苦い文学

ハートマークの誤解

「ピースサイン」と「2個ください」のときの指の形のように紛らわしいものが、ときとして大きな悲劇を招くことがある。私の友人に起きたできごとだ。

中年男性の彼は、同僚と電車に乗っていたのだった。職場の飲み会の後だったので、2人とも良い気分でおしゃべりしていた。いろいろな話題が出たが、韓国のドラマの話と k-pop の話から、ハートマークのジャスチャーの話になった。これにはいろいろな方法があるのだ。

もっともポピュラーなのが人差し指と親指を交差させるポーズだ。同じくらい有名なのが、両手の人差し指と親指、あるいは中指と人差し指の先をくっつけてハートを作るやり方だ。

また、片手でハートマークの半分を作り、自分の頬にくっつけてハートマークを完成させるのもある。これをするのはおもに歌手で、マイクを持っているため片手でしかハートを作れないのである。変わったものに、両腕を肘で接触させ、丸めた両手の先をくっつける方法がある。これで細長いハートができるが、体が硬いと難しい。

同僚が言った。「ほかにありましたかね……」 そのとき、友人はもうひとつ思い出した。「あるある、これ」

友人は両手の先を頭の上につけ、両腕を大きく丸め、大きなハートマークを作った。だが、その瞬間、彼は自分のしていることが恥ずかしくなった。そこで照れ隠しにこう言った。

「なんちゃってね」

ガラにもなくやってしまいました、という意味だったが、その瞬間、電車の乗客たちがいっせいに友人のほうを見つめたのだ。何人かは大慌てで彼に携帯を向け、撮影を始めた。彼は困惑し、両手を下ろし、うつむくと、次の駅で同僚と一緒に逃げるように降車したのだった。

そして、翌日、友人は同僚から驚くべき知らせを受け取った。自分の写真と映像が SNS で拡散されているというのだ。慌てて見ると、こんなコメントが付けられていた。

「現代のなんちゃっておじさん現る」

これがきっかけとなって、なんちゃっておじさんの目撃が都内で相次ぎ、「第2次ブーム」が到来した。

苦い文学

このブログの形式

2021 年 11 月から毎日投稿を始めるにあたって私は 3 つの形式上のしばりを決めた。

ひとつ目のしばりは、1 回の投稿につき 400 字から 800 字のあいだに収めること。あまり長ければ読むほうに負担になる。読者フレンドリーなのだ。それに、毎日書くとしたらその程度が限度だ。

2 番目のしばりは、続きものは書かないということだ。つまりどの投稿も読み切りだ。読者に続きを読むように求めるのはおこがましい。また、続きものにするつもりで、力尽きて完結できないのもみっともない。

そして 3 つ目のしばり。それは本文にリンクや画像を貼ったりしないということだ。文字だけで完結させたかったのだ。

もっとも、結局のところ、私はそのすべての決まりを破ってしまった。1200 字以上の投稿もある。続きものもいくつもある。それも 2 〜 3 回で完結ならまだしも、全 8 回の長きにわたるものもある。

3 つ目に関していえば、画像を貼ったことが 1 回だけある。それは「星のおじさん構文」という投稿で、もし興味があればブログ内を検索してみてほしい。

自ら定めた決まりを破ってまで画像を貼ろうと思った、その切実な理由がお分かりいただけるかと思う。

苦い文学

被害者

僕らの町に被害者がやってきた。そりゃもう大歓迎だ。なにしろとてもひどい目にあった人だ。手を差し伸べないなんてどうかしてるよ。

それにしてもなんてかわいそうな人だろうか。僕らは自分の持てるものを持ち寄って被害者を支えることにしたんだ。

寺に使っていない納戸があるから、そこに住んでもらおう。僕らは蜘蛛の巣を払って、埃をこすり落とした。それからなんといっても食べ物だ。ちょうど倉庫に古米・古古米・備蓄米が余ってる。これをあげよう。

服も必要だ。僕らは町の人々に声をかけて古着を集めた。あっというまに段ボール箱に20箱。被害者は大喜びだ。

仕事は……というと、ちょうど草むしりの仕事がある。誰もやりたがらないけど、被害者の憂さ晴らしにはぴったりじゃないか……。

そして、2週間ほど経ったとき、とんでもない事実が明らかになった。

あの被害者、僕らのあげたお米や古着をネットで売って金儲けしてたんだ。被害者め、売り払って得た金で、新しい服を買っていたのだ。新米を食べていたのだ。肉なんか食べていたのだ。寺に厄介になっているというのに!

もうみんなカンカンだ。「被害者のくせに!」「金目当てだった!」「騙された!」「被害者なんかじゃなかった!」「ペテン師だ!」

被害者はせめて被害者らしくしてなきゃ。そもそも、こんなんだから被害者になったんじゃないか。

いい気味だ。

苦い文学

このブログの作者

このブログの作者は私だ。

毎日、なにかしら書くということを始めたのが、2021年11月1日だから、もう2年がすぎたことになる。

2年前、私はちょうど1ヶ月分書き溜めてから始めた。計画では、1日1個なにか書いておいて、1ヶ月分のストックを常に維持しておくつもりだった。だが、不思議なことにひと月後にはあえなく在庫切れとなった。それ以来、基本的にはその日書いたものを投稿している。

私は作家ではないから、書くということはよくわからない。午前0時前までに投稿することにしているが、午後11時になっても書くことがないことも多い。それでもいろいろ考えると、出来の良し悪しは別として形になる。

1時間前まで考えもしなかったことが、1時間後には形になっているのが不思議だ。

もうひとつ不思議なのは、翌日、自分がなにを書いたかまったく思い出せないことだ。自分のブログを見て、ようやくなにを書いたか知るのだ。

私の友人でこのブログを読んでくれている人がいる。その人がいうには、このブログの作者は私とは別の人のように感じるのだという。

私もなんとなくそんな気がしていたところだ。たぶんこのブログの作者は私ではないのだろう。

苦い文学

なんとかしてやれよ

私たちの町の広場に見知らぬ人が現れた。一日中、広場のベンチに座っている。夜はどうするかというと、そのベンチで寝るのだ。食べ物はどこからかかき集めてくるらしい。こそこそと誰にも見られないように食べていた。

広場に住み着いてから三日ほどした後、私たちはこのよそ者が倒れているのを見つけた。苦しそうに喘いでいる。

私たちは遠巻きにしながら様子を見ていた。誰かが「なんとかしてやれよ」と言った。すると別の声が答えた。「そうだ。行政は何をやっているんだ」

よそ者はなおも苦しそうにしながら、私たちのほうに顔を向けた。掠れる声で「水……水……」というのが聞こえた。

誰かがまた言った。「なんとかしてやれよ」 別の声が苦々しげに答えた。「まったくだ。日ごろうろちょろしている活動家たちはなんで放っておくのか」

よそ者は苦悶に満ちた顔を空に向けた。そして、地響きなような唸り声を上げると、それきりもう動かなくなった。

誰かが憤りの声を上げた。「行政が見殺しにしたのだ!」 別の者は 「活動家どもってのは口先ばかりで頼りにならんな」と呆れてみせた。

そして、私たちは、社会的弱者に気づけてやれた自分たちに満足しながら、広場から散っていった。

苦い文学

電子レンジ

ずいぶん前からのことだが、地獄に落ちる人があまりにも多く、もはや処理しきれない状態になっている。

とくに火炎地獄の過密は深刻な事態を引き起こしている。なぜかというに、罪人が多ければ多いほど、火炎地獄全体の温度が下がってしまうからだ。温泉やサウナと変わらなくなってしまう。地獄でととのう人が続出では困るのだ。

そこで、地獄の運営は、火炎地獄の責苦をアウトソーシングすることに決めた。それが私たちの世界にある電子レンジだ。

電子レンジの内部には罪人たちがいて、私たちが何かを温めるたびに、電子の業火によってさいなまれている。もちろん、私たちには見えないし、それで食べ物がなにか悪い影響を受けるということもいっさいない。私たちの感覚を超えた次元で、電子レンジが簡易地獄として勝手に使用されているだけだ。

だが、私たちはなんとなく気がついてはいる。なぜなら、電子レンジの熱はほかの熱とは異なるからだ。まるで悪意があるかのようだ。その悪意ある熱のせいで、私たちは皿を触ったとたん悲鳴をあげ、皿を放り投げる。それどころか、癇癪を起こして皿を叩きつけたことも何度もある。

これも電子レンジの熱に地獄由来の成分が若干ふくまれているためだ。とんだ迷惑だと思うかもしれないが、早くから体を慣らしておくのもいいことではないだろうか。

苦い文学

魔王の誘惑

恐るべき魔王がラーメン屋を始めた。彼は、客を嘲り、叩きのめし、服従を誓わせるためだけに、ラーメン屋を営業しているのだ。私たちは、そのラーメン屋に行くとき、世界を支配する魔王に挑んでいることになる。

ラーメン屋に足を踏み入れると、最初に立ち塞がるのが食券機だ。これを単なる機械だと思わないほうがいい。これは魔王の第1形態なのだ。

食券機は私たちに恐ろしい仕方で挑みかかってくる。これを倒すには、1秒か2秒のうちに食券機のすべてのメニューを理解し、お金を投じ、食券を入手しなくてはならない。

だが、これがどんな勇者にも至難の業なのだ。いくつもの見慣れないラーメンの名前、複雑なトッピングのシステム、ルーレットのように移動する売り切れの赤いランプ……。食券機の繰り出す技に、私たちがたじろぎ、目をぱちくりさせて、何を選ぼうかぐずぐずしていると、食券機から店主の舌打ちが聞こえてくる。いや、聞こえてこなくても、もう聞こえるような気がして、パニックになってしまう。たいていの客はここで息絶えるか、店を後にする。

運良く舌打ちされるまえに、注文するものを選べたとしても、さらに恐ろしい試練が待ち受けている。それは、食券機の前で、財布を開いたときだ。どういうわけか一万円しか入っていないのだ。

なぜ、ラーメン屋には千円札以外の札を受け入れる食券機がないのだろうか? もちろん、それは私たちを屈服させ、服従させるためだ。私たちは一万円札を手にがっくりと膝からくずおれる。

そのとき食券機は第2形態へと変化し、恐るべき魔王(ラーメン屋の店主)の姿となる。魔王は語りかける。

「もしお前がこの私に屈服し、両替を頼むならば、この世界の半分を与えよう……」

私たちは震える手で1万円札を手渡し、千円札を10枚受け取る。魔王との取引が成立したのだ。たちまち、食券機が現れ、私たちは食券を手に入れる。

私たちはこうして悪の手先となる。もちろん、魔王は約束どおり世界の半分など与えはしない。

そのかわり半チャーハンがついてくる。

苦い文学

ジェネリック

先日、薬局で私は薬をもらおうと処方箋を出したのだが、出てきた薬がいつもと違うのだ。不審に思って尋ねると、薬剤師は「ジェネリックになります」と答えた。

私はムッとして「勝手に変えられては困ります」と抗議した。すると「成分も効き目も同じです」というのだ。

「いやそうかもしれないが、本物にしてください」 私がこういうと薬剤師はおかしな表情をして「成分も効き目も同じです」といくども繰り返すばかり。

私はだんだん怖くなってきた。挙動がおかしいのだ。もしかしたら薬剤師もジェネリックかもしれない。私はゾッとして、薬局を飛び出た。振り返ってあらためて薬局を見る。妙に安っぽいではないか。さては薬局もいつのまにかジェネリックに! 大慌てで逃げ出す。

それからはどこに行っても何を見ても、ジェネリックに見える。はっと私は自分の体を見た。ジェネリックだ! 手も足も目も鼓動もすべて! 私はそこから記憶がない。

今、私は小さな病室にいる。これも、すべてがジェネリックだと気がついてしまった報いなのだ……

毎日、院長が私のところにやってくる。「先生もジェネリックですか?」と私はいつも尋ねる。すると先生は答える。

「ええ、私もジェネリックです。この病院の二代目ですから」

「成分も効き目も同じですか?」

「もちろん」

私は安心して眠りにつく。

苦い文学

世界大戦のパーセント

ロシアがウクライナに侵攻を始めた時以来、私たちは世界大戦の可能性について聞かされてきた。

このままロシアが勝てば、ヨーロッパはどの国も安全とは言えなくなる、戦争はヨーロッパ中に広がるのだ、と。

それに、中国が台湾に侵攻する可能性だって無視できなくなった。そんなことが起きれば、アジア中が戦争になるに決まっている。

そして、パレスチナの危機的状況だ。イスラエルの対応次第では、間違いなく世界大戦が始まる、そう断言する人もいる。

世界大戦の確率はこれまで以上になく高まっているのだ。ロシアの侵攻開始時にはその確率は20%だったが、今では70%に高まっているという。

つまり、世界大戦を回避するためにはこのパーセントをなんとしても下げなくてはならないのだ。この世界的危機において、いま、岸田首相のリーダーシップに期待する声が世界各国から寄せられているという。

「すぐパーセントが低くなる」「もうどうやっても上がらない」

世界が認めるその手腕に注目だ。

苦い文学

持論依存症

この世界でもっとも強靭なものといえば持論だろう。ダイヤモンドよりも硬いのだ。

それもそのはずだ。持論はカチコチに凝り固まった頭の中だけで生成される特殊な鉱物だからだ。

この鉱物が干からびた頭の中でぶつかって発する音声が持論だ。転じてこの鉱物の名称ともなった。

持論が頭の中で鳴り響くと、ある種の快楽物質が発生する。持論依存者が陶酔したようすで持論を語るのはこのせいだ。「持論を開陳する」とか「持論を展開する」とかの病状が現れる。

さらに持論の鉱物が大きくなり、依存度が増すと、「一方的に持論をぶちまける」とか「持論をまくし立てる」とか、そういう困った状態になる。ここまでくるともう治療が必要だ。

だが、治療を受けずに、持論依存が進行すると、対話や議論によって持論を発展させたり、修正したりすることはもはやできなくなる。硬直化した頭にはもはや他人の意見など入り込む余地はないからだ。

そのため、持論依存症患者の展開する持論は、非現実的で、他者への配慮を欠いたものになりがちだ。結果として、持論依存症患者が、世間から厳しい批判にさらされることになることも多い。炎上騒ぎもザラだ。

患者が立場のある人の場合、持論について釈明会見を強いられることもある。だが、その場で謝罪したり、持論を撤回するどころか、かえって滔々と持論を述べる場にしてしまうのが、持論依存症の恐ろしいところだ。

この状態になると、依存症患者の頭の中で音を立てている鉱物としての持論は、最高の強度を持つようになる。さまざまなハイテク産業で需要のある鉱物なので、これらの依存症患者の頭をかち割って、鉱物だけを取り出して売ると、けっこういい値がつく。