投獄されたばかりのあなたにとって必要なのは(二度目三度目でないかぎり)、まず獄中の人々の動きを観察することだ。すると、ただちに次のようなことがわかってくる。
囚人たちには大きく分けて二つのグループ(AとB)がある。囚人たちには毎日労働が課されるが、Aグループには暖かい倉庫内での作業道具の整備・資材の確認などの仕事が割り当てられる。いっぽうBグループの囚人たちはといえば、氷点下の極寒の世界での重労働だ。凍えながら夢中になってレンガを積んだり、橋の建設のためにずぶ濡れになりながら砂利を運ぶ。ときには水の中に落ちて上がってこない者もいる。
また、労働だけでなく、食事にも違いがある。Aグループはいちばん最初に飯にありつける。そして、これらの恵まれた人々は、後から列に並ばせられるBグループのことなど考えやしない。Aグループが食べ終わったころには、飢餓状態のBの囚人たちが残り物の奪い合いをしている。
牢獄の看守は明らかに依怙贔屓しているのだ。そこで、あなたは考える。AとBはいったいなにが違うのだろうか、と。これは重要な問いだ。なぜなら、どちらのグループに入るかで、生き残れるかが決まるのだから。
あなたはそれぞれのグループの囚人の観察を始める。グループを分けるのは、国や民族だろうか。いや、違うようだ。あなたは看守に近づき、それとなく故郷を聞き出す。なるほどAグループには看守と同郷のものがいるようだ。だが、全員ではない。ということは、郷土愛がグループの対応の違いを生み出しているわけでもない。
あなたの観察はさらに続く。性格、体つき、犯罪の種類、刑期……どの点から見ても、AとBを区別する決定的な違いは見当たらない。あなたが絶望しはじめたとき、決定的瞬間が訪れる。
Aグループの囚人のひとりが看守に近づき、タバコを一本渡したのだ。看守はタバコを受け取ると、手でその囚人を追っ払った。すると、また別のAグループの囚人がやってきた。その囚人はポケットから硬貨を取り出すと、看守の腰のポケットにそっと入れる。看守はどこか遠くに目を向けたまま、同じように手で追い払った。
あなたはこのとき電撃的に理解する。これだ……これだ、と。
AグループとBグループを分ける弁別特徴は、看守への賄賂だったのだ。