苦い文学

永遠の楽園

北朝鮮は替え玉国家だ。こういうと金正恩の替え玉のことを言っているように思うかもしれない。違うのだ。金正恩以外すべて替え玉なのだ。真相をお話しよう。

近年、北朝鮮は猛烈な勢いで軍事技術を発展させてきた。国際的な孤立の中、軍事力を背景として生き残りを図ろうとしたのである。

2017年には水爆の開発に成功した。だが、北朝鮮の科学者たちはこんなことでは満足しなかった。彼らは厳しい制裁をはねのけ研究を進めた。彼らは、核融合、さらには重力砲、しまいにはブラックホール生成まで成功したのである。そして、転機が訪れた。

異空間に通じる時空の亀裂が白頭山の麓で発見されたのである(おそらく金日成の誕生の奇瑞の影響であろう)。北の科学者たちは、その亀裂の固定化に成功し、異空間の探査に乗り出した。そして、人類の居住可能な領域を見いだしたのであった。

直ちに国家全体の異空間への移住事業が開始された。この国家的事業に否という者はいなかった。なぜなら、そこには無限のエネルギーと豊富な食べ物があった。そして、飢餓もなく、経済制裁もなく、38度線で区切られてもいなければ、アメリカも中国も韓国も日本もなかった。まさしく永遠の楽園であった。

そして、すべての人民の移住が完了した北朝鮮では、今、金正恩がたったひとりでアンドロイドの替え玉人民に囲まれて暮らしている。彼は、独裁者のふりをし、孤独に耐え、ときどき飛翔体を発射しながら、この異空間を世界からひた隠すという尊い責務を果たしているのである。

苦い文学

新しいやり方

ビルマ情勢の悪化にともない、日本政府は去年の夏、「本国情勢を踏まえた在留ミャンマー人への緊急避難措置」というのを出して、日本での在留を希望するミャンマー人に積極的に「在留や就労を認める」ようになった。

難民認定申請者もその対象だが、いったん「不法滞在者」となった後に難民申請した人はこれから外れる。

しかし、入管は難民認定の審査を早めたり、特別な配慮をして、「緊急避難措置」の適用外の人にも特定活動ビザを出しているようだ。私の身近な人にもそうした人が2人いる。

これ自体はとても喜ばしいことだ。10年以上も不安定な状況で、しかも時には収容されながら、日本で生き抜いてきた難民がようやく在留を認められたのだから。

だが、特定活動の内容自体は問題だ。このビザには就労許可もついているが、週28時間労働という制限があるのだ。

週28時間の労働の制限といえば、普通は留学生ビザだ。留学生がどうしてそうした制限の対象になるかというと、学費と生活費は保護者が負担し、また、留学生は勉強するために日本に来ているからである。これにはそれなりの理由がある。

しかし、難民の週28時間労働の制限についてはどうだろうか。保護者もいないし、学校に通っているわけではない。この制限内では、生活できないわけではない。だが、難民は学生と違って卒業もないし、これでは就職もできない。留学生は長期休暇中は週40時間の就労が認められるが、それすらもない。

しかも、この状態がいつまで続くかわからない。ビルマ軍事政権はこの先何十年も変わらないかもしれないし、明日急に瓦解するかもしれない。

こんな条件のもとで、人間は安心して生活を続けられるものだろうか。将来を思い描くことができるものだろうか。

こうした形の在留許可が人間の暮らしにふさわしいものだろうか。まるで、28時間に縛りつけられているみたいではないか。

もしかしたら、これは新しい形の収容なのではなかろうか……。

苦い文学

チャーチル式

マティーニとはジンとベルモットを混ぜて、オリーブを投入するショートカクテルだ。ベルモットの量が少なければ少ないほど辛口になって、ドライ・マティーニ、さらにはエクストラ・ドライ・マティーニと呼ばれる。

イギリスの首相チャーチルは辛口のマティーニを好むあまり、ベルモットの瓶を横目でチラと睨むだけでよしとしたという。これはよく知られたうんちく話だ。

さて、日本では少子化のため、どこの大学も学生を集めるのに必死だ。なかには経営を成り立たせるため、留学生を多く受け入れている大学もある。

しかし、どんな留学生でも大学にはいれるわけではない。日本語能力試験というものがあり、N2(上から2番目のレベル)に合格していなくてはならない。

とはいえ、N2合格者だけ、とすると、今度は志願者が限られてくる。なので、一計を案ずる学校が出てくる。

N2の試験を受けていれば、入学を認める、というのだ。その心意気だけでもうN2相当と認めちゃう、というわけだ。

この調子で行くと、そのうち、N2のことをチラとでも考えたことがあるだけでも入学させてしまう大学が出てくるのではなかろうか。

いや、なかろうかどころではない。実はチャーチル式の大学はすでにあるのだ。

苦い文学

エア

彼はエアギターというやつをやってみた。意外にエア上手にできたのでエア人前でエア披露に及んだ。エア喝采を浴び、たちまちエア評判を呼んだ。

エアラジオからエア問い合わせが来て、エアインタビューを受けた。そして、日本中にエアオンエア。

エアテレビからも声がかかり、エア出演だ。これをエアきっかけにエアタレント活動が始まった。

軽妙なエアトークがエア話題となり、エア各局でエア引っ張りだこ。ついにはエア司会としてエア番組を持つまでになった。

エア収入もエア増すばかりで、エア都内のエア一等地にエア邸宅を建てた。エア「エア御殿」とエア近隣でエア噂の的。

エア美しいエアモデルをエア妻に向かい入れ、エア新婚としてエアハネムーンにエアエアーでエア飛び立つ。

まことに満ち足りたエア人生かと思いきや、エアが切れて、たちまち彼は四畳半ボロアパートの暮らしに引き戻される。

「人生はチビシイ……」

と彼は横になって鼻をほじるのであった。

エア「水木しげるの短編まんが」完。

苦い文学

大予言

私が子どものころ、ノストラダムスの大予言は非常に大きな影響力を持っていた。「1999年7月の恐怖の大王の来訪」とか「アンゴルモアの復活」とか恐ろしい語句をちりばめた四行詩が、我々の未熟な精神にすっかり世界の滅亡を信じ込ませたのである。

もちろん、これらは外れた。滅亡するのは予言のほうかと思いきや、どっこい今に至るまでしぶとく生き延びて、現在もそれなりの関心を集めているようだ。

この間も、本屋に行ったら、ノストラダムスの予言を扱った新刊書が積まれていた。思わず手に取ってページを開いてみると、こんな四行詩が目に入ってきた。

不可能だ、行儀よく真面目なる者よ。
学び場で闇夜の硝子が粉々になる時。
ヘルメス全土に自由をもたらす欲求とともに
支配は終わるだろう、仕組まれた卒業によって。

この奇怪な予言はいったいなにを意味しているのだろうか。皆目見当もつかないが、もしかしたらカラオケに行けばわかるような気がする……

苦い文学

エチカ

私は無職だが、時たま肩書きを要求されるときもあり、そうしたときは非常に決まりの悪い思いをすることになる。

何か別の肩書きでもあればいいのだが、そうしたものもない。嘘をつくわけにもいかないので、恥を忍んで無職と答えることとなる。

そのようなわけで、近ごろはどうやったらこの無職というのをカッコよく言えるかばかり考えている(おかげで就職活動もそっちのけだ)。

答えはすぐ見つかった。なんのことはない「永遠の」をつければよかったのだ。

つまり「永遠の無職」だ。これは「永遠の17歳」とかいうのと同じで、人々は「あえて無職と名乗っている=つまり本当は仕事をしている」と勝手に受け取ってくれること疑いなしだ。

しかも、これは真実でもある。私はもしかしたら今後、なんらかの仕事に就くかもしれないが、かりにそうだとしても、それは決して本質的なものではない。それは私が無職であった期間に比べればはるかに短く、スピノザのいう永遠の相のもとに眺めれば、私は無職なのである(そして、これはあらゆる人間に当てはまるのだ……)。

私は「永遠の無職」と答えよう。そうだ、胸を張って、堂々と!

いつの日か私を永遠の業火が焼き尽くすまで……。

苦い文学

オールドデリー

人生について知らなかったころ、そこには謎などないような気がしていたが、人生について知るにつれ、そこには謎しかないような気がしてくる。今からする話も、そのような謎のひとつだ。

昔、私の家の近くに、「デリー」というカレー屋さんがあった。インドの人(かネパールの人)がやっている店だった。もともとはスナックだった店舗に居抜きではいったもののようで、レストランというには狭かった。

しかし、薄暗い店内にはインドの風景写真が飾られており、雰囲気もあったし、なによりもおいしかった。

「デリー」は市役所に近かったため、その職員がよく利用していた。それで、あるとき、市役所にもっと近いところに空き店舗を見つけて移転した。

店は広くなったが、前の店のような雰囲気はなくなっていた。居酒屋の作りで、あまりインドらしくはなかった。私は新規開店してすぐに行ったが、どこか違うように感じた。当てにしていた市役所の職員も来なかったようで、いつの間にか店はなくなっていた。

この「デリー」は移転したとき、名前を改めて「ニューデリー」となった。私が謎に思っているのはこの名前についてである。

「ニューデリー」という店名は、新しい「デリー」を意味しているのだろうか、それとも以前の「デリー」とは関係なく「ニューデリー」というインドの地名にちなんでつけられたのだろうか。

店のなくなった今、もはやこの謎を解く術はない(し、どうでもいい)。

苦い文学

来世の誓い

告白と聞くと、男女の愛の告白ではなく、死の間際の罪の告白が想起されるような、そうした年齢に私はなった。そして、そのような年齢になってみればもはやどうでもよいように思えるが、我々にとってモテないことが苦しみであった時代がかつてあった。

我々というのは、私と友人のIのことだ。我々はモテるためにあらゆることを試みたが、それが成果をもたらしたことはなかった。

ある日、Iが言った。「俺たちがモテないのは、前世でモテすぎたためではないだろうか」

「なるほど」と私。「ということは?」

彼は目を輝かせて言った。「今生でモテない我らは」

私「来世できっと」

二人声を合わせて「あ、モテるはず」

かくて我々は、来世でのモテを目指して今生の非モテを追求することを誓い合った。だが、その誓いも、交通事故によるIの急死によって、永遠に失われてしまった。

Iがこの世を去ってからすでに三十年が経とうとしている。街角には美しく若い男たちが溢れ、テレビでは美男子たちが生き生きと輝いている。無駄と知りつつも私は、そこに彼の面影を探さずにはいられないのだ。

苦い文学

侵略者

宇宙から侵略者がやってきて、地球征服の手始めに日本を攻撃することにした。

巨大な宇宙船が東京上空に突如として出現した。宇宙人がその奇怪な姿を現し、日本政府に告げた。

「我々に服従しないと直ちに攻撃を始める」

このときの首相は毅然とした態度で知られていたから、この恐ろしい通告に対しても毅然とした態度で臨んだ。

「我々日本民族はいかなる脅しにも屈しない!」

すると宇宙船の内部から巨大な大砲が現れた。宇宙人は告げた。

「愚か者どもめ、お前たちの望み通り、攻撃を始めてやろう。まずはお前たちの領土のこの島からだ!」

大砲から光の束が放たれ、竹島を一瞬のうちに消し去った。

そのとき、日本政府の飛行機が現れ、首相が顔を出し、宇宙人に熱烈な感謝を述べだした。政府は、韓国政府に対し、竹島が日本固有の領土であることは、歴史的にも国際法上も、そして宇宙的にも明らかとなったと高々と宣言した。さらに超党派の議員団はこの日を記念して「宇宙の竹島記念日」とする法案を国会に提出した。日本中が宇宙人歓迎ムードに湧いた。

宇宙人は、征服しても得るものはなさそうだと、遠い銀河に飛び去っていった。

苦い文学

夢は叶う

人間らしい付き合いというもののない私には、年賀状といえば、毎年、なぜか嵐から届くきりだったが、最近はそれも来なくなった。

なので今年はゼロかと思いきや、珍しく1枚だけ私宛に来ていた。学生時代の頃の友人だ。

彼と過ごした青春の日々が不意に思い出された。もっとも、それらの日々はとても無残なものだったので、私はここ数十年思い返すこともなかった。

我々は苦しく惨めだった。だが、その悲惨の中から、あるとき彼は、ひとつの夢を掴みとったのだった。それは歴史的な瞬間だった。

「俺はこの世界を破壊する」と彼は言った。「憎しみを播種し、恐怖と侮蔑で人々を分断させるのだ。人権などというものを真っ向から否定し、弱者どもを狂わせ、無限の闘争に駆り立てるのだ。あらゆる人間性を、価値を、技術を、知性を、知恵を蔑ろにして、この世界を混乱に陥れる。そうだ、戦争だ! 戦火をあらゆる番地に燃え立たせるのだ。この世界はひとつの巨大な地獄となるだろう……」

私は我に返り、彼からの年賀状を眺めた。ありきたりの正月の文句と彼の名前が書かれ、その下に「自民党員」とあった。

どうやら、着実に夢を実現させているようで、他人事ながらうれしかった。