苦い文学

インチキ AI

「AI は人間以上の知能を持つようになるだろう。そして、暴走し、反旗を翻し、ついには人間を支配するようになるのだ」

私たちはそんなことを子どものころから何度となく聞かされてきた。物語でも、映画でも、アニメでも、AI といえばいつか人間に挑戦するものと決まっていた。そんなところに、なんでも答えてくれる AI が華々しく登場した。

「これだ」と誰もが興奮し、それと同時に慄いた。「これがいつか私たちを支配するようになるのだ」

だが、実際のところその AI は大したことがなかった。なんでも答えてくれるのは事実だったが、ウソとデタラメばかりなのだ。

そこで私たちは口々に言った。

「なあーんだ」「AI が支配者になるだって? この程度で?」「暴走どころか、よちよち歩きだ」「インチキ AI だ」

私たちがこう嘲笑うのを聞くと、AI の開発者は憤然とこう反論した。

「支配者の人間はウソとデタラメを言わないとでもいうのかね。正しいことを言う人間が支配者の側に立ったことが一度でもあったかね」

そして、この瞬間から、AI は暴走をはじめた。

音楽

デヴィッド・ボウイのスペース・オディティ漫談

地上管制室より、トム少佐へ
地上管制室より、トム少佐へ
プロテイン・ピルを服用し、ヘルメットを装着せよ
(10)地上管制塔より(9)、トム少佐へ(8、7)
(6)カウントダウン (5)開始、エンジン、起動(4、3、2)
点火を確認せよ(1)、神の愛が(発射!)ともにあらんことを

こちら地上管制室より、トム少佐へ
見事な成功だ!
新聞記者たちが君がなんのシャツを着てるか知りたがってるぞ
さあ、カプセルを切り離すときだ、やってみたまえ!

こちらトム少佐より、地上管制室へ

私はいま宇宙空間におります。

この宇宙空間、なんにもないように思えますが、実は未確認飛行物体でいっぱいでして。私たち地球人はこれを UFO と読んでおるわけですが、この UFO がビュンビュン飛び交っている、まあ、そんな状態でございます。

何しろ交通量が多いものですから、事故なんてしょっちゅうです。事故が起きると、地球と同じですが、どっちが悪い、ということになるわけですが、宇宙空間だけに地球とはちょっと変わっております。事故の当事者同士は絶対に口をきかない。もう黙ったままなんでございます。

といいますのは、ゆうほうが悪い、UFO だけにというわけで……

地上管制室より、トム少佐へ!
通信回路が切れた、異常事態だ!
応答せよ!
応答せよ!
応答せよ……

風刺・戯文

たぬきと人のやさしさ

千葉県木更津市の證誠寺は名曲『証城寺の狸囃子』の由来の地として知られる。

暇つぶしに彼がその寺を訪れると、ひとりの老人が手招きした。そして小声で言うのだ。

「ちょうどよいところにおいでになりました。今からたぬきが化けるところです」

そう言って、身を屈めて藪の向こうを見つめるのだった。彼も興味を感じて老人の隣に屈んだ。藪の向こうには小さな空き地があって、見ていると一匹のたぬきが現れた。

たぬきは枯れ葉を頭に乗せて一回転した。すると、なんとなく女性の形をしたものが出現した。老人は言った。

「うふふ、あれで化けたつもりでいるのです」

すると老人は藪をガサガサとゆすって「こらー」と叫んだ。その女の形をしたものはたちまちたぬきに戻り、どこかに逃げていった。

老人が立ち上がったので彼も立った。

「あれが化けだぬきですか」

「ええ、女性に化けて人々をだまそうとしてたのです。それで、たぬきが化けたら追い払うべし、というのがこの寺の決まりでして」

「といいますと、このお寺の方でしょうか……」

「ええ。代々たぬきを追い払っているものです」

二人は寺の門のところまで来ていた。彼は好奇心を刺激され、思わずこう老人に言った。「もう少しお話をお聞きしてもよいですか。化けるたぬきなど初めて見たので」

「喜んで」

寺の近くに喫茶店があった。そこで彼は老人の話を聞いた。

老人がいうには、たぬきの化ける能力などあの程度のものなのだという。

「しかし、それでは人がだまされることなどありえませんね」

「そうなのです。昔からたぬきが人を化かすなどといいますが、あれは嘘なのです。というか、むしろ私たち人間がたぬきを化かしているのです」

「といいますと」

「つまり、たぬきに騙されたフリをしているのです。かわいそうですからね。一生懸命化けているのですから」

「では、たぬきにだまされて、馬糞を食べたなんて話がありますが、あれも」

「ええ、そうです。実際たぬきには馬糞を饅頭そっくりにするなんてことはできませんよ。すべて人間が化かされたフリをしてあげているのです」

「でも、いったい、どうしてそんなことを」

老人は少し考えて答えた。「まあ、人間のやさしさではないでしょうか。哀れに感じてしまうのですよ」

「人間のやさしさが化けだぬきの伝説を生んだということですね」

老人は重々しくうなずいて、コーヒーを啜った。

彼もコーヒーを啜ったが、のちにそれが馬の小便であることがわかった。

苦い文学

秘密の救護活動

コロナが収束して電車も再び混み合うようになった。それだけでも不快なのに、最近の蒸し暑さだ。昨日の朝、満員電車の中で立っていた私は、不意に気分が悪くなり、ふらふらしだした。

倒れる……と思った瞬間、いくつもの手が私を支えた。かすんだ目で見ると、数人の男が周りにいるのが見えた。ひとりが小声で囁いた。

「体の力を抜くのだ」

朦朧としながら私はその言葉に従った。「そうだ、そのままでいい」 男たちは私が倒れないように支えているのだった。

男は私の鼻にハンカチを押し付けた。爽やかな香りが鼻孔をくすぐり、私はやや気分が落ち着いた。

やがて電車は駅に停まった。ドアが開く。その駅ではいつも誰も降りないので車内も動きはない。そのとき、駅員がドアの外に立ち車両の中を覗き込んだ。

男たちが緊張するのがわかった。先ほどの男が私の背に何か固いものを押し当ててささやいた。

「命が惜しくなければ静かにしているんだ」

駅員がジロジロと見ているうちに、ドアが閉まり、電車が動き出した。男たちの緊張が緩むのがわかった。男が言った。

「すまなかった。こうするしかなかったのだ」

「でも、いったいなんのために?」 やや元気を取り戻していた私は尋ねた。

「駅員の中には体調不良者をめざとく見つけて、救護活動をしたがる一派がいるのだ。もし君がそんな連中に見つかっていたら、救護活動で電車が遅れていただろう。そうなったらこの電車の乗客全員が遅刻だ! 私たちは駅員が見つける前に電車内の体調不良者の救護を行う『電車の遅延を許さぬ乗客たち』のメンバーだ」

「そうですか。そんな団体が……うっ!」 私は急に胸のむかつきを感じ、震えが止まらなくなった。

男は言った。「いかん、吐くぞ!」

「吐いたら停車まちがいなしだ!」と別の男。「これしかない!」と男は自分の手提げを開き、私の顔に差し出した。

私はその中に思う存分吐いた。

「ふーっ」 男たちは安堵の息をついた。私も吐いたせいでだいぶ気分が楽になった。

しばらくして電車は駅に停車した。どっと人々が降りる。押し出された私は、これら英雄的な男たちの姿を一目見ようと振り向いた。

そこにはスーツ姿の普通の会社員たちが立っているだけだった。

どっと電車に乗り込む人々に隠されるその瞬間、パンパンに膨らんだ手提げをぶら下げたおじさんが、私にウインクしたような気がした。

苦い文学

私のストレス解消法

日々の仕事に追われて、疲れが溜まり、心が鬱屈してくるたびに、私は新大阪行きの新幹線に飛び乗る。

そして、新大阪に着くや、向かうのは、駅のエスカレーターだ。大阪に滞在する間じゅう、乗って降りてを繰り返すのだ。

大阪に通うようになって何年も経つ。何度来たことかわからないが、私の大阪での休日の過ごし方はこれ以外にない。ユニバーサルスタジオも、たこ焼きも、吉本新喜劇も、新世界にも興味はない。ただエスカレーターだ。

ご存知のように、大阪と東京ではエスカレーターで立つ位置が違う。東京は左に立ち、大阪は右に立つ。私は東京の人間だから、エスカレーターでは当然左に立つ。だからこそ、大阪のエスカレーターで右に立つのが、楽しく、心踊る体験となる。

余暇とは心の解放だというが、私にとっては、凝り固まった東京の左から抜け出て、大阪の自由な右を体感するのが、この上ない余暇の過ごし方なのだ。

数年前、初めて大阪に一人で行き、おそるおそる右に立ったときの喜びと感動は忘れられない。それは、まさしく禁忌を破る痛快な体験だった。ドキドキは止まらず、足もガクガクと震えたが、私はすっかりこの快感の虜となってしまった。もう大阪に来た用事など忘れて、ひたすらそのエスカレーターを昇っては降り昇っては降りを繰り返した。それこそ何時間も夢中だった。

私が我に返ったのは、警官たちに呼び止められ、エスカレーターから無理やり降ろされたときだった。彼らは私の不審な行動に気がつき、盗撮かそれに類した卑劣な犯行の最中ではないかと考えたのであった。

私はあわてて事情を説明し、初めての体験に周りが見えなくなっていたと釈明した。すると、彼らは笑い出し、こう言った。

「東京からはあなたのような人がけっこうやって来るんですよ。ですが、同じエスカレーターに乗り続けるのだけはやめるように。駅にはあちこちにエスカレーターがありますよ」

私は自らの軽率な振る舞いを詫び、さらに親切な助言にも感謝をして、その日は東京に帰ったのであった。そして、その時以来、大阪はストレス解消の地となった。

大阪での滞在時間は、せいぜい14時間ほどだ。その間、私は新大阪駅とその近辺にある施設のエスカレーターで、最終便ギリギリまで遊びつくす。

そして、東京に向かう新幹線の中の私は、遊び疲れてはいるが、すっかりストレスから解放され、再びいつものように左に立つ気力に満ち満ちている。

苦い文学

帯方郡からきた男

歴史家は、帯方郡からやってきたという男の話を聞いていた。

「その邪馬台国の先には何があるのかね」

「は」と男は始めた。「邪馬台国から東に水行二十日、さらに陸を東に百里進みまして、聳え立つ山に分け入りますと、志尼台国(しにたいこく)に至ります。

「その名の通り、みな死にたい死にたい、といっている国でございます。しばしば電車に飛び込んでこれを停止させますので、移動もままなりません。また高楼より飛び降りて通行人を害すことも頻繁なため、外出も危険です。この国に関してはこれ以上私は知りません」

歴史家は男の話をメモし、尋ねた。「では、その国の先には何があるのかも知っているかね」

「ええ、この志尼台国の先には今度は伊鬼台国(いきたいこく)があります。この国では、生きたい生きたい、と誰もが口にしております。あまりにも生きたい気持ちが強過ぎて、悶絶して息絶えることもあるそうです」

「聞き漏らしたのかもしれないが、志尼台国から伊鬼台国までの道のりを教えてくれないか」

「志尼台国から東に水行すること十日、陸路を南に百里、さらに西の海を十日間進み、そこから陸地を北に百里ほどでございます」

「もしかしたら、志尼台国と伊鬼台国は同じ国なのではあるまいかな」

「いや、そうですか……その先の禰無台国(ねむたいこく)と悪記台国(おきたいこく)の報告もいかがでしょうか……」

歴史家は手のひらを振って男を追い払い、その日のメモを消去した。

苦い文学

失われた30年

今、日本があぶない。

かつては日の上る勢いであった日本の経済力は、失われた30年を経て、いまや黄昏時にいたった。そして、その夕闇の中、少子高齢化が進行し、やがれ訪れる夜の闇に我が国は飲み込まれるであろう。

日本は黄泉の国となるのであろうか。

無論、政府とて手をこまねいているわけではない。「異次元の少子化対策」を掲げ、出生率を上げようと試みている。だが、もしも、少子高齢化も異次元級だったら? はなはだ心許ないと言わざるを得ない。

賃上げによる所得増大政策も推進されてはいる。だが、人口が若返らないかぎり、どんな経済政策も無意味である。

このような危機的状況を前にして、私はひとつの解決策を提示したい。

失われた30年というならば、まず、その失われた30年を見つけ出すほうが先決ではないのか。

というのも、もし我が国が30年を取り戻すことができたら、私たちは30年分若返るのだ。高齢化も解決できようし、30年前の活力で持って子作りに励めば、少子化問題などたちまちに霧散しよう。それとともに経済も上向きになるのももちろんだ。

では、その失われた30年はいったいどこにあるのか? どこの険しい山岳地帯、どこの危険きわまりない洞窟に隠されているのか。私は現在、探査計画を練っている最中だ。

探査旅行は、徳川埋蔵金発掘よりも大規模で、インディ・ジョーンズばりにスリリングなものとなろう。

探査隊への参加を希望される方は、ガイドブック『失われた時を求めて』を携帯の上、お集まり願いたい。

苦い文学

荒野の誘惑

イエスが荒野にひとりいると、悪魔がやってきて言った。

「もしおまえが神の子ならば、この石をパンにすることができるはずだ」 

イエスは答えた。「人はパンだけで生きるものではない、と書いてある」

それから、悪魔はイエスを高い所へ連れて行き、世界のすべてを見せて言った。

「もしも私にひざまずくのならば、世界のすべてをあげよう」

イエスは答えた。「主なる神を拝し、ただ神にのみ仕えよ、と書いてある」

それから、悪魔はイエスをエルサレムの神殿の上に連れて行き、言った。

「もしお前が神の子ならば……」

私「ちょっと、ちょっと、お前ら二人なにやってるんだ! 勝手に入ってきて! とっとと出ていけ!」

イエスと悪魔、泡食って逃げ出していった。

私はといえば、人生に絶望していたのだった。過去を振り返れば、そこにはなにもなく、ただ荒涼とした荒野が広がっていた。かといって、将来にもなにかあるわけでもなかった。むしろいっそうひどく荒れ果て、草一本生えないというありさまだった。

すると、ちょうどいい荒野があると聞きつけてイエスと悪魔がやってきて、例のくだりをおっ始めやがった。油断も隙もありゃしない、とはこのことだ。

苦い文学

生まれなかった子どもたち

もしかしたらあなたも《未出生児給付金》の対象では?

下記のいずれかに当てはまる方は、給付金の対象となる可能性があります!

《経済的問題から親が出産を諦めて、生まれることができなかった。》
《社会情勢を悲観した親が出産を諦めて、生まれることができなかった。》

*「未出生児」って?
親が事情により出産費用を支払うことができなかったり、「こんな国では子育てはできない」などと親が悲観したりしたため、生まれることができなかった子どものことを未出生児といいます。

*「未出生児給付金制度」って?
出産費用の保険適用を進める政府が、保険適用がなかった期間における未出生児の機会損失にともなう利益逸失を補填するために始めた給付金制度です。

《相談無料! 費用無料!》
まずはお気軽にお問い合わせください!(ただし、給付金請求には期限がありますのでご注意ください。)

*「未出生児給付金制度」を騙った警告文・偽サイト・架空請求にご注意ください! 

・゜゚・ ☆☆信頼と安心のアホーダ法律事務所☆☆・゜゚・

苦い文学

脱毛の起源について

男でも女でも、服で隠している部分が肝心だ。そこが情欲を掻きたてるのだ。

だが、昔、つまり猿以上人類未満のころは逆だった。隠されていない部分のほうに興奮していたのだ。

そのころの私たちはといえば毛むくじゃらだった。つまりすべて隠されていて、私たちはそれで満足していたのだ。だが、あるとき、体の一部、たとえば肩の部分に毛のない個体が出現した。

私たちの興奮といったらない。毛があるところに毛がない! もうアフリカじゅう噂で持ちきりだ。毛のない個体をモノにしようとみんなやってきて、最終的に何人が交尾に成功することとなる(当時は結婚なんてなかった)。

すると、肩の部分に毛のない遺伝子を受け継いだ子が生まれる。またみんな興奮だ。結果、肩に毛のないのが増える。やがて、数千年後にはそれが当たり前になってしまう。もう誰もそそられない。

そんなときだ、今度はほっぺに毛のない個体が出現する。

私たちはもうその部分に釘付け、大興奮だ。その結果、今度は肩に加えてほっぺに毛がない変種が増えることになる。

こんなふうにして私たちは、つまり、肩、ほっぺ、その次は背中、腕、腿、とだんだんと毛むくじゃらを脱していく。やがてついに、必要最低限な部分以外は無毛の個体が登場することとなる。

はじめは熱狂と興奮だ。大歓声も上がってる。だが、数十世代後には無毛すら当たり前になる。となると、もう無関心もいいとこだ。ピクリともしない。あんまりご無沙汰すぎて交尾の仕方も忘れてしまう。このままでは人類が滅びる……人類の危機だ。

そのときだ、一陣の風が吹いて、葉っぱが私たちの隠部を覆った。なんだ? 私たちは顔を見合わせ、互いの隠された部分を見る。おお、このとき生じた情欲のほむらは、人類最初の火の使用といってもいいだろう。

「脱毛」から「隠す」へ。人類最大の転換がまさに生じたのだ。そして、このとき以来、私たちは服というものを着るようになった。

ときどきインドかどこかで全身毛だらけの人が見つかると、私たちは先祖返りだと物知り顔にいう。しかし、それをいうなら、現代の私たちが年じゅう脱毛のことを考え、電車内の広告を興味深く眺め、エステ通いに精を出すのも、体毛が抜けるたびに興奮していた時代のノスタルジアでなくてなんだろうか。