ライブ

松任谷由実@東京国際フォーラム・ホールA

人に頼まれて携帯で松任谷由実のチケットを取ったら、その携帯の持ち主しか入場できないというので、結局、私が行くことになった。七月二日のライブだ。

今回のライブは、最新作のアルバムにちなんで「THE WORMHOLE TOUR」と名づけられ、宇宙論に結び付けられている。ユーミンは「恋愛の教祖」と呼ばれたり、「シティポップ」の代表格として扱われたりしている。だが、それは上辺だけの理解にすぎない。なぜなら、松任谷由実はSF歌手だからだ。

以前のツアーでもタイムマシンがコンセプトとして取り上げられていた。ウェルズを持ち出すまでもなく、これはSFだ。それどころかAIで若い頃の自分のクローンまで作り出した。MCでは、そのうちロボットの自分が歌うだろう、などということも言っている。SF歌手ユーミンは本気なのだ。

よくよく考えてみれば、松任谷由実は「時をかける少女」や「さよならジュピター」といった八十年代のSF映画の主題歌も作っている。いうまでもなくどちらも名曲だが、これもまた、松任谷由実のずば抜けたSF感性の証拠だ。

この日のライブでは、SF的なツアーコンセプトがじっくり展開され、アンコールではかなりリラックスした演奏が繰り広げられた。正直言って、私はこっちのほうがずっと楽しかった。そして、ついに最後の曲「卒業写真」がはじまった。

人ごみに流されて
変わっていく私を
あなたはときどき
遠くでしかって

私よりも年齢層の高い観客が多く、みな感動しながら聞いていた。それぞれの青春、もう二度と戻ってこない青春を思い出しているのかもしれなかった。

だが、SF歌手ユーミンがそんな後ろ向きの歌を歌うだろうか。私に言わせれば、この歌の本当のメッセージはそんなものではない。高次の存在へと変容しつつある人類を、宇宙人が遠くから見守っている、これだ。

幼年期からの卒業も近い。

散文

ブディジョー

タイのメーソートで、子どもの施設をやっている牧師が日本にやってきた。彼はビルマ出身のカレン人で、ビルマの少数民族の子どもたちのために働いているのだった。昨年の2月、タイからビルマの戦争地帯に行ったとき、私はその人にお世話になったので、食事に招待した。

お店は巣鴨にある焼き鳥屋で、これもカレンの人がやっているお店だ。このお店については別に書くが、とにかく繁盛している。私が待ち合わせの時間より早く行くと、店の主人が大きなウリをくれた。

ビルマ語でブディというのだが、日本語でなんというかわからない。見た目はくびれのない青いひょうたんのようでもある。その実は冬瓜に似ているが、もっと硬い。

主な食べ方は2つある。ひとつは鶏肉と炒めるというものだ。もうひとつは、スティック状に切って、天ぷらのような衣をつけて揚げる食べ方だ。こっちはビルマ語でブディジョーという。

天ぷらにする前に、水分を飛ばすために天日干しにするといいとのこと。私はブディジョーがおいしいのは知っていたが、とても食べ切れる大きさではない。もらったはいいがどうしようと考えているうちに、知っているビルマ人の学生にあげようと思いついた。

重いブディを持っていったら、喜んでくれた。その上、次の日にはブディジョーをお裾分けしてくれた。しかも、自家製の辛いツケダレまでついている。とてもおいしいので、私は調子に乗って食べすぎて、お腹が痛くなってしまった。

苦い文学

ハラスメント研修

私たちの大学に総長が返ってきた。学内でありとあらゆるハラスメントを繰り返し、とうとう性的暴行で捕まった総長が、罪を償って復帰したのだ。

さんざん苦しめられてきた私たちは恐れおののいた。全員がPTSDだったのだ。そして、総長はある木曜日の昼下がり、私たち全教職員を集めて、こう告げたのだった。

「私はとんでもない過ちを犯した。いくら償っても過去は変えることはできないが、未来を変えるべく行動を起こすことは許されている。私ができることは、もう二度と過ちを繰り返さないように私自身を、そしてこの学校を生まれ変わらせることだ」

総長の力強いこの言葉の後、側近が現れ、ハラスメント撲滅のために全校を挙げて取り組むことが宣言された。

この日以来、私たち全教職員は、毎日、ハラスメントをなくすための研修を受けている。ビデオを見たり、ウェビナーに参加したり、対面の講演会に出席したり、ハラスメント撲滅委員と面談したり、感想文を書いたり、反省のときを持ったり……。

1日の大半が研修に費やされるようになり、通常の業務はもはや徹夜でもしなければおっつかなくなったとき、私たちは確信した。

こういうハラスメントなのだ、と。

苦い文学

名画の防御システム

熱烈なる美術愛好家にして、著名な発明家であるコンスタンタン・ドールヴィイ伯爵のパリの邸宅、《美麗荘》では、錚々たる名士が呼び集められ、伯爵の発明品の公開を興奮の面持ちで待ち受けていた。

その発明品は「現代のヴァンダリスムに対する輝かしき勝利」をもたらすものだと招待状には記されていた。客人たちはその証人として招かれたのであった。

やがて伯爵が現れ、額に入った大きな絵画が運ばれてきた。伯爵はその絵の隣に立ち、語り出した。

「今、ヨオロッパの藝術は未曾有の危機に瀕しております。不遜なる環境活動家どもにより、名画という名画に、スープ・テロという野蛮な攻撃が加えられておるのです。私は、人類の遺産たるこれらの名画をテロから守り、環境活動家どもの行為を葬り去るべく、防御システムの開発に打ち込み、ついに完成したのです」

どよめきが沸き起こった。ついにあの頭のおかしい連中に鉄槌が下されるのだ。その瞬間に立ち会うことができるとは!

伯爵は一人の若い召使いを呼び寄せた。あらかじめ打ち合わせしていたものらしく、召使いは缶を持って、絵画の前に立った。伯爵は額縁の四方を指し示した。

「角に設置されたセンサーが、ただちに不審者を感知します。そして瞬時にその手にある缶を分析し、内容物を完全な精度で突き止めるのです」 伯爵は額縁の下辺中央に取り付けられた表示板を示した。そこには「トマトスープ」という文字が浮かび上がっている。

召使いはすぐに缶のラベルを人々に見せた。それは確かにトマトスープの缶だった! 客たちの息を呑む音が響くなか、伯爵は召使いを促す。

召使いは素早い手つきで缶を開け、絵画に向かって缶を掲げるや、ぴたりと停止した。「いま、この瞬間、人間の認知よりも遥かに速いスピードで、額縁に仕込まれた防御システムが作動しているのです」と、伯爵は語り、召使に呼びかけた。

「さあ、やりたまえ」

召使いは振りかぶって缶の中身をぶちまけようとする。その瞬間、額縁の上下左右から内側に赤い液体が噴出し、絵画全面がトマトスープで覆われた。

苦い文学

武道館

ミュージシャンにとって人前で演奏するのはライブだが、私の場合は、学会の大会などでの発表がライブだ。

なので、私は学会大会のことをフェスと呼んでいる。

私はメジャーデビューはしていないので、インディー系だ。無名なので、フェスでライブをするためにはオーディションが必要だ。つまり、応募しなくてはならない。いつも採用されるわけではないのがつらいところだ。

運よく出演が決まったら、セットリストの吟味やリハにいそしむこととなる。

フェスではいくつかのステージが設けられる。私はいつも一番小さなステージだが、それでも来てくれる人がいるのはありがたいことだ。本当は、Tシャツやステッカーなどの物販にも力を入れて、興収の足しにしたいところだが、このフェスでそれをしている人はいないようだ。

しかし、フェスだけではライブの数も限られてくる。なので、最近、私は新たな挑戦をしようと考えている。路上ライブから始めて、武道館を目指すのだ。みごと成し遂げた暁には、しばしの充電期間を経て、ドームツアーに出発したい。