小説

新しいサービス(5)

私は近くのソファに駆け寄ると、まるで飢えた人のようにテーブルの上の iPad を手に取った。Safari を開くと、すぐに Apple のサイトが出てきた。

だが、そこからどう操作しても、Apple の商品紹介以外のサイトに行けないのだった。私は手を伸ばして別の iPad も試してみた。しかし、まったく同じだった。iMac のあるデスクにも行ってみたが、やはりApple のロゴ以外の世界に進むことはできなかった。

私は紙コップにコーヒーを入れ、ソファに戻った。周りの人々を見回す。はじめに入ってきたとき、私はこれらの人々がそれぞれ広いネット世界に接続されているように思ったが、実はそうではなかった。よく見ると、ただ目を瞑っているか、ぼんやりと画面のリンゴを見つめているだけなのだった。

私はコーヒーを啜り、ため息をついた。確かに、ここはネットカフェではないのだからしょうがない。だが、いったい今、世界はどうなっているのだろう。この瞬間にどんなニュースが入ってきているのだろう。そして、自分の LINE とメールにどれだけのメッセージが送られてきているだろうか……そのすべてから遮断されていることに私はイラ立ちを感じ、再び大きなため息をついた。

すると、そのとき、背後から誰かが近づき、私に話しかけた。

「まだここに来られて間もないようですな」

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新しいサービス(4)

エレベーターから降りると、目の前にはホテルのラウンジのような空間が広がっていた。白いレースのかかった窓からは穏やかな光が差し込み、ソファに座る人々を包み込んでいた。そこここにデスクが置かれ、人々はその上の iMac の画面を見つめている。ラウンジの中央には円形のテーブルがあり、その上にはコーヒーサーバー、水差し、ジュースの入った大きな瓶、スナックやお菓子が並べられていた。

「なんだ、初めからここにいればよかったのだ。なんであのスタッフは教えてくれなかったのだろう!」

もっとも、この素晴らしい待合室を前にして、私は怒る気も失せたのだった。そのとき、私の目の前に、スティーブ・ジョブズが忽然と現れた。

「お名前を……」 驚きを押し包みながら名乗ると、ジョブズ、いやもちろんジョブズにそっくりなスタッフは細い指で iPad を操り、私の名前を探りあてた。

「では、お荷物、貴重品をお預かりいたします」 彼が iPad を叩くと、小さなテーブルがスッと足元にやってきて止まった。「この上にお載せください」

私がショルダーバッグを置くと、テーブルの表面が輝き、その端からレシートのような長いテープを吐き出した。スタッフは屈んでそのテープをちぎり、私に差し出した。

「これを手首に巻いてください。お荷物お受け取りのさいに必要です」

私が巻きつけようとそれを左手首に当てると、ひとりでに巻きついて紙の腕輪になった。

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新しいサービス(3)

スタッフの指示にしたがい Apple Store の2階に行くと、そこには別のスタッフが立っていた。私を見ると近寄ってきて柔らかい口調で用件を聞いた。

「修理を待っている人専用の待合室に行きたいのですが……」

スタッフは私の名前を聞き、iPad を操作した。「こちらにどうぞ」

ついていくと、エレベーターの前に出た。だが、通常のエレベーターと異なり、ボタンがないのだった。スタッフは「このままお待ちいただければ、自然に降りてきます」と告げて立ち去った。

しばらく待っていると銀色の扉が静かに開いた。私は箱の中に入った。壁は薄い銅色のパネルで覆われていて、まるでホテルのエレベーターのようだった。だが、壁面に手すりがあるだけで、ボタンも緊急停止装置もインターホンも何もなかった。いや、ただ大きな Apple のロゴだけが壁の中央に配されていた。

あちこち見回していると、開いたときと同じように静かに閉まった。そして、機械の囁きと体の感覚の変化から、上昇しはじめたのを知った。上昇は続いたが、扉の脇にも上部にもいかなる表示もないため、いったい何階を通過しようとしているのかわからなかった。閉じこめられ不安が忍び寄ってきた。エレベーターが停止し、扉が開いた。

風刺・戯文

クマの新しい駆除法

私たちの県では今、クマ被害が大問題になっている。クマが山から降りてきて、農作物を食べ荒らしたり、人々に危害を加えているのだ。犠牲者まで出ている。

はじめは猟友会が銃で仕留めていた。だが、お駄賃を渋ったら臍を曲げて引き上げてしまった。それ以来、私たちの地域は荒らされ、脅かされている。

そんな中、私たちの県知事がすばらしいアイディアを出した。「ドローンから落とした爆発物をクマに食べさせ、リモコンで腹の中で破裂させるのだ」

県は全力を上げて実用化に取りかかった。爆発物自体を作るのは簡単だった。問題は、それをどうクマに食べさせるかだった。研究者たちは県営動物園のクマを相手にいくども実験を繰り返した。おいしそうな匂いをつけたり、はちみつを塗ったり、生肉を巻きつけたり……どんなに工夫をしても、クマは食べないのだった。この作戦は失敗だった。

そして、先ほど県知事は、私たち県民に向けて新たな作戦を発表した。

「県は、人間が爆発物を飲み込んで、クマに食べられに行くのがいちばんだという結論に達した。マイナンバーの最後の数字が9の県民は全員、各市役所に来るように……」

風刺・戯文

ノイキャン

音に敏感なタチなのかどうかわからないが、外出するときはいつもノイズキャンセリングのイヤホンをしている。一度、イヤホンを忘れて外に出たことがあったが、不安になって取りに戻ったぐらいだ。世界はうるさく耳障りで煩わしいのだ。

外界の音が聞こえないのでは危ないではないかとか、つけっぱなしでは耳によくないとか、外さないのは相手に失礼ではないかとかのうるさい小言も、ノイキャンのスイッチを入れればまったく聞こえない。

ところで、このノイキャンを憎んでいる人々がいる。はっきり言えば駅員たちだ。自分たちの自慢のアナウンスがキャンセルされるのがどうも気に食わないらしいのだ。自分の電車はいくらでもキャンセルするのにだ。だから、駅員たちは訓練の末(かどうかは知らないが)、新しい発声法を身につけた。ノイズキャンセルキャンセル話法だ。

このノイキャンキャン声で車内アナウンスされると、キャンセル機能が耳に築き上げた防壁は簡単に崩壊してしまう。駅員の声が私たちの耳にダイレクトに突き刺さってくるのだ。私たちは悲鳴をあげてのたうち回る。電車の吊り革に両手を縛りつける(そうしないと、自分の耳をもぎ取ってしまうのだ)。

私たちはオーディオ売り場に飛んでいき、新しいイヤホンの開発をお願いする。ノイズキャンセルキャンセルキャンセル機能搭載のイヤホンを早く! ……だが、私たちがこのノイキャンキャンキャン・イヤホンを手に入れるころには、駅員たちはすでにノイキャンキャンキャンキャン声でアナウンスを始めているのだ!

いったいいつまでこの戦いは続くのだろうか。それはさておき、一般の乗客は私たちのこの戦いをキャンキャンキャンキャンうるさいと思っていることだろう。

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新しいサービス(2)

Apple Store に駆け込むと、先ほどのスタッフが私を見つけた。私はどうやらひどい顔つきだったらしい。「どうされました」とスタッフが心配そうに尋ねてきた。

「いや、ちょっと戻ってきました。なんとなくね……」

「ああ、そうですか。お客様の中にはいらっしゃるのです。iPhone を持たずに外に出ると不安だと。ですので……」

「いえ、そんな、不安だなんて。することもないので……まあ店内で待たせてもらいますよ」

すると、スタッフはいかにも申し訳ないという顔つきをした。「ちょうどクリスマスシーズンでして、お客様が多数来店されております。お客様にとって不愉快なこともあろうかと思いますが……」

入り口のドアを見ると、次々と客が入ってくるのだった。製品が置いてあるどのテーブルも人だかりができていた。店内の中央にスツールがいくつか置かれていたが、空きなどひとつもないのだった。私は思わずため息をついてしまった。

「申し訳ありません。ですが、お客様にご提案があります。上階に、修理を待っているお客様専用の待合室がございます。そこでお待ちいただいてはどうでしょうか」

「そんなものがあるの。なら、そこにしますよ」

「では、そのようにいたします」とスタッフは iPad を取り出した。「えーと、お客様のお名前は」 私は名前を告げた。

「少し面倒で申し訳ないのですが、待合室の利用にあたり、手続きがあって」と iPad の画面を慣れた手つきで操作して、私の前に差し出した。

そこにはなにか規約類が書かれていた。いつものように読まずに下にスクロールし、「同意します」にチェックを入れる。

「ではご署名を」 画面に現れた空白欄に私は指で署名を書いた。汚い字になってしまったが、しょうがなかった。

「以上です。お2階にどうぞ」とスタッフは階段を指差した。

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新しいサービス(1)

今日、私は iPhone の修理のために、Apple Store に行った。スタッフに故障箇所を見せると、3 時間ほどかかるとのことだった。私はそれに同意し、iPhone をスタッフに渡した。

「もし今、電話をしたり、メッセージを送ったりなどあればどうぞ」

「いえ、とくに」

「修理が終わるまでの時間はどうされるご予定ですか?」

私は少し考えた。「外で散歩でもするつもりです」

「iPhone がないあいだ、お困りのことがあれば、Apple Store にどうぞおいでください」

私は Apple Store を出て、大通りを歩き始めた。天気はよく、気持ちよかった。三時間のあいだなにをしようか。映画でも見ようか。近くの映画館とプログラムを調べようとして私は iPhone を探し、すぐに修理に出していることに気がついた。

晴れていたが、ときどき冷たい風が吹いた。寒くなってきたので、私は喫茶店でしばらく時間を潰そうと思い立った。そして、喫茶店の前に立ったとき、私は iPhone がないということを思い出した。最近は財布を持ち歩かず、なんでも iPhone で支払っているのだった。

つまり、喫茶店で休むことも、何かを買うことも、電車移動もなにもできないのだ。これからこの3時間どうやって過ごせばいいのだろうか。あとどれくらい時間があるのだろうか? 今何時なのか? 私は時間を見ようと iPhone を探し、ないのを思い知った。

まるで大海原にたったひとりで漂っている遭難者のような気がしてきた。足の下の深淵に飲み込まれまいと、私は海面で必死にもがいているのだ。

恐怖が私をとらえた。パニックになり、息ができなくなった。私は大慌てで Apple Store に戻った。