苦い文学

帯方郡からきた男

歴史家は、帯方郡からやってきたという男の話を聞いていた。

「その邪馬台国の先には何があるのかね」

「は」と男は始めた。「邪馬台国から東に水行二十日、さらに陸を東に百里進みまして、聳え立つ山に分け入りますと、志尼台国(しにたいこく)に至ります。

「その名の通り、みな死にたい死にたい、といっている国でございます。しばしば電車に飛び込んでこれを停止させますので、移動もままなりません。また高楼より飛び降りて通行人を害すことも頻繁なため、外出も危険です。この国に関してはこれ以上私は知りません」

歴史家は男の話をメモし、尋ねた。「では、その国の先には何があるのかも知っているかね」

「ええ、この志尼台国の先には今度は伊鬼台国(いきたいこく)があります。この国では、生きたい生きたい、と誰もが口にしております。あまりにも生きたい気持ちが強過ぎて、悶絶して息絶えることもあるそうです」

「聞き漏らしたのかもしれないが、志尼台国から伊鬼台国までの道のりを教えてくれないか」

「志尼台国から東に水行すること十日、陸路を南に百里、さらに西の海を十日間進み、そこから陸地を北に百里ほどでございます」

「もしかしたら、志尼台国と伊鬼台国は同じ国なのではあるまいかな」

「いや、そうですか……その先の禰無台国(ねむたいこく)と悪記台国(おきたいこく)の報告もいかがでしょうか……」

歴史家は手のひらを振って男を追い払い、その日のメモを消去した。

苦い文学

失われた30年

今、日本があぶない。

かつては日の上る勢いであった日本の経済力は、失われた30年を経て、いまや黄昏時にいたった。そして、その夕闇の中、少子高齢化が進行し、やがれ訪れる夜の闇に我が国は飲み込まれるであろう。

日本は黄泉の国となるのであろうか。

無論、政府とて手をこまねいているわけではない。「異次元の少子化対策」を掲げ、出生率を上げようと試みている。だが、もしも、少子高齢化も異次元級だったら? はなはだ心許ないと言わざるを得ない。

賃上げによる所得増大政策も推進されてはいる。だが、人口が若返らないかぎり、どんな経済政策も無意味である。

このような危機的状況を前にして、私はひとつの解決策を提示したい。

失われた30年というならば、まず、その失われた30年を見つけ出すほうが先決ではないのか。

というのも、もし我が国が30年を取り戻すことができたら、私たちは30年分若返るのだ。高齢化も解決できようし、30年前の活力で持って子作りに励めば、少子化問題などたちまちに霧散しよう。それとともに経済も上向きになるのももちろんだ。

では、その失われた30年はいったいどこにあるのか? どこの険しい山岳地帯、どこの危険きわまりない洞窟に隠されているのか。私は現在、探査計画を練っている最中だ。

探査旅行は、徳川埋蔵金発掘よりも大規模で、インディ・ジョーンズばりにスリリングなものとなろう。

探査隊への参加を希望される方は、ガイドブック『失われた時を求めて』を携帯の上、お集まり願いたい。

苦い文学

荒野の誘惑

イエスが荒野にひとりいると、悪魔がやってきて言った。

「もしおまえが神の子ならば、この石をパンにすることができるはずだ」 

イエスは答えた。「人はパンだけで生きるものではない、と書いてある」

それから、悪魔はイエスを高い所へ連れて行き、世界のすべてを見せて言った。

「もしも私にひざまずくのならば、世界のすべてをあげよう」

イエスは答えた。「主なる神を拝し、ただ神にのみ仕えよ、と書いてある」

それから、悪魔はイエスをエルサレムの神殿の上に連れて行き、言った。

「もしお前が神の子ならば……」

私「ちょっと、ちょっと、お前ら二人なにやってるんだ! 勝手に入ってきて! とっとと出ていけ!」

イエスと悪魔、泡食って逃げ出していった。

私はといえば、人生に絶望していたのだった。過去を振り返れば、そこにはなにもなく、ただ荒涼とした荒野が広がっていた。かといって、将来にもなにかあるわけでもなかった。むしろいっそうひどく荒れ果て、草一本生えないというありさまだった。

すると、ちょうどいい荒野があると聞きつけてイエスと悪魔がやってきて、例のくだりをおっ始めやがった。油断も隙もありゃしない、とはこのことだ。

苦い文学

生まれなかった子どもたち

もしかしたらあなたも《未出生児給付金》の対象では?

下記のいずれかに当てはまる方は、給付金の対象となる可能性があります!

《経済的問題から親が出産を諦めて、生まれることができなかった。》
《社会情勢を悲観した親が出産を諦めて、生まれることができなかった。》

*「未出生児」って?
親が事情により出産費用を支払うことができなかったり、「こんな国では子育てはできない」などと親が悲観したりしたため、生まれることができなかった子どものことを未出生児といいます。

*「未出生児給付金制度」って?
出産費用の保険適用を進める政府が、保険適用がなかった期間における未出生児の機会損失にともなう利益逸失を補填するために始めた給付金制度です。

《相談無料! 費用無料!》
まずはお気軽にお問い合わせください!(ただし、給付金請求には期限がありますのでご注意ください。)

*「未出生児給付金制度」を騙った警告文・偽サイト・架空請求にご注意ください! 

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苦い文学

脱毛の起源について

男でも女でも、服で隠している部分が肝心だ。そこが情欲を掻きたてるのだ。

だが、昔、つまり猿以上人類未満のころは逆だった。隠されていない部分のほうに興奮していたのだ。

そのころの私たちはといえば毛むくじゃらだった。つまりすべて隠されていて、私たちはそれで満足していたのだ。だが、あるとき、体の一部、たとえば肩の部分に毛のない個体が出現した。

私たちの興奮といったらない。毛があるところに毛がない! もうアフリカじゅう噂で持ちきりだ。毛のない個体をモノにしようとみんなやってきて、最終的に何人が交尾に成功することとなる(当時は結婚なんてなかった)。

すると、肩の部分に毛のない遺伝子を受け継いだ子が生まれる。またみんな興奮だ。結果、肩に毛のないのが増える。やがて、数千年後にはそれが当たり前になってしまう。もう誰もそそられない。

そんなときだ、今度はほっぺに毛のない個体が出現する。

私たちはもうその部分に釘付け、大興奮だ。その結果、今度は肩に加えてほっぺに毛がない変種が増えることになる。

こんなふうにして私たちは、つまり、肩、ほっぺ、その次は背中、腕、腿、とだんだんと毛むくじゃらを脱していく。やがてついに、必要最低限な部分以外は無毛の個体が登場することとなる。

はじめは熱狂と興奮だ。大歓声も上がってる。だが、数十世代後には無毛すら当たり前になる。となると、もう無関心もいいとこだ。ピクリともしない。あんまりご無沙汰すぎて交尾の仕方も忘れてしまう。このままでは人類が滅びる……人類の危機だ。

そのときだ、一陣の風が吹いて、葉っぱが私たちの隠部を覆った。なんだ? 私たちは顔を見合わせ、互いの隠された部分を見る。おお、このとき生じた情欲のほむらは、人類最初の火の使用といってもいいだろう。

「脱毛」から「隠す」へ。人類最大の転換がまさに生じたのだ。そして、このとき以来、私たちは服というものを着るようになった。

ときどきインドかどこかで全身毛だらけの人が見つかると、私たちは先祖返りだと物知り顔にいう。しかし、それをいうなら、現代の私たちが年じゅう脱毛のことを考え、電車内の広告を興味深く眺め、エステ通いに精を出すのも、体毛が抜けるたびに興奮していた時代のノスタルジアでなくてなんだろうか。

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still ill

ついに私たちは新型コロナウイルスを克服した。

ワクチンの開発と接種、社会的距離の遵守、マスクの着用、医療機関への協力、防疫体制への献身、そして反ワクチン派への懸命の説得が功を奏し、私たちは新型コロナウイルスを、ありふれた旧型の陳腐でチャチなウイルスへと転落させたのだ。

これを人類の文明の勝利といわずなんといおう。

世界中がこの勝利を祝っている。人々は、まるで卒業式の学生帽みたいに、青空に向かってマスクを一斉に放り投げた。

そして、人々は今、街に繰り出して互いに抱きしめ合い、喜びを噛みしめている。壮麗な花火が打ち上げられ、人々は祝杯をあげている。勝利の美酒の注がれたグラス、しかも回し飲みだ!

世界でももっとも厳しいコロナ対策を実施していた国のひとつである我が国でも、制限が日に日に緩和されていった。そして、今日、政府ははっきり宣言したのだ。

「コロナは終わった。どこであろうとマスク着用の必要はない!」と。

私の住む街でも祝祭が始まったようだ。私は家を飛び出した。マスクがないとなんと清々しいのだろう! 心浮き立ち、足取りも軽く、私は喜びの輪の中に入っていく。人々の顔がこんなにも美しく見えたことがあろうか。賑やかな音楽、笑い声、囃し立てる声。誰も彼も大声で自分たちの経験を語り続ける。そりゃそうだ! みんな苦労したのだから。にこやかに口角をあげ、泡とつばきを飛ばしながら……

町じゅう屋台が立ち並び、人々は食べ歩きの真っ最中だ。綿菓子、焼きそば、串焼き、煮込み、ビールにチョコバナナ。まるでコロナの間じゅう断食してたみたいに食べてる。そして笑ったりおどけたりするものだから、口からカスやら青のりやら七味やらが……

見れば大道芸人たちがあちこちで人垣を作っている。奇術に手品、ジャグリング、軽技、おどけた仕草に人々はもう夢中で、歓声、笑い声、その度に口と鼻孔から飛沫が……シャワーのように……

そして、祭りはついに最高潮。行き交う人々は酔いしれて、互いに手を握り合い、欧米風にハグし合ってる。私もたちまち取り囲まれた! 手荒いご挨拶だ。手を握り合うとニチャニチャして、抱きつく人々は皆ゲップをして……

私はマスクをつけ、家に引き返した。

苦い文学

名誉ある地位

日本国憲法の前文にある「名誉ある地位」ってなんなんだろう。

こんなふうに言ってる。

「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」

「と思ふ」と言ってるからには、我が国はまだ「名誉ある地位」には達していないということだ。

もし達していたら、「名誉ある地位をすでに占めている」とか、「名誉ある地位を築いた」とか、「名誉ある地位まで一気に駆け上った」とか、予備校みたいに「なんで私が名誉ある地位に?」とかに改憲しているはずだ。だが、改憲論議で、そんなことが話題に上ったこともない。

70年以上経つのに、まだ「と思ふ」なのだ。「名誉ある地位をそろそろ占めだしている」でも「名誉ある地位の背中が見えてきた」でもない。それどころか「名誉がなくもない地位には手が届いた」という進捗報告もない。

要するに「名誉ある地位を占める」にはほど遠い状態なのだ。

70年もの間、「片付けをしようと思ふ」と言ってる人に、片付けを期待する人がいるだろうか? それと同じ状況だ。

もう、いっそのこと「名誉ある地位」を諦めたらどうだろうか。

改憲して「名誉ある地位を占めたいと思つたこともあつたつけ。」と回想風にすべきではないか。

苦い文学

ひとり歩き

政治家の言葉って、まるで歩き出したばかりの幼児みたいだ。

目を離すと、すぐひとり歩きしてどっかに行ってしまう。

そのたびに秘書たちは大騒ぎだ。あっちに行った。いやこっちだ。永田町じゅう探し回ってる。

ぼやぼやしていると、マスコミが捕まえてしまう。そうなったら、もう目も当てられない。下手すると政治家の進退にも発展しかねない。もちろん秘書たちは全員クビだ。だから必死になって探すのだ。

政治家の言葉がひとり歩きする事態があんまり続くので、ついに政府も対策に乗り出した。

今では、政治家の言葉がひとりでどっかに行っちゃっても、秘書は探しになんか行かない。ただ内閣情報調査室に電話するだけだ。

すると、日本じゅうの空にこんな町内放送がスピーカーから流される。

「ピンポンパンポーン……こちらは、内閣総理大臣です。本日、午前10時30分頃の厚生労働大臣の会見のあとから、言葉の行方がわかりません。年齢は3歳、髪は男の子らしく短め、統一感ある服装で、Tシャツには『産む機械』とロゴが入っています。発見されたかたや、お心当たりのあるかたは、内閣情報調査室にまでご連絡ください。ピンポンパンポーン……」

苦い文学

サンタクロースと少年

その少年はじつに心のひん曲がった子で、いつもずるいことばかり考えていた。

どれくらいねじくれていたかというと、サンタクロースの絵を見てこんな悪だくみをするほどだった。

サンタが持ってるあの袋、あやしいぞ。配るプレゼントはそもそもトナカイが引くソリに積んであるじゃないか。しかも、子どもに渡すプレゼントだって、ひとつかふたつ持っていけばいいだけなのだから、あんな大きな袋を抱えて行く必要はない。手で抱えていけば済む話だ。

なのに、あの髭じじいときたら、後生大事に袋を抱えてやがる(あいつめ、まるで車上荒らしを恐れているみたいに、ソリに袋を放置しないのだ!)。あの中にはプレゼントなんか入ってやしない。金目のものが入っているのだ。きっとかなりの額の。

「プレゼントなんかに騙されないぞ」と少年は言った。「俺が欲しいのは、あの袋の中の大金だ」

クリスマス・イブの夜。少年は寝ないでサンタクロースをこっそり待ち続けた。手には鋭く研いだナイフがあった。サンタが来たらそれを突きつけて、あの袋を強奪してやろうという計画だった。

そして、ついにサンタクロースがやってきた。お馴染みの赤い服を着た白髪の老人は、肩に担った袋を片手で掴み、もう片方の手にはプレゼントの箱を抱えていた。彼はよろよろとツリーに近づくと、プレゼントを置こうとかがんだ。

突然明かりがついた。「それまでだ!」 少年の声が響いた。

サンタクロースはゆっくりと振り返り、刃物を握った少年を見つめた。

「その袋を置け!」 少年は言った。「そして、出ていけ! さもないと、お前のその服が血で赤く染まることになるぞ!」

サンタクロースは袋を置くと、そそくさともと来たところから出ていった。しばらくすると、ソリの動く音が聞こえ、鈴の音が空のどこかへと遠ざかっていった。

少年はナイフをしまうと、袋に駆け寄り、その中を見た。

中には、紙切れがたくさん入っていた。どの紙切れにも、乱雑な文字で何か書きつけられている。少年は読んでみた。わがままで生意気な子どもたちへの罵りの言葉や、過剰な配送ノルマへの恨みつらみばかりだった。

苦い文学

それな講座

アナウンサーA「これからは関東甲信越のみなさんにお伝えします」

(老人たちが教室で学んでいる映像が流れる)

アナウンサーB「これ、いったい何の様子だと思いますか?」

アナウンサーA「なんでしょう、何か発声練習をしているようですね……」

アナウンサーB「じつは、『それな』を使いこなすための講座なんです!」

アナウンサーA「『それな』というと、あの若者言葉の?」

アナウンサーB「そうなんです。お年寄りたちが若者の会話に加わって楽しく過ごせるようにと、黒骨市が市民団体と協力して始めた取り組みです」

アナウンサーA「へー、素敵ですねえ、私も学んでみたいです!」

(講師が映し出されて、インタビューに答える)

「講座では、現実に近い場面で練習をするので、自信を持って『それな』を使っていただけると思います」

(老人たちが「それなら、それなら」と繰り返している様子が映し出される)

講師「まずは発音に慣れてもらいます。いきなりは難しいですからね」

(受講生の一人、吉田さんがインタビューに答える)

吉田さん「孫娘におじいちゃん古臭いだなんて言われちゃいましてね。ええ、何とか苦労して身につけましたよ。ハハハ、なんだか若返った気分です」

講師「では、その成果を全国に見ていただきましょうか」

(講師は教科書を取り上げ、吉田さんに対して、会話文を読み上げる)

講師「(女子高生の口調で)今日の2限のテスト、めっちゃダルいんだけど」

吉田さん「其れな!」

アナウンサーA「以上、関東甲信越のニュースでした」