小説

孤独なダンサーたち(3)

孤独なダンスを始めたのは彼が最初ではなかったというのは疑いようがない。もしかしたら、項羽にまで遡る可能性もある。だが、そうであっても、このダンスを踊りながら家の外に飛び出し、公衆の面前で夢中になって踊り続け、その姿が著名なコレオグラファーの目に止まることとなったのは、彼が最初であった。

その日、コレオグラファーは、駅から出てきたところだった。ロータリーを突っ切って向こう側の道へと渡ろうとしたとき、見知らぬ男が中央の空間で無言で踊っているのを目にしたのであった。はじめは若者がダンスの練習に興じているのかと見えた。いつもならコレオグラファーは軽く注意を向けながら通り過ぎるところだ。だが、そのダンサーがたったひとりであり、しかも、中高年であることに気がついて、軽くひっかかりを感じ、より意識を向けた。

そして、コレオグラファーは、この孤独なダンサーの異様な振り付けを見るやもはや動けなくなった。振り上げられた手、震えるその指先、開閉する両脚、素早い回転、それらの動きは、どれもダンスの文法に適ったものであった。どの動きもコレオグラファーは熟知してた。だが、異様なのは、それらひとつひとつの要素によって構築されたダンスが、彼の知るものとはまったく逆の効果を生み出していた。

彼にとってダンスとは身体の動きを通じた人間同士のコミュニケーション、喜びであり希望であった。だが、今彼が目にしているのは、あらゆる存在との関係を断つ拒絶と絶望、ダンサー自身の消失と虚無の現出にほかならなかった。

苦い文学

主語なき時代へ

主語賛成派と主語反対派の抗争はますます激化していきました。状況をさらに悪化させ複雑にしたのは、海外諸国の介入でした。

主語反対派は、主語のない言語が用いられている国々から強力な支援を受けていました。これらの国々は、主語を自国の政体を脅かす危険成分だと分析していたのでした。

いっぽう、主語のある言語が使われる国々はこぞって主語賛成派の支援を表明しました。多くは民主主義の確立した国々であり、我が国での主語をめぐる争いを主語退潮の危機と捉えたのでした。

両勢力とも拮抗した状況が続き、このまま内戦に突入かと思われましたが、あるできごとが事態を大きく変えました。

主語反対派の勢力と我が国の保守勢力とが合流し、大きな政治勢力となったのです。反主党と名乗るこの勢力はたちまちリベラル勢力と主語賛成派を駆逐し、とうとう権力を掌握しました。

反主党は政権を奪うや、主語廃止令を発布し、主語の粛清に乗り出しました。そして同時に、これまでどの政治勢力もなしえなかった改憲に取り組みました。日本国憲法は GHQ の指示により、無数の主語で汚染されている不純な憲法だというのです。

その結果、我が国の憲法は次のように純化されました。

(旧憲法前文) ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
(改正憲法前文) ここに存することを宣言し、この憲法を確定する。

新しい憲法が発布されたこの日、私たち国民から主語と主権が永遠に奪われたのでした。

音楽

ポール脂肪説

1960 年代末、ビートルズのポール・マッカートニーが実は死んでいたという噂が流れたことがある。世に有名な「ポール死亡説」だが、もちろんのこと、根も葉もないデタラメだ。

ところが、最近になって、ポール脂肪説という新たな説が提出された。こんな説だ。

「再現映像のポール・マッカートニーはいつもぽっちゃりしている」

どういうことかというと、ポールは少なくともビートルズ時代はぽっちゃりしていたことはないのに、再現映像などでポールの役を演じる役者は、どういうわけか必ずぽっちゃりしているというのだ。

この主張をする人は、こんな説明をしている。ポールは頬の丸みがひとつの特徴であるが、この丸みはぽっちゃりした人でなくては出せないからだ、と。

つまり、私たちは、ポールかポールでないかを頬の膨らみで見分けている、ということになる。この点に関して、スコットランドのキンタイア大学で興味深い実験が行われている。

「(A)実際のポールとほぼ同じ体型で頬が丸くない人」と「(B)実際のポールよりぽっちゃりして、頬が丸い人」にトレードマークのカブトムシに似たベース(カール・ヘフナー 500-1)を持たせて、どちらがポール・マッカートニーか、100 人の被験者に選んでもらったのだという。

結果は驚くべきものだった。100 人中、99 人が、ぽっちゃりしている (B) をポールだと答えたのである。そして、その 99 人は (A) をジョージ・ハリスンとした点でも一致していた。すなわち、ポール脂肪説は証明されたのだ。

なお、ぽっちゃりしていないほうの (A) をポールだと答えた、たったひとりの人物は、(B) を、ブライアン・ウィルソン(ビーチボーイズ)と断定したそうだ。

苦い文学

美食 YouTuber ナオヤ

ハイ! みなさん! 美食ライフ楽しんでますか? 美食 YouTuber ナオヤです!

(両手を前に向けて、パッパッと開いたり閉じたりするお決まりの仕草)

今日、お邪魔するのは渋谷にあるウルトラ本格的アメリカン・ダイナー「マー・ア・ラ・カルト」。ちょっと変わったお料理が食べられるそうですよ。さっそく行ってみましょう!

ランチタイムとあって、お客さんでいっぱいです。これは期待度上がりますね!

さてランチメニューはといえば、Fランチ、Oランチ、Xランチの3つから選ぶということですね。うーん、どれにしようかな〜。


【本日のランチ】
Fランチ
「当店おすすめ! トランプ大統領御用達、ディープ・ステート・フライド・ハンバーガー(もろキュー・アノン・ピクルス添え)」

Oランチ
「人口とカロリーを削減したグレート・リゾット、闇の支配者を炙り出しサーモンのせ」

Xランチ
「NRA公認、アサルトライフル重(米国だけにライスMAGA盛り)! 銃は人を殺さない、人が人を殺すのだ、と呟きながら召し上がれ」


迷っちゃいますね〜。だけど、今日はFランチをいただきましょう!

(ランチが到着する。食べ始める)

う〜ん、なんともいえないお味ですね。思わず「選挙が盗まれた!」と叫びたくなる味ですよ!

(食べ終わる。スタッフが来て、食後のお茶を置いていく)

そうそうこのお茶! なんでもこのお茶がこのお店の名物なんだそう。「トゥルース・ティー」、真実のお茶ということでしょうか。

ちょっと飲んでみましょう。う〜ん、これはティーというよりお茶ですよ、日本のほうじ茶のようですね。

いったいなぜ? ちょっとお店の方に聞いてみましょう。

スタッフ「ええ、ほうじ茶でございます。ほかでもない私たちが店でほうじた茶葉を使用しております。ええ、ですので、マスコミのほうじない真実のお茶というわけで……」

なるほど! 今日も美味しくいただいちゃいました〜(両手を前に向けて、パッパッと開いたり閉じたりするお決まりの仕草)

チャンネル登録すれば、みんな美食ライフ〜!

苦い文学

雨の日の憂鬱

晴れの日に傘をもって外出してほしい。

あなたはこう言うかもしれない。「そんな日に傘をもって出かけるのは、傘を無くしにいくようなものだ」と。

そうなのだ。必ずあなたは傘を無くすだろう。あなたが傘を持って帰宅することは決してないのだ。

だが、傘を持ったあなたがこう考えたとしたらどうだろうか。

外に出ている間に、この傘をどこかで捨ててやろう、と。

駅のゴミ箱に放り投げてやろう。電車の手すりに掛けたままにして、忘れたふりをして降りてやろう。どこかの公園に立寄って、草むらに不法投棄してやろう……。

はっきりいっておく。あなたは間違いなく傘を持ったまま帰宅することになるだろう。

これはいったいどういうことなのか。無くしたくないと思っているときには無くなるのに、無くしてやろうと思っているときに決して無くならないとは。

もしかしたら、傘に何かその秘密があるのではないだろうか? 我々が傘だと思っているものは、実は傘でも何でもなく、何か別の道具(THE TOOL)だとしたら……?

私は考えに考え抜き、ついに、傘屋の秘密結社が人類に仕掛けた恐ろしいたくらみに辿り着いたのであった。