苦い文学

雪のカレン

ビルマのカレン民族の伝統的な行事にカレン新年祭というものがある。これはそれほど古いものではないというが、各地でカレン人が集まって、お祝いをし、ダンスやゲームをし、食事をする。開催されるのはカレンの暦の正月で、これはだいたい年末年始にあたる。

日本でもこのカレン新年祭は20年以上行われているが、今年はコロナ禍ということもあり、日光にバス旅行ということになった。ただしこれは関東でのことで、神戸では1月9日に開催される。これは関西初のカレン新年祭だ。

バス旅行は1月2日に行われ、45人の在日カレン人と2人の日本人が参加した。そのうちひとりが私である。

早朝東京を出たバスは、10時半に中禅寺湖に着いた。雪が積もる駐車場でカレン新年祭の式典が簡単に開催された。

カレン民族はビルマの諸民族でもっとも多様性に富んだ民族だ。住んでいる場所だけでも、都市部、農村部、デルタ、山岳地帯、海岸とさまざまだ。そして、今日、雪国のカレン人も見つかった。

式典でひと言といわれたので、こういうことを話したら、少し受けた。

ただし、正確にいうならば、日本なら北海道にも、そして、アメリカ、カナダ、韓国、ヨーロッパなど、日本より寒い国々にもたくさんのカレンの人々が暮らしている。

苦い文学

かわいそうに

都内の居酒屋で、ある若者がアルバイトをしていた。その店には外国人の娘もアルバイトで働いていた。東南アジアのどこかの国の人で、日本に出稼ぎに来ているようだった。

あるとき、その娘が揚げ場の油を手に引っかけてやけどをした。店の社長は治療費は出したが、彼女は何日も休まねばならず、収入はひどく減ってしまった。

若者はその娘と仲が良かったので「かわいそうに」と同情したら、「全然」という返事が返ってきた。「入管にいる人のほうがかわいそうだよ」

若者は「この子よりかわいそうな人がいるのなら会いにいってみよう」と考えた。

入管にいる人とは収容されている人のことだった。若者は娘からその人の名前を教えてもらうと、入管に面会に行った。

面会室で待っていると、年配の男が現れた。彼は入管に3年間も収容されているというのだった。若者は、これはかわいそうだ、と思い、そのことを彼に告げると、こんな返事が返ってきた。

「難民キャンプにいる人のほうがもっとかわいそうだよ」

若者は「この人よりかわいそうな人がいるのなら会わねばなるまい」と考えた。

彼はアルバイトの収入で航空券を買って、異国にある難民キャンプに行った。そこには、あの娘と同じ民族の人々が狭い場所に小屋を建てて暮らしていた。みな、政府軍の攻撃から逃げて隣国との国境にやってきたのだった。若者は、これはかわいそうだぞ、と思った。

さっそく難民キャンプのリーダーにそのことを告げると、こんな返事が返ってきた。

「難民キャンプに来られず、国境のジャングルで逃げ暮らしている村人のほうがもっとかわいそうだよ」

若者は「これらの人々よりかわいそうな人がいるのなら会わねばなるまい」と考えた。

そこで、そのリーダーに頼んで、国境のジャングルに連れていってもらうことにした。

ジャングルの旅は危険極まりなかった。都会育ちの若者は疲労困憊し、やがて熱病に冒された。無理を押して進んだが、ついに力尽き、意識を失った。人々は懸命に手当てをしたが、ジャングルのただ中ではできることはほとんどなかった。若者はもはや息をするのをやめていた。

人々は彼を日当たりのよい丘に葬った。そしてだれもが「かわいそうに」と泣いた。

苦い文学

災害

南海のどこかで怪獣が現れて、日本に向って北上をはじめた。小笠原諸島を通過し、八丈島に接近したかと思うと、あれよあれよという間に大島沖までやってきた。

怪獣はそこで少し東に針路を変えた。急きょ設けられた災害対策本部は慌てふためいた。東京湾に侵入しようというのだ。上陸地点は川崎から浦安のあいだのどこかにちがいなかった。

関東全域に緊急事態宣言が発令された。上陸予想地点には自衛隊の部隊が派遣された。

東京湾沿岸の住民たちは争って東北地方や関西地方に逃げだしたが、政府は混乱を避けるため交通を遮断した。食料品と生活必需品が不足し、奪い合いが起きた。パニックと略奪と放火が徐々に広がっていった。

そしてついに怪獣が都民の前に姿を現した。その巨大な生き物は海から東京を睥睨すると、波を起こしながら岸に近づいていった。

その時だった。韓国の議員が竹島(独島)に上陸したとのニュースが政府に伝えられた。

首相は直ちに会見を行い、極めて遺憾との意を表明した。政府は、駐日韓国大使館に抗議の声明を送った。また与党系の議員団は「到底受け入れることのできない暴挙」だと強く非難した。また、右翼系の政治団体はこぞって抗議運動を展開した。

このように政府が竹島問題に全力で取り組んでいる間、怪獣は東京湾沿岸の諸都市を破壊し、海に帰っていった。

苦い文学

別の魔法使いの弟子たち

遠い未来の死にかけた地球、新型コロナウイルスが猖獗を極めるアルメリーの丘陵地帯に、魔法使いが暮らしていた。魔法使いには、緑と藍の二人の弟子がいた。

緑はなにかにつけ飲み込みが早く、一を聞けば十どころか百を知る頭のよさだった。魔法使いは「地頭のよい男だ」と思った。

もう一方の弟子である藍は、真面目で勤勉だったが、頭の鈍さと不器用さがすべてを台無しにしていた。「地頭の悪い男だ」と魔法使いは思った。

あるとき、魔法使いはフェーダーズ・ワフトで起きた事件のため、しばらくの間、旅に出なくてはならなくなった。彼は二人の弟子を呼び、留守の間の諸注意を与えた。さらに、新型コロナウィルスの正体を明らかにすべく研究を進めよと命じた。そして、魔法使いはマスクの束を持って出発した。

長く困難な旅を終え、魔法使いは帰還した。彼はさっそく二人の弟子たちを呼び寄せ、尋ねた。

「お前たちは新型コロナウィルスの正体を明らかにすることができたかね」

地頭の良い緑は自信満々にうなずいたが、地頭の悪い藍は悲しそうに首を振った。

「では、緑よ、お前の答えを聞かせてくれ」

「新型コロナウイルスの正体は、嘘です。魔法使いビル率いる秘密結社が、人類を支配し、家畜化するために、恐怖をあおっているのです」

魔法使いは旅の疲れがどっと出たような気がしたが、それを表に出さず、もうひとりの弟子のほうを向いた。

「藍よ、お前が答える番だ」

藍は、申し訳なさそうに答えた。

「残念ながら、新型コロナウイルスの正体は明らかにできませんでした。ですが、手に入るかぎりのデータを収集し、実験と治験を繰り返して、かなり効果の高いワクチンを開発しました」

魔法使いは二人を去らせ、書斎にこもると、疲れた顔を擦りながら「地道にしく地頭はなし、だ」とつぶやいた。

苦い文学

入管の中の死者

死者がまるで生きているかのように街を歩き、人々を脅かした。警察はその死者を逮捕しようとしたが、法律は生きている人のためのものだった。

そこである賢い人が、死者を呼び止めて言った。「在留カードを提示しなさい」

死者はそんなものは持っていなかった。「なんだ、不法滞在外国人か」と、人々は安心した。そして、死者を捕まえて、海辺の入国管理局に連れて行った。

入管は、この死者がいつ入国したのかも、どんなビザを持っていたのかも、そしてどの国に強制送還したらいいかもわからなかった。だが、日本人ではないことは確かなようだった。なので、収容所に放り込んだ。

死者が収容されたとの噂は、たちまち収容所中に広まった。被収容者たちは憤慨し、恐れた。そして、新入りが来るや、死者ではないかと疑ってかかるのだった。だが、当の死者は、意外に生き生きとしていたので、誰にも気づかれなかった。

死者はものを食べなかった。食事に手を付けない日々が何日も経ったとき、まわりの被収容者たちが「俺たちも食べないぞ!」と騒ぎだした。死者が入管への抗議のハンストをしていると勘違いしたのだった。

ハンストは収容所中に広がった。慌てた入管職員たちは直ちに原因をつきとめ、死者を独房に閉じこめた。

死者はついに自分の墓に入れたと喜んだ。

苦い文学

別エンディング

私は一生懸命勉強をして、とある有名私大の入試に合格した。

ちょうど私が合格したとき、その大学のAO入試で、私と同い年の芸能人が、芸能活動と意欲が認められて合格したというニュースが飛び込んできた。

テレビでは、その芸能人に対する賞賛が繰り返されていた。これを見て、私は急に恥ずかしくなった。まるで自分が合格にふさわしくないように思えたのだった。それで、入学式から数日して、退学届けを出した。

私は暗い20代を過ごしたが、たまたま、社会的弱者に対する支援活動に関わるようになった。お金にもならなかったが、その活動に私はのめり込んだ。私はもてる時間、もてるものすべてをその活動に差し出したのであった。ついに一生の仕事を見つけた、と私は思った。

その活動を続けて何年か経ったとき、ある芸能人が、私の関係する同じ活動に多額の寄付を行ったことが発表された。のみならず、その支援活動を熱心に行う姿が報じられた。社会は賞賛の声を上げた。そして、私はその活動からいっさいの手を引いた。自分のやっていることが急にみすぼらしく思えたのだった。

私はすべてを失い、社会の暗い底でもがいていた。そこにコロナがやってきた。そのせいで、私はもはやもがくこともできなくなった。私は死のうと決意し、その準備を始めた。

その時、衝撃的なニュースが社会を揺るがした。ある芸能人が不可解な自殺を遂げたのであった。ニュースやワイドショー、新聞や雑誌ではその芸能人の死を惜しみ、その才能、魅力、良心の失われたことを嘆く声で溢れた。

私は諦めた。この芸能人の死に比べたら、みっともないにきまっている自殺をどうして決行することができようか。

《別エンディング》

私は諦めた。芸能人たちは我々から容赦なくすべてを、自殺すらも奪っていったのだった。狭いビルでガソリンをぶちまけるしか、もはや我々に残されていないとしても、誰がこれを責められよう。

苦い文学

取っ手のとれる

CEFR(セファール、ヨーロッパ言語共通参照枠は略称)は、その名の通り、ヨーロッパで異言語を学ぶ学習者の能力を、言語にかかわりなく同じ基準で測れるようにと設けられた基準である。しかし、現在ではヨーロッパ以外、例えば日本でもこれをもとに日本語能力試験のレベルが設定されている。

CEFR のレベルは、A、B、C の 3 つにそれぞれ 2 段階、つまり全部で 6 つある。もっとも低いレベルは A-1 で、最高が C-2 だ。A-1 の能力がどのようなものかというと例えば「自分や他人を紹介することができる」とこのレベルになる。そして「聞いたり、読んだりしたほぼすべてのものを容易に理解することができる」とか「自然に、流暢かつ正確に自己表現ができる」となると C-2 だ。このように「〜できる」という能力を重視してレベルが設定されているのも CEFR の特徴だ。

CEFR が公表されたのは 2001 年だ。その準備段階で実は C-2 より上のレベルとして、D-1 と D-2 もまた設けられていたのは、まったく知られていない。

私がある筋から特別に入手した情報によると、D-1 では「自分自身についてカリスマティックに語ることができ、民衆を熱狂させることができる」、D-2 では「陰謀論を巧みに用いて、民衆を煽動し、戦争を始めることができる」ということだ。

このレベルが削除されたのも無理もないといえよう。

苦い文学

イデオン

私たちは高齢者が引き起こす交通事故について議論していた。

一人が憤激して叫んだ。

「まったく、どれだけ多くの子どもたちが殺され、親が苦しんでいることか、私はもう苦しくてたまらないのだ。なのに老人どもときたら、平気で車を乗り回している! 子どもを殺せば殺すほど長生きできるという奇怪かつ有害な信念にとりつかれてるんだ、やつらは! 老人どもからすべての免許を取り上げるべきだ!」

もう一人が落ち着いた声で言った。

「怒る気持ちはわかるが、そうした感情論だけでは解決しない。今、地方の高齢者から車を取り上げたら何が残る? とくに一人暮らしの場合に? みな車なしに成立しえない暮らしをしている、それが問題なのです。悲惨な事故をなくすためには、車がなくても高齢者の生活の質が保障される環境も整備する必要があるのです」

別の男が新たな論点を提示した。

「高齢者のことばかりに焦点が当たっていますが、アルコール依存症などの影響も重大ですよ……」

我々の議論はつきなかったが、結論としては「原因はイデの発現」ということに落ち着いた。

いつかどこか新しい星で、みんなで再会できたなら……

苦い文学

ガンダム

私たちは認知症について議論をしていた。

「認知症というのは、死にゆく準備にはいったということなんですよ。人間は、生まれたときは純粋な童心というものを持っていますが、大人になるにつれてこれを失います。ですが、死が近づくとその童心を再び取り返す。誕生と死の間に見いだされるこのシンメトリカルな構図は、まさに神の摂理ですね」

もう一人が言った。

「いや、認知症というのは死とはまったく関係のない病気です。認知症の人すべてが高齢者というわけではないですし、認知症でなくても老衰で死ぬ人はたくさんいます。あなたが認知症をそんなふうに妙に美化して捉えているとしたら、とんでもない誤解ですよ」

別の一人がここで口を挟んだ。

「お二人の意見はもっともですが、介護の現場にいる者から言わせてもらえば……」

我々の議論はつきなかったが、結論としては「認知症はニュータイプ」ということに落ち着いた。

もうみんな認知症になるのが待ち遠しい様子だ……

苦い文学

合コンと王様ゲーム

私は合コンに参加したい。そして、王様ゲームをしたいのだ。

合コンなるものが世に行われるというのを聞いたのはいつのことだろうか。私が大学生だったころはそんな名前など聞いたこともなかったから、まだ発明されていなかったのだろう。誰もが口にするようになったのは、私が社会人となってからだ。そしてそのときには、生活に追われて合コンに参加する時間もなかった。

しかし、子どもも独立し、生活も落ち着いた今、私はあらためて合コンに参加したいと思うようになった。そこで、学生時代からの男友達数名を集めて合コンを開催することにした。

合コンといっても実際はいつもの飲み会と変わらないものだと知った。だが、そうした気づきも大事ではなかろうか。それに、重要なのは王様ゲームだ。

宴もたけなわになった頃、私は立ち上がり、合コンに集った男どもに王様ゲームの開始を高らかに宣言した。

私は総督の前に立たされた。総督が私に「お前が王なのか」と尋問した。私は「それは、あなたが言っていることです」と答えた。

それから総督は人々にこう言った。「この男と盗賊のうち、どちらを釈放してほしいのか」 すると人々は「盗賊を」と叫び、私を十字架につけろと要求した。

そして、総督の兵士たちは、私の着物をはぎ取り、赤い外套を着せ、茨で冠を編んで頭に載せ、また、右手に葦の棒を持たせて、その前にひざまずき、「王様、万歳」と言って、侮辱した。また、唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたき続けた。このように私を侮辱したあげく、外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った。

彼らは私を十字架につけると、くじを引いてその服を分け合い、そこに座って見張りをしていた。そして、私の頭の上に「これは王である」と書いた罪状書きを掲げた。

……この王様ゲームはなかなか面白かった。合コンと王様ゲームは十分に楽しんだから、次回は同じメンツで集まって女子会を開催するつもりだ。