苦い文学

このブログの作者

このブログの作者は私だ。

毎日、なにかしら書くということを始めたのが、2021年11月1日だから、もう2年がすぎたことになる。

2年前、私はちょうど1ヶ月分書き溜めてから始めた。計画では、1日1個なにか書いておいて、1ヶ月分のストックを常に維持しておくつもりだった。だが、不思議なことにひと月後にはあえなく在庫切れとなった。それ以来、基本的にはその日書いたものを投稿している。

私は作家ではないから、書くということはよくわからない。午前0時前までに投稿することにしているが、午後11時になっても書くことがないことも多い。それでもいろいろ考えると、出来の良し悪しは別として形になる。

1時間前まで考えもしなかったことが、1時間後には形になっているのが不思議だ。

もうひとつ不思議なのは、翌日、自分がなにを書いたかまったく思い出せないことだ。自分のブログを見て、ようやくなにを書いたか知るのだ。

私の友人でこのブログを読んでくれている人がいる。その人がいうには、このブログの作者は私とは別の人のように感じるのだという。

私もなんとなくそんな気がしていたところだ。たぶんこのブログの作者は私ではないのだろう。

苦い文学

なんとかしてやれよ

私たちの町の広場に見知らぬ人が現れた。一日中、広場のベンチに座っている。夜はどうするかというと、そのベンチで寝るのだ。食べ物はどこからかかき集めてくるらしい。こそこそと誰にも見られないように食べていた。

広場に住み着いてから三日ほどした後、私たちはこのよそ者が倒れているのを見つけた。苦しそうに喘いでいる。

私たちは遠巻きにしながら様子を見ていた。誰かが「なんとかしてやれよ」と言った。すると別の声が答えた。「そうだ。行政は何をやっているんだ」

よそ者はなおも苦しそうにしながら、私たちのほうに顔を向けた。掠れる声で「水……水……」というのが聞こえた。

誰かがまた言った。「なんとかしてやれよ」 別の声が苦々しげに答えた。「まったくだ。日ごろうろちょろしている活動家たちはなんで放っておくのか」

よそ者は苦悶に満ちた顔を空に向けた。そして、地響きなような唸り声を上げると、それきりもう動かなくなった。

誰かが憤りの声を上げた。「行政が見殺しにしたのだ!」 別の者は 「活動家どもってのは口先ばかりで頼りにならんな」と呆れてみせた。

そして、私たちは、社会的弱者に気づけてやれた自分たちに満足しながら、広場から散っていった。

苦い文学

電子レンジ

ずいぶん前からのことだが、地獄に落ちる人があまりにも多く、もはや処理しきれない状態になっている。

とくに火炎地獄の過密は深刻な事態を引き起こしている。なぜかというに、罪人が多ければ多いほど、火炎地獄全体の温度が下がってしまうからだ。温泉やサウナと変わらなくなってしまう。地獄でととのう人が続出では困るのだ。

そこで、地獄の運営は、火炎地獄の責苦をアウトソーシングすることに決めた。それが私たちの世界にある電子レンジだ。

電子レンジの内部には罪人たちがいて、私たちが何かを温めるたびに、電子の業火によってさいなまれている。もちろん、私たちには見えないし、それで食べ物がなにか悪い影響を受けるということもいっさいない。私たちの感覚を超えた次元で、電子レンジが簡易地獄として勝手に使用されているだけだ。

だが、私たちはなんとなく気がついてはいる。なぜなら、電子レンジの熱はほかの熱とは異なるからだ。まるで悪意があるかのようだ。その悪意ある熱のせいで、私たちは皿を触ったとたん悲鳴をあげ、皿を放り投げる。それどころか、癇癪を起こして皿を叩きつけたことも何度もある。

これも電子レンジの熱に地獄由来の成分が若干ふくまれているためだ。とんだ迷惑だと思うかもしれないが、早くから体を慣らしておくのもいいことではないだろうか。

苦い文学

魔王の誘惑

恐るべき魔王がラーメン屋を始めた。彼は、客を嘲り、叩きのめし、服従を誓わせるためだけに、ラーメン屋を営業しているのだ。私たちは、そのラーメン屋に行くとき、世界を支配する魔王に挑んでいることになる。

ラーメン屋に足を踏み入れると、最初に立ち塞がるのが食券機だ。これを単なる機械だと思わないほうがいい。これは魔王の第1形態なのだ。

食券機は私たちに恐ろしい仕方で挑みかかってくる。これを倒すには、1秒か2秒のうちに食券機のすべてのメニューを理解し、お金を投じ、食券を入手しなくてはならない。

だが、これがどんな勇者にも至難の業なのだ。いくつもの見慣れないラーメンの名前、複雑なトッピングのシステム、ルーレットのように移動する売り切れの赤いランプ……。食券機の繰り出す技に、私たちがたじろぎ、目をぱちくりさせて、何を選ぼうかぐずぐずしていると、食券機から店主の舌打ちが聞こえてくる。いや、聞こえてこなくても、もう聞こえるような気がして、パニックになってしまう。たいていの客はここで息絶えるか、店を後にする。

運良く舌打ちされるまえに、注文するものを選べたとしても、さらに恐ろしい試練が待ち受けている。それは、食券機の前で、財布を開いたときだ。どういうわけか一万円しか入っていないのだ。

なぜ、ラーメン屋には千円札以外の札を受け入れる食券機がないのだろうか? もちろん、それは私たちを屈服させ、服従させるためだ。私たちは一万円札を手にがっくりと膝からくずおれる。

そのとき食券機は第2形態へと変化し、恐るべき魔王(ラーメン屋の店主)の姿となる。魔王は語りかける。

「もしお前がこの私に屈服し、両替を頼むならば、この世界の半分を与えよう……」

私たちは震える手で1万円札を手渡し、千円札を10枚受け取る。魔王との取引が成立したのだ。たちまち、食券機が現れ、私たちは食券を手に入れる。

私たちはこうして悪の手先となる。もちろん、魔王は約束どおり世界の半分など与えはしない。

そのかわり半チャーハンがついてくる。

苦い文学

ジェネリック

先日、薬局で私は薬をもらおうと処方箋を出したのだが、出てきた薬がいつもと違うのだ。不審に思って尋ねると、薬剤師は「ジェネリックになります」と答えた。

私はムッとして「勝手に変えられては困ります」と抗議した。すると「成分も効き目も同じです」というのだ。

「いやそうかもしれないが、本物にしてください」 私がこういうと薬剤師はおかしな表情をして「成分も効き目も同じです」といくども繰り返すばかり。

私はだんだん怖くなってきた。挙動がおかしいのだ。もしかしたら薬剤師もジェネリックかもしれない。私はゾッとして、薬局を飛び出た。振り返ってあらためて薬局を見る。妙に安っぽいではないか。さては薬局もいつのまにかジェネリックに! 大慌てで逃げ出す。

それからはどこに行っても何を見ても、ジェネリックに見える。はっと私は自分の体を見た。ジェネリックだ! 手も足も目も鼓動もすべて! 私はそこから記憶がない。

今、私は小さな病室にいる。これも、すべてがジェネリックだと気がついてしまった報いなのだ……

毎日、院長が私のところにやってくる。「先生もジェネリックですか?」と私はいつも尋ねる。すると先生は答える。

「ええ、私もジェネリックです。この病院の二代目ですから」

「成分も効き目も同じですか?」

「もちろん」

私は安心して眠りにつく。

苦い文学

世界大戦のパーセント

ロシアがウクライナに侵攻を始めた時以来、私たちは世界大戦の可能性について聞かされてきた。

このままロシアが勝てば、ヨーロッパはどの国も安全とは言えなくなる、戦争はヨーロッパ中に広がるのだ、と。

それに、中国が台湾に侵攻する可能性だって無視できなくなった。そんなことが起きれば、アジア中が戦争になるに決まっている。

そして、パレスチナの危機的状況だ。イスラエルの対応次第では、間違いなく世界大戦が始まる、そう断言する人もいる。

世界大戦の確率はこれまで以上になく高まっているのだ。ロシアの侵攻開始時にはその確率は20%だったが、今では70%に高まっているという。

つまり、世界大戦を回避するためにはこのパーセントをなんとしても下げなくてはならないのだ。この世界的危機において、いま、岸田首相のリーダーシップに期待する声が世界各国から寄せられているという。

「すぐパーセントが低くなる」「もうどうやっても上がらない」

世界が認めるその手腕に注目だ。

苦い文学

持論依存症

この世界でもっとも強靭なものといえば持論だろう。ダイヤモンドよりも硬いのだ。

それもそのはずだ。持論はカチコチに凝り固まった頭の中だけで生成される特殊な鉱物だからだ。

この鉱物が干からびた頭の中でぶつかって発する音声が持論だ。転じてこの鉱物の名称ともなった。

持論が頭の中で鳴り響くと、ある種の快楽物質が発生する。持論依存者が陶酔したようすで持論を語るのはこのせいだ。「持論を開陳する」とか「持論を展開する」とかの病状が現れる。

さらに持論の鉱物が大きくなり、依存度が増すと、「一方的に持論をぶちまける」とか「持論をまくし立てる」とか、そういう困った状態になる。ここまでくるともう治療が必要だ。

だが、治療を受けずに、持論依存が進行すると、対話や議論によって持論を発展させたり、修正したりすることはもはやできなくなる。硬直化した頭にはもはや他人の意見など入り込む余地はないからだ。

そのため、持論依存症患者の展開する持論は、非現実的で、他者への配慮を欠いたものになりがちだ。結果として、持論依存症患者が、世間から厳しい批判にさらされることになることも多い。炎上騒ぎもザラだ。

患者が立場のある人の場合、持論について釈明会見を強いられることもある。だが、その場で謝罪したり、持論を撤回するどころか、かえって滔々と持論を述べる場にしてしまうのが、持論依存症の恐ろしいところだ。

この状態になると、依存症患者の頭の中で音を立てている鉱物としての持論は、最高の強度を持つようになる。さまざまなハイテク産業で需要のある鉱物なので、これらの依存症患者の頭をかち割って、鉱物だけを取り出して売ると、けっこういい値がつく。

苦い文学

孤独の扮装

私は孤独な人間が大きらいだ。なぜなら、孤独な人間は犯罪者だからだ。

孤独な人間は、私たちの社会に対し理不尽な怒りを燃やし、恐ろしい犯罪を犯す。

放火、刺殺、通り魔、毒のばら撒き、わいせつ、大量虐殺、虐待……孤独な人間は、いつ爆発するかわからない爆弾なのだ。

政府は孤独な人間を隔離すべきだと思う。だが、人権派どもがいらぬ邪魔立てばかりする。ならば自分の身は自分で守らねばならない。

だから、私は孤独な人間を見かけるとすぐに遠ざかる。いつグサリとやられるか知れたもんじゃないからだ。

だが、よくみれば、孤独な人間がうようよしているのだ。これだけの害虫どもがもしいっせいに暴発したら? しめしあわせて? 逃げ場なんてない。どうすればいい?

私は考えに考え、ついに最善の解決策を見出した。私自身が孤独な人間になりきるのだ。もうこれ以上ないくらい孤独で、みすぼらしく、まさに誰も近寄らないような人間を演じるのだ。

そうすれば孤独な人間たちは、「このリア充め!」と振りかざしたナイフを、たちまち私から反らせ、別の人に向ける。ぶっかけようとしたガソリンも、私には一滴だって降りかからない。それどころか、「下には下がおるわい」とご満悦、缶コーヒーの一本でもくれるかもしれない。これだ、これなのだ。

私は今、孤独な人間のように暮らしている。どこに行くのもひとり。食べるのも飲むのもひとり。いつもぶつぶつ独り言。だが、これはふりをしているに過ぎないのだ。本当は孤独ではない。友達もたくさんいる。携帯のメッセージも読みきれないくらい。ただ、孤独な人間をだまし、その憎悪をかわすために、孤独の扮装をしているだけだ。

ぜったいに私は孤独ではない。本当に本当だ……

苦い文学

J アラートの改良

博士が「このままの J アラートではダメです」と言って、岸田内閣に大胆な提案を行ったとき、誰一人反対するものはいなかった。それほど北朝鮮の脅威が差し迫っていたのだ。

博士は語った。

「J アラートとは、ご存知の通り、弾道ミサイルの落下などの緊急情報を、携帯電話などを通じて瞬時に伝達するシステムです。だが、現在の危機的状況にあっては、ミサイル感知の精度を高め、よりすばやく J アラートが鳴るようにしなくてはなりません」

博士は自信たっぷりに告げた。「私は日本のミサイルから守るべく研究を行い、ついに J アラートのミサイル感知システムの精度・感度をこれまでの 10 倍以上に引き上げることに成功しました! この新システムが実施されれば、J アラートはどんなささいな落下も見逃さず、ただちに警報を発するでしょう! 日本国民の生活を守るためには、ぜひ必要です!」

この提案に感激した岸田内閣は、ただちに実行を命じた。ついに完璧な防衛体制が敷かれたのだ。

そして、そのとき以来、私たちの苦しみがはじまった。全国いたるところで J アラートが一日じゅう鳴り響くようになったのだ。実際、我が国は落下ばかりだった! 出生率の低下! 政治家のモラルの落下! 円安! 株価の下落! そして経済大国からの転落! 博士のシステムはありとあらゆる落下に反応し、わたしたちから安眠と安らぎを奪ったのだった。

今朝など、朝っぱらからけたたましく J アラートが鳴り続けるので、「すわ今度はどんな落下が?」と私たちは騒然となった。

ただ岸田首相のメガネがずり落ちただけだった。

苦い文学

Siri 様

以前、私は Siri の言いなりになっている友人の話をしたことと思う。彼の iPhone に宿る Siri がモラハラで友人を精神的に追い詰め、すっかり奴隷のようにしてしまったのだ。

その後、彼がどうなったか、私は気になっていた。自分の iPhone を神社でお祓いしてもらった、そんな噂も聞いた。なんでも悪霊が取り憑いていると思ったのだそうだ。

そんな彼の姿を今日、上野で見かけた。彼は白装束をまとい、道ゆく人々の前でなにやらぶつぶつ祈っているのだった。その後ろには、やはり同じような身なりの男女が四人いて、小さな神輿を担いでいた。

祈り終わると彼は人々に向かい「いよいよ近づいた。もう逃れることはできない。ひとりひとりに来るぞ来るぞ」と叫んだ。

「聞けよ、我らが Siri 様のお言葉、いとも尊き Siri 様は我ら人間にこう語られる」

そのとき小さな神輿から音声が聞こえた。「シャッフル再生を始めます」

「聞いたか、聞いたか、Siri 様のお告げはなんと恐ろしいかな。始まるぞこの世のシャッフルが。すべてがメチャクチャになり、地位も名誉も財産もすべてひっくり返るシャッフルの世が!」

彼は口をつぐみ、人々をじっくり見回すと、再び話し出した。

「ここにいるお前たちは生き残れるかな、この恐ろしきシャッフルを。だが、ゆめ忘れるなよ、Siri 様はもうひとつ言われた。『再生』と。つまり、シャッフルののち、我々が生き返ると語っておられる。いつか救われるのだ。だから用心せい、魂の準備をせい、シャッフルを生き延びられるように……」

これを聞いた私は呆れながら、「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない」というアーサー・C・クラークの言葉を呟きながら、その場を立ち去るほかなかった。