旅・観察

ひとつの皿

私が村でどんなものを見たか、どんな人に会ったかは、ここではあまり書かない。Sさんのおじの家に招かれると、そこには朝食が準備してあった。

ホテルですでに食べたので「二度目の朝食だ」とSさんが笑う。

テーブルの真ん中に平皿が置かれ、薄い黄色の液体が入っている。これはオリーブオイルとシャーミーヤという甘い胡麻のペーストを混ぜたものだ。家の主人がパンをちぎってそれをつけて食べる。私も同じ皿からパンですくって食べた。二度目だというのに食べ過ぎてしまった。

それからソファのある部屋に移動する。別の親戚たちが集まってきて、歓談をしている。みな老人だ。ターウジュート村に限ったことではないが、村にいるのは老人と子どもばかりだ。若い人や働ける人はガベスやチュニスに行ってしまった。帰ってくるのは夏休みだけだ。

私がベルベル語を勉強していると聞くと、老人のひとりが喜んで「あなたと私は兄弟だ」と言ってくれた。かなり年の離れた「兄弟」に若干ひっかかりを覚えたが、あたたかい言葉だ。

お茶を出してくれた。小さなグラスに甘いお茶が入っている。アーモンドを入れた「緑の茶」や、濃くて苦味のある「赤い茶」を飲む。

話しているといい匂いが漂ってきた。テーブルが運ばれてくる。昼食だ。

真ん中に大皿がある。山盛りのスパゲティの上に細長いピーマンとじゃがいもを揚げたもの、そして肉の塊が乗っかっている。大皿の脇には、パンと、サラダの皿、オムレツの皿、焼き肉の皿が置かれている。山羊の肉だそうだ。

四人で大皿を囲むように座る。フォークを渡される。老人のひとりがフォークで大皿のパスタを巻いて食べはじめた。私も同じ皿にフォークを突っ込んで食べた。日本流に麺をすすらないように注意して食べたが、ときどき忘れてしまった。

隣に座る私の「兄」が気を遣って、私の手の届かないところにある焼肉やオムレツ、パンを次から次へと取ってくれた。私も次から次へと口に入れ、お腹いっぱいになった。

昼食後、私たちはこの家を後にした。強い日差しのなか、村を歩いて一周し、車に乗ってマトマータに戻った。

後で、Sさんは「あのとき私たちはいったい何杯お茶を飲んだ?」と笑った。

小説

神のみぞ知る(3)

「それは『赤信号はみんなが渡るときがいちばん怖い』という言葉です」とドイツ人は答えた。

「確かに日本と逆ですね。で、どんな意味なのですか」

「ドイツの歴史についてはご存知でしょう。私たちドイツ国民はかつて恐ろしい犯罪を犯したのです。どうしてそんなことが起こったのでしょうか。どうして『殺すな』という聖書の教えをあれほど簡単に破ることができたのでしょうか。それは私たちドイツ国民がみんなでルールを破ったからなのです」 

ドイツ人はしばし沈黙した。「そうなのです。私たちは学んだのです。みんなで赤信号を渡るとき、とても恐ろしいことが起こるのだ、と。ちょっとあれを見てください!」と、彼が指差したその先には歩行者用の赤信号があった。

「あの赤信号の人物が、両手を広げて立っているのは、ああやって、後ろからやってくる人々が赤信号を渡らないように、防いでいるのです。そうやってドイツ国民ひとりびとりが自分の責任においてルールを守ろうとしているのです。歴史を繰り返さない、そういう固い決意があの赤信号に込められているのです!」

これを聞いた日本人は大いに感動したというが、ここで、真偽のホドについては、もろもろひっくるめて、それこそ神のみぞ知る、であるということを注記しておきたい。(おしまい)

苦い文学

Fラン・ザ・ワールド

日本人はバカが勉強するのがきらいだ。すぐ「手に職をつけろ」と言い出す。それは、バカに勉強ができるわけないと思っているからだし、バカに勉強は必要ないと思っているからだ。バカが知識をぐんぐん増やしていると、あたかも環境破壊が起きているような気がするのだ。

だから日本人は、Fラン大学だのなんだのとおかしなことを言い出して、大学を目の敵にするようになった。日本人があまりにもFラン大学を憎むので、政府はFラン大学を潰すことにした。支持率回復のチャンスと見たのだ。

そして、ついに日本からFラン大学がなくなった。政府は完璧を期するため、ついでに早稲田大学も潰してしまった。よくみたらFランだったからだ。

そんなふうにじょじょにFランらしき大学もなくなっていき、残った偏差値 90 の大学に、ほんの一部の天才だけが通うようになった。日本人は「とうとうフランス流のエリート教育が実現した」と喜んだ。

そのいっぽう、日本人はまるで勉強しなくなってしまった。なぜなら勉強しても意味がないからだ。大学で勉強したいと思っても、進学先がなかった。日本人たちは「日本は職人を尊敬する尊い国だから、手に職をつけるべきだ」と誇らしげに勧めたが、じつのところ、みんながみんな手に同じ職をつけたら、それはもはや手に職をつけたとはいえなかった。

そんなわけで、若者たちはもはや手に職をつけるのも諦めて、訪日外国人を騙したり、そのポケットから小銭をくすねることだけに集中するようになった。麻薬の売人と女衒とテロリストが憧れの職業になった。

じつはそのとき、日本の周囲の国でこんな声が聞かれるようになっていた。「民度の低いFラン国家は潰してしまおうではないか」

日本のエリートたちは、こんな声は無視することにした。また、普通の日本人、つまりFラン民族には、自分たちが何を言われているのかまったくわからなかった。というのも外国語を勉強するとスパイだと疑われるようになったので、外国語を解する人などとうの昔にいなくなっていたのだった。

そして、日本を取り巻く外国が、この、日いずるFラン国家とFラン民族を征伐しようと準備を進めていると、宇宙から異星人が飛来し、遠くの空から地球の様子を観察した。

「これはFラン星だ」

といって、宇宙の東大級の武器で地球を吹き飛ばすと、飛び去っていった。

苦い文学

孤独な人々の続き

孤独な人々を当局に通報した後は、どうすればいいのだろうか。

これは簡単だ。

孤独を矯正するための施設に放り込むのだ。施設は集団生活だから、孤独な人を孤独でなくするにはうってつけだ。

そればかりではない、朝から晩まできつい労働が待ち受けている。友情、協力、親愛、人の情けを徹底的に叩き込むのにはこれがどうしても必要だ。あまりにも忙しいので、もう孤独について考える暇のないくらいだ。

この施設の中でも密告が奨励されている。ちょっとでもひとりでいるところを見られようものなら、反逆的な孤独犯だとみなされて、きつい刑罰が加えられる。

だから、みんないつも誰かと一緒にいる。トイレに行くにも、女学生みたいに手を繋いでいく。

もちろん、施設は劣悪な環境だ。シラミとダニ、奇妙な虫たちとの同居生活だ。食事もひどいものだ。残飯と変わらない。しかも分かち合いの精神を涵養するために、わざと量を少なくしてある。だから、分かち合いというより奪い合いだ。

厳しい労働と栄養失調のせいで、施設では、みんなどんどん死んでいく。死んでも孤独であることは許されない。遺体はみな、同じ穴に投げ込まれる。

確かに施設は恐ろしい。だが、施設の外だって安全とは言えない。

孤独が犯罪である以上、孤独な様子などみせられない。いつも快活な表情でウキウキしていなくてはならない。外歩くときは、いつも誰かと肩組んで歩く。脇の下の匂いなど気にしていられない。

一瞬でもひとりぼっちにならないように、携帯電話は手放せない。どうでもいいメッセージを絶えずやり取りしている。さもなければ「単独犯」だとみなされてしまうからだ。

あやうくひとりきりになってしまったときなどは、電話をしているふりでなんとかごまかせる。しかしこの手で逃れる人がおおぜい出たので、ちゃんと通信記録までも調べられるようになった。

もはやこの社会ではどこであろうと、ひとり歩きは危険なのだ。

苦い文学

腹の底から笑う会(会員編)

腹の底から笑えずに苦しんでいる私であったが、そんな私を心配したのか、集会の後、会長が声をかけてくれた。

「少し、外を歩きましょうか」

初夏の心地よい陽気の日だった。歩きながら私は会長に自分の悩みを包み隠さず話した。「どうしても会長のように腹の底から笑いたいのです」

「実は、私もかつては笑えなかったのです」

私は驚いて会長の顔を見た。

「はっはっはっ! でも、今はこのように、腹の底から笑っています。どうしてか、その秘密をこっそり教えてあげましょう……私もかつて笑えなかったと言いましたが、それは、この世界があまりにも悲惨に思えたからです。ニュースを見れば、苦しいニュースが毎日のように流れてきます。特に、子どものニュースです。勲章持ちに轢き潰されたかと思うと、激しい虐待のなか、許しを乞いながら死んでいく子どもたちもいます。それに、いじめ、自殺! 私はもう耐えられなくなったのです」

会長はそのときの苦しみが蘇ってきたのか、しばし口を閉じた。私たちは黙って歩き続けた。