旅・観察

主人への信頼(1)(チュニジアの民話)

チュニジアのパンについて考えるといつも思い出すのが「主人への信頼」という物語だ。この物語では、パンが大事な役割を果たしている。

イスラームのある行者がいた。彼は山で一年中断食をしていた。日没時になると、天からパンが一切れ落ちてくる。行者は、そのパンを半分食べ、残りの半分を夜明け前に食べる。それからまた、一日の断食に入る。男はこんな生活を何年も続けていたのだった。

ある夜のこと、男のところにパンがやってこなかった。

男は一晩中パンを待ったが、パンは来ない。翌日も断食を続け、日没が近づくころには、とうとう空腹に耐えかねて山を降りた。麓にある貧しい村に行き、村人に食べ物を乞うと、粗末な大麦のパンが二つ与えられた。

男がパンを持って、山に帰ろうとすると、村人の犬があとをつけてきた。パンを狙って、吠えかかったり、服を引っ張ったりするので、男はパンを一個、犬に投げ与えた。犬はガツガツ食べてしまう。だが、それでも犬は満足せず、襲いかかってくる。男はとうとう二個目のパンも与えてしまった。

これで二つともパンはなくなってしまった。ところが、犬はなおも男の後をつけてきて、男の足に噛みついた。男は罵った。

「お前より卑しい犬は今まで見たことがない。お前の主人がくれたパンを二つともくれてやったというのに、いったいなんの用がまだあるのだ。俺からなにが欲しいのだ!」

そのとき突然、犬が喋り出した。

(写真:焼肉とサラダとパン)

苦い文学

さとうもか & Mom@月見ル君想フ

5月6日、青山の「月見ル君想フ」という変な名前の会場で、さとうもかと Mom のツーマンライブがあった。双方ともギターの弾き語りだ。

はじめに出てきた Mom は若いミュージシャンで、私はさとうもかの「いとこだったら(feat.Mom)」に参加していることぐらいしか知らなかったが、声がとてもよかった。3月に出たばかりのアルバムの曲が中心で、いい曲も多い。

ニコニコして、独特の雰囲気があるので、なんだかもう中学生みたいだと思ったが、MC で「ゴールデン・ウィーク最終日なので髪型を G と W にしてきた」などと言うのでますます似てきた。

もう中は別として、音楽の雰囲気が何かを思い出させるな……とぼんやり思っていたが、最後になって FISHMANS が浮かんだ。もっとも、第一印象なので違うかもしれない。

Mom のギターは、ときに激しくときに繊細なものだった。いっぽう、さとうもかのほうはむしろギターを叩くタイプの弾き方だ。けっこう弾き間違いもしていたが、あまり欠点には感じられない。スタイルをしっかり確立しているので、多少のことでは揺らがないのだろう。

ライブの最後は二人での「いとこだったら(feat.Mom)」で、これもよかった。

苦い文学

計画殺人(終)

たちまちみんな署長に駆け寄り、ソファに寝かせたり、医者を呼んだり、大騒ぎが繰り広げられる。ようやく落ち着いたとき、相変わらず白目を剥いたままの署長を見下ろしながら、吉田刑事は横川警視正に言った。

「もう、お分かりでしょう。人間は計画を立てているときがもっとも興奮するのです。そして計画のスケールが大きければ大きいほど、興奮はいやましに高まるのです。見てください。健康だけが取り柄の署長が、計画による興奮でこのような状態になるのであれば、心臓に持病があったというAさんなら、どうなるでしょうか。そうです。Bは巧みな計画によって、Aさんを過剰に興奮させることで殺害したのです。さきほど、警視正は凶器は何なのかおっしゃいましたね。計画が凶器だったのです! つまり、世にも異常な計画殺人が行われたのです!」

「ウムム、そんなことが……」 横川警視正は唸った。「しかし、証拠は?」

そのとき、留置所担当の巡査が所長室に飛び込んでくる。「いまBが自白しました!」

「なに?」と横川警視正。吉田刑事は満足げに警視正に言った。

「これがなによりの証拠ですよ。Bを逮捕したとき、彼は私にこんなことを聞いてきたのです。『警察がいちばん興奮するのはどんなときか』と。それで私は『犯行を自供したときだ』と答えたのです。案の定、Bは自白をだしにして巡査に計画殺人をしかけようとしたのです。もちろんご存知のように私が言ったのは嘘です。警察がいちばん興奮するのは、尊い人命を救助したとき、これ以外にはありえませんからね」

そのとき署長が急に起き上がって叫んだ。

「こっ、このままいけば世界は俺のものだあ……」

吉田刑事は苦笑しながらつけ加えた。「もっとも、例外はつきものですが」

苦い文学

落とし込み

「最近、ふさぎ込みがち」「がっくり落ち込んで、なにもやる気がおきない」

病気? うつ病? それにしても、ああもう、生きていても……

ちょっと待ってください! その症状、もしかしたら、妖怪「落とし込み」のしわざかもしれません。

【妖怪「落とし込み」とは】
あれを落とし込め、これを落とし込め……なんでも落とし込まずにはいられない日本の企業文化が生み出した恐ろしい妖怪、それが「落とし込み」だ。人間たちの気持ちを落とし込んで、落ち込ませて、死に追いやるのがおもな特徴。理由のない落ち込みはこの妖怪が原因だ。

【妖怪「落とし込み」に出会ったら】
暗がりを歩いているときに、この妖怪が「二回、落とし込まれるものはなんだ」と尋ねてきたら、こう答えよう。

「人間だ。生まれる時は母親の胎内に、死ぬ時は墓に落とし込まれるのだから」

この言葉を聞くや妖怪は消え失せるといわれている。

【妖怪「落とし込み」誕生悲話】
ひとりの若者が、なんでも落とし込ませたがる上司に苦しみ、命を絶った。その若者の無念の思いが妖怪の形に落とし込まれたのだという。

苦い文学

あの世に持っていけるもの

私たちはいずれ死ぬ。

どんな人でも死ぬ。

金持ちであろうと貧乏であろうと等しく死ぬ。

そして、どんなにお金を持っていようと、どんなに宝石を持っていようと、あの世には持っていくことはできない。

生まれた時に何ひとつ持たなかった私たちは、何ひとつ持たずに死んでいくのだ。

私も自分の死について考える年齢になった。ある年齢を過ぎると、死がいっそう身近になるものだ。

私には財産もない。お金もない。宝石などもない。ただ、本が山ほどある。今から読んだって100年かけても読みきれない量の本だ。貴重な本もある。もちろん、これだってあの世に持っていけないのだ。

あの本は持っていっていいけど、この本はダメ、文庫本はいいけど、ハードカバーはダメ、そんなものではないのだ。どの本もダメなのだ。そんなこと聞いてなかった、と嘆いてももう遅い。一生かけてこんなものをせっせと集めたとは、バカらしいではないか。

では、膨大な音楽はどうだ。私はたくさんの音楽を聴いてきた。かつてはレコード、そしてカセットで。CDの時代になってからは、私はとことん集めた。部屋中がCDだらけだった。

ところが、今はもうCDなど聞かない。私はすべてパソコンに読み込んでしまった。そして、CDは、読み込んだ後、すべて売り払った。

今は音楽データがあるだけだ。しかし、このデータとはなんだろうか。このデータとは……。

まるで肉体を捨て去った魂のようなものではないか。

あの世には、お金も宝石も本も持っていけない。だが、この音楽データだけはひょっとしてひょっとしたら……。

いや、それどころか、電子マネーだって……。

散文

ただいま禁酒中!(8)

 長期の飲酒習慣が、脳萎縮を引き起こすことはよく知られている。委縮するだけなら頭蓋骨内に収納スペースが増えるわけで結構だが、この萎縮はやがて認知症を引き起こす。

 このアルコール性の認知症というやつは厄介で、できればなりたくはない。

 禁酒以前の私の脳がすでに萎縮していたかどうかは、検査をしていないのでわからない。その可能性は大いにある。が、たとえそうだったとしても1年以上の禁酒により、だいぶふっくらしてきているのではないか。

 となると、もうそろそろ、飲酒を解禁してもいいような気もするが、これでまたすぐに萎んでしまったら残念なので、しばらくは禁酒を続行したい。

 再開するとしたら80歳になったらだ。その時には飲酒を待つまでもなく、脳はすっかり縮こまっていることだろうから。どうせなら、80歳以降は飲酒を皮切りに様々なことにチャレンジしていきたい。

 90歳になったら、喫煙を再開したい。パイプはもちろん、自分で紙を巻くタバコもやってみたい。そうすると大麻もやりたくなる。

 だから、100歳になったら、大麻、覚醒剤、LSDなどさまざまな麻薬をやってみるつもりだ。麻薬といえばクラブ・ミュージックだ。夜な夜なクラブに繰り出すのだ。となると、たぶん女性たちが放っておかないだろう。

 ならば110歳からは女遊びだ。自分より10も20も若い娘たちと浮名を流すのだ。たしなみとして避妊も忘れないようにしたい。しかし、放蕩生活にもやがて倦み果てる時が来る。心の鬱屈を外に向ける時が来たのだ。

 そこで120歳になったら、年上の連中たちに反抗してみたい。経験も財力も上回るこれらの権力者たちに、若さというたった一つの武器を持って立ち向かうのだ!

 いや……もしかしたら、脳の萎縮がますます進んでいるのかな……。

(おしまい)

ヤンゴンのビヤホールで