旅・観察

水と言語

今回の訪問で、もうひとつ気づかされたのは水の問題だった。

ベルベル語の話者の減少は、住民の流出と村の過疎化によるものと、私はただ漠然と捉えているに過ぎなかった。その背景に水不足があることには思いいたらなかった。水不足が村の生活を徐々に脅かし、これが人々を村から離れさせる。そして、私たちがターウジュート村だけでなく近隣の村でも見たように、空き家をひとつまたひとつと増やしているのだ。

「昔は緑がいっぱいで、雨もたくさん降った。家では羊を四〇頭も飼っていた。だが今は放牧のための草も生えていない。どの家にも、果物も野菜もふんだんにあったけど、今はマトマータから運んできた野菜を買わなくてはならない」とSさん。

村に最初に入ったとき、Sさんに甦ったのも水の記憶だった。「昔はここに水が溜まってプールみたいになっていたもんだ」 だが、Sさんが指差したその場所は、太陽の光の下で乾き切っていた。

また、ジェルバ島の陶芸工房でSさんはベルベル語の「粘土」を思い出し、子どものころに使ったきりだと語ったが、後でこう付け足してくれた。

「もう雨が降らないから、村では土が粘土になることなどない。こうやって言葉がなくなっていくんだ」

どうして水がなくなるのか、私は詳しい事情はわからない。思いつくのは地球温暖化ぐらいだが、それも東京の夏のひどい暑さからの類推に過ぎない。だが、ターウジュート村、そして周辺の村の水不足はここ数十年のあいだに起きたことだという、Sさんの印象をもとに判断するならば、まんざら無関係ともいえないように思う。

私は、ターウジュートという小さな村を訪問したに過ぎなかったが、そこで起きていることは、来る前には思いもよらなかった広がりを持っていた。

苦い文学

時間旅行

今回の旅は、カタール航空でドーハ経由でベルリンに行った。成田からドーハに向かう飛行機で私は携帯を充電しておきたくなった。

iPhone 15 なので、USB Type-C のケーブルで充電する。だが、座席のモニター周辺には昔の USB の差し込み口があるだけで、Type-C 用のはなかった。そんなわけで結局、充電することはできなかった。

だが、ドーハの空港に着いてみると、あちこちに充電する場所があった。Type-C 用のポートもあった。そして、ドーハからベルリンに向かう飛行機にも、モニターの下に Type-C 用接続口があった。

ベルリンでの滞在が終わり、私は再びドーハに向かった。飛行機の中で iPhone を充電しながら、ドーハの空港に着き、空港でも充電した。だが、日本行の飛行機の中では充電はできなかった。なぜなら、Type-C 用ポートがなかったからだ。

これはつまり、と、飛行機の中の私は考えた。時間を旅しているということではないだろうか。 Type-C が当たり前の世界と、昔の USB の長方形の差し込み口しかない過去の世界をドーハ経由で行き来しているのだから。

私はそれに気がつくと、スチュワーデスを呼んでコーヒーを持ってこさせ、タバコに火をつけた。

苦い文学

記憶とは何か

私たちは自分が寝ていることを覚えているでしょうか。なるほど、寝た、という記憶はおそらく誰にもあるにちがいないでしょう。ですが、寝ている、という記憶はないのではないでしょうか。

寝た、という記憶とは、つまり、私たちが「寝た」という覚醒後の印象についての記憶です。私たちはこの「寝た」と感じた記憶から、それ以前に「寝ていた時間」の存在したことを推論しているのです。ですから、これは寝ている間そのものの記憶ではないのです。

では、その「寝ている記憶」はどうでしょうか。山を登っているとき、私たちは少しずつ山道を登り、少しずつ疲労を感じ、そしてときどき目にする素晴らしい風景にその疲れが吹き飛ぶのを感じます。このプロセスは登山から帰宅した後になっても「登っている間そのものの記憶」として私たちの心の中に残っています。

ところが「寝ている記憶」はこのような「登っている記憶」とはまったく異なるのです。私たちにはプロセスとしての「寝ている記憶」は存在しないのです。

ですから、私はこの国会の場で堂々とお答えするつもりであります。私が審議中に寝ていたかという質問ですが、この件に関してましては、まったく記憶にございません。(「寝ぼけたこと言うな!」というヤジ)

苦い文学

AI 時代の隠者(1)

AI から隠れたひとりの男がいる。

その人は、自分について電子的に記録された、あるいは記録されうるすべての事柄、つまり経歴、公的記録、写真、メッセージなどの情報が AI に学習・利用されないように消去し、そのうえで AI の手の届かない人里離れた僻地に暮らしているという。

私はサミュエル・バトラーの『エレホン』を手がかりに、その人物の居場所を突き止め、単独取材を敢行した。

木造の粗末な家にひとり住む彼は、私の来訪を快く受け入れてくれ、その暮らしぶりを包み隠さずみせてくれた。

「ここにはインターネットはもちろん電話もありませんから、もっぱらすることといえば自給自足のための農作業、そして読書ぐらいです」

「不便はない、ということでしょうか」

「いいえ、不便なことは不便です。ですが、どんなに便利であろうと、 AI の餌になることだけはごめんです」

「AI の餌?」

「AI の学習のための素材ということですよ。人生が最終的には AI に学習されるためだけだとしたら、それに何の意味があるでしょうか。私たちの生は、ネットの情報以上のなにものかでなくてはなりません」

私は彼の考えに感銘を受け、また彼が作ってくれた AI フリーの食事にも感心したのであった。

苦い文学

科研費獲得必勝法

科研費とは、日本学術振興会が交付する研究費助成金だ。これは競争的資金で、申請書に研究計画や必要な予算を書いて応募しなくてはならない。応募種目にもよるが、3割弱の採択率だ。

科研費を獲得するためには、よい申請書を書くのが鍵だと言われている。どんなによい研究でも、審査する人に伝わらなければ採択される可能性は低いからだ。

私自身は科研費申請書の書き方について何か知っているわけではないが、聞いた話によれば、小学生にもわかるようにわかりやすく書くことが大事なのだという。

審査する側は、応募された研究課題の専門家ではないことも多いので、小学生にもわかるぐらいに、という気持ちで丁寧に書かねばならない、ということであろう。

また、高度な事柄を小学生にわかるくらいに書く、というのは実際には大変なことだ。それができるということは、その研究を遂行するだけの経験と能力があることの証ともなろう。

あるとき三人の優秀な研究者が、だれの科研費申請書がもっとも優れているかで口論になった。

一人の研究者が言った。

「よい申請書とは小学生にもわかるくらいわかりやすく書かれている、というではないか。ひとつ小学生に読ませて判定してもらうとしよう」

他の二人もこれに同意して、さっそく公園に行って、いかにも利発そうな顔つきの小学生を連れてきた。

一人目の研究者が自分の科研費申請書を小学生に差し出した。

「読んでごらん」

小学生は初めから最後まで読むとこう言った。

「とても興味深い研究ですね。頑張ってください!」

最初の研究者はこれを聞くと満足げに仲間を見た。次に二人目の研究者が自分の申請書を小学生に渡した。

小学生は最後まで目を通すと、目を輝かせて言った。

「読んでとてもワクワクしました! 将来は研究者になって、こんな研究をしたいです!」

二番目の研究者は得意げに仲間を見た。そして三番目の研究者の申請書が小学生に渡された。

小学生はその申請書を読み出したが、途中まで読むと、放り投げ、走り去ってしまった。

二人の研究者は顔を見合わせたが、三番目の研究者は黙っていた。結局、二番目の研究者が勝ちということになった。三人が帰ろうと立ち上がったとき、小学生が大慌てで駆け戻ってきた。

そして三番目の研究者の前に立つと「ぜひこれで研究を進めてください!」と言って、虎の子のお年玉を差し出した。

願わくば、私たちの科研費申請書もかくあらんことを。