風刺・戯文

特別な電話

僕たちの国は命を大切にしている。だから、自殺なんてもってのほかだよ。それで、僕たちの国の偉い人々は、死にたくなった人が助けをすぐに求められるように、死にたがり屋のための特別な電話を作ってあげたんだ。

たとえば、自殺したくなった人がいるでしょ。その人は、その特別な電話に電話するんだ。すると、ワンコールも終わらないうちに出てくれるのは、自殺を止めてウン十年という頼もしい専門家だ。おいでなすったとばかりに、自殺を思いとどまらせようと、なだめたりすかしたりさ。それでもう、何人もの自殺を止めたんだ。だから、偉い人たちは、この特別な電話を何台も増設することに決めた。本当にこの国に生まれて誇らしいよ。

でも、この国にはとんでもなくひどい奴らがいて、特別な電話の悪口ばっかり。

「いくら電話を増やしたって、自殺は解決しない!」だってさ。

そりゃ、電話で止められない自殺だってあるよ。でもさ、特別な電話があっても自殺するんじゃ、むしろもう死んで当然じゃない? あきれたね。

それどころか、連中、こんなことまで言い出す始末。

「特別な電話のせいで、逆に自殺が増えてる!」

本当にバカな連中。そんなことありっこないのに。こんな奴らと同じ国にいるかと思うと、そりゃ、誰だって自殺したくもなるさ。

苦い文学

血の挑発

腕の肘の裏側が肉厚なのか、血管がずれたり捻れたりしているのか、世の中には、採血のときに血管がわかりにくい人がいる。私もそのひとりだが、そのせいで採血はいつもストレスだ。

採血者は、腕に巻いたゴムバンドをキュッと締め直したり、アルコール綿で皮膚を擦ったり、揉んでみたりして、血管を浮かび上がらせようとする。される方としてはわからないが、浮かび上がってくれと念ずるばかりだ。やがて、採血者は意を決して、エイヤッと刺す。それでうまくいけばいいのだが、「違う、もう一度」なんてこともある。刺される方としてはたまったものではない。

そんなわけで、私は、しばらく前から、採血時に「いつも血管が見つからない、と言われます」とあらかじめ伝えるようになった。そうしたほうが心構えができるのでは、と思ったからだ。だが、最近になって気がついた。受け取り方によっては、その言葉はむしろこう響くことだってあるのではないか。

「フフフ、君だって私の血管を見つけることはできないだろうよ……」

こう挑発されて頭に血が上った採血者が、私の腕を針でめった刺しにしないとどうしていえようか。

苦い文学

プラテポー IDP キャンプ(2)

私たちが車を止めたところからは、川とその向こうのキャンプが広々と見渡せた。同じ場所に屋根付きのピックアップが止まっていて、人々が次々と積み荷を下ろしているところだった。

それらはトマト、きゅうり、なす、豆類、かぼちゃ、その他日本にはない野菜で、いずれもビニール袋に詰め込まれている。人々はこれらの野菜をすぐ下の河岸に運び下ろし、そこに停まっているボートに積んでいた。

牧師は私に、プラテポー・キャンプのキャンプ・リーダーのひとりである女性を紹介してくれた。彼女たちは IDP キャンプに食料を運ぶ作業を行っていたのだった。

食糧の搬入は週1回、金曜日の午前ということで、私たちは運良くその場に遭遇したというわけだ。野菜ばかりなのは、肉は高くて難しいからだという。

人々はバケツリレーの要領で野菜の袋をボートに積み上げていく。そして、積み終わると、エンジンをかけてキャンプ側に向かって行った。

一緒に川を渡ってキャンプに入らないか、と誘ってくれたが、あいにく私たちには時間がなく、今回は諦めた。

さて、車を止めた場所の近くに、鉄の柱が立っていて、丸い黄色の標識がぶら下がっていた。なんでもタイのバイク乗りたちの名所のひとつということで、私たちはその下で記念写真を撮ってメーソートに戻った。

苦い文学

一風堂

急に土屋昌巳のギターの虜になってしまった。かっこいいのだ。それで、Youtube で一風堂や Japan のライブ映像をあさっていたら、なぜか一風堂のチケットが当たった。

さっそくチケットを持って店に行く。客席に座ると、目の前にスロットマシンが置かれている。

「これがメニューだな」と私はポケットから硬貨を取り出し、投入した。レバーを引くとスロットのリールが回転を始めた。

私は1つ目のボタンを押した。右のリールが回転を止める。

【すみれ】

そして2つ目のボタン。

【すみれ】【September】

最後のボタン。

【すみれ】【September】【September】

ハズレだ。もう一度チャレンジしたら、次はこうなった。

【September】【すみれ】【Love】

くそっ! さらに試みると……

【すみれ】【すみれ】【すみれ】

ファズのかかったギター音とともに、スロットマシンがプラスチックの食券を吐き出した。

私は店員に食券をわたし、しばらく待つと北海道の名店「すみれ」の味噌ラーメンが出てきた。

苦い文学

論文投稿

学術的な論文は、学術誌に掲載される前に査読というものを受ける。査読というのは、複数の匿名の査読者がその論文を読んで、評価をすることだ。その評価に応じて編集委員会が掲載の可否を決めるのである。

掲載しないということになればそれで終わりだが、そうでない場合、大きくわけて2つの可能性がある。そのまま「採用」となるか「修正して再提出」かのどちらかだ。後者は、気合いを入れて直せば「採用」になるかもしれない場合だ。

この場合、論文著者は査読者(通常2人)が編集委員会に提出した「コメント、疑問、間違いの指摘」などの記されたレポート(査読結果)をもとに、修正稿を作成しなくてはならない。そうやって最終的に「採用」を目指すのである。

私にとって、この査読がもっとも「厳しい」学術誌がある。つまり、要求するレベルが非常に高いのだ。

最初にその学術誌に論文を載せてもらったときのことだが、私はバカみたいに何も考えずに論文を投稿した。

そして、数ヶ月後に編集委員会より「改訂して再提出」という知らせをいただいたときも、私はバカみたいに何も考えずに喜んだ。

「改訂して再提出」から「採用」に至るまでの長く過酷な道のりが今まさに始まったということを知らなかったのだ。

さて、この最初の論文の掲載から2年ほどして、私は同じ学術誌に再び投稿した。3か月後に「改訂して再提出」の通知をいただいた。

今回は喜ぶどころか、これから待ちかまえる過酷なプロセスを思って、がっくりと肩を落としたのであった。