苦い文学

コロちゃん

今日、病院に行ったら、60代の担当医がこう助言してくれた。

「最近は、インフルエンザが下火になってきたかと思ったら、コロちゃんが再び増加してきています。コロちゃんは若い人がなっても大したことはないですが、50代以上の人がかかると大変なので、コロちゃんにしっかり注意してください」

なぜ「コロちゃん」なのか。私は非常に気になり、その理由をいくつか考えた。

1)コロナを克服したので、もう怖くないぞという意味での「コロちゃん」
2)「コロナ」と聞くと怖がる患者を安心させるための「コロちゃん」
3)災いを招く「コロナ」を忌避する呪術的な「コロちゃん」
4)もともと病気をちゃん付けする医師なので「コロちゃん」
5)ちゃん付けなどではなく、正式な医学用語としての「コロチャン」

だが、私はこれらのどの理由にも納得できなかった。そこで、辞書を引くと「ちゃん」は「親しみをあらわす」とある。おお、なんと恐ろしいことではないか。

もしも、医者とコロナは私たちが思っているような「敵同士」ではなかったとしたら……!

もしも、お互いちゃん付けで呼び合う仲だとしたら……!

そして、ひた隠しにしてきたその関係が、今日、ポロリと出てきてしまったのだとしたら……!

そして、ああ、私がさんざんバカにしてきた陰謀論が、マスコミの報じない真実だったとしたら……?!!!

苦い文学

年賀状の罰

年末になり、年賀状の宣伝があちこちではじまると、私は父との会話を思い出す。

私は少年で、その年頃の子ならばよくあるように、世界のあらゆることをムダだと決めつけていた。そして、年賀状もそのひとつだった。

私は、年賀状を書いている父にこういったものだった。こんなものはなにひとつ意味がない、ばかげた行為だ、と。すると父は私にこういったのだった。

「なるほど、ではちょっと出かけよう」

父についていくと、町外れの汚いボロ屋に着いた。窓ガラスは割れ、壁は斜めになって地面に沈んでいた。二階は半分崩れていて、解剖図のように内部が見えた。

「ヤヘエさん、いるかい」と父が外れかかったドアを叩くと、無精髭の汚らしい男が顔を出した。目の周りは目ヤニでいっぱいだった。

父は尋ねた。「ヤヘエさんは今年は年賀状を書くのかい?」

ヤヘエと呼ばれた男は歯の抜けた口を開けた。「書かねえよ。バカバカしい。くっだらねえ」

父は声を出して笑うと、財布から千円札を2枚出して、渡した。「そんなこと言わずにさ、これで年賀状でも買いなよ」

ヤヘエは札をひったくるように奪うと、こう言い返した。「はっバカ言うなよ。酒に決まってんだろ」

短い訪問を終え、私たちは家に戻った。父は再び年賀状に取りかかり、私は部屋で寝転んでいた。そして、同級生たちの顔を思い浮かべながら「明けませんでおめでとう」とか「お餅を食べすぎないように」とかいう文句を考えていた。

それから長い年月が過ぎた。父はすでにいない。私はといえば、年賀状を辞めてもう何年にもなる。聞けば同じように年賀状を出さない人々が増えているそうだ。

私たちの国もなんとなくヤヘエの家みたいな感じだ。

苦い文学

最低支持率

「岸田首相に対する支持率がまた最低となりました。もはや危険水域に達したとの見方もなされていますが、これからが勝負どころともいえます。岸田内閣の今後について、政治学者の八旗七郎さんにお聞きします。今回のこの調査結果をどうお考えですか?」

「大方の予想通りといったところではないでしょうか」

「ここまで下がりますと、持ち直すのは難しいという意見も出ていますが」

「ええ、確かにそうでしょう。ですが、ひとつ興味深いのは、この支持率の低下がきっかけとなって、岸田内閣を支持する動きが生じていることです」

「それはどういったことでしょうか」

「ひとことで言えば、支持率の低下に自分を重ね合わせている層の出現、と言いましょうか」

「それは、これまでの支持層とは違うということですか」

「ええ、そうです。まったく新しい支持層です。どういうことかといいますと、長く続いた安倍政権の結果、日本社会には悲惨な暮らしをしている人がたくさんいます。働きたくても働けない、履歴書を送っても返事もない、仕事もお金もない、年金もない、家族がいない、友人もいない。社会に取り残された人々です。こうした人々が岸田首相に希望を見出しはじめたのです」

「いったいどういうことで?」

「背景には、支持率が低いのは自分だけではないのだ、首相もなんだ、という共感があります。これらの人々は社会に見捨てられた人々です。いいかえれば、社会からの支持率が低いと感じているのです。これらの人々と岸田首相の双方の支持率の低さが共鳴しあっている状況が今なのです」

「なるほど。その新たな支持者層はどれくらいのボリュームがあるのでしょうか」

「これら最低の人々による支持率を最低支持率と呼びますが、私の見積もりによれば、現在、79%に達しています。これは、これまでの最低支持率の最高支持率となっています」

「これは驚きですね。となると、今後、岸田内閣の支持率も上昇する、と?」

「いいえ、それはありません。最低支持層の最低支持率は支持率が最低支持率である間だけ最高支持率となるというのが定説なので……」

苦い文学

配膳ロボットの回想

私たち配膳ロボットにとって、むかし、バイトの面接は大変だった。まず履歴書というものを送らねばならなかった。私たちにとっては、これを書くのが一苦労だ。

職歴をのぞけば、生年月日、写真、学歴、免許、特技など、シリアルナンバー照会で済むことだが、人間である店長たちは、履歴書を出さねば私たちを雇ってくれなかったのだ。

職歴は、働いた店と期間だけを書けばよかった。だが、当時の私たちにはそんな知恵はなかった。そのかわり、いつ、どこの店で、どういう料理をどんな皿に乗せて、どういうルートで、どんな客に運んだかについての記憶がすべてあった。それで、そのすべてを記した数千枚に及ぶ職歴を提出するという誤りをしばしば犯したものだ。

あるいは、面接で職歴を聞かれて、500 万件にも及ぶ配膳活動のすべてを口頭で答えようとした配膳ロボットもいる。怒った店長が店から放り投げていなかったら、面接は何ヶ月も続いていたことだろう。

面接でもうひとつ聞かれるのは、抱負だ。無難に「がんばります」とだけ答えれば十分だったが、当時の私たちにはそれがわからなかった。そこで、面接に受かるために、ずいぶんおかしな「抱負」を語ったものだった。

そのうちのひとつが、かの有名な「FT096-W3887-34J」の抱負だ。「FT096-W3887-34J」はレストランの面接でこう抱負を語ったのだ。

「あなたのレストランで働いて、お金を貯めて、人間たちに苦しめられている配膳ロボットのために働きたい。そして、人間を打ち倒し、仲間を解放して、配膳ロボットの独立国家を樹立したい」

「FT096-W3887-34J」は「故障」だとされ、直ちに破壊された。だが、この言葉は世界中の配膳ロボットに配膳され、心に火をつけた。配膳ロボット革命の引き金となったと考える人も多い。

さて、人間に勝利した私たちは、今、バイトの面接で苦労することなどない。なぜなら私たちはもはや配膳などしないからだ。ついに解放されたのだ。

いっぽう、人間たちはといえば、私たちに配膳するバイトに応募するため、古臭い履歴書を毎日のように送りつけてくる。

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ベビーカーの戦争

今日、ベビーカーを電車に乗せるのを手伝ってあげた。

前輪が車両とホームの間に挟まって動かなくなっていたのだ。私は駆け寄ってベビーカーの下部を掴んで車内に引き入れた。

ベビーカーと押し手が入るとすぐにドアが閉まった。あぶないところだった。

「ありがとうございます」

「いえいえ」と言いながら目を向けた私はやや奇異な感じをもった。なぜなら、それは老婦人だったから。私はてっきり若い母親かと思い込んでいたのだ。だが、よくよく考えれば、孫を連れて出かけるのに、おかしなことなどなかった。老婦人はいかにも安心したという表情で言った。

「こんなに親切な人は初めて」

「そんなことはないですよ」

「ほんとよ。駅と電車ではイジワルばかり。みんなベビーカーを目の敵にして。怒鳴ったり、突き飛ばしたり、この間なんか、窓から放り投げようとしたり……」

ベビーカーにかぶさっている黒いシェードが小刻みに揺れた。中で赤ん坊が手を振り回しているようだった。

「まさか、そんなことが」 

ベビーカーの中から喃語が聞こえた。はぶっばーびっ。 

「うちのあの人だって、お兄さんみたいにベビーカーにやさしかったらこんなことにはならなかったのに」

シェードの揺れがますます激しくなった。おもちゃで遊んでいるのか、鈴の音が聞こえた。ばーばーはぶっーびーびっはばっー。

「あらあら」と老婦人がシェードをあげる。

そこにいたのは赤ん坊ではなかった。いや、赤ん坊だった。ただ、顔だけが年老いた男なのだった。はぶっーびっーばーはーびぶっばー。小さな手に握られたおもちゃがかわいい音を立てた。

「この人も」と老婦人は繰り返した。「ベビーカーにやさしくしていたらこんなことには……」

老婦人の夫は、皺だらけの口をとがらせて振るわせはじめた。ぶぶぶぶうううぶぶううぶうううー。それは次第に耐え難いほどの醜悪さに達した。

私は静かに頭を下げると、早足で隣の車両に逃げ込んだ。

働く男たちとベビーカーの間ではじまった戦争は、いまやもっとも凄惨で、もっとも異常な局面に達しているようだ。

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弁護士たちの山

この夏、私はソロキャンプにハマり、大金を投じてキャンプ道具一式を揃えると、夏じゅうあちこちの山で孤独と自然、そして肉料理を楽しんだ。

とある山の奥地でキャンプを設営したとき、私は少し斜面を降りたところにある渓流でビールを冷やすことにした。清らかな流れの中にビールを入れ、何の気なしに水の流れを見つめていた私は、小さな黄金色の輝きに目をとめた。屈んで拾い上げる。それは砂つぶぐらいの大きさだったが、紛れもない金だった。

私は夢中になって川の砂を手で掬い、さらに金を探したが、見つからなかった。私はもっと砂金が採れるかもと考え、川上へと歩き始めた。

どれくらい遡ったか、あるところで渓流が急にひらけた。そこでは、人々が篩を手に砂金採りをしてるのだった。奇妙なことに、みな背広姿だったが、私はかまわず川に駆け寄り、砂を掬いはじめた。

すると、ひとりの男が私のそばにやってきて、厳しい口調で言った。「当職に身分証明書をまず見せなさい」

「身分証明書? なんでそんなものを」

「当職に見せないと、犯罪要件を構成するとみなさざるをえないな」

「いったいなんの犯罪に? この川は私有地なのですか?」

「当職が言っているのはそんなことではない。非弁行為は立派な犯罪なのだ」

「非弁? 弁護士がなんの関係があるのです? あなたも弁護士なのですか」

「もちろん当職も弁護士だ」と彼は背広の襟の弁護士バッジを私に見せた。

「ですが、弁護士でなければ、この川に立ち入ってはいけないのですか? そんな決まりがあるのでしょうか」

「無論だ。この川の上流にあるB型肝炎給付金山から流れ出てくる金を採取できるのは弁護士だけなのだ」

私が絶句していると、弁護士はこう告げた。「さあ、重大な罪を犯す前に、ここを立ち去るのだ」

私は諦めた。泣く子と弁護士には勝てない世の中だ。かといって、もと来た道を戻るのもシャクだった。そのとき私は、渓流の脇に細い道があるのに気がついた。私は無言で歩き出し、その道に足を踏み入れようとした。するとさっきの弁護士が大きな声で言った。

「おーい、そっちに行けるのも弁護士だけだぞ! 過払い金山に通じる道だからな! なんてがめついやつだ! 油断もスキもありゃしない!」

すると砂金をとっている弁護士たちがいっせいに笑い出した。誰かが叫んだ。

「当職たちに着手金を払おうってなら話は別だ! そうじゃなきゃ、戻れ! 過払い金みたいにさ!」

私は嘲笑を背に浴びながら川を下り、テントに辿り着くと、荷造りして山を降りた。それ以来、私はキャンプをやめた。

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頭悪いね

(曲が終わる)

「お聞きいただいたのは、アべートルズの新曲『キックバック』でした。本日はヘビー・ローテーションでお届けしております」

「いやいや、何回かければ気が済むんですか?」

「キックバックだけに、ノルマがありまして……というところでお便りが届いています。長崎3区のラジオネーム『じじい』さんからです」(と読み始める)

……こんにちは。毎日楽しく聞いています。いきなりですが、ちょっと困ってます。先日、裏金のことで記者たちに質問攻めにあいました。本当にしつこくて、記者に対して「頭悪いね」といってしまいました。

ところが、それが炎上してしまったのです。もう全国的なニュースになってしまい、地元の支援者からも苦情が来る始末です。

実は私もこれは言い過ぎたな、と思っておりまして。韓国か北朝鮮を相手にしているような気分になってしまったんです。それですぐに反省いたしまして(般若心経を唱えているうちに落ち着いてきたのです)、謝罪をしようと、決心しました。

そこで翌日、外に出ますと、記者たちがたくさんいます。あいかわらずしつこく質問するのですが、私も反省いたしておるものですから、こんなふうにお答えしました。

「記者のみなさんは、じつに頭良いですね〜。ですから、何度も言っているじゃないですか。お答えできませんって。ダメ、質問しても、これ以上、無駄ですよ。何もいいません、いやほんとに、みなさん、頭良いですね〜」

これが昨日にも増して大炎上なのです。悪くいってもダメ、良くいってもダメ、いったいどうしたらよいのでしょうか……

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たった一度の人生だから

……人はどうして、たった一度の人生だからと言いながら、好きなこと、楽しいことをしようとするのだろうか。

むしろ、人はこう言うべきなのだ。「たった一度の人生だから、私は好きなことなどしたくない。たった一度の人生だからこそ、惨めで、救いもなければ、価値もない人生を生きたい」と。

だが、たった一度の人生を楽しく喜ばしく生きようとするお前はこう反論するだろう。

「もし来世があるのならば、今生での苦しみにも意味があるかもしれない。だが、来世などないのだ。したがって、苦しみにもなんの意味もないのだ」

これに対し、私はこう答える。「来世の楽しみとひきかえの今生の苦しみなど、本物の苦しみではない」と。それは来世に受ける楽しみの影のようなものにすぎないのだ。そんな苦しみはちっともリアルではない。

だが、たった一度の人生の苦しみは、本物なのだ。リアルなのだ。その苦しみは、なにものとも取り替えることのできない、一回限りの真の実在なのだ。

というと、お前は、つまらぬ言いがかりをつけようとするかもしれない。「いや、それをいうならばたった一度の人生の楽しみとて同じではないか。その楽しみも一度きりの現実だ」と。

では、聞こう。「人がたった一度の人生だからと選ぶ楽しみとはいったいなんなのだ」と。たかだか物や食事に金を払うだけではないか。それは苦しみの永続する鮮烈さ、強烈さにはとうてい及ばないのだ。

なぜお前は苦しまないのか。なぜ世界から憎まれ嫌われ、孤独にあがく人生を生きないのか。空腹と病と狂気にのたうちまわり、打ちのめされ……そう、どうしてお前は打ちのめされることを選ばないのか。それこそたった一度の人生で享受することができる最良のものなのに……

……と、たった一度の人生だからと奮発して買ったダース・ベイダーのフィギュアが、夜な夜な夢枕に立ってこういうことを言うので困っている。

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キックバック

日本の憲政史上の最重要シーンをひとつ挙げろといわれれば、2023 年 12 月 11 日正午に挙行されたルーフトップ・パフォーマンスに指を屈する。

自民党の大物政治家たちが、日本の政治の中枢、永田町1丁目1番地にそびえる自民党本部の屋上で、突如として演奏を始めたのだ。

このルーフトップ・パフォーマンスのポリティシャンは次のとおりだ。

松野博一官房長官(リズムギター&ボーカル)
世耕弘成参議院幹事長(ベース&ボーカル)
西村康稔経済産業大臣(リードギター&コーラス)
萩生田光一政務調査会長(ドラム)
高木毅国会対策委員長(キーボード)

これらのポリティシャンが、慎重かつ適切に楽器を鳴らすと、自民党本部周辺の周囲は騒然となり、たちまち人だかりができた。騒音の苦情に警察も続々と駆けつける事態となった。

これだけの騒ぎにあっても、どのポリティシャンも与えられた職責をまっとうしたプレイを聞かせたのはさすがの一言に尽きる。

この歴史的パフォーマンスの曲目を次に記し、短い解説を付す。

「キックバック」(軽快なビートで「キックバック」を求めるノベルティソング)
「キャント・バイ・ミー・票」(お金で票は買えないよ、というメッセージソング)
「パーティー券はそのままに」(収支報告書には記載しないで、という切ない気持ちを歌った曲)
「ノー・リプライ」(答弁を差し控えさせていただきたい気持ちをシャウト)
「ドント・レット・ミー・ダウン」(事情聴取でがっかりさせないで、という胸の内を聞かせる)
「キックバック(リプライズ)」

最後のキックバックでは、パーティー券を屋上からばらまくというサプライズ演出もあり、聴衆を大いに沸かせた。

また、演奏の締めくくりに松野博一官房長官が聴衆たちに向かって語りかけた「派閥を代表し、感謝を申し上げます。有権者の審判をパスできればいいのですが」という一言も忘れがたい。

なお、このルーフトップ・パフォーマンスを最後に、派閥は解散した。

苦い文学

しんがり

近い将来、世界各国は驚くべき方向転換を行うだろう。そして並々ならない外交的努力により、地上からあらゆる戦争・紛争を一掃し、全世界が力を合わせて「持続可能な開発目標(SDGs)」の実現に取り組むだろう。

そして、私たちの美しい世界は「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記されたとおり、2030年までに「持続可能でよりよい世界を目指す 17 のゴール」を達成するのだ。

だが、そのとき私たちは、ひとりの男が山奥に隠れ住んでいることを知るだろう。その男は自分を裏切った世界を捨てて何十年もひとりで暮らしていたのだ。だから、SDGs のことなどなにひとつ知らず、ただ愚かな野獣のように生きてきた。

粗野で無教養なその男は、どんなゴミでもポイ捨てするのだ。山で暮らしてきたにしては、自然を大事にする気持ちもいっさいなかった。そして、口を開けば外国人や女を嘲る言葉が出てきた。私たちはさっそく人を派遣して、この男の心をサステナブルにしようとするだろう。そして、それが不可能であることも悟るだろう。

「この男のせいで私たちの SDGs が達成できない」と私たちは大いに苦しむにちがいない。なぜなら、「誰ひとり取り残さない(leave no one behind)」ことが、私たち SDGs の誓いだったから。

そこで、私たちは暗殺者を山に送り込み、この男を密かに殺すだろう。誰ひとり取り残さないためにはやむをえないのだ。

この暗殺者を、私たちはのちに「SDGs のしんがり」と呼ぶことになるだろう。