散文

カとガ(2)

[g] は標準アラビア語にはない音だが、これを持つ方言も多い。私が比較的知っているのはチュニジアのチュニス方言だが、この方言には [g] と [q] の両方がある。

qalb(心)
gamra(天体の月)

gamra は、標準アラビア語の qamar に対応する。とすると、[q] が、方言では [g] になったと考えることができるが、そう簡単ではない。というのもその場合、qalb が galb でないことの特別な理由を考えなくてはならないからだ。

現在のチュニジアでは、南部の方言では [g] が一般的だ。「言う」という意味の動詞は、チュニス方言では qāl だが、南部では gāl だ。チュニスは長い間、チュニジアの中心地であったから、周囲の方言の影響を受けてきた。その結果、[g] のある語彙がたくさん入り込んだとも考えられる。gamra もそのひとつと考えるほうが、[q] から [g] への変化を考えるよりも単純だ。

また、[q] と [g] で意味が違う語もある。

daqq(ノックする)
dagg(針などが刺す)

daqq には対応する標準アラビア語の daqqa があり、これも「ノックする」という意味だ。dagg は別の方言から取り入れたとひとまずは考えたい。だが、だからといって、daqq と dagg が無関係とは言いきれない。「ノックする」と「刺す」は似ていなくもないから。その場合、どこかで [q] が [g] に変化した例ともなりうる。

さらに、[q] とは関係のなさそうな [g] もある。[g] で始まる garnabbū は、チュニス方言独特の語彙だというが、語源も不明で、形もあまりアラビア語らしくはない。

いろいろ書いたが、わからないことが多いのだ。これが面白い。

それはそれとして、garnabbū の使用には注意されたい。年配の女性に対する罵り言葉だから。

散文

カとガ(1)

アラビア語には二つの「カ」の音がある。ひとつは日本語の「カ」に近い音だ。一般的な音声記号で書くと [k] になる。専門的には無声軟口蓋破裂音という。もうひとつの「カ」は、[k] よりも口の奥のほうで作る音で、無声口蓋垂破裂音と呼ばれる。記号で書くと [q] だ。これは日本語にはない音だ。口を大きく開けてカラスの鳴き声を真似すると近い音が出るかもしれない。

アラビア語では [k] と [q] はまったく違う音だ。kalb は「犬」を意味する語だが、この k を q に変えて qalb とすると「心」という意味になる。

さて日本語にはさらに「ガ」がある。これは [g](有声軟口蓋破裂音)だ。これとは別に鼻濁音の「ガ」([ŋ]、軟口蓋鼻音)もあるが、ここでは関係ない。そして、アラビア語にはこの [g] の「ガ」がない。

ただし、これは標準アラビア語の話だ。アラビア語には、公的な場で使用される標準アラビア語と日常的に使われるアラビア語方言という二種のアラビア語がある。標準アラビア語には [g] はないが、方言にはこれを持つものも多い。とくに北アフリカのアラビア語方言では「ガ」がよく聞かれる。

私はこの [k] と [q] と [g] の三つの音についてかねてから不思議に思っていることがある。それについて少し書いてみるというのが、この記事の目的だ。