苦い文学

「早く元気になって」

元気な人が「早く元気になって」という声を毎日聞くようになった。

元気な人は元気であるのに、そう言われ続けたら、どうなるだろうか。もしかしたら自分が元気ではないのだろうか、という気がしてくるにちがいない。

さらにそれでも「早く元気になって」という声はやまない。

その人はついに自分が元気ではないのだと思い込む。なんだか暗い気分になる。あれほど元気だったのに、と昔のことばかり考え出す。すっかり意気消沈して、だんだんと病気になってしまう。

病名もわからない。だから、どんな治療も効き目がない。ただ苦しいだけだ。なんとかして回復しようと必死になるが、その度にあの声がどこからともなく聞こえてくる。

「早く元気になって」

この声を聞くと、回復への気力がたちまち打ち砕かれる。そして、元気でいることが途方もない不可能事のように思えてくる。自分には元気など無理なのだ。いや、もう元気でいるべきではないのだ。それが自分の運命なのだ。

こうなるとさらに病が悪化する。もう寝たきりで、1日のほとんどをうつらうつらと過ごすようになる。

そんなある日、枕元に誰かが立つ。病人の手を握り、慈しみのこもった声で告げる。

「早く元気になって」

病人は夢見心地で答える。「ありがとう。でも、ごめんなさい、もう無理そう……」

病人はそのまま白目を剥き、息絶える。

苦い文学

見えないメガネ

みなさんは2つのメガネがあるとしたら、どちらを選ぶでしょうか。ひとつは度は弱くて、もうひとつは度が強い。

度が強いほうだ、とおっしゃる声が聞こえます。確かに、遠くまでくっきりはっきり見えますね。

ですが、遠くまで見えるのは本当によいことでしょうか。たとえば、遠くに厄介な知人がいたとして、度が強いメガネで気がついてから無視するのと、度の弱いメガネでそもそも気がつきもしないのとどちらがよいでしょうか。

それはもちろん、度が弱いほうです。知らんぷりするという良心の痛みとも、みえみえのそぶりを知人に見破られるという危険からも免れているからです。見えないということは心を自由にするのです。

そもそも私たちに視力は必要でしょうか。

もちろん、視力があるに越したことはありませんが、よい必要はあるでしょうか。

大昔は必要だったでしょう。狩をする私たちにとって、遠くの獲物の動きが見えるか見えないかは、生死を左右しました。また、危険な獣の接近にできるだけ早く気がつくことも重要でした。ですが、現代社会では追うべき獲物もいないし、迫りくる野獣もいません。車や電車がぼんやり見分けられればそれでいいのではないでしょうか。

実際のところ、はっきり見えればいいのは、携帯だけです。それが見える程度の視力で十分なのです。それ以上の視力は不必要、いや、見えすぎることの危険と不快を考えれば、むしろ百害あって一利なしです。現代社会は狩猟社会から抜け出てそんなところにまできてしまったのです。

みなさんの中には、そもそもメガネなど必要のない方もいるかもしれません。失礼を承知であえて申し上げましょう。そうした方々は、いまだに狩猟社会を生きているのです。

現代人として生きたければ、ここにご用意した「あえて視力を落とすメガネ」をぜひお試しください。

苦い文学

ノース・コリア芸能ニュース

ボーイズ・グループ DPRK(ディープロック)のジョンウンが、SNS を通じてエネルギッシュで多彩な魅力を存分にアピールし、世界中の人民の感嘆を誘った。

ジョンウンは、近日中に予定されているニュー・シングル「軍事偵察衛星」の音源とダンスの一部をサプライズ公開し、東アジア人民のカムバックへの期待を刺激した。

タイトル曲となる「No Announce#」には、繊細で野生的なボーカルにエレクトロポップの雰囲気が加えられ、完成度を高めた。所属事務所は、IMO(国際海事機関)による非難決議採択を受けて「われわれの事前通知がこれ以上必要ないという公式な立場の表明とみなす」というメッセージを込めたと説明した。

サプライズ公開された映像では、ジョンウンのラブリーで美しいビジュアルも目を引く。洗練された衣装で、独特の拍手パフォーマンスを見せつけ、非民主的な雰囲気を誇った。

ニュー・シングル「軍事偵察衛星」は近日中に通告なしにリリースされる。

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秘密の救護活動

コロナが収束して電車も再び混み合うようになった。それだけでも不快なのに、最近の蒸し暑さだ。昨日の朝、満員電車の中で立っていた私は、不意に気分が悪くなり、ふらふらしだした。

倒れる……と思った瞬間、いくつもの手が私を支えた。かすんだ目で見ると、数人の男が周りにいるのが見えた。ひとりが小声で囁いた。

「体の力を抜くのだ」

朦朧としながら私はその言葉に従った。「そうだ、そのままでいい」 男たちは私が倒れないように支えているのだった。

男は私の鼻にハンカチを押し付けた。爽やかな香りが鼻孔をくすぐり、私はやや気分が落ち着いた。

やがて電車は駅に停まった。ドアが開く。その駅ではいつも誰も降りないので車内も動きはない。そのとき、駅員がドアの外に立ち車両の中を覗き込んだ。

男たちが緊張するのがわかった。先ほどの男が私の背に何か固いものを押し当ててささやいた。

「命が惜しくなければ静かにしているんだ」

駅員がジロジロと見ているうちに、ドアが閉まり、電車が動き出した。男たちの緊張が緩むのがわかった。男が言った。

「すまなかった。こうするしかなかったのだ」

「でも、いったいなんのために?」 やや元気を取り戻していた私は尋ねた。

「駅員の中には体調不良者をめざとく見つけて、救護活動をしたがる一派がいるのだ。もし君がそんな連中に見つかっていたら、救護活動で電車が遅れていただろう。そうなったらこの電車の乗客全員が遅刻だ! 私たちは駅員が見つける前に電車内の体調不良者の救護を行う『電車の遅延を許さぬ乗客たち』のメンバーだ」

「そうですか。そんな団体が……うっ!」 私は急に胸のむかつきを感じ、震えが止まらなくなった。

男は言った。「いかん、吐くぞ!」

「吐いたら停車まちがいなしだ!」と別の男。「これしかない!」と男は自分の手提げを開き、私の顔に差し出した。

私はその中に思う存分吐いた。

「ふーっ」 男たちは安堵の息をついた。私も吐いたせいでだいぶ気分が楽になった。

しばらくして電車は駅に停車した。どっと人々が降りる。押し出された私は、これら英雄的な男たちの姿を一目見ようと振り向いた。

そこにはスーツ姿の普通の会社員たちが立っているだけだった。

どっと電車に乗り込む人々に隠されるその瞬間、パンパンに膨らんだ手提げをぶら下げたおじさんが、私にウインクしたような気がした。

苦い文学

千葉の言い伝え

昔、戦さに敗れて源頼朝が千葉県に逃げてきたとき、千葉の人々はあたたかくこの貴人をもてなした。

頼朝はたいそう感激して、一時は千葉県に幕府を開こうかと決めたくらいだ。しかし、神奈川の意地悪な連中が嫉妬して、しきりに千葉県民を貶したので、翻意して薄汚い鎌倉に移ったのだという。

鎌倉幕府は150年ほど続いたが、頼朝の家系は絶え、北条氏に奪われた。もし頼朝が千葉に幕府を開いていたら、そんなことにはならなかったろう。おそらく、今も千葉で幕府が続いていた可能性が高い……

……と、千葉の山奥に伝わる言い伝えは語るが、その真偽のほどはさておくとしても、千葉の人々は、どうやら昔から逃亡者にやさしかったようだ。

その昔、鹿野山から虎が逃げ出したのも、頼朝公を受け入れた千葉県民の温情を期待してのことではないだろうか。また最近でも、千葉の各地でドーベルマンやジャーマン・シェパードが逃げ出す事件が続いた。千葉は動物が逃げる県で有名だ。

八丈島のきょんもそうだ。動物園から逃げ出して、千葉の山でのびのび暮らしているという。

こんなお国柄であることを思えば、成田空港に世界各国から難民が逃げてくるのも当然といえば当然ではないだろうか。

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外国人の開発

我が国の少子高齢化による労働力不足を補うため、外国人労働者の受け入れが進んでいます。

私たちとしてはリーズナブルな価格で、日本の社会を喜んで支えてくれる優秀で完璧な外国人が欲しいのです。ですが、来日する外国人は必ずしも私たちの期待に沿うような人材ではないことが多いようです。

それどころか、反日勢力の策動によるものか、出来損ないで悪質な外国人ばかり日本に来ているのも否定できません。このままでは日本が危ないのです。

「子どもたちに素晴らしい日本を残すためには、もう自分たちで外国人を作るしかないのではないか」

私たちのこんな想いが、外国人の開発のきっかけとなりました。日本には優秀な技術があります。そして小さいけれど技術の点では世界一の中小企業がたくさんあります。私たちはみなさんの力を結集して、オール・ジャパンで、外国人開発に取り組んでいます。

乗り越えなくてはならない問題はたくさんあります。試作品の第1号は、初めての外出の途中で入管に捕まってしまいました。第2号はアメリカに逃亡し、現在、難民申請中です。

ですが、私たちはくじけません。失敗は成功の母というではありませんか。特にその母が日本人の場合にはなおさらなのです。

みなさんに純国産の外国人労働者をお披露目する日も近いかと思います。

苦い文学

卒業文集

毎年、全国の小学校で無数の卒業文集が作られるが、これらのうち、価値のある卒業文集はごくわずかだ。

では、その価値のある卒業文集とない文集の違いはなんだろうか。もちろん犯罪者が子どもの時になにか書いているかどうかの違いだ。

しかも、ただ書いているだけでは十分ではない。その後の犯罪と結びつくような一言や、ちょっと風変わりなコメントがあれば価値はますます高くなる。クラスメートが子ども時代の犯人について何か面白いコメントを書いているのにもいいポイントがつく。

あるいは逆に、その後の犯罪の予兆をまったく感じさせない作文もこれはこれで高ポイントとなる。

こうした特徴があれば、昼のテレビ番組でその卒業文集が取り上げられるのは間違いない。文集としてはまずまずの成功といえるだろう。さらに、ジャーナリストがその文集を記事や本で取り上げたらもう大成功だ。

こうしたすぐれた文集にすべく、教師は、日頃から子どもたちの行動に気をつけ、将来的に犯罪を犯すと見込んだ子どもには積極的に作文指導を行うべきであろう。

苦い文学

教卓の力の研究

現代では教卓に関する科学的研究が進んでいる。そのおかげで教卓にまつわるかなりの現象が予測できるようになった。

例えば、ある程度の広さのある教室に、そのキャパの半分程度の学生を投入するとしよう。こうした状況で、教卓を研究する科学者たちは、教室の中を見ないでも、教室内で学生たちがどのように着席するかをかなりの程度、正確に予測できるようになった。

科学者は、知性と数式だけで、こう予測する。学生たちは教卓の周りに半円状の無人の空間ができるように着席するであろう、と。

実際に教室内を見てみよう。まさしくその通りなのだ。

さらに、科学者たちは教室の外から粘り強く観察を続け、教卓に関するこれまで知られていない新たな現象も発見した。

驚くべきことに、教卓から離れれば離れるほど寝ている学生が増加していたのだ。

教卓との距離と眠気が比例するという新たな発見は、いったなにを意味しているのだろうか。

現在、科学者たちは、教卓と眠りとの関連を明らかにすべく、寝室に教卓を設置する大規模な実験を準備している。

苦い文学

未来における身長差

不慮の事故により遠い未来へとリープした私は、自分の時代に帰る手立てを求めて未来世界をさまよっていた。

北方の険しい山岳地帯を旅するなか、私は一群の巨人たちに遭遇した。これらの巨人は通常の人間ならば動かせもしないような巨大な石材や木材を苦悶の表情を浮かべながら運搬していた。まるで肉でできたブルドーザーのようだった。

私はこの異様な光景に心奪われ、これらの巨人たちの後を追うことにした。巨人たちは苦しみに喘ぎながら山を登り、ある地点で積荷を地面に下ろした。どうやら休憩のようだった。彼らは腰の袋から粗末な食物を取り出し、むしゃむしゃと食べ始めた。

私は巨人の一人に尋ねた。

「あなたたちはどうしてこのような骨の折れる仕事をしているのでしょうか」

「私たちはご主人様のために建材を運んでいるのです」

「ご主人様というと?」

「私たちの所有者です。ご主人様たちは私たちを奴隷と呼んでいます」

私はあきれた。「あなたがたのような立派で強靭な肉体を持つ人々が、奴隷の地位に甘んじているとは、いったいどういうことでしょうか」

巨人は悲しそうに首を振った。

そのとき、怒鳴り声が聞こえた。「お前たちなにをしている! チビどもめ! こんなところでサボりおって、目を離すとすぐにこれだ! このチビどもめ!」

目を向けると、髭を生やした小男が、杖を振り回しながら、喚いているのだった。

巨人たちはただちに立ち上がり、建材の運搬に取り掛かった。小男が巨人たちを杖でせっつくと再び隊列は動き出し、山の上に消えていった。

私は小男に近づいた。「あの巨人たちの所有者の方ですか?」

小男は鼻を鳴らした。「いかにも」

「先ほどからあなたの様子を拝見しておりましたが、あなたがあの巨人たちを『チビ』と呼んでいるのはどうしてでしょうか」

「それは昔からそう決まっているのだ」

「昔からというと?」

「大昔、私たちの国で、身長 170 センチ以下には人権がないという掟が定められたのだ。そこで、身長 170 センチ以下の人々は人権を奪われ、私たちの先祖の奴隷となったのだ。しかし、厳しい労働が原因となったものであろうか、あれら『チビ』どもはぐんぐんと大きくなり、今ではあのような巨人となったのだ。だが、我々は昔からの名残で彼らを『チビ』と呼んでいるのだ」

私は小男を見た。彼は私よりも小さく、どう見ても 170 センチはなかった。「では、今のあなたには人権はあるのでしょうか」

男は「掟ができたときにご先祖様が身長 170 以上であったことは少なくとも確かだ」と胸を張った。

これを聞くと私はあわてて逃げ出した。自分の時代に帰る前に、170 センチに足りないせいで奴隷にされてはかなわない。

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たったひとつの変わらないもの

この世界に永遠の存在などあるのだろうか。時を超越し、過去も現在も未来も同一で、年もとらなければ、消滅すらしない存在が。

多くの人々がそうした存在を探すために貴重な人生を浪費した。だが、長い放浪のあげく出会ったのは、虚しくも「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」の一文のみ。

永遠を誓った愛も、死が分つのを待たずして離婚届を出し、真情を不滅に刻んだはずの刺青も寄る年波には勝たれず皺に覆われる。こんな世界ではそもそも永遠なる存在などありえないのだ。

だが、永遠に取り憑かれた探究者たちは、この考えを否定する。もしそうならば、人間とは万物流転の挽臼にすり潰されるだけの存在になってしまうではないか、と反論するのだ。人間はそれ以上のなにかだ、というのが彼らの見解だ。

「すでにこの世界に永遠の存在がいることは明らかなのだ。我々はもう見つけた。ただ、それに行き着く方法がわからないだけなのだ」

永遠の探究者たちは「これがその証拠だ」と、一枚の紙を見せる。その紙には「重要指名手配犯」と書かれ、何人かの顔写真が掲載されている。

「これらの人々を見たまえ。永遠に歳を取らないこれらの存在を。彼らはまさに過去・現在・未来を行き来する時の旅人。彼らこそ永遠の存在でなくてなんだろうか」