風刺・戯文

シン・オジマンディアス

今日、私は久しぶりに新宿駅に行った。山手線で降りて、西口から出るつもりだったが、どこもかしこも仮囲いに覆われ、出口がわからず、私は迷いに迷った。

新宿駅は巨大な構築物だ。それは日に日に白い仮囲いを増殖させ、新たな回廊と袋小路と迷路を増築している。いったいいつ完成するのか誰にもわからない。そもそも、今この瞬間、駅に降り立ち、階段を上り下りし、肩をぶつけながら通路を歩く数万の人々が生きているうちに完成するのかもわからない。

なんのためにこんなものを作るのだろうか。駅利用者のためではないことは明らかだ。駅長のためだろうか。それとも、神秘にして傲慢な何かが、駅として顕現しつつあるのだろうか。

ある旅人が語る。「私は週二回この新宿駅を利用するが、来るたびに駅は形を変え、より複雑になり、私を惑わすのだ」と。

私もやはり迷いながら歩き回る。掲示を頼みとするも虚しい。なぜならそこに記された矢印はいつも互いに矛盾しているから。

私は通路から通路へと渡り歩く。無駄に階段を上り下りし、危うく地下鉄の改札を通過しそうになる。

疲労しイラつきながらも、私は自分の心に密かな期待が生まれるのを感じる。駅のどこかにこんな言葉が記されてはいないかと探しはじめる。

「我が名は新宿駅、駅の中の駅。駅利用者よ、我が構内を見よ。そして絶望せよ。」

よろめきながら、廃墟となったこの駅を夢見る。

旅・観察

森鴎外記念館(後編)

ベルリン・フンボルト大学森鴎外記念館は、Friedrichstraße(フリードリヒ通り)駅から歩いていける。建物の上方に大きく「鴎外」と書かれているのですぐわかる。

記念館はこの建物の 2 階で、階段を上がって中に入ると、ドイツ人女性の責任者が現れて、館内の説明を日本語で簡単にしてくれた。無料だが、寄付を募っている、とアクリルの小さなボックスを示された。中には 10 ユーロ札と 5 ユーロ札が 1 枚ずつ、硬貨が少々入っていた。「写真を撮っていいですか」と聞くと、公開しないものならいいとのことだった。

それほど広くない館内をひとりで歩き回る。ドイツ留学中の鴎外や、帰国してからの作家活動についての説明や写真が展示されている。ここは鴎外が一時住んでいた場所で、当時の部屋も再現されている。窓際に書き物机があり、その上の壁には鴎外のデスマスクが飾られていた。これらは常設展で、別の 2 室では特別展示として 1880 〜 90 年代の東京の写真が並べられていた。

私がいる間には、他に来館者はいなかったが、責任者の知り合いらしい日本人がひとりやってきて、なにやら文化的な話をドイツ語でしていた。

記念館の入り口の脇に、売り物の書籍と絵葉書があった。絵葉書は 1 ユーロで、鴎外の肖像のものを 1 枚買った。例の寄付ボックスが目に入ったので、責任者の目の前でお金を入れて、文化の香り高いところを見せつけてやろうとしたが、財布には 10 ユーロ札(1,700 円)と小銭しかなかったのでやめた。その人も「こりゃまだ日本は普請中だ」と呆れたことだろう。