旅・観察

イブン・ハルドゥーンの像

チュニスの目抜通りの起点、古いカテドラルの前に小さな広場があって、イブン・ハルドゥーンの大きな立像がある。チュニスを観光する人は必ず通る場所だ。

イブン・ハルドゥーンは昔の偉い人だ。チュニス出身で、今でも読まれるような本を書いた。日本語訳もある。

ジャスミン革命前はその像が立っているきりで、私は何度か写真を撮った。革命後に行くと、イブン・ハルドゥーン像の前に「I ♡ TUNIS」という残念なモニュメントがいつの間にかできていた。イブン・ハルドゥーン像の写真に必ず入り込むので、私は写真を撮るのをやめた。

それからしばらくして「I ♡ TUNIS」が像の後ろに移動させられた。今では像の前に軍用車が止まっている。銃を持った兵士がその周りに立っている。面倒なことになりそうなので、私は写真を撮るのをやめた。

Sさんが、このイブン・ハルドゥーン像についての逸話を話してくれた。有名な彫刻家がこのチュニジアのシンボルといってもいい作品を任された。台座から足、そしてその上の胴体へと彫っていく。そして、ようやく顔に取りかかろうというときになって、彫刻家は気がついた。イブン・ハルドゥーンの顔がわからない、と。記録などないのだ。

彼は結局、鏡を見ながら自分の顔を彫った。

完成して、当時の大統領であるブルギバの前でお披露目することになった。ブルギバはイブン・ハルドゥーン像を見るや、隣にいる彫刻家の顔を指して、「お前の顔じゃないか」といったそうだ。

苦い文学

激白記事

《記事タイトル》
【激白研究者が激白激減の原因を激白!】

《記事の内容》
・本記事は「激白」を研究する研究者が発表した「激白が激減した原因を明らかにした論文」について報じたものである。
・「激白」とは、辞書によれば「ニュースなどで取材された人が衝撃的な内容を隠さずにうち明けること」とされる。
・「激白」を報じた記事を「激白記事」と呼ぶ。
・論文では、この「激白記事」の出現回数を過去 30 年に遡って調査。
・その結果、2010年代初めから「激白記事」が激減していることが明らかになった。
・論文によれば、激白が激減した理由について4つの仮説があるという。

(1) 記者のレベルが低くなったため、激白を引き出せなくなったという説。
(2) 激白はどこかダサい人がしている印象があるため「激白ダサい」とする風潮が広がったためという説。
(3) SNS や 動画配信の普及により、過激な発言が一般的になったため、ちょっとやそっとの発言では激白にならなくなった、という説。
(4) 激白の減少には炎上の増加が関係している、という説。

・「いずれにしても、現代ほど激白の困難な時代はないと言えそうである。」と記者はまとめる。

《関連記事》
【激白研究者があの激白研究の捏造を激白!】

苦い文学

退去強制

外国人だと間違われた日本人が入管に収容されたという、信じがたいニュースを聞いた。

吉田というその男性は、職務質問で外国人だと決めつけられ、不法滞在者として入管に連行されたのだという。吉田さんは免許証や身分証などを見せて日本人であることを訴えたが、偽造だと一蹴され、粛々と手続きが進んだ結果、とうとう退去強制令書が出されたのだという。

しかし、日本人をどこに強制送還できようか。そんなわけで彼は入管の収容所に移されたのだという。

だが、さらに驚くべきは、入管収容所には、吉田さんのほかにもたくさんの日本人がいたということだ。

それらの日本人たちは、入管の職員をはばかって、チャンとかミンとかアリとかヤンとか互いに呼び合っていたのだが、吉田さんが日本人だと知ると、本当の名前をこっそり教えてくれたのだそうだ。

さて、吉田さんは、幸運にも入管から出ることができた。その窮状を知った知人が方々に働きかけてくれたのが功を奏したのだという。

今回の出来事について、ニュースでは弁護士はこう指摘していた。

「日本人を外国人だといって、外国人にのみ出される退去強制令書を使って日本から排除しようとするケースがたびたび起こっています。これは退去強制令書が悪用されているといっていいでしょう。このような悪用がなくなるように、日本人を面倒な手続きなしにそのまま国外退去処分できるような枠組みを作るべきです」

風刺・戯文

カッパの忠告

日本のみなさま

突然のお手紙、失礼いたします。

私どもはカッパでございます。私どもは、みなさま日本人との間に起きたとある出来事により悲しみと悔しさを感じており、この気持ちを包み隠さず申し上げたくお便りする次第でございます。

私どもカッパは古くからこの日本に暮らすものでして、みなさま日本の方々とひそかに共存してまいりました。私どもの住処は水中にてございます。普段は、水にたゆたい、空腹になると魚や藻などを食す、のどかな暮らしをしておりますが、ときおり観光に出かけます。

観光と言いますのは、日本のみなさまの世界にお邪魔することでして、私どもカッパは姿を人間に変えて日本観光を楽しむのでございます。

先日、その観光の最中に、まことに悲しむべきことが起きました。もともとは私どもカッパの不注意に端を発するものでしたが、事態は悲惨な方向に進んで行ったのでございます。

私どもカッパの若者たちが、みなさまの回転寿司で迷惑行為を行ったとして、乱暴狼藉の被害者となったのです。

私どもカッパは、寿司、特にカッパ巻きが大好物でございます。あまりに好き過ぎて、この寿司にちなんでカッパと自称するようになったほどです。

それぐらい大好物なものですから、カッパの若者たちはさっそく回転寿司でカッパ巻きを注文して次から次へと平らげました。ここで申し上げておきたいのは、これらカッパの若者たちはそもそも未熟なものどもですが、はじめての日本旅行ということもあり、すっかり夢中になり、人間の姿を失ってカッパに戻ってしまったのです。

すると、とんでもない悲劇が持ち上がりました。周囲にいる日本人の方々が、カッパの若者たちを捕まえ、殴り、足蹴にしたのです。そのさいに人々はこのように叫んでいたとのことです。

「こいつら、頭に皿を乗せているぞ! とんでもない迷惑行為だ!」「晒せ! 晒せ!」「損害賠償だ!」

私どもカッパの若者たちは、あまりの出来事に恐れ慄きましたが、幸いにもカッパならではの素早さで逃げることができました。さもなければ、殺されていたことでしょう。

これは確かに悲しい出来事です。ですが、私どもカッパが本当に悲しく悔しいのはこんなことではありません。

なによりも悲しかったのは、日本のみなさんに見えていたのが、迷惑行為だけだったということです。私どもカッパの本物をその目で目撃したにもかかわらず、みなさんは驚きもせず、恐れもしませんでした。つまり、まったく見えていなかったのです。

いったい、日本のみなさんはどうしてしまったのでしょうか。みなさんは迷惑行為しか見えなくなった、ということなのでしょうか。

もはや私たちカッパを怖がったり、面白がったりした、かつての古き良き日本人はいなくなってしまったのでしょうか。

吊し上げて晒すのは、干物だけで十分ではありますまいか。

苦い文学

魔法の指輪

平助が短期留学していた時のことだ。ひと月の語学研修の終わりに、希望者でバス旅行に行くことになった。古代の遺跡や砂漠を旅して回るのだ。

ツアーにはいろいろな国の人が参加していたが、その中に韓国人の女の子がいた。

別に親しいわけではなかったが、ある晩、彼女が指につけた指輪を見せて、街でいろいろな男に言い寄られるのを避けるためだ、と平助に説明してくれた。

平助はとてもよいアイディアだと感心したが、その魔法の指輪は、同行者のドイツ人の男は追っ払えないということが明らかになった。

そのドイツ人は平助よりも年上で、休暇をとってこの国で勉強していたのだが、あるとき、缶ビール片手に、彼女のところにやってきて、こんなことを言ったのだ。

「どうして犬を食べるのだ」

韓国の女の子は困った顔をした。

「どうして犬を食べるのか」

ドイツ人はもう一度言って、バカにしたように笑った。

平助はこの様子を見て「犬ではなく、ユダヤ人を食べていたらドイツ人の態度もまた違ったものだったろう」と思った。