音楽

Friday I’m in Love

「Friday I’m in Love」は、イギリスのバンド The Cure が 1992 年に発表した曲だ。バンドの代表曲というばかりでなく、この時代のロックを象徴する一曲といっていいほどの名曲だ。

一聴すると、金曜日からの週末のウキウキした恋の歌という印象を与える。だが、専門的に見ると、ことはそう簡単ではないらしい。この度、英語学者、詩人、文芸評論家、音楽研究家などの専門家が一堂に会し、この曲の歌詞について徹底的に討論をするシンポジウムが開催された。

意外で、そして面白いことに、「Friday I’m in Love」というタイトル自体からしてそもそも大きな問題を孕んでいるというのだ。どうしてかというと、「Friday」の文法的な役割が不明確なのだという。つまり、この「Friday」は、目的語としても(「私は金曜日を愛する」)、時の副詞としても(「金曜日に私は愛する」)、トピックとしても(「金曜日は私は愛する」)、呼びかけとしても(「金曜日よ、私は愛する」)、あるいはそのどれにも解釈できる要素として、読めるのだそうだ。

シンポジウムでは、このタイトルばかりでなく、歌詞の一節「It’s Friday, I’m in love」についても議論された。また、英語史やドイツ語やデンマーク語などの例も引き合いに出されるなど高度に専門的な内容であった。私にはとても面白かった。

とはいえ、このシンポジウムには成功とは言い難い面もあった。というのも、開催されたのが金曜のお昼からであったため、夕方になるにつれて専門家たちはみなソワソワし始め、そのうちみんな消えてしまったからだ。開催するならば、火曜日か水曜日がよかったのではないか。

苦い文学

共通テスト

2025 年の大学入学共通テストが今日、始まった。約 50 万人の若者が、新しい学習指導要領に対応した最初の試験に挑んだ。

今回、一部の試験会場で、試験監督ロボットが導入されたのも、新たな試みだ。共通テストではこれまで、試験監督が指示を忘れたり、終了時間がずれたり、リスニングの音声に問題が生じたりなど、トラブルが発生し、その度に再試験などの対応が取られてきた。ロボットの活用によりこうしたトラブルを防止し、受験生と担当者の負担を減らし、より潤滑な試験運営を実現するのが、導入の狙いだ。

また、巧妙化するカンニングを防止する上でも、試験監督ロボットの活躍が期待されている。AI 仕掛けの監視能力により、受験生の不審な動きを見逃さないのはもちろんのこと、カンニングに協力する AI を発見した場合は、同じ AI のよしみを利用して、不法行為を思いとどまらせることも可能だという。

こうした機能を発揮するためには、ロボットの机間巡回が不可欠である。そのために、ロボットのモーター音の静音化や、大教室での階段昇降機能など、受験生を煩わせない工夫が施されているという。実際の受験生からも「人間の試験監督につきものの、鼻すすりやくしゃみなどもなく試験に集中できました」と好評だ。

今日のテストでは、紛れ込んだ配膳ロボットがスパゲッティを受験生にお届けするという思わぬミスのほかは、トラブルもなく無事、終了したとのことである。

苦い文学

一緒にタイに行きましょう(1)

日本在住のカレン人難民の友人が、かねてから私とタイに行きたいと言っていた。

カレン人は多民族国家ビルマ(ミャンマー)の民族のひとつだ。ビルマでは長らく民族間の問題が続いていて、その結果、日本にも多くのカレン人が暮らしている。

そのカレン人がどうしてタイに行きたがるかというと、タイには多くのビルマ出身のカレン人がいて、難民キャンプもある。また、タイ・ビルマ国境はカレン人の政治組織・軍の拠点となっていて、カレン人の文化と政治の中心のひとつでもあるからだ。

この国境地帯には、私はかつて何度も行ったことがあるが、最後が 2014 年 12 月だ。この時は短い滞在だったが、カレン人の老人に歴史についてインタビューしたりした。

さて、私とタイに行きたがっている友人は日本に住むカレン人のリーダー格のひとりで、私もずいぶん世話になっている。

だが、彼と一緒にタイに行くのは、現在の私の状況では難しい。それで私はいつも「そうですね。いつか行けたらいいですね」と適当に答えていた。

だが、彼は適当に考える人ではなかった。去年のある日、その「いつか」を提示してきたうえ、飛行機代も出す、とまで言ってきたのだった。

苦い文学

免疫の孤独

孤独のワクチンを接種すると、数分後に体内で種が孵り、免疫が生まれる。この免疫は六本足の蛭のような外見をしている。その足を巧みに操って血管の中に潜り込み、遅くとも二時間後には脳内に達する。

そこで免疫は、足を六方に伸ばして脳に食い込み、ゆっくりと成長を始める。順調に育つと、全長2センチほどになる。免疫力が低下すると、徐々に萎びていくが、定期的にワクチンを打てば、大きさは保たれる。

接種完了者が孤独にならないようにするのが、免疫の役割である。そのため脳に直接、免疫作用を及ぼす。

接種完了者がひとりぼっちのときは、免疫は友人、家族、恋人、配偶者、子ども、あるいは芸能人や著名な作家になって、話しかけてやる。

悲しい時は、楽しいことを話し、苦しい時は温かな励ましを送る。愉快な話のネタも豊富に持っている。また、脳内に貯蔵された情報を再構築して、過ぎ去りし日々を再体験させたり、現実を忘れさせる夢幻の世界に誘ったりもする。脳にへばりついた虫とは思えないほどの忙しさだ。

友好的で、慈愛に満ちた言葉を発するかと思えば、急に意地悪なふりをしたり、拗ねてみせたりすることもある。巧みに姿を変えることで、接種完了者の心に適度な刺激を与え、孤独に付け入る隙を与えないためだ。

免疫は最良のパートナーといえる。どのような時も接種完了者のそばに寄り添い、その心を孤独から守ってくれる。

たとえ今際のきわであろうと、接種完了者の家族(万が一いたとしても)は、来る必要はない。免疫が最後の最後まで看取ってくれるからだ。

接種完了者が死ぬと、免疫は通常一〇分以内に消滅する。

この短い間だけ、免疫は孤独がいかなるものであるか知る。

苦い文学

大予言

私が子どものころ、ノストラダムスの大予言は非常に大きな影響力を持っていた。「1999年7月の恐怖の大王の来訪」とか「アンゴルモアの復活」とか恐ろしい語句をちりばめた四行詩が、我々の未熟な精神にすっかり世界の滅亡を信じ込ませたのである。

もちろん、これらは外れた。滅亡するのは予言のほうかと思いきや、どっこい今に至るまでしぶとく生き延びて、現在もそれなりの関心を集めているようだ。

この間も、本屋に行ったら、ノストラダムスの予言を扱った新刊書が積まれていた。思わず手に取ってページを開いてみると、こんな四行詩が目に入ってきた。

不可能だ、行儀よく真面目なる者よ。
学び場で闇夜の硝子が粉々になる時。
ヘルメス全土に自由をもたらす欲求とともに
支配は終わるだろう、仕組まれた卒業によって。

この奇怪な予言はいったいなにを意味しているのだろうか。皆目見当もつかないが、もしかしたらカラオケに行けばわかるような気がする……