苦い文学

私は宇宙人に襲われた

衝撃的なニュースが世間を騒がしている。今からちょうど 8 年前、2015 年のとある夕方、東京都北区尾久の野原を散歩していた 20 代の女性Aさんが、UFOに誘拐されたのだ。そのアブダクションの全貌を、彼女は先日、週刊文春で告白した。

彼女によると、突然まばゆい光に包まれ、その中から現れたリトルグレイが「私は遠い星からやってきた。あなたを私たちの宇宙船に招待したい」と語りかけてきたのだという。恐怖に身を動かすことのできなかったAさんには、うなずくしかなかった。

リトルグレイに宇宙船に連れて行かれたAさんは、そこで別の宇宙人に出会った。それは金の光に包まれた体の大きい宇宙人で、前に立ったとたん、Aさんの体は動かなくなった。そして、宇宙人はAさんの体に異様な操作を行った。Aさんは恐ろしさに悲鳴をあげ、そこで彼女の記憶は途切れる。

気がつくと、Aさんは真夜中の野原にひとり倒れていた。この奇妙な体験以後、Aさんは PTSD に苦しむようになった。今回、自分のアブダクション体験を公表したのも「同じように苦しんでいる人の力になるかもしれないと思って」と語る。

この告白は大きな反響を引き起こしたが、以下にまとめたように否定的なものもみられた。

「宇宙船に連れて行かれて何もされない思っているのがそもそもおかしい」
「8 年前のことを今さら蒸し返すのはなんか裏があるね」
「とんだ尻軽女だ」
「なんでアブダクションされたときにムーの編集部に行かずに、今頃になって文春に売るのかね。金目当てだ」
「これで宇宙人が地球に来なくなったらどうするのだ」

もっとも、まともな人々もたくさんいて、こうしたネガティブな反応を「セカンド・コンタクトだ」と非難している。

苦い文学

注文者たちの日

コロナが来るずっと以前のこと、彼はとある居酒屋で絶望していた。なぜかというと、何度手を挙げ、どれだけ声を張り上げても、店員たちが彼のところに来てくれなかったからだ。

ぶらりと入ったこの店で、たまたま大テーブルに空いている席を見つけ座ったのはいいものの、最初の注文ができずにもう1時間が過ぎようとしていた。おしぼりも箸もお通しもまだなのだった。

店はさほど混んでいるわけでもなかったが、どういうわけか店員たちの知覚から彼の存在は滑り落ちてしまうようだった。声をかけると店員はちょうどよそ見している。来たと思って手を挙げると、厨房に呼ばれて急に引き返す。彼は店員がもっとも近づき、なおかつこっちのほうを向いているときを辛抱づよく待つ。ついにその時がくると、もうなかば腰を上げるようにして「すいませーん」と大きな声で叫ぶ。だが、その声はおりから湧き起こったサラリーマンたちの野太い笑い声にかき消されてしまう……。

彼の顔には疲労と深い悲しみが浮かんでいた。その歪んだ口は「いつもこうなることはわかっているのに、どうして店になんか入ったんだろう!」とでも言いたげだった。そう、彼はいつもこんな目に遭っていたのだ。彼はかぶりを振って、店から出ようと立ち上がった。

すると、そのとき、誰かが彼の腕を掴んだ。それは向かいに座る若い男だった。

その若い男は、彼の腕をグイと引っ張って再び座らせると、店員を呼んだ。まるで魔法のようにすぐに駆けつけてくる。男は壁の品書を見ながらゆっくりと言った。

「えーとね。上唐揚げともつ煮込み、あと、エシャレット、それから、芋焼酎で」 と、ここで彼のほうを向いた。「でね、なににします?」

彼は慌てながら「え……ビールで、あと、タコぶつ」

「じゃあ、それでお願い」と男は頼んだ。

店員が去り、注文が運ばれてくるまでのあいだに、若い男は自分がIT関係の会社の経営者だと明かし、こう言った。

「失礼ながら、先ほどから拝見しておりましたが、ぜひご協力をお願いしたいと思いまして」

「ご協力とは?」

「現在進行中の私たちのプロジェクトに加わっていただきたいのです。その悔しいお気持ちをプロジェクトに思う存分ぶつけてもらえたら……」

店員が芋焼酎のグラスと中生ジョッキをテーブルに置いた。若い男はグラスを持つと彼にうながした。「さあ、乾杯しましょう! 私たちが変えようとしている世界のために!」

2人が乾杯したこの日こそが、現在の「タブレット注文システム開発記念日」だ。この日、タブレット端末で注文すると、全品5%引きになる。

苦い文学

ゲロの町

ここは豊島区と新宿区と渋谷区に囲まれた「年谷町(としやちょう)」という小さな地区。2023年、暮れも押し迫る12月29日金曜日、それは起きた。

【午後11時15分】
突如として鳴り渡った異常な地響きに、寝支度をしていた住民たちは騒然となった。地震かと慌ててネットを見た人々は、いかなる警報も見つけることはできなかった。

【午後11時20分】
再び恐ろしい地鳴りが街を揺さぶった。家の外に出た住民たちはこう叫ぶ声が聞こえたのを記憶している。

「逃げろ! 逃げろ! ゲロだ!」

そのとき、住人たちは、とろみのある液体が足もとにひたひたと押し寄せているのに気がついた。

【午後11時45分】
住民たちの避難がはじまる。ゲロは徐々にかさを増しつつあったが、十分に歩行可能な状態であった。

【午後11時58分】
ゲロの水位は10センチにまで到達。

【午前0時08分】
ゲロが一瞬のうちに引く。そしてしばしの静寂ののち、住民たちは高さ10メートル以上の黒い壁が迫り来るのを目撃した。

【午前0時09分】
ゲロの高波によって年谷町は壊滅した。

《災害の原因は》
災害後に直ちに調査が実施され、年谷町にゲロが押し寄せるという未曾有の災害が発生したのは、以下の4つの条件が偶然にも重なったためであるとの報告がなされた。

1)新型コロナウイルスが5類に移行して迎える初めての年末であったこと。
2)忘年会や年末の飲み会が最後の金曜日であるこの日、12月29日に集中していたこと。
3)年谷が豊島区・新宿区・渋谷区に囲まれた低地であったこと。
4)これらの各大繁華街で発生した大量の酔っ払いたちが一斉に・盛大に嘔吐を始めたこと。

《住民たちは訴える》
ゲロに足を滑らせて転倒した少数の負傷者を除けば、奇跡的に住民たちは全員無事であった。しかしながら、住居と財産を失った住民たちは、都が災害を予測しうる立場にありながら十分な対策を怠ったとして補償を求めた。都は適切な支援を行うとしながらも、災害の責任については否定した。これを受けて住民側は都を相手どって提訴。

人災か天災か、法廷がどのような判断を下すかが注目される。

苦い文学

殺める人々

コロス派とアヤメル派の間で激しい論争が持ち上がった。コロス派というのは、人の命を奪うのはすべて「殺す」というべきだと考える人々だ。いっぽう、「殺す」という語は認めつつも、やむを得ぬ理由のある場合は「殺める」を使うべきだというのがアヤメル派だ。

アヤメル派が「卑劣な殺人と斟酌すべき事情のある殺人は区別するのが当たり前ではないか」と声高に主張すると、コロス派は「『殺す』より『殺める』のほうが高級だということがあろうか。どちらも同じ行為なのに。それに、殺人の理由を判断するのは裁判だ」と反論する。

アヤメル派はさらに「日本語の豊かさを知らないとはまったく無教養な連中だ。もしかしたら日本人ではないのかもしれない」と攻撃する。これに対し、コロス派は「人情刑事ドラマの見すぎだ。言葉の情緒に流されると、現実を見失うぞ」と反撃し、ひとこと付け加えた。「いったい、この人たちは、自分が『殺められ』ても文句は言わないということだろうか」

この皮肉がアヤメル派を激怒させた。

さて、アヤメル派はいつもニコニコしているのに対して、コロス派はわりあい厳しい顔つきだった。そんなわけで、人々はアヤメル派を応援し、アヤメル派はどんどん大きくなっていった。

そして、ある朝早く、アヤメル派は武器を持ってコロス派の家を一軒一軒まわり、全員を殺害した。

すべてが終わると、アヤメル派は大声でこう人々に告げた。

「私たちは彼らを殺め、そして殺められた彼らは、自分たちがいみじくも見越したように、文句ひとつ言わなかった」と。

苦い文学

見知らぬ飛行物体

シアトル発成田行きのジェット旅客機が太平洋上空を飛行しているとき、その前方に奇妙な飛行物体が出現した。

それは銀色に輝く球体で、まるで重力などないかのようにジグザクに移動していた。そして、瞬く間にコックピットの前に接近し、機体ギリギリのところで停止した。それは不思議な音波を発しながら、その前をしばらく動き回り、やがてものすごいスピードで遠ざかった。

異様な光景に機長と副機長が呆然としていると、その飛行物体は再び目の前に現れた。そして、前回と同様に、不可解な音波とともに動き回り、一瞬のうちに消え去った。

未確認飛行物体はその後もこれと同じことをいくども繰り返した。最後は不意に上昇をはじめ、空のどこかで消滅した。最初の出現から時間にして約 10 分ほどの出来事であった。

無事にフライトを遂行し、成田に着いたとき、機長は副機長に、この異常な出来事を口外しないよう求めた。だが、副機長はこのような重要な事件は上部に報告すべきだと主張し、機長に対してその理由を問うた。

すると機長は当惑のあまり顔を真っ赤にして答えた。

「だって、見知らぬ飛行物体に上空で声をかけられたなんて知られたら、軽い機長だと思われちゃいそうで……」

苦い文学

クリスマスの伝説

東ローマ帝国時代のアナトリア半島では、聖者と悪魔の物語が広く流布していた。

その悪魔は、夜になると民家に忍び込み、子どもを誘惑し、さらっていく。そして、どこかの暗がりで、その子の肉や骨を食べるというのである。

こうした伝承には、当時の人身売買の習慣が反映されていると考える人もいる。いずれにせよ、残されたわずかな資料からも、当時の人々がどれだけこの悪魔を恐れていたかがよくわかる。

さて、たびたび悪魔に子どもを奪われた小さな村があった。子を失った村人たちが悲嘆に暮れていると、どこからともなくひとりの聖者が現れ、悪魔の退治法を教えた。

「ウイキョウの種を練り込んだパンを子どもに持たせよ。なぜならば、悪魔のもっとも厭うものなれば」

そこで村人たちがこの言葉の通りにしたところ、悪魔は二度と現れなかったという。

ウイキョウ入りのパンを子どもに持たせて、悪魔を避ける風習はその後、小アジアに広まっていった。やがて、この風習が祝祭化すると、子どもにお菓子やオモチャなどを持たせる行事として定着した。

これが現在のクリスマスの源流のひとつとなっている。サンタクロースの衣装が赤いのは、かつて悪魔だったころ、子どもの血で全身血まみれだったことの名残りであろう。

苦い文学

スピーチとスカートは短い方がいい

私たちの大学の総長が、大学創立記念日の式典で「スピーチとスカートは短い方がいい」と言ったとき、教職員の誰一人この言葉に異議をとなえるものはいなかった。

なぜなら、「こんな発言は許されない」とか「性差別的だ」とか「時代に逆行している」などと言っているのが、総長の取り巻きの耳に入ろうものなら、すぐに首が飛ぶことが分かりきっていたからだ。

ロングスカートの女性出席者すら、自分の身が危うくなるのではと震え上がった。それで、少しばかりスカートをたくし上げたくらいだった(もしかしたら、それも卑劣な総長の狙いだったのかもしれない)。なんにせよ、総長は私たちを生かすも殺すも自由だった。

式典が終わり、数日経ったころ、信じられないニュースが届いた。何者かが、式典のようすをひそかに録画していたのだ。動画はネット空間に投じられ、総長の不見識な発言は恐ろしい勢いで拡散していった。

私たちの大学に抗議の電話が殺到し、記者が詰めかけた。総長とその取り巻きは「こんなもの」とまったく相手にしなかった。だが、文科省が動き出していると聞くと顔色が変わった。

急きょ学内を通知がめぐり、今日、私たち教職員全員はふたたび講堂に集められた。そして、総長が再び私たちの前に立ち、怒りに目をギラギラさせて、スピーチをはじめた。

今度は「スピーチとスカートは短い方がいい」などそんな言葉は一言もなかった。ただ罵詈雑言と欺瞞と自己賛美だけがあった。

スピーチが始まってもう何時間も経っている。講堂の出入り口は固く閉ざされている。軽食どころか水も与えられず、トイレに行くことも許されない。

私たちが裏切り者を差し出すまで続けるつもりの総長にしてみれば、スピーチと拷問は長ければ長いほどいい。

苦い文学

イエスの機能

【ゲツセマネの祈り(マタイによる福音書 26 章 36-46 節より)】
それから、イエスは弟子たちと一緒にゲツセマネという所に来て、「わたしが向こうへ行って祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。

ペトロおよびゼベダイの子二人を伴われたが、そのとき、悲しみもだえ始められた。 そして、彼らに言われた。

「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさい。」

少し進んで行って、うつ伏せになり、祈って言われた。「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」

それから、弟子たちのところへ戻って御覧になると、彼らは眠っていたので、ペトロに言われた。

「あなたがたはこのように、わずか一時もわたしと共に目を覚ましていられなかったのか。誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。」

更に、二度目に向こうへ行って祈られた。「父よ、わたしが飲まないかぎりこの杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの御心が行われますように。」

再び戻って御覧になると、弟子たちは眠っていた。ひどく眠かったのである。そこで、彼らを再び起こすと、また向こうへ行って、三度目も同じ言葉で祈られた。

それから、弟子たちのところに戻って来て、もう一度起こして、こう言われた。

「あなたがたはまだ眠っている。人の子はスヌーズをするためにやってきたのではない」

苦い文学

人間文

宇宙から巨大な船が何隻も飛来し、地球の上空を飛び回った。私たちはついに地球の侵略がはじまったと考えた。そこで、人類は史上初めて一致団結して、入念な戦闘準備を進めた。

だが、ある日、巨大な船は世界の上空で停止した。そして、その船のうちでももっとも大きな船から、見慣れぬ生命体が姿を現し、あらゆる波長で信号を発信したのだった。

世界中の言語学者がその解読に取り組み、その信号を翻訳し、公表した。

「ワレワレは宇宙人だ」

地球上は大騒ぎとなったが、私たちは徐々に落ち着きを取り戻した。というのも、これで宇宙人の意図がはっきりしたからだった。むしろ友好的なのだ。というのも、もし悪意ある宇宙人であれば、「ワレワレは」などという自己紹介なしにいつでも襲いかかって来れたはずだから。

私たち人類は、ついに宇宙世界の一員に迎え入れられたのだ。なんと素晴らしい未来と冒険が待っていることだろうか!

私たちは武器を捨て、歓迎の準備を始めた。そのとき、言語学者たちが大あわてで追加の報告を発表した。そこにはこんなことが書かれていた。

・「ワレワレは宇宙人だ」の「宇宙人」とはこの生命体から見ての「宇宙人」であり、この文脈では地球人を指していること。
・「ワレワレは宇宙人だ」は日本語の「うなぎ文」に該当すること。
・うなぎ文とは「ぼくはうなぎだ」という文のことであり、うなぎを注文するときに使われる。
・したがって、「ワレワレは宇宙人だ」は誤訳であり、正確には「我々が食べるのはこれらの地球人だ」と宣言していると考えられる。

だが、この報告が世界中に届く前に、船から無数の生命体が出現し、私たちをつかまえてバリバリ食べはじめた。

苦い文学

地頭がいい病

だれもが「地頭のいい人」を褒め称えている。だが、地頭の悪い人間のひとりとして、私は文句を言わずにはいられない。「地頭がいい」というのは病気だ。それはただ単に「頭の回転が速い」だけの空虚な病なのだ。

実際、頭の回転が速いということは、そんなに褒められたことではない。たとえば、それは食べるのが速いのに似ている。早食いはいつか体を壊す。ゆっくりよく噛んで食べるに越したことはない。

それと同じで、頭の回転が速いだけだと、かならず害が起きる。むしろゆっくり考えなくてはならない。本当の頭のよさとは、頭の回転に振り回されるのではなく、それに歯止めをかける能力のことではないか。だが、回転を遅らせてゆっくり考えるためには訓練が必要だ。

訓練とは、事実を集め、仮説を立て、その仮説を検証し、誤りがあれば現実に即して直す。難しいように思えるが、普通の人なら誰でもやっていることだ。

ただ「地頭がいい病」はこれができないし、むしろ軽蔑すらしている。その結果、自分の頭の回転の赴くままに世界を理解し出す。こうなるともう好きなものしか食べない。頭の回転習慣病だ。そのうち陰謀論にはまりだす。

孔子の言葉に「学びて思わざれば則ちくらし。思ひて学ばざれば則ちあやうし」というのがある。私は論語の解釈ができるような知識はないが、ここでいう「学ぶ」というのは、上で述べた「現実を相手にした訓練」のようなものだろう。そして「思う」とは「頭の中の働き」だ。

事実を扱う訓練だけをしても意味がないのはもちろんだが、「地頭のよさ」だけで現実をすっ飛ばそうとするのは、あぶない。