは、利敵行為以外のなにものでもない。

海外に行ったらゴミなど拾ってはいけない。むしろ逆に積極的にポイ捨てし、よろしくカモフラージュに努めるべきなのだ。