政治家のキャッチフレーズにはおかしなものが多い。例えば「やり抜く政治」「ぶれずにまっしぐら!」「今こそ変化!」「取り戻す!」などなどだが、よくよく見てみると、なにをやり抜くのか、まっしぐらにどこに行こうとしているのか、どんな変化を起こそうとしているのか、なにを取り戻すのか、よくわからない。もちろん、公約をよく読めば書いてあるのかもしれないが、もっとはっきり言ったほうが親切ではないかとも思う。
そんなわけで私は中身のない標語だとバカにしていたのだが、よくよく考えてみると、これはもしかしたら中身がないことが肝なのではないかという気がしてきた。
というのも、中身がないものに出会うと、人間はそれぞれ自分でその中身を埋める習性があるからだ。
そこで人は「やり抜く政治」と聞くと、自分なりになにをやり抜くかを思い浮かべることになる。ある人は経済政策、また別の人は政治資金のこと、子育てのこと、あるいは外国人の問題、とそれぞれだ。このような解釈の多様性が立候補者にとって有利なのはいうまでもない。多くの人が中身のない標語の中身を自分の関心事で埋めてくれれば、その分、自分の支持につなげることができるからだ。これがもし「原発再稼働のためにやり抜く政治」と具体的にいってしまったら、関心のない人や反対する人は、そこで離れてしまう。
こう考えてみると、中身がないことが中身だったのだ。